海に近い鉄道の旅スタート
門司港駅の青い空は、朝からすでに夏の匂いがしていた。
ホームに近い改札前だけ、やけににぎやかで、やけにカラフルだ。
「……あれ?改札前で騒音出しとる集団おるけど。あれ、うちらやね」
優子がキャリーを片手に、半分あきれた顔で笑う。
そこにはすでに、青柳家と柳川家の半分が到着していて、小さなカオスが発生中だった。
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◆ 門司港駅・改札前ミニパーティー
「パパ、みて! きっぷ〜!」
陽翔が、記念用にもらった硬券の「門司港→???」と書かれたダミー切符を、誇らしげに掲げている。
隣で結音も同じものを握って、
「これ、ほんもののきっぷやなかと?」
「それは“式典きっぷ”ってやつね〜。本番はこれ」
と光子がICカードをひらひらさせる。
燈真は、小さなリュックを背負いながら、
「きょうから“てつどうさんぽ ぐる〜り”のたびやろ?
おれ、ダイヤさんぽノートつけるけんね!」
と、手作りの「ダイヤさんぽノート」を胸ポケットから取り出した。
ページにはすでに、時刻表のコピーがびっしり貼られている。
「燈真、あんた、ダイヤ眺めようとしたらまだ酔う年頃やろ」
翼が笑うと、燈真は口をとがらせる。
「よわんもん! おれ、テニスのサーブより、れっしゃのじかんのほうがおぼえとるし!」
「どんな比較よ、それ」
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少し遅れて、柳川家の残りメンバーが到着する。
「ごめーん、灯乃が“おきにいりのくつしたがない事件”起こしてからにね」
優子が肩をすくめると、その横で灯乃が得意げに足を見せる。
「みて〜。きょうは“いちごとねこ”のくつしたやけん。たびびより〜」
悠翔はというと、すでに結音に貼りついていて、
「おねえしゃ〜ん、だっこ〜」
「はいはい、ゆーとくん、まずはあいさつしなさい」
結音が半分あきれ、半分うれしそうに抱き上げると、悠翔はその場で「むぎゅ〜」と彼女の首にしがみついた。
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◆ 主役カップルの登場
そこへ、最後の二人が改札階段を上がってくる。
肥後祥子、その隣に、落ち着いた雰囲気の男性――
彼女の恋人・蓮が、やや緊張気味にキャリーバッグを引いていた。
「お待たせしました!」
祥子が手を振ると、陽翔と結音が一斉に走っていく。
「しょうこさーん!!」
「れんおにいちゃんも来たー!」
蓮は少し驚きつつも、すぐに笑顔になる。
「お、おお。いきなり全力歓迎だね」
光子が歩み寄って、ニヤリと笑う。
「いらっしゃい、三大会連続金メダリストの元気印さんと、
“金メダル彼氏”」
「その肩書き、まだ慣れません……!」
蓮が苦笑いすると、優子がすかさずツッコむ。
「まぁ、きょうから“長距離恋愛”やなくて“長距離鉄道旅”やけん。
2週間くらい、うちらのカオスに耐えきったら、本物の家族って認定するけんね」
「ハードル高いなぁ!」
祥子が笑いながら、蓮の腕を小さくつつく。
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◆ 旅立ちのミニパーティー
改札横の少し広いスペースには、簡易テーブルが出されていて、
そこには「門司港発・日本ぐるっと“海ぎわ”鉄道旅 出発式」と書かれた手書きの横断幕が貼られていた。
「これ、誰が書いたと?」
「わたしと春海やろ?」と春海の幻が出てきそうになるが、今日は別行動。
代わりに、光子が胸を張る。
「うちと優馬父ちゃんと、陽翔と結音の合作やけん。
“ぐるっと”の“る”だけ三回書き直したけど」
「字の圧がすごいもんね、“ぐるっと”だけ太か」
翼がペットボトルのお茶を配り始める。
「じゃあ、とりあえず最初の乾杯するか」
「え、もう? まだ一駅も乗ってないよ?」
蓮が戸惑うと、優子が平然と言う。
「うちらの旅、“理由のない乾杯”がだいたい7割やけん」
「残り3割がなにか聞くのが怖い……」
紙コップが全員に行き渡り、
子どもたちにはリンゴジュース、大人にはお茶。
光子がコップを掲げる。
「それじゃあ――
日本の海ぎわぐるっと旅、そして新メンバー(←祥子&蓮)も込みで!」
優子
「安全運行で、爆笑まみれの旅になりますように! かんぱーい!!」
全員
「かんぱーい!!」
ジュースとお茶のコップが、パチン、と軽く触れ合う。
陽翔
「パパ、このあと、どこまでいくと?」
翼
「まずはね、鹿児島本線を南へ、南へ。
今日は九州をぐるっと一周する“プロローグの日”やね」
結音
「え、きょうだけで九州まわると!? せまいやろ日本て言うけど、
九州だけでだいぶ広いやんね?」
光子
「そう、それ。
さっき優子と話しよったっちゃん。
“日本は狭い”ってよう言うけどさ――」
優子
「ぜんっぜん狭くなか!!
