表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美香と光子と優子の爆笑ストーリー。光子と優子29歳  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/90

久留米の病院にて ― ひいじいちゃんのベッドサイド

 ◆ 久留米の病院にて ― ひいじいちゃんのベッドサイド


 久留米の総合病院。

 ICU前の待合スペースには、すでに赤嶺家と小倉・大畑の面々が集まっていた。


 アキラは長椅子に座って、両手を固く組んでいる。

 その隣には、美香。

 向かい側の椅子には、春介と春海が並んで、足をぶらぶらさせることもなく、じっと俯いていた。


「……ひいじいちゃん、起きとるかな」


 春海が小さな声でつぶやく。


「起きとってほしいね。

 まだ“じいさんダジャレ講座”受けよらんけんね、俺ら」


 春介が、わざと軽く言おうとして、ちょっとだけ声が裏返る。


 エレベーターの扉が開き、

 光子と優子が、走り出したい気持ちをこらえながら早足で近づいてくる。


「章くん!」


「美香お姉ちゃん!」


 美香が立ち上がり、

 二人をぎゅっと抱きしめた。


「来てくれてありがとう。

 さっきね、お医者さんから説明があって…

 今は意識がちょっとぼんやりしとるけど、

 まだ、ちゃんと生きようとしとるって」


 アキラも立ち上がり、

 少し照れたような、でも心底ホッとした顔で言う。


「じいちゃん、しぶとかけん。

 “わしは世界初の100歳現役ボケ職人になるんじゃ〜”って

 ずっと言いよったもんな」


 春介と春海も近づいてきて、

 光子と優子の服の裾をちょこんと掴む。


「光子おばちゃん…」


「優子おばちゃん…

 ひいじいちゃんに、会えると?」


 光子は、その頭をそれぞれ撫でる。


「会えるよ。

 むしろ、あんたらの声が一番の薬やけんね」


 優子が、にやっと笑って少しだけ声を落とす。


「ただし、

 “爆笑発電所フルパワーモード”は一旦禁止ね。

 ICUでひいじいちゃんが笑いすぎてモニター鳴りまくったら、大変やけん」


 春介と春海の口元が、

 ちょっとだけ緩む。


「……じゃあ、“ささやきツッコミモード”でいく」


「“小声ボケ・安全運行モード”でいく」


 そのやり取りに、

 アキラと美香も、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。




 集中治療室の前は、消毒液の匂いと、かすかな機械音だけが漂っていた。


 ガラス越しに見える赤嶺安三郎の体には、

 酸素マスクといくつかの管が繋がっている。

 それでも、あの人らしい「しぶとさ」が、まだどこかに残っているのが分かった。


「面会、少しだけなら大丈夫です」


 看護師にそう言われ、

 アキラ、美香、春介、春海、光子、優子が順番に中へ入る。


 ◆ ひいじいちゃんの本音


「じいちゃん…」


 ベッドのそばまで来たアキラが、

 声を震わせながら呼びかける。


 安三郎は、ゆっくりとまぶたを開けた。

 まだらな白髪と、深いしわ。

 でも、目の奥にはあの茶目っ気がちゃんと残っている。


「……おぉ……章かぁ……」


 くぐもった声だけれど、

 誰の耳にも、間違いなく“いつものじいちゃん”だった。


 春介と春海も、ベッドの側まで来て、

 小さな声で言う。


「ひいじいちゃん……春介やん」


「春海も来たよ……」


「おぉ、おぉ……

 わしの可愛いひ孫ズが……

 今日はいつもみたいに、ひいじいちゃんに

 お笑いのダメ出しせんとかいな…?」


 口調は弱っているのに、言ってることは相変わらずで、

