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美香と光子と優子の爆笑ストーリー。光子と優子29歳  作者: リンダ


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土曜日の午後、小倉家へ

 土曜日の午後、小倉家へ


 土曜日の午後。


 赤嶺家の台所には、昆布と鰹のだしの香りがふわりと広がっていた。


「アキラ、昼はおにぎりば作っとるけんね」


 静子が台所から声をかける。


「うん」


 アキラは新聞の折り込みチラシを眺めながら返事をした。


 すると静子がふと思い出したように言った。


「そういえば今日の夕方、小倉さんとこ行くっちゃろ?」


 アキラは少し顔を上げた。


「うん」


 居間でお茶を飲んでいた安三郎が笑う。


「あの幼稚園の先生の家たいな」


「うん」


 アキラは自然と、あの日のことを思い出していた。


 ランドセルを引っ張られた放課後。


「親がおらん子」


「じいちゃんばあちゃん子」


 そう言われて笑われた時だった。


 間に入ってきた女性がいた。


 幼稚園の先生だった。


『それは遊びじゃなくて、いじめって言うとよ』


 穏やかな声だった。


 けれど不思議なくらい力があった。


 あの日から、教室の空気は少し変わった。


 完全になくなったわけではない。


 でも露骨なからかいは減った。


「ほんとに行ってよかと?」


 アキラがぽつりと聞く。


 静子は手を止めて振り返った。


「あたりまえやろ」


 優しく笑う。


「味方がおるって分かるのは大事なことたい」


 安三郎も頷く。


「世の中、じいちゃんとばあちゃんだけじゃなか」


「うん」


「アキラば応援してくれる大人は多いほうがよか」


 アキラは少し照れながら笑った。


(行ってきていいって言ってくれるんやな)


 その一言だけで、胸の中が少し軽くなった。


 午後三時過ぎ。


 約束より少し早めに家を出た。


 住所を書いた紙を何度も見ながら住宅街を歩く。


「ここかな」


 小さな花壇のある一軒家。


 玄関の前には季節の花が並んでいた。


 少し緊張しながらインターホンを押す。


 ピンポーン。


 すぐに家の中から足音が聞こえた。


「はーい!」


 勢いよく扉が開く。


「わっ」


 思わず一歩下がった。


 そこに立っていたのはエプロン姿の女性。


 美鈴だった。


「アキラくんやね!」


「おじゃまします」


「よく来たねぇ。さ、上がって上がって」


 玄関を上がると、奥から賑やかな声が聞こえた。


「ママー!」


「だれー?」


 小さな足音が近づいてくる。


 そして二人の女の子が飛び出してきた。


「こっちが光子」


「こっちが優子」


「ミニ台風二号と一号です」


 美鈴が紹介すると、


「たいふうやけん!」


「たいふうやけん!」


 本人たちは胸を張る。


 アキラは思わず吹き出した。


「アキラおにいちゃん?」


「すきなたべものなに?」


「でんしゃすき?」


「おやつたべる?」


 質問が次々飛んでくる。


「ちょ、ちょっと待って」


 気づけば自然と笑っていた。


(なんやろう、この家)


 にぎやかで。


 騒がしくて。


 でもどこか温かかった。


 リビングでは手作りクッキーが出された。


 光子と優子はアキラの両隣に陣取っている。


「おいしい?」


「うん」


「ほんと?」


「ほんと」


 二人は嬉しそうに笑った。


 その時だった。


 ピンポーン。


 再びインターホンが鳴る。


「はーい」


 美鈴が立ち上がった。


 数分後。


 戻ってきた美鈴の後ろに、一人の女の子が立っていた。


 肩まで伸びた髪。


 少し大きめの服。


 細い体。


 そして――


 どこか怯えたような目。


「みんな聞いてね」


 美鈴の声が少しだけ真面目になる。


「今日からしばらくの間、この子がうちで暮らします」


 女の子は小さく頭を下げた。


「……黒木美香です」


 声はかすれていた。


 まるで人と話すこと自体が怖いみたいに。


「よろしくね」


 美鈴が優しく言う。


 光子と優子はすぐ近寄った。


「みかちゃん!」


「いっしょにあそぶ?」


 美香は少し戸惑っていた。


 それでも小さく頷いた。


 夕方。


 光子と優子は昼寝に突入。


 家の中が少し静かになる。


 アキラは縁側に腰を下ろして庭を眺めていた。


 その時。


 小さな足音が聞こえた。


 振り返る。


 美香だった。


「……隣、いい?」


「うん」


 二人は縁側に並んで座った。


 しばらく無言。


 風だけが吹いている。


 やがて美香が口を開いた。


「さっきは、ごめん」


「何が?」


「ちゃんと挨拶できんかった」


 アキラは首を振る。


「別によかよ」


「でも……」


「ここに来て話しかけてくれたやん」


 美香は少し驚いた顔をした。


「それだけで十分やろ」


 沈黙。


 やがて美香がぽつりと言った。


「アキラくんってさ」


「ん?」


「なんか、うちと似た目しとる」


 アキラは少し驚く。


「似た目?」


「うん」


 美香は庭を見つめたまま言った。


「どっかがずっと痛い人の目」


 その言葉に、アキラは返事ができなかった。


 図星だったからだ。


 しばらくしてアキラは静かに話し始めた。


「ぼく、お父さんとお母さんおらんと」


 美香が顔を上げる。


「事故で亡くなった」


「……」


「じいちゃんとばあちゃんが育ててくれた」


 美香は何も言わない。


 ただ聞いている。


「学校で笑われることもある」


 アキラは少し笑った。


「でも今日ここに来て思った」


「?」


「味方って、本当におるんやなって」


 美香の瞳が揺れた。


「……うらやましい」


 小さな声だった。


「え?」


「うちは、そう言ってくれる人、おらんかった」


 アキラは少し考えた。


 そして言った。


「じゃあ」


「?」


「ぼくでよかったら味方になるよ」


 美香が目を見開く。


「味方?」


「うん」


 アキラは少し照れながら笑った。


「一人くらい増えてもよかろ?」


 美香はぽかんとした顔をした。


 そして――


 ほんの少しだけ。


 本当に少しだけ笑った。


「……うん」


 その笑顔は小さかった。


 けれどきっと、この家に来てから初めて浮かんだ笑顔だった。


 夜。


 ちゃぶ台にはたくさんの料理が並んだ。


「いただきます!」


 光子と優子の元気な声。


 美鈴の笑い声。


 仕事中の優馬からかかってくる電話。


 その中で、


 美香は少し緊張しながら箸を持ち、


 アキラはさりげなく隣で話しかける。


 親を失った少年。


 親に傷つけられてきた少女。


 抱えている痛みは違う。


 けれど、


 胸のどこかがずっとヒリヒリする感覚だけは、同じだった。


 この日。


 二人は初めて出会った。


 それは後に、


 小倉家の長女となる黒木美香と、


 赤嶺アキラの長い物語の、


 本当に最初の一ページだった。

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