特に子連れ+荷物+鉄道オンリーやと、むしろ“銀河系”よ」
祥子
「いやさすがにそれは盛りすぎですよ(笑)」
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◆ 改札を抜けて、いざホームへ
改札を通ると、古いレンガ造りの駅舎からホームへ抜ける風が、潮の匂いを運んでくる。
門司港の「0キロポスト」を見つけた燈真が、目を輝かせた。
「ここ、“はじまりのばしょ”なん? おれ、メモする!」
「いいとこ見つけたね。
“たびのはじまりの 0キロポスト”って書いとき」
光子がしゃがんで、燈真のノートをのぞき込む。
灯乃もそれを見て、
「灯乃もノートほしい〜!」
「はいはい、灯乃には“おやつチェックノート”ね」
優子が小さなメモ帳を渡す。
「おやつ……ちぇっく……」
「灯乃ちゃん、それ、おやつ食べた数とか書くと?」
「ううん、“ゆのんおねえちゃんがこっそり食べたおやつ数”かくと」
結音
「やめんね!? それブラックボックスにしといて!!」
一同爆笑。
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◆ 旅ルール発表
ホームのベンチに全員がなんとか腰を下ろすと、
翼がタブレットを掲げて、簡易ブリーフィングを始めた。
「はい、今回の旅のルール、もう一回確認します」
1. 基本は普通列車と快速のみで乗り継ぐこと。
2. 私鉄は、別料金不要の列車なら特急OK。
3. 1日に1回は、どこかで必ず“観光+ご当地グルメ”休憩を入れる。
4. ケンカ禁止。ただしボケとツッコミの殴り合いは可。
5. 一番最初に「つかれた〜」と言った大人は、
その日の夜の子どもたちの寝かしつけ担当。
優子
「4番と5番、誰が作ったとね」
光子
「うちと祥子さん」
祥子
「はい、“現場の声”を取り入れた結果です」
蓮
「え、寝かしつけ担当……?
これ、命かかってません?」
「だいじょうぶ、うちの子ら、
全員“寝かしつけ中に大人のほうが先に落ちる現象”得意やけん」
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◆ 最初の列車が入ってくる
構内放送が流れる。
『まもなく、一番乗りばに、
鹿児島本線、普通列車、折尾・博多方面行きが、参ります――』
ホームの向こう側から、白い車体の列車が近づいてくる。
陽翔と結音が先頭の位置まで駆け出し、窓の向こうをのぞき込む。
「来たーっ!!」
「れっしゃ、はじまったー!!」
祥子は、その様子を少し離れたところから見つめ、
隣で蓮が小さく呟く。
「……すごいね」
「何が?」
「こんなににぎやかな“旅立ち”って、初めて見た。
今まで、マラソンの遠征とか、合宿とか、
だいたい“ストイックです”みたいな顔して飛行機乗ってたから」
祥子は笑いながら、蓮の腕に軽く肘を当てる。
「じゃあ今日は、“ストイック”じゃなくて――」
「――“ストレートにアホな旅”だね?」
「そう、それ!」
二人の会話を、
少し離れたところで光子と優子が聞きつける。
「ちょっとあんたら、うちらの旅勝手に“アホ認定”しよらん?」
「え、違うんですか?」
蓮の素直すぎる返しに、全員が吹き出した。
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列車のドアが開き、
それぞれのキャリーバッグとリュックを抱えながら、
12人の一行が乗り込んでいく。
陽翔
「パパ、きょうのゴールどこ?」
翼
「秘密。
でもひとつだけ言えるのは――」
「――今の時点で、もう“日本は狭くない”って悟ったよね」
光子と優子が声を揃えて言うと、
大人たちの笑い声が、ゆっくり動き出した列車の中へと吸い込まれていった。
こうして、
「日本の海に近い鉄道をぐるっとめぐる旅」第一章・門司港発は、
にぎやかで、ちょっとだけ胸が熱くなるスタートを切ったのだった。