 そのギャップにみんなが少しだけ笑う。


 光子と優子も、一歩前へ出た。


「ひいじいちゃん」


「東京から飛んで来たばい」


 安三郎は、マスク越しに二人を見つめ、

 ゆっくりと目を細めた。


「……お前らの映画、

 わし、劇場で観たかとったんよ」


 その言葉に、

 部屋の空気が少し揺れる。


「でもなぁ……」

 安三郎は、かすかに笑う。


「おれはもう、

 先は長くないかもしれん。

 心臓も肺も、そう長い距離は走れんごとなっとるって、

 先生がなぁ、渋い顔で言いよった」


 アキラが、思わず口をはさむ。


「じいちゃん、まだそんな――」


「よかよか。

 章、お前にだけはカッコつけんでよか」


 安三郎は、

 ゆっくりと天井を見上げるような目で続けた。


「だからな……

 もし、わしが映画館まで行かれんまんま、

 先にあの世に行ってしもうたら――」


 息を整えながら、

 それでもニヤリと笑う。


「おれの葬式の時は、

 みんなで爆笑して、

 エロ談義しながら見送ってくれや」


「……は?」


 あまりにいつも通りの“安三郎節”に、

 思わず光子が変な声を出す。


「なんね、その遺言」


 安三郎は、肩を震わせて笑いかける(実際にはほとんど揺れないが、笑おうとしているのが分かる)。


「しんみり泣かれて見送られたら、

 こっちも気まずかろうが。


 『あのじいさん、最後まですけべなことばっか言いよったね〜』って

 ゲラゲラ笑われながらな。


 ついでに、

 “あの頃はよかった、今の若いもんはスタイルがどうのこうの”って、

 エロ談義のひとつもしてくれたら、

 わし、棺桶の中でガッツポーズするばい」


 春介が、涙目のままツッコむ。


「ガッツポーズしたら怖いやろ!

 ホラー映画やん、それ!」


 春海も、鼻をすすりながら叫ぶ。


「ひいじいちゃん、

 今そういうボケせんでよかもん!!」


 笑いと涙がいっぺんにこみ上げて、

 みんなの表情がぐちゃぐちゃになる。


 安三郎は、そんな家族を見て、

 満足そうに目を細めた。


「……そうそう。

 これやこれ。


 わしが好きなんは、

 “泣き笑い”よ。

 爆笑したあとに、

 ちょっと胸の奥がじーんとするやつな。


 お前らは、それができるやろ。

 光子も優子も、章も、美香も、

 ひ孫ーズも。

 ……よう、育った」


 その一言に、

 今度は誰もツッコめなかった。


 ◆ 病院との交渉 ― 「ここを映画館にしてください」


 ICUでの面会を終えたあと、

 光子と優子は、病院のナースステーション前で顔を見合わせた。


「……どうする?」


「決まっとうやろ」


 二人は、受付を通じて医師と事務方を呼んでもらい、

 小さな会議室に通された。


 対応したのは、主治医と副院長、それに医療ソーシャルワーカー。


 優子が、深く頭を下げて切り出した。


「突然のお願いで申し訳ありません。

 わたしたち、青柳光子と柳川優子と言います。

 今ICUに入っている赤嶺安三郎さんの、孫……の嫁です」


 光子も続けて頭を下げる。


「おじいちゃんが、

 “映画を劇場で観たい”って、ずっと言いよったんです。

 でも、とても映画館に行ける状態ではないのは、分かってます。


 それで、図々しいお願いなのは承知なんですけど――

 この病院のどこか一室を、

 一日だけ“小さな映画館”にしていただくことって、

 できませんか?」


 一瞬、部屋の空気が止まる。


 主治医が、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「……ICUの機器をそのまま移動させるのは難しいですが、

