福岡高校音楽科へ ― 春介と春海の、新しいスタート
◆ 福岡高校音楽科へ ― 春介と春海の、新しいスタート
卒業式から数日後。
まだ制服の詰襟もセーラー服も片づけきれないまま、
ダイニングテーブルの上には、
一枚の封筒が二通、並んでいた。
表には、見慣れた校名。
「福岡県立 福岡高等学校 音楽科」
春介:
「……開けるよ?」
春海:
「うん、一緒に開けよ」
アキラと美香は、少し離れたところで固唾を飲んで見つめている。
リビングのソファでは、陽翔たちが
「どきどきする〜」「合格って出ると?」と小声でざわついている。
春介と春海は顔を見合わせ、
小さくうなずき合ってから、同時に封を切った。
カサッ、と紙の音。
二人は、震える手で紙を引き出す。
春介・春海:
「…………」
一瞬の沈黙のあと——
春海:
「……っ、あった!!」
春介:
「おれも……“合格”って書いとる!!」
次の瞬間、ダイニングに歓声が弾けた。
美香:
「やったぁぁぁぁ!! おめでとう!!」
アキラ:
「マジか!! よくやった!!」
美鈴:
「うわぁ〜〜、二人とも、ホントに……!
お母さんと、光子と優子と同じとこに行くんやねぇ……!」
優馬:
「小倉ファミリー福岡高校音楽科ライン、
ここに正式継承やね!」
光子:
「ふふ、ついに“次の世代”きたね〜」
優子:
「福高音楽科OB・OG会がますますにぎやかになるやん」
陽翔:
「春介にーに、高校生になってもチューバ吹くと?」
春介:
「もちろん! 陽翔もそのうち吹く?」
陽翔:
「う〜ん……おれはギターかも!」
燈真:
「とぅまはドラムがいい〜」
春海:
「じゃあ、うちらの“後輩バンド候補”やね」
結音:
「ゆのんは歌う〜!」
灯乃:
「ひの、花びら撒く〜!!」
彩羽・悠翔:
「ぎゅーー!!」
ワイワイと騒ぐちびっこたちを見ながら、
美香はふっと、春介と春海の顔を見つめた。
美香:
「……実はね。
お母さん、自分が福岡高校の音楽科に通ってたとき、
“いつか、自分の子どももここで音楽を学んでくれたら”
って、ちょっとだけ夢見よったとよ」
春介:
「……そうなん?」
春海:
「知らんかった……」
美香:
「でも、押しつけにはしたくなくてね。
二人が、自分で決めてくれて、
自分で受験して、自分で勝ち取った合格やけん……
なんかもう、それが一番嬉しい」
目頭を押さえながら笑う母の姿に、
二人は少し照れくさそうに笑った。
春介:
「おれさ、
中学最後の定期演奏会でソロ吹いたとき、
“もっと上手くなりたい”って
本気で思ったんよね」
春海:
「うちも。
打楽器って、うまくいったら
バンド全体がぐっと前に進むやん。
あの感じ、もっと極めたくてさ」
アキラ:
「じゃあ、これからは“福高サウンド”の一員やな」
美鈴:
「お母さんと、美香と、光子と、優子が歩いてきた道を、
今度はあんたたちが、自分の足で歩いていくとね。
なんか……誇らしかぁ」
優子:
「でも、覚悟しとき? 福高は勉強も普通にエグいけんね?(笑)」
光子:
「“音楽科やけん勉強ラク”とか、
そんな甘い世界やなかとよ〜?」
春介:
「はいはい、そのへんは覚悟しとるよ」
春海:
「うん。でも——」
双子は顔を見合わせて、にっと笑った。
春介:
「“春をふたつ、にこひとつ”で」
春海:
「高校でも、笑って音楽続けていきます!」
美香:
「うん、その言葉、最高の決意表明やね」
その夜。
勉強机の横に貼られた合格通知を見上げながら、
春介と春海は静かに話していた。
春介:
「ここからまた、三年間か」
春海:
「うん。
たぶん大変やけど……楽しみのほうが大きいね」
春介:
