ヨハネスブルク・センターコート 男子シングルス 4回戦
◆ ヨハネスブルク・センターコート
男子シングルス 4回戦
青柳 翼(JPN) vs コナー・ウィルソン(AUS)
夕暮れ前のセンターコート。
ヨハネスブルクの高い空は、まだ青いのに、
スタンドの熱気はすでに決勝戦並みだった。
アナウンサー
「さぁ、男子シングルス4回戦。
日本のエース、青柳 翼が登場です!」
解説
「対するはオーストラリアの新鋭、コナー・ウィルソン。
今年の全豪オープンでベスト4入り、
今もっとも勢いのある若手の一人ですね」
大型スクリーンに、
二人の顔が並ぶ。
AUS WILSON / JPN AOYAGI
ベースラインに立つウィルソンは、
いかにも“オーストラリアン・ビッグサーバー”という体格。
肩幅が広く、サーブのフォームもダイナミックだ。
一方の翼は――
昔と変わらぬ落ち着いた表情。
でも、その目だけは、明らかに“若い頃”とは違う。
(さぁ、新鋭くん。
今日は、“大人のテニス”ってやつを、
しっかり堪能してもらおうか)
◆ 第1セット ― 力 vs 経験
試合開始。
最初のゲームはウィルソンのサービス。
いきなり210km/h超えのフラットサーブが、
センターに突き刺さる。
アナウンサー
『これは速い! エースです!』
客席から拍手と歓声。
続くポイントも、
ワイドへのスライスサーブ→フォアの逆クロスウィナー。
あっという間に40-0。
解説
「いやぁ、これは手強いですね。
パワーもあるし、何より“ホームの全豪”で結果を残した自信がある」
一方、翼は――
驚いた様子もなく、淡々とボールボーイからボールを受け取っている。
(うん、いいサーブ。
でも――“ここから先”が、テニスよ)
40-0から、
翼はリターン位置を半歩後ろに下げた。
サーブがセンターに入る。
それを、ギリギリまで引きつけて、
スライス気味に深く返す。
ウィルソン
(あれ? 思ったより伸びる)
その一瞬のズレが、
次のフォアのミスを導いた。
40-15。
さらに、
続くサーブはワイドへ。
翼はそれも、軽く合わせるだけのブロックリターンで深く返す。
解説
「おっと、“返すだけ”に見えますが、
エンドライン近くにピタッと止まりますね」
ウィルソンのショットが、今度はネット。
40-30。
アナウンサー
『ここで少し雲行きが変わってきました』
最後は、
ラリーの中でスライスとトップスピンを混ぜ、
テンポを変え続けた翼に、
新鋭が痺れを切らしてバックハンドをアウト。
ブレイクポイント――
……まで行きかけたところで、
ウィルソンが渾身のサーブで切り抜ける。
なんとかキープ。
(よしよし。
“簡単にサービスゲームは取れない相手だ”って、
もう刻めた)
◆ 翼のサービスゲーム:大人の余裕
第2ゲーム、翼のサーブ。
最初のポイントは、
180km/hそこそこのフラット。
数字的には、ウィルソンほど速くない。
だが――
コースがえげつない。
解説
「今の、ラインすれすれでしたね……!」
ウィルソンがどうにか触るが、
リターンは浅くなり、
翼が悠々とフォアでオープンコートへ。
次は、
スライスサーブをワイドへ。
同じフォームから、球種を変えている。
アナウンサー
『サーブの“見せ方”がうまいですね』
3ポイント目は、あえて速度を落としたキックサーブ。
そして4ポイント目は、再びフラット。
(プレッシャーは速さじゃなくて、“読めなさ”から生まれる)
あっさりとラブゲームキープ。
ウィルソン
(サーブ、そんな速くないのに……
なんでこんなにプレッシャーが……)
◆ セット中盤:じわじわ、じわじわ
セット中盤。
スコアは 3-3。
ここまで、
お互いにブレイクポイントはわずか。
だが、
内容は明らかに違っていた。
ウィルソンのサービスゲームは、
毎回のように30-30まで追い詰められている。
一方、翼は――
ほとんどのゲームを30以下でキープ。
解説
「数字の上では互角に見えますが、
内容では青柳が明らかに“握っている”試合ですね」
そして迎えた第7ゲーム。
ウィルソンのサーブ。
最初の2ポイントを連続で取られ、
0-30。
ウィルソン
(まずい……ここをキープしないと……)
焦りが、
ほんの少しだけ、足の運びを乱す。
浅く入った2ndサーブを、
翼がすかさず叩く。
フォアでクロス、
バックでダウン・ザ・ライン。
コートを左右に揺さぶられた末、
オープンコートにロブ気味のショットを打つウィルソン。
そこに、
翼が静かに走り込んでいた。
ふわり。
ドロップショット。
ネット際に、
ボールが優しく落ちる。
アナウンサー
『うわぁ……これは、いやらしい……!』
観客
「おおおおお!!」
0-40。
ブレイクポイントが、一気に3本。
(若い頃の俺やったら、
ここで“全力フォア”叩いとったな)
(でも今は――
“相手の心を折る1本”を、選べる)
次のポイント。
翼は、
これまでほとんど使ってこなかった、
**バックハンドのリターン“スライス・ショートクロス”**を選んだ。
サーブを逆クロスにカットし、
ネットのすぐ上をかすめる低い軌道で、
サイドライン際に落とす。
ウィルソン
(届く、けど……間に合わない!!!)
