表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美香と光子と優子の爆笑ストーリー。光子と優子29歳  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/91

音楽との出会い

ちゃぶ台を囲んで「いただきます」と言い合った、その夜から。

二人の時間は、少しずつ、でも確実に動き始めた。



黒木美香は、その後すぐに博多南中学へ編入する。

新しい制服、新しい教室、新しい名前の貼られたロッカー。

どこかぎこちない日々の中で、彼女が一番心を落ち着けられる場所になっていったのが――吹奏楽部の部室だった。


最初は「見学だけ」のつもりで扉を開けた。

けれど、並んだ楽器たちの光と、先輩たちの音に包まれているうちに、

胸の中のヒリヒリが、少しずつ別の熱に変わっていくのを感じた。


「トロンボーン、やってみる?」


差し出された一本の楽器。

長いスライド、手に伝わる冷たい金属の感触。

初めて息を吹き込んだとき、

部室の空気がふるっと震えた。


そこから先は、早かった。


先輩にくらいつき、

休み時間も放課後も、スライドの練習。

帰宅後も、教本のコピーを眺めながら指の動きを確認する。


「黒木、うまくなったねぇ」

「音に、ちゃんと気持ちが入るようになってきたよ」


そう言われるたびに、

美香の中に「自分はここにいていい」という実感が、

少しずつ根を張っていった。



一方で、アキラの世界も変わり始めていた。


小倉家で見た、美香のトロンボーンケース。

部屋の隅で、黙って磨かれていたマウスピース。

ふとしたときに口ずさむ、吹奏楽のフレーズ。


「……いいな」


ぽつりとこぼれたその一言は、

自分でも驚くくらい、まっすぐだった。


「アキラも、なんかやってみたら?」

美鈴にそう言われて、

地元のジュニアの吹奏楽団の見学に行く。


譜面台の列。

並ぶ椅子。

金管の光と、木管の温もり。


「何の楽器に興味ある?」


そう聞かれたとき、

真っ先に思い浮かんだのはトロンボーンだった。

けれど、口から出たのは別の言葉。


「……トランペット、やってみたいです」


理由はうまく説明できない。

ただなんとなく、

“美香とは違う場所で、同じ音楽を見たい”と思ったのかもしれない。


初めて手にしたトランペットは、予想以上に重かった。

マウスピースに口を当てて息を吹き込めば、

思っていたよりもうるさい音が鳴る。


「お、おぉ……」


でも、その騒がしさが妙に心地よかった。


それから、アキラもまた、

練習帰りの自転車で、口の端を少しだけほころばせるようになる。



夕方のバス停。

部活帰りの美香と、ジュニアバンドの帰りのアキラが、

偶然同じ時間のバスを待つことも増えていく。


「今日は、どんな曲やったと?」

「新しいマーチ。スライドが追いつかんくてさ」

「こっちはファンファーレ。高い音、まだ全然出らん」


笑いながら交わすそんな会話の合間に、

お互いの中で、言葉にならない何かがゆっくりと育っていった。


憧れと、

尊敬と、

そして、自分でもまだ正体の分からない、

少し甘くて、少し苦い感情。


トロンボーンとトランペット。

違う音色、違う役割。

けれど同じ「楽譜」を見て、同じ「指揮」を見つめているふたり。


やがて、高校へ進み、

音楽大学へ進み、

数えきれない練習とステージと失敗と成功を積み重ねて――


卒業後、ふたりは夫婦となり、

“赤嶺アキラ&美香”として、世界に名を知られるミュージシャンとなる。


ホールを満席にするコンサート。

海外のオーケストラとの共演。

スクリーンの中で流れる映画音楽。

どれもこれも、遠く眩しい、未来の景色。


けれど、そのすべては――


あの日、小倉家の縁側で。

「事情持ち同盟」と笑いあった少年と少女が、

初めて同じちゃぶ台で「いただきます」と言った、

ほんの最初の出会いの、その延長線上にある物語だった。





◆ こうして、アキラの過去の物語は終わりを迎える


縁側で美香と並んで座ったあの日から、

アキラの人生は、ゆっくりと、でも確かに光へと向かい始めた。


孤独だった幼い頃。

お父さんとお母さんの不在に胸を刺され続けた幼稚園時代。

じいちゃんとばあちゃんが必死に守ってくれた日々。

それでも言葉にできない寂しさがこみ上げる夜。

ひとりで胸にしまい込み、笑ってごまかしてきた小学生の頃。


そして――

美鈴と出会い、美香と出会い、

光子と優子という“台風のような小さな姉妹”に揉まれ、

いつしか「孤独」は「家族」と「音楽」に置き換わっていった。


トランペットを手にした日。

美香の横顔に胸が熱くなった日。

“事情持ち同盟”と笑い合った日。

小倉家のちゃぶ台で食べた温かいごはん。


そのひとつひとつが、

アキラという少年に新しい色を与え、

やがて彼は、過去の痛みを背負いながらも、

そこに飲まれることなくまっすぐ前へ進む青年へと育っていった。


幼少期の“足りなかったもの”は、

血のつながりではなく、

心のつながりで満たされていった。


——そして今。


アキラは大人になり、

音楽家として、父として、夫として、

自分の足で立つ人間に成長した。


美香とともに、

世界を舞台に奏でる音楽家となり、

春介と春海という宝物を授かり、

かつて欲しくてたまらなかった“家族”の中心にいる。


もう、あの日の少年は

「お父さんとお母さんがおらんけん」

と自分を小さくすることはない。


あの道路の向こうで失われたものは、

二度と戻らなかったけれど――


代わりに彼は、

じいちゃんとばあちゃん、美鈴、優馬、

光子と優子、美香という

“新しい家族の光”にめぐり逢えた。


アキラの過去の物語は、ここで終わりを迎える。


でも同時に、

これは新しい未来への序章でもある。


これから彼は、

音楽家・赤嶺アキラとして、

夫として、父として、

そして小倉家の一員として――


また新しい物語を歩んでいく。


苦しみと、温もりと、

涙と、笑顔が混ざり合った、

ひとりの人間の“生きた証”として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