初合奏 ―― 音が“変わる”瞬間
◆ 1.初合奏 ―― 音が“変わる”瞬間
その日は、ゴールデンウィーク前の金曜日だった。
福岡高校・音楽棟、吹奏楽部部室。
窓から差し込む夕方の光の中、譜面台がずらりと並び、
楽器のキーやスライドの小さな音が、期待まじりに響いていた。
三輪(部長・Trp):
「じゃあ今日は、
1年生も入れた“ほぼ本番編成”で、
初めて通しで合奏してみようか」
配られたのは、
夏のコンクール候補曲のひとつ――
タイトルは『暁に立つ風』。
テンポ早め、金管鳴りっぱなし、木管も吹き倒し、
そして土台を支える低音と打楽器がエグいほど重要な、
THE・コンクール曲である。
三輪:
「最初から最後まで通すから、
1年生は無理に全部完璧に吹かんでいいけんね。
“どういう景色か”掴むつもりで」
春介・春海:
「「はい!」」
――が、その「掴む」だけで済むとは、誰も思っていなかった。
◆ イントロ
スコアを睨みながら、三輪がタクトを構える。
三輪:
「……じゃあ、いくよ。
『暁に立つ風』、ワン、ツー、スリー、フォー――」
木管の静かなフレーズから始まり、
ホルンが柔らかく支えに入る。
そして、その下から――
ボォォォォォン……
春介のチューバが、
地面ごと持ち上げるような低音を響かせた。
中条(2年Tuba):
(うわ……床が鳴いとう……)
コントラバスの結城(2年)も、
思わず弓を持つ手に力が入る。
結城:
(この低音に乗れば、絶対揺れん)
一方、後方の打楽器。
ティンパニの前では、
春海がスティックを構え、
三輪のタクトと譜面を行ったり来たり、鋭い目つきで追っている。
◆ テーマに入った瞬間
テンポが一段階上がり、
トランペットのテーマが鳴り出す。
深町(2年Trp):
(うわ、このフレーズ……高校生に優しくない……)
高音をなんとか支えたところで、
後ろから迫ってくるのは――
タカタカタカタカッ!
春海のスネア。
派手じゃないのに、
「ここ!」というところで必ず芯を打ってくる。
内山(Tb):
(さっき動画見たときから思っとったけど……
マジで“メトロノーム内蔵ドラマー”やな……)
低音とリズムがガッチリ組んだ瞬間、
バンド全体の音が急に太くなった。
坂口(Fl):
(あれ……さっきの合奏より吹きやすい……?)
黒川(Cl):
(指が回りやすい。
“息を置く場所”がハッキリした感じ)
◆ クライマックス ―― 双春が“押し上げる”
中間部の山。
金管がフォルテでハーモニーをぶつけ合い、
木管が駆け上がる。
その真下で、
ボォン…… ボン…… ボォォン……
春介のチューバが、
まるでオーケストラのコントラバスのように
一音ずつ「階段」を作っていく。
中条(2年Tuba):
(あ、これ、“乗ったら安心なやつ”や)
同じラインを吹きながら、
つい笑いそうになった。
さらに後方では――
春海:
(ここでテンポ上がりすぎんように……
“前に出したい気持ち”はスティックじゃなくて背中で押す)
スネア、バスドラ、シンバル。
どれも派手すぎないのに、
不思議と全員が「ここで踏ん張れ」と言われている感じがする。
クライマックスの最後。
三輪がタクトを振り上げ、落とす。
全員:
「「ッダァァァァァン!!!」」
ホール用の曲が、狭い部室で暴れた。
――静寂。
三輪:
「……はい、ラストのリリースまで。
お疲れさま」
誰もすぐに喋れなかった。
先に口を開いたのは、
3年チューバの舟木だった。
舟木:
「……なんかさ」
三輪:
「うん」
舟木:
「うちのバンド、今日から“別の段”に上がったよね。」
平尾(Perc):
「わかる。
双春が入ったからとかやなくて……
“全員の音が一段上に引き上げられた”感じ」
内山:
「こうやって、世代って変わっていくんやな」
誰かがぽつりと呟く。
「赤嶺兄妹……やばい世代やね」
◆ 2.バラード合奏 ―― 先輩が涙をこぼす
その日の後半。
もう一曲、譜面が配られた。
タイトルは 『光の歩幅』。
卒業生への感謝を込めた、
ゆっくりしたテンポのバラード。
今年の定期演奏会のラスト候補曲だ。
三輪:
「これは、まだ外ではやってない曲。