 状態が落ち着けば、一時的に一般病棟の個室や応接室に移すことは検討できます。

 ただ、映画となると――」


 そこで、副院長がメガネ越しに二人を見る。


「上映機材や著作権の問題もありますからね。

 ご出演されているとはいえ、

 勝手に上映してよいというものでは……」


 光子はうなずき、

 あらかじめ準備してきた資料を差し出した。


「そこは、制作委員会と配給会社に、

 すでに話を通してきました。


 “終末期の患者さんに対する一回限りの院内上映”ということで、

 正式に許可をいただいています。

 機材も、うちのほうで全部用意します。

 プロジェクターとスクリーンを持ち込んで、

 病院の設備を傷つけるようなこともしません」


 優子も続ける。


「もちろん、大がかりなものにはしません。

 大声も出さんし、

 安三郎ひいじいちゃんの体調が悪くなったら、

 上映はすぐ中止します。


 たぶん、

 最後まで全部観る体力はないかもしれません。

 それでも、“映画館気分”を味わわせてあげたいんです」


 ソーシャルワーカーが、

 少し目を潤ませながら副院長を見た。


「……病院としての判断にはなりますが、

 こういう形なら、許可を出してもいいのではないかと、

 個人的には思います」


 副院長はしばらく黙って天井を見上げ、

 やがてふっと息を吐いた。


「――分かりました。


 使用時間を制限し、

 医師の立ち会いのもとで、

 少人数で行うことを条件にしましょう。


 ちょうど、少し広めの応接室があります。

 そこならベッドと機材を入れても余裕がある。


 “ここを映画館にしてください”という依頼は初めてですが……

 悪くないですね」


 光子と優子は、同時に頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 ◆ 応接室シアター開場


 翌日。


 病院の少し奥まった場所にある応接室には、

 白い簡易スクリーンとプロジェクター、

 スピーカーが設置されていた。


 ベッドごと慎重に運ばれてきた安三郎は、

 酸素マスクをつけたまま、

 部屋の真ん中にドーンと陣取っている。


「……なんやここは。

 病院というより、

 わし専用のTOHOシネマズやないか」


「TOHOさんに怒られるけん、やめんしゃい」


 光子が即ツッコミを入れ、

 看護師がクスクス笑う。


 部屋の後方には、

 アキラ、美香、春介、春海。

 それに赤嶺家と小倉家の数人が、

 遠慮がちに椅子に腰かけていた。


「ひいじいちゃん、

 映画館デビューやん」


「ポップコーンは持ち込み禁止やけどね」


「誰がICU帰りにポップコーン食うか!」


 そんなやり取りをしながら、

 照明が少し落とされる。


 ◆ 「これまで」の映画たち


 光子が、リモコンを握りしめる。


「じゃあまずは、

 うちらが初めてちゃんと主演で出させてもらった映画から、いこっかね」


 スクリーンに映し出されたのは、

 まだ若い頃の光子と優子が、

 東日本大震災後の被災地で出会う姉妹を演じた作品だった。


 津波で家族を失いながらも、

 仮設住宅で、

 どうにか笑いを取り戻そうとする人たちの物語。


 あの映画もまた、多くの人の心に残り、

 長く語られた作品だった。


 スクリーンの中で、

 瓦礫の街を歩く二人を見ながら、

 安三郎は小さくつぶやく。


「……あん時も思ったけどな。

 “人間、どんな地獄みたいな場所でも、

 結局、誰かがボケて、誰かがツッコむんよな”って」


 春介が、ベッドの側で聞き返す。


「それ、どういう意味?」


「笑いっちゅうのはな、

 生きとる証拠なんよ。


 泣くエネルギーすら残っとらん時でも、

 誰かがポロっと変なこと言うて、

 その一言で、“まだ生きとる”って感じることがある。


 お前らの映画は、

 いつもその“ギリギリのところ”ば、

 よう映しとる」


 光子と優子は、スクリーンを見つめながら、

 黙ってその言葉を聞いていた。


 東日本大震災の映画が終わったあと、

 少しだけ休憩をはさんで、

 二本目、三本目と、

 これまで出演してきた作品のダイジェストが流れていく。


 コメディ色の強い、音楽映画。

 海外を舞台にした、ロードムービー。

 ドキュメンタリータッチの、吹奏楽部の青春映画。


 若い頃の自分たちが、

 スクリーンの中で全力で走り回っている。


