第15話 明確な殺意
「そんな.................あれ?」
しかし、そんな影狼に気を取られ勝ちを確信し、油断しきるその瞬間を猛獣は決して見逃さない
(ココッ!)
「ッ!?しまッ……」
身体超強化4倍による噛みつき。それはもはやただ噛みつくだけでは終わらない
「グワァァァッ!?」
鋭い牙と強靭なあごによる噛みつきは腕をも噛み千切る。そして、剣士が片腕を失うことが意味するのはただ1つ。
“冒険者としての死”
「このッ……クソッ!俺の腕をッ!よくもッ」
(それで済むだけありがたいと思え)
冒険者内。ギルドの職員立ち合いによる決闘では死が禁じられている。もし、殺してしまった場合、最悪牢獄行きだ。もし、その決まりが無ければ……
(次はコロスゾッ)
「ヒッ……」
明確な殺意。腕を易々と食いちぎられ、戦いが終わって尚余力を残している。それを理解したことによる圧倒的
“実力の差”
「そこまでッ!この決闘。勝者はサキッ!」
立会人の宣言。その瞬間野次馬がどよめき立つ。
「ワンちゃんッ!」
「ヴォンッ!」
一目さんに駆け寄ってきて成瀬に抱き着く。その眼には涙が浮かんでいた
(心配をかけてしまった……瑠璃に知られたらドヤされるな。こりゃ~……)
「おもしれぇことやってんじゃねぇかッ」
「「「「「「ッ!?」」」」」」
突如誰かの声が訓練場ないに響き渡る。全員がその咆哮へ視線を向ける。そうさせるほどの何かを感じてしまう
「し、支部長ッ」
「ッ!?この人がッ……」
(へぇ~……カーティアの支部長は見た目が詐欺紛いで分かりづらかったけどこの人は風格があるな)
服の上からでも分かる分厚い胸板。腕は極太の丸太の様。何よりその立ち姿が己は強者であると物語っている。
「そこの犬っころとその主人!」
「は、はいッ!」
「俺に用があるんだろ?ついてこい」
「わかりました」
有無を言わさぬその迫力に押し負け、比呂と成瀬はその場を後にするのだった
場所は移り、ペンチェルのギルド支部長室。底は驚くことにカーティアの支部長室よりもきれいだった。カーティアの支部長室の机は書類や資料で山積みになっており、かろうじて人を応対するソファー周りは綺麗にされていたがそれだけだった。しかし、ここカーティアの支部長室は支部長室の机には羽ペンとインク。そして、最低限の資料のみ。それもしっかり角を整えて積み重ねされており、丁寧さが見て取れる。っして、ソレは比呂も考えていたようで……
「なんていうか……とてもきれいな部屋ですね」
「ハハハッ!その口調だと師匠の部屋には入ったことがあるようだな」
「師匠?」
「あぁ、俺はガキの頃にあの人に弟子入りして冒険者としての心得から戦闘の基礎までいろんなことを教えてもらった。尤もあのズボラさは反面教師にさせてもらったがな」
そういうと豪快に笑い始める
(確かに、あの書類の散乱具合からしてズボラなのは間違いないだろうな……ってか、このおっさんがあの支部長の弟子だったとは……あの見た目で冒険者としても超一流なのか)
「それで?カーティアの町からはるばるこの町まで俺になんの手紙を届けに来てくれたんだ?」
「手紙の内容については存じませんが、緊急とのことだったのでこの子に乗って私が着ました」
手紙を支部長に渡し、依頼の経緯について話す。それを聞き終えると支部長は手紙の封を破り、手紙の内容を確認し始める。手紙を読み終えた支部長はしばしの沈黙の末、大きなため息を吐くと……
「なるほど……そう言う事か。手紙を届けてくれて感謝するぜ」
「あの……差し支えなければ一体何故緊急だったのか教えてくれませんか?」
「悪いがソレは無理だ。師匠からも釘を刺されてる」
「そうですか……」
「だが、お前のことについて書かれていることなら言えるぞ。随分と派手にやってるそうじゃないか。制限を掛けているとはいえ兄貴と張り合えるなんてな」
兄貴……一瞬成瀬と比呂の頭に『?』が浮かぶ。しかし、カーティアの町で対人戦闘をしたのと言えば冒険者登録試験の実技時のみ。つまり、この男は………
