鹿島稲荷大社へ行きたいインコ一家
鹿島稲荷大社へ行きたいインコ一家
爆笑通信の九州編が終了した翌朝。
徳島支部のリビングでは、由理恵が洗濯物を畳みながら、昨夜の配信を思い出していた。
火山と海。
長崎で捧げた祈り。
佐世保バーガーを前に目を丸くする子どもたち。
笑いだけではなく、旅先の歴史や人々の思いまで丁寧に届けられた、印象深い放送だった。
ところが、ケージの周辺だけは、朝から妙に騒がしかった。
せきちゃん閣下、せいちゃん姫、きびまる、あわまる、しらゆきの五羽が、タブレットの画面を囲みながら、何やら真剣な顔で相談している。
せきちゃん閣下が羽で画面を示した。
「ここや。ここに行くぞ」
せいちゃん姫が目を細める。
「鹿島稲荷大社」
きびまるが大きくうなずいた。
「お参りする」
あわまるも胸を張る。
「五羽そろってお参りする」
しらゆきはすでに、小さな巾着袋の横で待機していた。
「お賽銭も準備しました」
由理恵は畳んでいたタオルから顔を上げた。
「えっ、鹿島稲荷大社に行くん?」
「行く」
五羽の返事が見事に重なった。
「どうやって?」
由理恵が尋ねると、せきちゃん閣下は自信満々に答えた。
「徳島から飛ぶ」
一瞬の沈黙が流れた。
由理恵は、せきちゃん閣下の丸みを帯びた体をじっと見つめた。
「閣下、徳島から佐賀まで飛ぶつもりなん?」
「そうや」
「昨日、ケージからテーブルまで飛んだだけで、途中でカーテンに引っ掛かっとったやん」
「それは向かい風の影響や」
「室内に向かい風は吹いとらん」
せいちゃん姫が冷静に割り込んだ。
「飛行案は危険です。列車で行きましょう」
きびまるがタブレットを操作する。
「徳島駅から高松へ行って」
あわまるが続ける。
「そこから岡山へ行って」
しらゆきが画面を見ながら読み上げる。
「新幹線で博多へ行って、さらに佐賀方面へ向かいます」
せきちゃん閣下は満足そうに羽を広げた。
「完璧や」
由理恵は、画面に表示された移動距離と所要時間を見た。
「全然完璧ちゃうよ。めちゃくちゃ遠いやん」
「どれくらい遠い?」
「朝に出ても、すぐ着くような場所やないよ。列車を何回も乗り換えて、海も越えて、四国から九州まで行かないかんのよ」
せいちゃん姫が画面をのぞき込む。
「徒歩では?」
「もっと無理」
「自転車では?」
「誰がペダルこぐん?」
五羽が一斉に、せきちゃん閣下を見た。
「なんで俺やねん」
せきちゃん閣下は羽をばたつかせた。
「閣下やけん」
きびまるが即答する。
「体力ありそうやけん」
あわまるも続く。
しらゆきは真顔で言った。
「最近、体重も増えましたし」
「それは筋肉や!」
「脂肪です」
せいちゃん姫の容赦ない判定が下り、由理恵は吹き出した。
せきちゃん閣下は、もう一度タブレットの地図を確認した。
徳島。
瀬戸内海。
岡山。
広島。
山口。
福岡。
佐賀。
画面を縮小しても縮小しても、目的地はなかなか近づいてこない。
「遠いな」
「遠いですね」
「遠すぎる」
「めっちゃ遠い」
「今日は無理ですね」
五羽は数秒間黙り込んだ。
そして、せきちゃん閣下が宣言した。
「今回は諦める」
「早いな!」
由理恵のツッコミが部屋に響いた。
せいちゃん姫は、何事もなかったように羽繕いを始めた。
「距離には勝てません」
きびまるも水入れのほうへ歩いていく。
「無理はよくない」
あわまるは止まり木に移動した。
「旅は計画的に」
しらゆきは用意していた巾着袋を片づける。
「お賽銭は次回へ繰り越します」
あまりにもあっさりした撤退に、由理恵は腰に手を当てた。
「ちょっと待って。そもそも、なんで鹿島稲荷大社にお参りしたいと思ったん?」
五羽は再び集まった。
由理恵は、せきちゃん閣下から順番に理由を聞くことにした。
「まず閣下は、何をお願いするつもりやったん?」
せきちゃん閣下は胸を大きく張った。
「日本中の神社で、俺の銅像を建ててもらう」
由理恵の表情が固まった。
「なんで神社に閣下の銅像を建てるん?」
「参拝者が俺の銅像を見て、ありがたい気持ちになる」
「ならんよ」
「銅像の台座には『せきちゃん閣下、ここに降臨』と刻む」
「神様より前に出ようとするな」
せいちゃん姫が、横から冷たく言った。
「銅像より先に、ケージの中を片づけてください」