3年生にとっては“ラストに吹きたい候補”の1つやけん、
ちょっと大事にいこう」
春海はティンパニ前に移動し、
マレットを柔らかく握る。
春介は、ロングトーンの準備をしながら、
ふと天井を見上げた。
(……じいちゃんが聞いたら、絶対なんか言うやろな)
(“もっと色気出せや〜”とか)
静かに、イントロが始まる。
フルートが優しく旋律を奏で、
クラリネットが寄り添う。
その下で、
低音とティンパニが「心臓の音」を刻んでいく。
トゥン…… ……トゥン……
春海のティンパニ。
さっきALFEEを叩いたときと同じ、
でもさっきより少しだけ柔らかい。
(これは“恋人同士”じゃなくて――)
春海:
(**“家族で歩く道のリズム”**や)
と、自分で決めていた。
中盤、ホルンとトロンボーンが重なるところ。
そこに、チューバの短いソロが入る。
三輪:
「じゃ、赤嶺春介。
そのソロ、ちょっと歌ってみて」
春介:
「はい」
譜面に書かれたのは、
たった二小節の、
シンプルな上行ライン。
だけど――
ボォォォ…… ボォォン……
音が出た瞬間、
3年の舟木が、ハッとした顔をした。
(うわ……)
(“音”じゃない、“声”や……)
春介のチューバは、
まるで誰かの名前を呼ぶみたいに
優しく、でも確かに前に出てくる。
それは彼の中で、
じいちゃんや、家族たちの笑顔と
全部つながっていた。
(じいちゃん、
おれ、高校生になってもちゃんと吹いとるよ)
そんな気持ちを乗せて。
ラスト。
全員の音が少しずつ消えていき、
最後はチューバとティンパニだけになる。
ボォォォ……(フェードアウト)
トゥン…… ……
音が完全に消えた瞬間、
部室全体に、静かな“余韻”が残った。
三輪:
「…………」
平尾:
「…………」
誰かが、小さく鼻をすする音がした。
振り返ると、
3年フルートの佐伯美鈴(同姓同名の別人)が、
涙を拭っていた。
佐伯:
「……ごめん。
なんか、“ラストの定演”の光景がちょっとだけ見えてしまって」
三輪:
「……まだ泣くには早かよ」
と言いつつ、自分も目が赤い。
平尾(Perc):
「うん。
双春が入ったから、泣ける曲がもっと泣ける曲になったって感じ」
春介・春海:
「「……!」」
◆ 3.ファイブピーチ★、福高に降臨
そんな“伝説の合奏”から、
一週間ほど経ったある日。
放課後、合奏前のウォームアップをしているとき、
部室のドアがコンコンとノックされた。
三輪:
「はーい、どーぞー」
ガラッ。
顔を出したのは――
見慣れた双子と、見覚えのありすぎるメンバー。
光子:
「どーも〜〜〜」
優子:
「お邪魔しま〜す!」
美香:
「こんにちは〜」
奏太:
「ども、ギターは持ってきてません」
小春:
「今日は“真面目モードの方の小春”です」
部員全員:
「「ええええええええ!!??」」
坂口(Fl):
「M&Y!? ファイブピーチ★!? 本物ォ!?!?」
黒川(Cl):
「いやちょっと待って心の準備が!!」
春介:
「えっと……うちの身内です」
春海:
「今日、“部活見学&指導&たぶん爆笑”しに来ました」
三輪(部長):
「事前連絡で“赤嶺家からスペシャルゲスト来ます”とは聞いとったけど……
ここまでスペシャルとは聞いとらんかった!!」
光子:
「今日は“指導者モード7割、
残り3割は……まぁ、いつものやつです」
優子:
「7割も真面目やったら上等よね?」
美香:
「うん、今日は“ギリ講師側”の立ち位置で」
奏太:
「“爆ロック講座”は封印しとく。たぶん」
小春:
「“たぶん”とか言いよるのが一番危ない」
◆ パート別・ミニ指導タイム
木管セクションには光子。
金管メロ系には優子。
低音&アンサンブルに美香。
リズムとノリに奏太と小春。
光子:
「メロディ吹く子たち〜。
“音を当てる”じゃなくて、“言葉をしゃべる”感じでね」
と言いながら、
実際に歌ってフレーズを示す。
即興のスキャットに、木管たちが目を丸くする。
坂口:
「プロの歌い方って、息の流れから違う……」
黒川:
「音が“一直線”やない、“線の中で揺れとる”的な……」
優子:
「金管は、まず“自分の音好きになる”とこからやけんね!