「音楽で誰かに笑ってもらえて、
誰かの涙も受け止められるような、
そんな演奏、できるようになりたいな」
春海:
「うん。
お母さんたちみたいに――
“音楽で人を救える大人”になりたい」
窓の外には、
もうすぐ咲きそうな桜のつぼみ。
2052年の春。
博多南中を卒業した双春は、
母と、光子と、優子と同じ「福岡高校音楽科」へ。
家族の笑いと期待を背に、
新しい音楽の扉を、そっと開けようとしていた。
福岡県庁・旅券課。
春休みの平日午前中とはいえ、けっこうな人で賑わっている。
受付の前で、どえらい一団がどーんと固まっていた。
大人:美香&アキラ、美鈴&優馬、光子&翼、優子&拓実
子ども:春介・春海、陽翔・結音、燈真・灯乃、彩羽・悠翔
計16名。まごうことなき「カオス隊」である。
◆ まずは申請書との戦い
美鈴:
「はいはい、みんな〜。
今日は“ウクライナ行きの切符になる大事な紙”ば書きに来たとよ〜」
燈真(4):
「きっぷ? 飛行機、しゅっぱーつ?」
陽翔(5):
「黒海の方に行くやつやろ? グローブで地球儀見たもん!」
結音(5):
「ゆのん、“パスポート”知っとる〜。“外国に行くための身分証”!」
灯乃(4):
「ひの、“顔ハンコ”って聞いた!!」
春海:
「顔ハンコて(笑)写真ね、写真」
カウンター近くのテーブルに陣取り、
大人たちは申請書とにらめっこ。
優子:
「はい、子どものとこは“署名じゃなくてフルネーム”ね〜」
光子:
「生年月日……2046年5月20日、陽翔と結音はここ揃えんごとなるね」
アキラ:
「燈真は2048年3月21日、灯乃は4月生まれ、彩羽と悠翔は2050年……っと」
美香:
「春介と春海は自分で書けるね?」
春介:
「書けるっちゃけど、こういうの緊張するんよね……」
春海:
「“赤嶺”の“嶺”が一瞬わからんくなるやつね」
優馬:
「お父さんもいまだに“優馬”の“優”間違えられるけん、気持ちはわかる」
美鈴:
「そこは慰めにならん!!」
◆ サイン欄で、早速カオス
陽翔:
「ねぇねぇ、“自分のサイン”って書いとるやん。
ぼく、“陽翔☆はると”って星マークつけていい?」
翼:
「だめ。公式書類にアーティストネーム入れんの」
結音:
「“結音♡ゆのん”もだめ〜?」
拓実:
「ハートもっとだめやろ」
燈真:
「“とぅま・こころまる”は?」
光子:
「それは普通に意味がわからん」
灯乃:
「ひの、“花びら”のマーク描きたいっちゃけど〜」
美鈴:
「ここは“漢字フルネーム一本勝負”たい!
星もハートも花びらも、心の中に描いとき!」
子どもたち:
「「えぇ〜〜〜〜〜」」
◆ 写真撮影:真顔 vs 変顔
一通り書類を書き終えると、
今度は隣の撮影コーナーへ。
職員さん:
「では、お子さんたちの写真を順番に撮りますね〜。
パスポートは“笑いすぎない・口を閉じる・まっすぐ前を見る”でお願いしまーす」
その条件が、
この一族にとってどれだけ難易度が高いかを、
職員さんはまだ知らない。
■ トップバッター:陽翔
カメラの前に座る陽翔。
職員さん:
「はい、じゃあお口を閉じて、
あまり笑わずに、まっすぐお顔をこちらに……」
陽翔:
「(……あかん、“笑うな”って言われたら逆におかしくなるやつや……)」
口角がピクピク。
後ろで春介が小声で囁く。
春介:
「陽翔、“うんこ”って考えるなよ。絶対考えるなよ」
陽翔:
「(……うんこ……あ)」
ニヤッ。
職員さん:
「はいストップ、その笑いかけはギリギリアウト〜。
もう一枚撮りましょうね〜」
美鈴:
「お父さん!! 下品なワードぶち込まん!!」
春介:
「お父さんじゃなくて俺やし!」
アキラ:
