エロ大魔王の声が、まだどこかで
◆ エロ大魔王の声が、まだどこかで
葬儀が終わり、
告別式が静かに幕を閉じた夕暮れ。
安三郎の遺影の前には、
生前愛用していた麦わら帽子と、
笑い皺の刻まれた写真。
「ひいじいちゃん……」
春介がぽつりとつぶやく。
春海は胸に花を抱きしめたまま、まだ少し涙ぐんでいる。
美香は、アキラの隣で手を握りながら、
静かに深呼吸をした。
——それは、ふたりが
安三郎から最後に受け取った抱擁の温度が
まだ腕に残っていたから。
病室での最後のぎゅっと抱かれた瞬間。
「美香ちゃんも、みっちゃんも、ゆうちゃんも、みーんな大事やけん」
と笑いながら言ってくれた、あの声。
そしてそのすぐあと、
照れたように、冗談めかして続けた言葉。
「ワシが死んだらやなぁ……
葬式ん時は、みんなでエロ談義して爆笑して送り出してくれ。
陰気くさいのは、ワシには似合わんけん!」
そんな“初代エロ大魔王”の言葉どおりの
笑いに包まれた葬儀だった。
優馬が祭壇に向かって
「なんで俺より先に行くとね!
あと何年かはエロ談義できる思っとったのに!」
とツッコんだ瞬間、
会場全体がどっと笑いに包まれた。
あのとき、美香もアキラも泣き笑いしていた。
——なのに、不思議なことに。
式がすべて終わった今、
風が吹くたび、
まるで耳元でひそひそと話しかけてくるような気がするのだ。
「おいアキラ、みかちゃん泣かせたら承知せんぞ〜?」
「美香ちゃん、美鈴と優馬はよか人やけん、安心して甘えてよかぞ〜」
「春介と春海はワシの宝じゃけん、頼んだぞ〜」
そんな、優しくてお茶目で、
ちょっとだけエロ大魔王らしい声が。
アキラは、小さく笑った。
「……美香。なんか、まだ聞こえるよな」
美香も涙で滲んだ目のまま、ふっと笑う。
「うん……分かる。
なんかね、“心配するな〜!”って言いながら、
あの人まだ近くにおる気がする」
アキラは空を見上げた。
夕焼けの向こうに、
あのじいちゃんの笑顔がふっと浮かぶようだった。
美香がそっとアキラの腕に寄りかかる。
「大丈夫。ひいじいちゃん、ちゃんと見てくれとるよ」
「だな。
あの人のことやけん……
寂しいとか言う暇もなく、天国の誰かにエロ談義ふっかけとるかもしれん」
ふたりは同時に、
くすっと笑った。
そしてその笑いの中に、
確かに感じていた。
——旅立ったはずなのに、
安三郎はまだどこかで見守っていて、
時々あの茶目っ気たっぷりの声が
風に乗って聞こえてくるようだ、と。
夕陽が静かに沈んでいく。
アキラと美香は、
手を重ねたまま、ゆっくりと歩き出した。
もうこの先、
どんな悲しみがあっても、
どんな喜びがあっても。
ひいじいちゃんの笑い声が、
いつまでも背中を押してくれる。
天国に着いても、安三郎は安三郎だった。
◆ 天国到着、初代エロ大魔王
「おぉ……ここが天国かいな」
気がつけば、ふんわりした雲の上。
目の前には、やさしそうな受付のお姉さん(天使)が微笑んでいる。
「赤嶺安三郎さんですね。おつかれさまでした」
「いやぁ、長旅やったばい」
後ろを振り返ると、
自分の“生涯”がざっくりダイジェストで流れていた。
畑。
笑い。
家族。
春介と春海にデレデレする顔。
そして——
ちょっと見せられんような趣味の時間も、うっすらモザイク入りで映っている。
「そ、そこはモザイク強めで頼むばい!」
「ちゃんと処理してますから大丈夫ですよ〜」
天使は爽やかに笑う。
◆ 現世では——禁断の発掘作業
そのころ地上。
葬儀も終わって数日後、赤嶺家では片付けが行われていた。
物置部屋。
押し入れ。
棚の上。
静子が、段ボール箱をひとつ出してきた。
「……これ、なんやろねぇ。じいさん、よう“触るな”って言いよった箱やけど」
ガムテープには、
なぜかマジックで大きく《絶対開けるな》《重要資料》と書いてある。
(重要資料ねぇ……)
静子はため息をつきつつ、ペリッとテープをはがした。
パカ。
中から出てきたのは——
年季の入ったDVDの山。
『○△×▽なお姉さん特集』
『青春なんちゃら』