ヘタに遠慮せんで、“私の音聴けー!”って鳴らして♪」
深町(Trp):
「全国レベルの人にそう言われると、
なんか吹き方変わるわ……」
美香は、スコアを眺めながら低音隊のところへ。
美香:
「ここさ、
チューバとユーフォとコンバスで“同じ言葉”しゃべる部分なんよ。
だから楽譜上は別々でも、
“誰がメロディで、誰が相槌か”ちょっと意識してみて?」
西園寺(Euph):
「“相槌”……? あ、たしかに……」
舟木(Tuba):
「ここ、俺が“うんうん”って頷いて、
中条が“それでさ〜”ってしゃべるみたいにしてみる?」
結城(Cb):
「じゃあ俺、“ちょっと落ち着けよ”って割り込むベース担当で」
笑いながら、低音のラインが急に生き生きしてくる。
打楽器のところでは――
奏太:
「ドラムじゃなくて吹奏楽打楽器でも、
“重心”は変わらんけんね。
“タメてから落とす”か、“転がしてから当てる”か、
どっちかの意識をはっきりさせると、ノリがつかみやすいよ」
春海:
「うわ、めっちゃわかるそれ……!」
小春:
「あと、バラードのときは、
“お客さんの呼吸と一緒に揺れる”感じ。
“置いていかない”ようにね」
白石・金田・春海:
「「はいっ!!」」
……と、「プロ+家族の濃すぎる指導」で、
福高吹部の音はさらに変化していった。
◆ 4.ラストはもちろん――爆笑ギャグで魂離脱
一通りの指導が終わり、
最後にもう一度『光の歩幅』を通したあと。
三輪:
「じゃあ今日はここまで……と言いたいとこやけど……」
部員:
「(ごくっ)」
三輪:
「せっかく ファイブピーチ★ が来てくれとるけん、
最後になんか一発、お願いしてもいいですか?」
光子:
「えー、どうする? 真面目な歌で締める?」
優子:
「いや、ここまで真面目やったし、
最後は“魂あっち行きかけるやつ”でよくない?」
春介:
「出た、“危険ワード”」
春海:
「え、マジでやるん?」
美香:
「じゃあ、ショートコント形式でひとつ。
タイトル――
『コンクール当日の、絶対にあってはいけない光景』」
部員:
「「タイトルからして嫌な予感しかしない」」
◆ ショートコント:コンクール当日・ステージ裏
光子(指揮者役):
「はい、みんな本番5分前よ〜。
心の準備はできとー?」
優子(Trp):
「センセー、ラッパのマウスピースが……
カバンの中でプリンの下敷きに……」
三輪:
「あるかそんなこと!!(でもこの部ならありそうで怖い)」
美香(Perc):
「先生、ティンパニのペダルが……
さっきからドとレの間を行ったり来たりしよるんですけど」
小春(Cl):
「“諦めのミ♭”にしときましょう」
部室:
「“諦めのミ♭”て何!!?」
奏太(Tb):
「先生〜、譜面台忘れたけん、
客席の人に“譜面持っとって〜”ってお願いしていいっすかね」
光子(指揮者):
「それはもう“公開処刑”やろ!!」
ひとつボケるたびに、
福高吹部のあちこちから
「苦しい苦しい」「腹が痛い」の声。
◆ トドメの“福高吹部バージョン”双春ネタ
優子:
「じゃあ、トドメに――
“双春バージョン・自己紹介”いこっか
春介:
「え、ここで俺ら!?」
春海:
「しゃーない、やるか……」
2人、前に出る。
春介:
「どうも〜、“低音の皇帝”ことチューバ担当――」
春海:
「そして、“打楽器の神”と呼ばれましたが、
家では普通にお風呂掃除担当の――」
2人:
「双春でーす!!
“春をふたつ、にこひとつ。
安全運行でまいります!”」
\ウィンク→ちゅっ→両手でストップポーズ/
「ストップ! ぎゅー! ライト!!」
部員たち:
「「あっち世界行くーーーー!!!」」
床を叩いて笑い転げる者、
椅子から転げ落ちる者、
サックスを抱えたまま前屈して震えてる者。
三輪:
「やっば……
うちの部、コンクール本番前にこのギャグ見たら集中できんやん……」
平尾:
「でも、これ見たあとなら
どんな緊張も吹き飛ぶと思う……」
佐伯(Fl・3年):
「うん。
“笑える”って、
本番で一番欲しい“心の余裕”やけんね」
光子:
「そうそう。
音楽ってさ、
“泣いて・笑って・それでも前に進む”っていう、
その全部やけん」
優子:
「福高吹部のみんななら、
きっと“全部”できると思うよ」
美香:
「泣ける曲も、笑えるMCも、
ぜんぶひっくるめて“ステージ”やけんね」
奏太:
「困ったときは、“とりあえずツーバス踏む”」
小春:
「いやそれはやめて。吹奏楽で床抜ける」
◆ 締めの一言
その日の練習が終わって、
部室から出るとき。
三輪(部長):
「今日は本当にありがとうございました。
正直、今までで一番“疲れて、一番楽しい”合奏でした」
光子:
「それはよかった〜。
“ヘロヘロになるまで笑って、ヘロヘロになるまで吹く”
――それが一番、青春らしかよ」
優子:
「またいつでも呼んで〜。
“爆笑アップ”しにくるけん」
春介:
「先輩たち、これからもよろしくお願いします!」
春海:
「うちらも、ちゃんと“吹部の一員”として頑張ります!」
福岡高校吹奏楽部。
この日から、
“音楽的にもギャグ的にも、もう後には引けない部”として、
新たな伝説を作っていくことになる――。