「神聖な話をしよる時に現実を持ち込むな」
由理恵は笑いをこらえながら、次にせいちゃん姫へ尋ねた。
「姫は何をお願いしたかったん?」
せいちゃん姫は、きりりとした顔で答えた。
「閣下が一日一回は、私の言うことを素直に聞きますように」
「一日一回だけでええん?」
「最初から高望みすると、神様も困りますので」
「俺は普段から素直や」
「昨日、体重計から逃げましたよね」
「あれは計測機器の不具合を疑っただけや」
「三回乗って、三回とも同じ体重でした」
「三台とも壊れとった」
「一台しかありません」
由理恵は耐えきれず、床に手をついて笑い始めた。
続いて、きびまるの番になった。
「きびまるは?」
きびまるは、少しも迷わず答えた。
「毎日、おやつが二倍になりますように」
「普通やな」
由理恵が言うと、きびまるは首を横に振った。
「ただし、体重は半分になりますように」
「神様に計算の無理難題を押しつけるな」
「食べた分が全部、羽のつやになりますように」
「脂肪にはならんの?」
「ならない」
「どんな体の仕組みやねん」
せきちゃん閣下が感心したように、きびまるを見た。
「それ、俺も同じ願いにする」
せいちゃん姫が即座に止める。
「閣下は運動してください」
次は、あわまるだった。
「あわまるは、どんなお願い?」
あわまるは静かに目を閉じた。
「世界中の列車に、インコ専用車両ができますように」
由理恵は少し感心した。
「それは夢があってええな」
「座席は全部、止まり木」
「うん」
「床にはヒマワリの種」
「散らかるよ」
「車内販売は粟穂と小松菜」
「健康的やな」
「車掌はせきちゃん閣下」
由理恵の笑顔が消えた。
「それは不安しかない」
せきちゃん閣下が、車掌の真似を始めた。
「次は、たぶん博多。間違っとったら自分で降りてください」
「絶対乗りたくない!」
「切符の確認は気分次第」
「鉄道会社から一日で解雇されるわ!」
あわまるは、さらに付け加えた。
「駅に着くたび、閣下が車内放送で歌います」
「乗客が全員、途中下車するよ」
最後に、しらゆきの番が来た。
「しらゆきは、何をお願いしたかったん?」
しらゆきは、巾着袋を大切そうに抱えながら答えた。
「せきちゃん閣下が、転ばずに一週間生活できますように」
せきちゃん閣下が不満そうに羽を広げる。
「俺はそんなに転ばん」
その直後。
せきちゃん閣下はタブレットの充電コードに足を引っ掛け、前につんのめった。
「うわっ」
羽を広げて踏ん張ろうとしたが、勢いは止まらない。
そのままクッションの上へ顔から突っ込み、短い足だけが宙に浮いた。
しらゆきは静かに言った。
「やっぱり、お参りが必要です」
由理恵は腹を抱えた。
せいちゃん姫は、クッションに埋まった閣下を見ながらため息をつく。
「鹿島稲荷大社へ行く前に、家の中で安全祈願をしたほうがよさそうですね」
きびまるも首をかしげた。
「徳島の近くの神社ではだめなん?」
あわまるが答える。
「たぶん、どこの神様も同じように困る」
しらゆきは小さくうなずいた。
「お願いの内容が内容ですから」
ようやくクッションから顔を出したせきちゃん閣下が叫ぶ。
「俺の銅像計画は困らせる内容やない!」
「一番困らせるお願いや!」
由理恵のツッコミを合図に、部屋にいた全員の笑いが一気に爆発した。
由理恵は床に座り込んだまま腹を押さえ、せいちゃん姫は止まり木に顔を伏せ、きびまるとあわまるは羽をばたつかせながら転げ回る。
しらゆきさえ、巾着袋を抱いたまま小刻みに震えていた。
笑いの中心にいたせきちゃん閣下だけは、まだ納得していない。
「銅像があったら、みんな写真撮るやろ!」
「神社やなくて、観光地にするつもりやん!」
「名物になる!」
「たぶん『撤去してほしい銅像ランキング』一位になるわ!」
再び、全員の腹筋がドッカーンと崩壊した。
結局、鹿島稲荷大社への参拝計画は、開始からわずか十分で中止となった。
五羽が用意したお賽銭は、徳島支部の近くにある神社へ持っていくことになったが、由理恵は出発前に念を押した。
「神様にお願いする時は、普通のお願いにしてよ」
せきちゃん閣下は、しばらく考えてから答えた。
「銅像が無理なら、等身大パネルで」
「まだ諦めてなかったんかい!」
朝の徳島支部に、三度目の爆笑が響き渡った。