 春海が、何度目かの映像を見ながらぽつりと言う。


「……なんか、

 うちらのひいじいちゃん、

 “うちの孫とひ孫の人生の総集編”ば、

 病院の応接室で一気見しよる感じやね…」


 春介も、笑いながら目を赤くして言う。


「贅沢すぎるわ…

 こんなん、普通の人生でなかなか味わえんやろ」


 安三郎は、

 目を閉じたり開けたりしながら、

 一つ一つの場面を噛みしめるように見ていた。


 ◆ そして――『蒸気の町の約束』へ


 いくつかの作品を流したあと、

 光子は、一度リモコンを握りしめて、

 振り返る。


「ひいじいちゃん。

 ちょっと長くなってきたけん、

 ここでやめとこうか?」


 安三郎は、

 かすかに首を横に振った。


「……本命は、

 これからやろうが」


 優子が、苦笑しながらも頷く。


「じゃあ、いくよ。

 ひいじいちゃんが“劇場で観たかった”映画」


 室内の明かりが、さらに落とされる。


 スクリーンには、

 見慣れたタイトルが浮かび上がる。


『蒸気の町の約束』


 ICUではなく、

 小さな応接室。

 観客は家族と、数人の医師・看護師だけ。


 でもそこは、

 紛れもなく、「ひいじいちゃんのためだけの映画館」になっていた。


 安三郎は、

 酸素マスクの奥で、口元を緩める。


「……よっしゃ。

 わしの、

 “人生最後の初日舞台挨拶”やな」


 春介と春海が、そっと手を握る。


「ひいじいちゃん、

 ちゃんと観とってね」


「泣いてもよかけど、

 最後は笑おうね」


 その言葉に、

 安三郎は、ほんの少しだけ目を潤ませて言った。


「……おう。

 泣き笑いしながら観るわい。


 それが、

 わしの好きな“赤嶺家・小倉家スタイル”やけんの」


 そして、

 スクリーンに、

 大村幸と大村恵が再び現れる。


 その姿を、

 安三郎は、

 まぶたの裏に焼き付けるように、

 静かに見つめていた。


 ――この応接室での上映が、

 ひいじいちゃんの人生にとってどんな意味を持つのか。


 それは、このあと家族が、

 何度も何度も思い返すことになる。


「葬式のときは爆笑で送ってくれ」

 そう言い切った男が、

 最後まで“笑い”と“祈り”を求めた時間として。



 病室の窓の外には、うすい雲がゆっくりと流れていた。


 入院から、およそ一週間。


 モニターの数字は、ここ数日で少しずつ小さくなっていたけれど、

 家族の前では、安三郎は最後まで「いつものじいちゃん」でいようとしていた。


 ◆ 最後の朝


 その日も、家族は交代で病室に詰めていた。


 アキラと美香。

 春介と春海。

 それから小倉家や赤嶺家の面々が、

 面会時間のたびに入れ替わり立ち替わり顔を出す。


 光子と優子も、

 映画の仕事の合間をぬって福岡に滞在し続けていた。


 酸素マスク越しの声は、日に日にか細くなる。

 それでも安三郎は、

 誰かが来るたびに、必ず一言は“ボケ”を飛ばした。


「おぉ、春介か。

 身長、また1ミリ伸びたのぉ」


「そんなピンポイント成長ある?」


「春海は……今日は泣き顔やのぉ。

 可愛さ1.5倍やな」


「その倍率やったら、もうちょい笑わせてよ!」


 みんなの笑いと涙が、

 病室の空気にゆっくりと溶けていく。


 やがて、その日も夕方になり、

 窓の外が橙色に染まり始めたころ。


 モニターの音が、

 ほんの少しだけテンポを落とした。


 看護師が静かにドアを開ける。


「……ご家族の方、みなさん、

 よければ、そろそろお揃いになってください」


 その一言で、

 廊下にいた家族たちが、

 小走りに病室へ集まった。


 ◆ 「泣き笑いでいけ」


 ベッドの周りを囲むようにして、みんなが立つ。


 アキラが、そっと手を握った。


「じいちゃん。

 赤嶺章やけん。分かる?」


 安三郎は、うっすらと目を開けた。


「……分からんはずないやろが。

 わしの、かわいい“ツッコミ孫”が…」


 かすかな笑い声がこぼれる。


 春介と春海も、

 ベッドの脇に寄り添って、顔を近づけた。


「ひいじいちゃん。

 応接室シアター、楽しかった?」


「楽しかったか言うたらな……」


 一呼吸おいて、

 安三郎は、酸素マスクの中で口角を上げる。


「そらもう、最高やったわい。

 “マイ・ファミリー総集編”も、“蒸気の町の約束”も。


 ……わしの人生、