ラケットは届いたが、
ボールはネットの自分側に、ぽとり。
ブレイク成功。 4-3 翼リード。
◆ セット終盤:締めのギア
ブレイクした直後の自分のサービスゲーム。
ここが試合を決定づけるポイントだ。
だが、翼の表情は相変わらず穏やか。
ルーティンを崩すことなく、
一球ごとに呼吸を合わせていく。
サーブ&ボレーを一度混ぜ、
ウィナーを一本、
あえてロングラリーからのスライスミスを誘い、
最後はワイドへのエース。
5-3。
アナウンサー
『うーん、これは……
“スコア以上に差がある”ように見えますね』
解説
「若い選手にはない、**“引き算のうまさ”**が出てますね。
全てのポイントで勝ちに行くのではなく、
“ここは耐える”“ここは揺さぶる”“ここで決める”と、
目的がはっきりしている」
最後のゲームも、
ウィルソンの力強いショットを、
コートの深部で受け止め続ける翼。
(打たせて、外させる)
(こっちは、“あと一球長く”返せばいいだけ)
若い勢いは、
その“あと一球”を我慢しきれない。
フォアの強打が、
再びわずかにラインを割った。
第1セット 6-3 翼。
◆ 第2セット ― 新鋭、心が折れかける
第2セットに入ると、
差はさらに広がった。
ウィルソンのミスが目立ち始める。
それは技術の問題というより、
明らかに“心の疲れ”だった。
ウィルソン
(なんでだ……
全豪ベスト4のときは、
自分が“追いかける側”だったのに)
(今日は、ずっと“追い詰められてる側”だ……)
一方、翼は――
淡々と、自分のゲームを積み上げていく。
サーブの確率は上がり、
ファーストボレーの精度も落ちない。
ラリー戦でも、
スライスを混ぜてテンポを崩し、
たまにダウン・ザ・ラインで観客を沸かせる。
あっという間に 4-1。
解説
「ウィルソンは、“どこでポイントを取ればいいのか”
わからなくなってますね。
力で押しても、
ラリーしても、
サーブで攻めても――
全部、重心をずらされている」
5-2。
いよいよ、試合は終盤。
最後のゲーム。
翼のサーブ。
1ポイント目、ワイドへのエース。
2ポイント目、ラリーからのフォア逆クロス。
3ポイント目、あえてサーブのスピードを落として、
リターンを誘い、カウンターでオープンへ。
40-0。マッチポイント。
(さ、締めようか)
最後は、
観客も読めない選択だった。
――サーブ&ドロップボレー。
フラット気味のサーブをセンターへ。
そのままネットへ詰める。
ウィルソンのリターンは、
やや浅くセンター付近。
普通なら、
強打で抜きに行くところを――
翼は、
ラケット面をそっと下から滑らせた。
ネットのこちら側に、
ボールがふわりと浮き上がり、
すぐに相手コートの手前側へ、
ストンと落ちる。
ウィルソン
(うわ……そこでそれ選ぶか……)
走り出した時点で、
届かないと分かる距離だった。
ボールは二度バウンド。
レフリー
「ゲーム、セット、マッチ!
青柳! 2セットトゥラブ!」
スコア
6-3 / 6-2。
◆ 試合後インタビュー:円熟のコメント
レポーター
「見事なストレート勝ちでした!
