吹奏楽部・新三年生
春の光が、福岡高校の中庭にやわらかく差し込んでいた。
校舎の窓には、真新しい制服の一年生の姿がちらほら映っている。
■ 吹奏楽部・新三年生
音楽室前の廊下。
譜面ファイルを小脇に抱えた春介と春海が、並んで歩いていた。
「……とうとう、うちらが一番上やね」
春海がぽつりと言う。
「だなぁ。なんかさ、
一年のときに見よった三年生って、“雲の上”って感じやったけど」
「うちら、中身あんま変わっとらんけんね」
ふたりして、ふっと笑う。
音楽室の扉を開けると、
二年生、一年生がそれぞれ楽器を準備している。
少し緊張した顔、ソワソワした笑い声。
春介はチューバケースをそっと下ろし、
いつも通りのテンションで声をかけた。
「おーい、一年ズ。今日のメニューは“軽め”やけん、
まずは楽器と友だちになる時間ね〜。緊張せんでよかよ」
「わからんことあったら何でも聞いてね。
“先輩”って呼ばんでもいいけん、“春介さん・春海さん”でOK」
一年生たちが、
「あ、はい!」「よろしくお願いします!」と少しホッとした顔で頭を下げる。
基礎合奏。
ロングトーン、スケール、簡単なコラール。
春海のスティックが、柔らかくテンポを刻む。
春介のチューバが、あたたかい土台を支える。
「上手に吹こうとせんでいいけんねー。
“音を出すの楽しいな”って思えたら100点!」
春介のその一言に、
一年生の肩の力が、すとんと抜けていく。
「先輩、なんか……こわくないです」
あるクラリネットの一年が漏らすと、
隣のトランペットの一年がうなずいた。
「でしょ? あの双子、
“部長と副部長”ってより“でっかい兄ちゃん”やけん」
そんな囁きが、少しずつ部内に広がっていく。
休憩時間。
春海は一年ドラマーの手首の使い方を、
自分の手を添えながら教えている。
「そうそう、その感じ。そのまま力抜いたまま、
**“スティックが勝手に跳ねる”イメージで」
「は、はいっ……!」
春介はチューバ・ホルン・トロンボーンの一年を集めて、
簡単なハーモニー遊び。
「ほら、今のコード、ちょっと春っぽくない?
桜並木の下歩きよるみたいな」
「わかる気がします!」
笑いながら、でも音はちゃんと揃っていく。
「――ね、ハル」
短い休憩の合間、
窓際にもたれかかりながら春海が言う。
「うちら、ちゃんと“部長と副部長”できよる?」
春介は外の桜を見上げて、少し笑った。
「さぁ? でもさ、
“楽しい”って顔しとる一年が増えよるけん、
とりあえずそれでよくね?」
「……うん。そうやね」
ふたりは軽く指先をタッチして、再び音楽室へ戻っていった。
■ ピーチシード★・レコーディングスタジオ
放課後。
街中のレコーディングスタジオ。
ガラス越しに見えるブースの中には、
“ピーチシード★”の4人が揃っていた。
Vocal & 作詞:青柳穂乃果
Drum & 作曲(1曲目):赤嶺春海
Bass & 作曲(2曲目):柳川水湊
Tuba/ベースラインアレンジ:赤嶺春介
スタジオ内には、
海の写真や夕方の高速道路の写真が、
イメージボードとして貼られている。
◎ 1曲目:春の海で出会う恋
ディレクター
「じゃあ、まず1曲目。“Spring Tide Meeting”から行こうか」
春の海で出会った二人の恋模様を描いた曲。
作詞・穂乃果、作曲・春海。
穂乃果が歌詞カードを見ながら、
ふんわりと微笑む。
「春の潮風ってさ、
ちょっと切ないけど、どこかワクワクしとるやん?
それを、ハルのリズムに乗せたいんよね」
春海がドラムセットに腰を下ろし、
ハイハットを軽く刻んでみせる。
「イントロは、**“まだ知らん誰かを待っとる感じ”**で。
Aメロから、ちょっとずつ波が寄ってくるイメージ」
春介がチューバとエレキベースの切り替えを確認する。
「サビで一気に“景色ひらける”感じ出したいけん、
低音、ガッと支えとくわ」
水湊はギターのストラップを締めながら、
サビのコード進行をなぞる。
「ここで一瞬転調入るの、
やっぱ正解やったね。
“出会っちゃった瞬間”感がえぐい」
穂乃果が笑う。
「歌う側のプレッシャーよ、それ。
でもやるけどね」
レコーディング開始。
ブースの中で穂乃果が目を閉じ、
春の海風を思い描くように歌い上げる。
春海のドラムは、
速すぎず、遅すぎず――
“心臓のドキドキ”そのもののテンポ。
サビでは、春介の低音がふっと厚くなり、
水湊のギターがキラッと波しぶきを描く。
モニター越しに、エンジニアが小さくうなずく。
「……これ、
高校生のバンドのレベルじゃないね」
ディレクター
「だろ? いつの間にか“プロの現場”になってんだよ、この子ら」
◎ 2曲目:ドライブデートのポップ・ラブ
2曲目はカップリング。
高速道路、サービスエリア、夜景。
ドライブデートを描いたポップなラブソング。
作詞・穂乃果、作曲・水湊。
途中でボーカルチェンジがある。
水湊
「Aメロを穂乃果、
Bメロからサビは二人でハモり、
2番のBメロでちょっとだけ俺も歌う、って構成でいこう」
穂乃果
「水湊ボーカル解禁ね? ファンざわつくよ?」
「……まぁ、たまにはね」
春海は既にノリノリだ。
「この曲、叩きよって楽しいんよな〜。
シンバルで“街のライト”散らす感じ」
春介
「ベースもちょっと跳ねさせて、
“タイヤがアスファルトを軽く蹴っとる”感じ出すか」
テストテイク。
明るい8ビートに乗せて、
穂乃果の柔らかい声と、水湊の少し低めの声が絡む。
〈ねぇ、どこまで行こっか
ナビのないまま、夜を泳ぐみたいに〉
途中、ボーカルチェンジ。
水湊が一瞬だけ主旋律に立つ。
〈隣で笑うきみが
渋滞だって 悪くないって言うから〉
そこへ穂乃果のハモりがすっと重なる。
スタジオの空気がふっと甘くなる。
録り終えて、
コントロールルームに戻ってきた4人。
エンジニア
「はい、今のテイク、もう一回聴いてみようか」
スピーカーから流れる自分たちの音源に、
春介と春海が同時に「おお……」と声を漏らす。
春介
「なんかさ、
“部活帰りにカラオケ来ました”じゃなくて、
ちゃんと“作品”って感じになってきたね」
春海
「うちら、いつの間にか
“笑い担当”から“音楽もガチ勢”になっとるやん」
穂乃果がニヤリと笑う。
「元からそのつもりやったけん」
水湊
「言うよねぇ」
4人の笑い声が、
春の夕暮れのスタジオに広がっていく。
この春――2054年。
学校では、
“でっかい兄ちゃん”みたいな部長・副部長として
吹奏楽部を引っ張り
スタジオでは、
ピーチシード★として本気の「春」を音に刻む
そんな春介と春海の「三年生の春」は、
静かに、でも確実に、
“次のステージ”への一歩目になっていくのだった。
11月27日(木) 5:43