『永久保存版○○』 などなど、
タイトルからしてあかん匂いしかしないラインナップ。
静子:「……じいさん、こんなもん、よう大事に隠してたねぇ」
優馬:「……」
美鈴:「……」
美香:「……」
光子&優子:「???」
静子はDVDを手に取り、
リビングに持って降りてきた。
「みんな、ちょっとー。
じいさんの“秘蔵コレクション”出てきたんやけど、これどうする?」
テーブルにドサッと積まれるDVDの山。
優馬:「…………(目をそらす)」
美鈴:「…………(こめかみピクピク)」
美香:「…………(視線の持っていき場に困る)」
光子:「おじーちゃん、えっちな映画すきやったと……?」
優子:「“大人の映画”ってやつやね?」
空気が、ものすごく微妙に止まる。
そこで——
優馬:「こ、これは……大事な遺品ですので、あの、わたしが責任を持って……」
と言った瞬間。
美鈴・美香・光子・優子:「「「「は?」」」」
◆ 優馬、極上のこちょこちょ地獄へ
次の瞬間、
優馬はソファに押し倒されていた。
「ちょ、ちょっと待て、話せば分かる!」
「何が“大切な遺品ですので”やぁああ!」
美鈴、袖をまくる。
「はい、スーパーこちょこちょの刑、執行〜!」
光子:「お父さん、覚悟しーよ」
優子:「こちょこちょ係、出動やね」
美香:「私も参加していい?」
4方向から指が襲いかかる。
わき腹。
足の裏。
首すじ。
ひざの裏。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!! ちょ、まっ……ははははははっ!!
や、やめっ……っ、死ぬ、笑い死ぬって!!」
光子:「日頃のエロ発言の代償やけん♪」
優子:「“大切な遺品”とかぬかした罰やね♪」
美香:「お父さん、反省してね〜(にこっ)」
美鈴:「あんたも将来“エロ大魔王2世”て言われたかね?」
バタバタバタッと暴れる優馬。
春介と春海も、それを見てケタケタ笑っている。
春介:「おじいちゃん、なんでそんなに笑いよると〜?」
春海:「“わるいこと”したけんやない?」
そんな子どもたちの視線も、地味に痛い。
◆ 一方そのころ天国では
その光景を、
どこか雲の上から覗いている男がいた。
もちろん、安三郎である。
「ちょ、やめたってくれ〜!
あれはワシの大事なコレクションやったんや〜!」
隣で雲に座っていた“天国の住人”たちは、
その叫びを聞いて腹を抱える。
「いやいや、おじいさん」
「もう天国来てまで、それ言います?」
「“大事なコレクション”て」
安三郎は、天を仰ぐ(いや、もう天国なんだが)。
「だってやなぁ……
じいさんにも楽しみっちゅうもんがあるんや〜。
あれ見ながらな、静子にバレんごと、ひっそりニヤニヤする時間が——」
「はいはいストップ」
「具体的に話さなくてよろしい!」
周りの天国民、
さらに腹筋崩壊。
雲の上に笑い声がこだまする。
「まぁでも、あれやな」
ひとりの天使が肩をすくめる。
「下では下で、ちゃーんと愛あるツッコミ入りよるけん。
あなたの“エロ大魔王DNA”は、しっかり受け継がれてますよ」
「……そっか」
安三郎は、ちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「美香ちゃんも、アキラも……
よう頑張っとるばい」
その目は、
地上の家族を見つめている。
◆ まだ聞こえるひいじいちゃんの声
こちょこちょ地獄から解放され、
ゼーハー言いながらソファに突っ伏す優馬。
「……ほんっっっとに、容赦なか……」
美鈴:「あんたが余計なこと言うけんよ」
美香:「“大事な遺品”は、きれいな思い出だけで十分です」
光子:「DVDは……まぁ、しかるべき処理ってことで」
優子:「じいちゃんも、天国から爆笑しとるね、これ」
アキラと美香は顔を見合わせて、
同時にふっと笑った。
(ひいじいちゃん、絶対見とるな)
(“おーい、ワシの作品たち〜!”とか言いよるわ)
耳を澄ませば、
どこか遠くで、安三郎の笑い声が聞こえる気がする。
「お前ら、ようツッコんどるやないか〜!