 いいラストスパートかけとるやろ?」


 光子が、涙でぐちゃぐちゃになりながら、それでも笑って言う。


「ラストスパート言わんでって…

 でも……じいちゃんらしい」


 優子も、鼻をすすりながら続ける。


「ひいじいちゃん。

 この前言いよったやん。

 “葬式の時は、みんなで爆笑して、エロ談義しながら見送れ”って」


「……あぁ。

 あれはな、本気やけん」


 安三郎は、ゆっくりと目を閉じ、

 少しだけ大きめに息を吸った。


「お前ら……

 泣くなとは、言わん。


 泣きたい時は、泣きぃ。

 でもな……


 泣きっぱなしは、

 わしの趣味に合わん。


 最後は、

 ちゃんと……笑え。


 “うちのじいさん、

 最後までアホやったなぁ”って、

 笑いながら思い出してくれりゃ、

 それで、十分や」


 春介の目から、

 涙がぼろぼろとこぼれる。


「……分かった。

 約束する。

 ひいじいちゃんの葬式、

 日本一うるさい葬式にするけん」


 春海も、嗚咽まじりにうなずく。


「うちは、“エロ談義”の意味はよく分からんけど……

 大きくなった時にちゃんとやるけんね…

 今は、“じいちゃんラブ談義”だけでも、許して…」


「……よう言うた」


 安三郎は、ゆっくりと、

 家族の顔を一人ひとり見ていくように目を動かした。


 アキラ。美香。

 光子。優子。

 春介。春海。

 そして、周りにいる赤嶺・小倉の面々。


「……わしの、

 一番の自慢はな……


 “いい家族ば、こんだけようけ作ったこと”や。


 金も名誉も、

 大したもんは残せんやったけどな。


 笑いと、

 ちょっとばかしのエロと、

 それから……


 “生き残った者の役目”は、

 ちゃんと見せられた気がする」


 光子が、堪えきれずに涙をこぼしながら、それでもちゃんと聞く。


「……じいちゃん。

 なんか、最後に言いたいことある?」


 安三郎は、ほんの少しだけ目を見開き、

 子どもみたいな笑顔を浮かべた。


「……あー……

 やっぱり……


 “人生、おもろかったのぉ”


 ……これに尽きるわい」


 その言葉とともに、

 モニターの数字が、ゆっくりと下がっていく。


 ピッ、ピッ、ピッ――


 機械音が、やがて長い一音に変わる。


 看護師が静かに近づき、

 主治医が時計を見て、小さく告げた。


「……本日○時○分。

 ご家族立ち会いのもと、

 赤嶺安三郎さんの死亡を確認しました」


 病室に、静寂が落ちる。


 春介と春海は、

 声を出さずに泣きながら、

 それぞれベッドに額を押し当てた。


 アキラは、

 じいちゃんの手を離せずに、

 ただ「ありがとうございました」と何度も繰り返す。


 光子と優子は、

 涙をぬぐいながら、

 ほとんど同時にこうつぶやいた。


「……じいちゃん、

 ちゃんと“泣き笑い”で、行ったね」


「ほんとやね……

 最後まで“安三郎節”全開やった…」


 それは、

 悲しみだけではなく、

 どこか誇らしさの混ざった言葉だった。


 ◆ 「笑い葬」への準備


 その数日後。

 久留米の斎場では、

 少しずつ“異例の葬式”の準備が進められていくことになる。


 喪主挨拶の台本の横には、

 安三郎の遺言メモ。


「●泣いてもいいが、最後は笑え」

「●エロ談義は年齢制限付き。18歳未満は“恋バナ談義”に変更」

「●棺の中でガッツポーズしてもビビらんこと」


 それを見て、

 葬儀社の担当者が半分困り、半分笑いながら言った。


「こんな遺言、初めて見ました…

 でも、

 “らしい”ですね」


 光子は、

 涙で赤くなった目のまま笑う。


「ええ、“らしい”んです。

 うちらの家らしく、

 ちゃんとやらせてもらえたら、

 じいちゃんも喜ぶと思います」


 こうして――


 東日本大震災の映画よりも長くロングランを続け、

 原爆で引き裂かれた家族を演じた姉妹のもとに、


 ひとつの「生ききった人生」が、

 静かに幕を下ろした。


 でも同時に、

 “笑いながら見送れ”という、とんでもなく明るい宿題を

 家族に残していったのだった。


 その宿題をどうやって果たしていくのか。

 葬儀当日――

 斎場は、泣き顔と笑い声とツッコミが入り混じる、

 前代未聞の「笑い葬」の舞台になる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