「えッ……じゃあ、副支部長の弟さんッ!?」
「おうッ!改めて俺の名前はへラクールってんだ。よろしくなッ!」
確かに言われてみればバグワーグとよく似ているとも言えなくもない見た目をしている
「そういやさっきうちのエースが路上で気絶されててな。もしかしなくてもお前の従魔がやったろ?」
「ッ!」
それは問いではなく核心。鋭い視線が比呂を穿つ。それに少し気圧されるが、平静を保とうとしているがほんの一瞬の動揺を目の前の男は見逃してくれない
「アタリか……まさか冒険者始めたばかりの新人にやられるとはな。まぁ、あいつも最近天狗になっていたところだし……丁度いいか」
「すいません。あの人がこちらの言い分を一切聞かずに魔族だと決めつけ襲い掛かってきたので、無力化させていただきました」
「アイツの悪い癖だ。基本的にはいい奴なんだが時折暴走しちまう。すまなかったな」
「………」
その丁寧な謝罪は兄の面影を全く感じさせない。兄とのギャップに比呂も思わず固まってしまう。
「い、いいえ、問題ありません。こちらにも被害はありませんでしたから」
「そう言ってくれると助かる。この件でアイツの伸びきった天狗の鼻もへし折れたことだろうしな。それより、今日はどうするんだ?もう日も落ち始めたが……」
気が付けば外は夕焼け空となっていた。
(まぁ、今日歯やたらと人と戦いまくったからな。時間もかなり食うはな……)
「そうですね、今日はこの町で一泊して明日の朝一にでも出発する予定です」
「そうか、なら宿を紹介しよう。先の決闘の件も含め、ウチの者が迷惑を掛けた謝罪だ」
「そうですか……では、お言葉に甘えさせていただきます」
そうして、冒険者ギルドを後にした比呂と成瀬はへラクールに紹介された宿屋『イズミノホトリ』に泊まることになったのだった。
それはこの星における月たちが丁度真上の空に差し掛かった頃のことだった
「おい、本当にあの女がこの宿に入るのを見たんだなッ!?」
「えぇ、この眼で確かに見たわ……でも本当にやるの?」
(この声は……)
宿の外から聞こえてくる声。本来であれば聞こえないそれもブラックフェンリルとなり、鋭くなったその五感で聞き取ることを可能とする
ゴソゴソと宿の外壁を伝う音を成瀬はしっかりと聞き取る。音が近づくにつれ血と発情した雄の強烈な匂いが成瀬の嗅覚に刺さる
「あの犬っころを殺し、生意気な小娘を俺の者にしてやるッ」
部屋についている小羽戸から侵入してきたその男の顔が月明かりで照らされ、露わになる
(下衆めッ……あの時殺しておけばよかったか?)
影に潜む成瀬に気付かぬまま比呂が眠るベッドに歩みよるアントニウ
あと一歩歩めば比呂に触れられる………しかし、それをみすみす黙って許すほど成瀬は甘くない
「ッ!?」
比呂へ伸ばした手。歩み寄ろうとした足。そして、気色の悪い言葉を発する口を全て影で捕縛する。そして、もう一人。宿屋の外で待機しているこの男の共犯者も同時に事前に放っておいた影狼に捕縛させる
「~~~~~ッ!!」
「~~ッ!!!?」
お互い捕縛から逃れようと足掻くが、その程度で緩むはずもない
『藻搔くな。コロスゾ』
「「ッ!?」」
ただの従魔が人語を介するなど想像もしてなかったようで二人そろって目を見開く
『お前たちは触れてはいけないものに手を伸ばした。万死に値する』
それは死の宣告
『しかし、ここで殺せば気付かれてしまう。よって後程誰も居ない場所でお前たちには死んでもらう。ここにいない仲間もろともだ』
(行けッ)
目の前で生成した影狼を4匹放つ。それを見た男の鼻息が荒くなるのが分かる。よく見ると同行が開いているのもわかる
『夜なら我を欺けると考えた己の短絡さを恨め。我はブラックフェンリル、影に潜み、我が主を守護する番犬である』
徐々に影の中に沈みゆく男を見送ると成瀬は再び比呂が眠るベッドの横に鎮座するのだった