「父のせいみたいにすんな(笑)」
■ 結音、プロ根性を見せる
結音:
「ゆのん、マイク持って歌うときの、“歌う前の顔”にする!」
拓実:
「その基準がもうプロ」
結音、スッと顎を引いて、
すっとカメラを見つめ、
きゅっと口を結ぶ。
パシャッ。
職員さん:
「おぉ〜、これは素敵な写真になりましたよ」
全員:
「「さすがゆのん!!」」
陽翔:
「ずるい〜! ぼくもやり直したい!!」
■ 燈真、安定のマイペース
燈真:
「とぅま、じっとできるよ。
“こころまる”の顔する」
職員さん:
「……それは普通の顔と違うんですか?」
燈真:
「“やさしい顔”」
ふわっと力の抜けた、
不思議に穏やかな表情。
パシャッ。
美香:
「……うわ、なんか本当に“優しい顔”に写ってる」
アキラ:
「お前、将来何者になるんやろな……」
■ 灯乃、やっぱりやらかす
職員さん:
「じゃあ次、ひのちゃんね〜」
灯乃:
「ひの、わかった!!」
カメラをじっと見つめ——
にちゃぁぁぁぁ…… と、
“悪いこと企んだ顔”になる。
美鈴:
「なんでそうなると!!」
職員さん:
「ごめんね、それはちょっと“いたずら顔”すぎるから、
もうちょっと普通の顔にしようか」
灯乃:
「え〜、“普通の顔がわからん”」
優子:
「日頃からキャラがぶっ飛びすぎなんよ……」
最終的に、
美鈴と優子が視線の先で笑いを必死にこらえ、
ようやく“そこそこ普通”な灯乃の写真が撮れた。
■ 1歳コンビは、抱っこで勝負
彩羽(2歳手前)と悠翔(同じく)は、
ママ抱っこ&パパあやしながらの撮影。
職員さん:
「カメラのほう見て〜……」
彩羽:
「……(じーーー)」
→ なぜか職員さんの名札ガン見
悠翔:
「おねえしゃーん……」
→ カメラじゃなくて結音と灯乃を連呼
結音:
「ゆうと、こっち向いて〜!」
灯乃:
「“ケーキあるよ〜”って顔して!!」
美鈴:
「変な誘導せんでよか!!」
何度か撮り直しながらも、
奇跡的瞬間で「全員なんとなくカメラを向いた」写真が撮れた。
職員さん:
「はい、これなら大丈夫です!」
美鈴:
「……県庁の皆さん、本当にありがとうございます……」
職員さん:
「いえ、こちらこそ……
なんか元気もらいました(笑)」
◆ 申請完了。ウクライナ行きへの一歩
書類と写真を提出し、
手数料も支払い、すべてが終わったころ。
優馬:
「よし、これであとはパスポートができあがるの待つだけやな」
優子:
「いよいよ現実味出てきたね」
光子:
「“オデーサ行き16人旅券作戦”、無事ミッションコンプリートや」
春介:
「パスポートって、初めて持つからちょっと楽しみ」
春海:
「“自分の名前で、世界に出ていくチケット”って感じするよね」
陽翔:
「オレ、それ持って飛行場歩きたい!!」
結音:
「ゆのん、パスポートケース買う〜!」
燈真:
「とぅま、“こころまる”のマークつけたい〜」
灯乃:
「ひの、“花びらパスポートケース”にする!!」
彩羽:
「ぱすぽーとぉ〜!!(よくわかってないけどテンションMAX)」
悠翔:
「おねえしゃんと、ウクライナいく〜!!」
美鈴はそんな光景を見つめながら、
心の中でそっとつぶやいた。
美鈴:
「この子らが、争いのない世界で、
安心して空を飛べる時代でありますように。
その一歩目が、
こうして“パスポート申請”になるっちゃねぇ」
優馬:
「お母さん、今日だけでだいぶエネルギー使ったろ?」
美鈴:
「そらもう。
でもね——
“幸せな疲れ”って、こういうのたい」
そう言って、
窓の外の春空を見上げた。
そこには、
まだ見ぬオデーサの海につながる、
澄んだ青が広がっていた。




