六日目の朝、肥前鹿島の空は、夏らしい少し白んだ青だった。
六日目の朝、肥前鹿島の空は、夏らしい少し白んだ青だった。
■ 肥前鹿島発、島原鉄道行き
まだ少し眠そうな子どもたちを連れて、12人はカラコロとキャリーを引きながら駅のホームに並ぶ。
ホームに入ってきた長崎本線の普通列車は、どこか海の匂いを運んでくるようだった。
「今日は島原鉄道やけんね〜。火山と海とスイーツの一日です」
光子がパンフレットをひらひらさせると、陽翔と結音がすかさず食いつく。
「スイーツ!?」「スイーツ!?」
「まずそこなんやね、うちの長男と姪っ子は」
優子が苦笑しながらも、どこか誇らしげだ。
諫早で乗り換えると、黄色い島原鉄道の列車が待っていた。
車体に描かれたイラストを見て、燈真と灯乃が同時に叫ぶ。
「きいろいでんしゃー!」「かわいい〜!」
悠翔と彩羽はというと、すでに座席に座ってペットボトルを抱え込み、
「おでかけモード」の顔になっている。
祥子は窓の外を見ながら、隼の肩に軽く背を預けた。
「日本って、ほんと海と山が近いね」
「そうだな。……オレは、こうやって“普通に電車で旅ができる国”ってだけで、ちょっと感動してる」
ふたりのやりとりを、光子と優子は前のボックスシートからこっそりニヤニヤしながら見守る。
「ねぇねぇ、祥子さんたち、完全に“新婚旅行の予行演習”やない?」
「たぶん今、うちらの爆笑通信に、ネタ補給されよるよね〜」
■ 雲仙・普賢岳の話
島鉄の車窓に、雲仙・普賢岳のなだらかなシルエットが現れた。
「ねぇねぇママ、あのやま、かっこいいね!」
燈真が身を乗り出すと、拓実がそっと肩を押さえる。
「落ちんごとね〜。あの山な、“すごか山”なんよ」
光子が前を向いたまま、ゆっくり語りだす。
「陽翔たちが生まれる、もっともっと前のことやけどね。
あの山が“本気”出して、マグマとか土石流とか、
“ほんとに危ないもの”をたくさん吐き出してしまった時期があったとよ」
優子が静かに続ける。
「ふもとの町が飲み込まれてね、
たくさんの人が亡くなって、家もなくなって。
“自然の力って、こんなにこわいんだ”って日本じゅうが震えあがったくらいの出来事やったと」
陽翔たちは、真剣な顔で山を見つめた。
「こわい……けど、いまはおちついとると?」
「うん、今はちゃんと観測もしよるし、
“あなたがどんな気分か、ちゃんと見てますよ”って、
山の“ごきげんチェック”もしながら暮らしよるとよ」
光子がそう言って笑うと、少し空気が和らぐ。
結音がそっとつぶやいた。
「……でもさ、山も、怒りたくなるよね。
人間が勝手なことばっかしよったら」
その一言に、祥子と隼が同時に目を見合わせた。
どこか、自分たちの祖国のことと重なって聞こえたのだ。
■ 島原散策と、ちょっとだけ笑い
終点に着くと、潮の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
島原の町を歩きながら、一行は名物の「かんざらし」や「具雑煮」に舌鼓を打つ。
「このしろいだんご、おいし〜」
灯乃が笑うと、悠翔と彩羽がすかさずスプーンを突っ込んでくる。
「ひーちゃん、ちょっとちょうだい!」
「いろはも〜!」
「いろははおらんけん!」と総ツッコミが入り、
店内が小さな笑いで包まれる。
祥子は、かんざらしの冷たさを口に含んでから、小さく言った。
「……昔、甘いものを食べたくても、食べられない日が続いたことがあってね」
「……」
隼が視線を向けると、祥子は笑って肩をすくめた。
「だから、今こうやって――
“みんなでおいしいね”って笑いながら食べられるのが、
もうそれだけで、金メダル級に幸せ」
その言葉に、光子と優子が同時に親指を立てる。
「出た、“金メダル級の幸せ”いただきました〜」
「オリンピックチャンピオンが言うと、説得力が違うとよ」
■ 長崎へ──出島、グラバー邸、眼鏡橋
島鉄で諫早に戻り、長与回りの列車で長崎へ。
車窓から港町の風景が近づいてくると、子どもたちのテンションが一気に上がる。
出島では、陽翔と結音が“昔の服”のイラストを見て盛り上がった。
「これ、コスプレしたい」「これ、ライブ衣装にできん?」
グラバー邸の坂道では、燈真と灯乃が