全豪ベスト4の相手を、ほとんど寄せ付けませんでしたね」
翼
「そう見えてたなら、嬉しいですね。
実際のところは、
**“必死に相手の勢いを殺し続けていた”**って感覚です」
「若い選手は、本当に怖いですよ。
爆発力もあるし、一度乗ると止まらない。
だから今日は、“乗るきっかけを渡さないように”意識しました」
レポーター
「具体的には、どんなことを?」
翼
「全部は言えないですけど(笑)
“サーブの見せ方”、“ラリーのテンポ”、
それから“ミスしても、顔に出さないこと”。
自分の年齢を、ちゃんと味方にできるテニスをしたつもりです」
レポーター
「三大会連続の金メダルが見えてきましたが?」
翼
「メダルは、自分では選べないので。
選べるのは、“目の前の一球で何をするか”だけです」
「それを、
最後までサボらずに続けられたら――
笑って日本に帰れるんじゃないかな、と思います」
◆ 日本サイドのリアクション
翌朝、日本。
ニュースで流れるハイライトを見て、
リビングのちびっこ応援団が騒がしい。
陽翔(6)
「パパ、なんか“おとなのテニス”しとった!」
燈真(4)
「“あそびテニスやないやつ”やった!」
彩羽(1)
「ぱぱぁ〜〜♡」
結音(6)
「“おとなのテニス”ってなに?」
優子
「うーん……
“ちゃんと頭つかって、でも楽しそうに打っとるテニス”かな」
美香
「言い得て妙やね」
光子
「さ、これでいよいよ“ベスト8の壁”やね。
翼お兄ちゃんも拓実も、ここからが本番ばい」
その背中を、
日本と南アフリカの空の下で、
家族とファンと世界中の視線が見守っていた。
爆笑通信・徳島支部
翼の試合を見終えたインコ一家。
せきちゃん閣下は、画面を見つめながら深くうなずいていた。
「……なるほど。」
「これが“大人のテニス”か。」
横では、せいちゃん姫が首をかしげる。
「せきちゃん、テニスするん?」
「もちろん。」
「まずはフォームからや。」
きびまるたちも集まってくる。
「お父ちゃん、がんばれー!」
「見せて見せて!」
せきちゃん閣下は、翼のサーブ前のルーティンを真似して胸を張る。
「ふぅ……。」
「集中。」
そして――
「ぶーーーーん!」
勢いよく右の羽を振った。
ぺち。
「あいたっ!」
羽が、真横にいたせいちゃん姫の頭に見事ヒット。
せいちゃん姫は目をぱちくり。
「……。」
せきちゃん閣下。
「あ、すまんすまん。」
「もう一回。」
「今度こそ完璧に――」
再び、
「ぶーーーーん!」
ぺちっ!
「いたーーい!!」
またしても、せいちゃん姫の頭へ直撃。
スタジオは一瞬静まり返る。
きびまるが小声でつぶやく。
「……お父ちゃん。」
「学習能力、どこ置いてきたん?」
しらゆきも羽を口元に当てる。
「これは……まずい空気です。」
せきちゃん閣下は、まだ気付いていない。
「どうや?
翼さんみたいな大人の――」
そこまで言った瞬間。
せいちゃん姫が、ゆっくり振り向いた。
笑顔。
……なのに目だけ笑っていない。
「せ・き・ちゃ・ん?」
「はいっ。」
「何やってんのよ。」
「痛いじゃないの~!」
その瞬間。
つつつつつつつっ!!
頭への高速ツッツキ攻撃が炸裂。
「わーーー!」
「ごめんごめん!」
「痛い痛い!」
逃げても、
つつっ。
右へ逃げても、
つつつっ。
止まって謝っても、
つつつつっ。
きびまる実況。
「せいちゃん姫、怒りの高速連打です!」
しらゆき。
「お父ちゃん、防戦一方!」
あわみ。
「反撃する気ゼロ!」
ようやく攻撃が止むと、
せいちゃん姫はコホンと咳払い。
「はい。」
「ここからありがたいお説教です。」
せきちゃん閣下は正座ならぬ"止まり木正座"。
「はい……。」
せいちゃん姫は穏やかな口調で話し始めた。
「翼さんの“大人のテニス”ってね。」
「羽を大きく振ることじゃないの。」
「相手をよく見て。」
「落ち着いて。」
「必要な時だけ力を使う。」
「それが“大人”なの。」
「あなたは勢いだけで羽を振って、二回とも私に当てたでしょう?」
「これじゃ“大人のテニス”じゃなくて、“大人のうっかり”よ。」
きびまるたちは何度もうなずく。
「なるほど~。」
「勉強になる!」
せいちゃん姫はさらに続ける。
「周りをちゃんと見て行動すること。」
「相手を思いやること。」
「それが一番大事なの。」
「翼さんの試合を見て、そこを学ばないと。」
約20分後。
せきちゃん閣下は何度も頭を下げた。
「はい。」
「次からは周りを見ます。」
「羽も確認してから振ります。」
せいちゃん姫はようやく笑顔に戻る。
「よろしい。」
その様子を見ていた爆笑通信のスタッフは思わず吹き出した。
「結局、一番“大人”だったのは、せいちゃん姫でしたね。」
スタジオ中が笑いに包まれ、せきちゃん閣下も頭をかきながら照れ笑い。
「いやぁ……。」
「大人になるのも、なかなか難しいわ。」