その調子で、これからも“笑いのある家族”でおりんしゃいよ〜」
アキラは小さく息を吐いた。
「……なんかさ」
「うん?」と美香。
「ひいじいちゃん、天国行っても、
あっちで嵐起こしよる感じしかしないよな」
美香はくすっと笑う。
「天国の住人、今ごろ“エロ大魔王襲来”ってザワついてるかもね」
「でも、それで笑い増えとるなら……
あの人らしいか」
二人の後ろで、
春介と春海が腹を抱えて笑っている。
光子と優子は「エロ大魔王ってなに?」と聞こうとして、美香に止められる。
こうして——
天国では腹筋崩壊。
地上ではこちょこちょ大騒ぎ。
安三郎は、
あの世でもこの世でも、
相変わらず“笑いの渦”の中心にいるのだった。
◆ 大切(?)なコレクション、ついに処分される
こちょこちょ地獄から一夜明け。
翌朝、小倉家のリビングには、
段ボール箱に山積みされた“問題のDVD軍団”がまとめられていた。
美鈴は腕まくりしながら宣言する。
「さ、これ全部、中古ショップに売りに行きます!」
優馬:「えっ……えっ……!?
そ、そんな急に処分……!? まだ、心の準備が……」
美香(淡々と):「お父さん、心の準備とかいらんけん。
これは、未来ある子たちの前で堂々と棚に置けない“危険物っちゃ」
光子:「“えっちな映画”ってやつやね!」
優子:「うちは見んでよか〜」
優馬:「お前らあああ、勝手に名前つけるなぁあああ!!」
しかし、さすがの家族の総攻撃に優馬は逆らえない。
◆ 中古ショップへ ― 壮絶な最終儀式
昼過ぎ、
美鈴・美香・光子・優子が、
堂々と段ボール箱を抱えて中古DVDショップへ向かう。
優馬は、しょんぼり、後ろを歩く。
(頼む……ひとつだけ……残してくれんか……)
しかし、容赦はない。
店員:「いらっしゃいませー。お売りになられる商品はこちらですね?」
美鈴:「はい、“全部”お願いします!」
優馬:「ぜ、ぜんぶ……!」
店員が中を見て、軽くむせた。
「こ、これは……なかなかのコレクションですね……
お客様、かなりの……ええと……
ジャンルに偏りが……」
美鈴:「偏りが?」
店員:「ええ、“健康的なお姉さんもの”が大変……多く……」
優馬:「わーーーっ!!
いちいち言わんでよかああああ!!」
光子&優子:「わはははははは!!」
◆ 査定の結果
店員:「しばらくお待ちください。査定して参ります」
〜10分後〜
店員:「お待たせいたしました。
合計で…… 3,280円 になります」
優馬:「……み、みのり、少なぁぁ……」
美鈴:「価値以前の問題やけん!」
美香:「処分できただけで価値あるっちゃ」
光子:「すっきり〜!」
優子:「天国のじいちゃんも笑っとるよ」
優馬はレシートを持ったまま、
遥か彼方を見つめていた。
(俺の青春の象徴たちが……
3,280円になってもうた……)
◆ 帰宅後、整理完了
帰宅後、
段ボールの跡地はきれいに空っぽ。
美鈴は胸を張って言う。
「はい、“健全な家庭”に戻りました!」
美香:「これで春介と春海にも安心っちゃ」
春介:「おじいちゃん、なんでそんなにしょんぼりしとるん?」
春海:「エロDVD没収されてショック?」
優馬:「いや、なんちゅうか……いや……
まぁ……そんなもんや……」
光子:「お父さん、顔が“だいぶ引きずっとる顔”やん」
優子:「今夜は追加でこちょこちょしたほうがよさそうやね〜」
優馬:「や、やめて……! 今はそっとして……!」
◆ 天国では
雲の上。
安三郎は爆笑していた。
「はっはっはっ!
優馬のやつ、あれ全部売り払われたとか!
ざまぁみろ〜!
ワシのコレクション、天国に持ってきたかったくらいやのに!」
天国の住人:「おじいさん、天国にそういうのは持ち込めませんよ」
安三郎:「いやいや、天国にもあるかもしれんぞぉ?
“天国版”が!」
住人一同:「やめろぉぉぉ!!腹痛い!!」
天使:「……まさか、天国でまで“エロ大魔王”を名乗るとは……
まったくぶれないですねぇ」
◆ こうして――
大事に隠していたコレクションは無事、
この世から姿を消し。
小倉家はひとまず平和を取り戻し。
優馬は少し恨めしそうな顔を残しつつも、
家族の爆笑に囲まれて、
結局は一番幸せそうに微笑んでいた。
そして天国では。
今日もまた、安三郎の笑い声が雲の上で響き渡るのだった。