「てっぺんまで競争ー!」
と走り出そうとして、翼と拓実にがっつり捕まえられる。
「ここはレース会場やないっちゃん!」
「せめてサーブ権かけて走りなさい、って話じゃないけどね!」
眼鏡橋では、ハートの石探しに夢中になり、
見つけた瞬間、結音がなぜかこう叫んだ。
「これで、恋愛運も仕事運も爆上がり〜!」
「小3のセリフやないって」と大人全員から総ツッコミが入る。
■ 平和公園での祈り
午後、日差しが少し傾き始めた時間。
一行は長崎・平和公園に足を運んだ。
巨大な平和祈念像の前に立った瞬間、
子どもたちも自然と声をひそめる。
光子が、静かな声で話し始めた。
「ここはね……
むかし、ほんとうにたくさんの人のいのちが、一瞬で奪われた場所。
笑い声も、泣き声も、あいさつも、ぜんぶ、ごっそり持っていかれた場所」
優子も、隣で言葉を継ぐ。
「うちらが前に出た映画“幸と恵の物語”の舞台でもある場所。
あの映画で演じた“家族を探す姉妹”みたいな人たちが、
ほんとうに、ここにおったっちゃ」
陽翔が小さな声で聞く。
「……こわかったよね。
もう、そんなこと、起きてほしくないね」
結音がぎゅっと手を握る。
「だから、うちらが“笑いと音楽”しよるんよ。
こことか、広島とか……
いろんなところであった悲しいこと、
“なかったことに”せんために」
祥子は、少し後ろからその光景を見つめていた。
自分もまた、別の種類の暴力と理不尽を知る人間として、
胸の奥がじんと熱くなる。
隼が小声でつぶやく。
「……オレたちの仲間も、
こういう場所に連れてきてやりたかったな」
祥子はうなずいた。
「うん。でも、これからよ。
今こそ、こういう場所から、“次”の物語を始めるんだと思う」
全員で黙祷を捧げる。
子どもたちも、目を閉じて、ぎゅっと唇を結んだ。
――もう二度と、
こんなことが起きませんように。
――この子たちが大人になるころ、
世界が今より、少しでも優しくなっていますように。
■ 夕焼けのシーサイドライナー
平和公園を後にして、長崎駅から快速シーサイドライナーに乗る。
車窓には、オレンジ色に染まった海が広がっていた。
「うわぁ……」
陽翔が小さく息をのむ。
「きれいねぇ……」
結音が、さっきまでの祈りを引きずるような声でつぶやく。
その隣で、燈真がぽろっと言う。
「なんかさ……
このうみ、わらってるみたいやね」
灯乃がうなずく。
「きっと、みんなが“わすれとらんよ”って言いにきたけん、
よかった〜って笑っとるっちゃない?」
光子と優子は、その会話を聞きながら、
そっとお互いの肩を小突いて笑う。
「出た、“子ども名言集”いただきました〜」
「これ、ラジオで読まなあかんやつやね」
■ 佐世保バーガーと、たびら平戸口へ
佐世保に着くころには、すっかり夜。
あたりはネオンと港町特有の湿った風で満ちている。
「ここまで来たら、あれやろ?」
「もちろん、佐世保バーガーやろ?」
というわけで、12人は有名店に突撃。
注文したバーガーの大きさに、悠翔と彩羽が目を丸くする。
「おっきい!」「おくちに入らん〜!」
「入らん分は、パパとママが責任もって食べます」
そう言いながら、翼と拓実が結局一番食べる羽目になり、
あとでこっそり腹をさすっているのを優子たちに突っ込まれる。
佐世保から松浦鉄道に揺られ、
たびら平戸口駅に着くころには、
子どもたちは眠気と戦うモードに入っていた。
「今日はいっぱい歩いたねぇ」
「でも、たのしかったねぇ」
宿に着いて部屋割りを済ませると、
最後の気力を振り絞って、光子がスマホを掲げる。
「それじゃあ本日の――
『日本の海じかん鉄道の旅・九州編 爆笑通信 in 平戸口』
いってみよ〜!!」
画面の向こうで、各地の爆笑発電所支部メンバーが一斉に手を振る。
「今日はね……火山の山と、過去の戦争の話と、
世界一おっきいバーガー(※当社比)の話でお送りしました!」
「シメがバーガーて!」と全員からツッコミが入り、
一日の疲れが笑いに変わっていく。
その夜、子どもたちはぐっすり眠り、
大人たちはそれぞれの胸に、
「海」と「祈り」と「笑い」が入り混じった不思議な余韻を抱えながら、
静かに目を閉じたのだった。




