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美香と光子と優子の爆笑ストーリー。光子と優子29歳  作者: リンダ


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アンパンマンの心を乗せて――駅キャラと路面電車、四万十の向こうの宿毛温泉

 旅の16日目

 アンパンマンの心を乗せて――駅キャラと路面電車、四万十の向こうの宿毛温泉


 朝の高知。


 この日の旅は、列車へ乗るところからではなく、ひとつの物語の心に触れるところから始まった。


 一行が最初に向かったのは、香美市香北町にある「やなせたかし記念館 アンパンマンミュージアム」。


 同行しているのは、光子、翼、陽翔、燈真、彩羽の青柳家。


 優子、拓実、結音、灯乃、悠翔の柳川家。


 そして、肥後祥子と宮村隼。


 大人六人、子ども六人の総勢十二人である。


 アンパンマンミュージアム――本当の正義とは何か


 山あいの穏やかな風景の中に建つミュージアムが見えてくると、六人の子どもたちは一斉に窓へ集まった。


 陽翔が真っ先に声を上げる。


「アンパンマンがおる!」


 燈真も建物を指さした。


「ほんものの世界みたい!」


 結音は灯乃の手を握りながら、入口を見上げる。


「テレビで見よった子たちに会えると?」


 灯乃も目を輝かせていた。


「ジャムおじさんもおるかな?」


 悠翔は、すでにカメラを構えようとしていた。


「全部写真撮る!」


 その横で、彩羽は入口に描かれたキャラクターをじっと見つめている。


「アンパンマン、今にもこっちへ飛んできそう」


 光子が六人を振り返った。


「まだ入口やけんね。ここで全力を使い切ったら、館内に入る前に活動限界になるよ」


 優子も続ける。


「それから、館内では走らんこと。アンパンマンも交通ルールと館内ルールは守ります」


 悠翔が尋ねる。


「ばいきんまんは?」


「ばいきんまんでも守ってもらいます」


 拓実が笑った。


「入口から生活指導が始まったな」


 館内へ入ると、そこには六人が絵本やテレビで親しんできた世界が広がっていた。


 鮮やかな絵。


 大きく描かれたアンパンマンと仲間たち。


 見覚えのある建物や乗り物。


 六人は、ひとつ見つけるたびに名前を呼んだ。


「ジャムおじさん!」


「バタコさんもおる!」


「カレーパンマン!」


「しょくぱんまん!」


「ドキンちゃん!」


「ばいきんまん、こっちに隠れとる!」


 六人の声が、あちらこちらから飛んでくる。


 光子は子どもたちを追いながら笑った。


「十二人で来たはずやのに、子どもたちだけ分身しとらん?」


 優子が周囲を確認する。


「六方向から声が聞こえる。包囲されとるね」


 翼が陽翔と燈真を呼び戻し、拓実が悠翔を止め、光子が彩羽の手を取り、優子が結音と灯乃をそばへ集める。


 祥子がその様子を見ながら言った。


「ウォーミングアップなしで、いきなりインターバルトレーニングですね」


 隼が冷静に答える。


「大人組の方が先に疲労しそうです」


「まだ入館して十分もたってないんですけど」


 にぎやかな展示を楽しんだあと、一行は原画や、やなせたかしの歩みを紹介する場所へ進んだ。


 そこでは、先ほどまでの明るい歓声が少しずつ静かになった。


 テレビや印刷物で見る絵とは異なる、原画に残された線。


 筆の動き。


 わずかな色の濃淡。


 キャラクターたちの表情に込められた、描き手の温度。


 拓実は一枚の原画の前で足を止めた。


「画面で見るのとは違うね。描いた人の手が、そのまま残っとる感じがする」


 祥子も原画を見つめる。


「優しい線ですよね。でも、ただ明るくて可愛いだけじゃない。悲しさや寂しさも知っている線に見えます」


 隼は、やなせたかしが戦争や飢えを経験し、その中から正義について考え続けたことを紹介する展示を読んでいた。


 強い者が敵を倒すことだけが、正義ではない。


 空腹で苦しむ人へ食べ物を差し出すこと。


 困っている人のところへ行くこと。


 自分も傷つくかもしれないと知りながら、それでも手を伸ばすこと。


 アンパンマンが自分の顔を分け与える行為には、そうした切実な思いが込められていた。


 光子が、静かな声で言った。


「子どもの頃は、アンパンマンが自分の顔をあげるのを普通に見よったけど……よく考えたら、ものすごいことなんよね」


 優子も頷いた。


「自分も弱ってしまうのに、お腹を空かせた人を見過ごさん。正義って、必ずしも敵を倒すことやないんやね」


 翼はアンパンマンの絵を見上げた。


「困っとる人へ、何をしてあげられるか。そこから正義が始まるんやろうな」


 拓実が続ける。


「しかもアンパンマンは無敵じゃない。顔が濡れたら力が出らんし、傷つくこともある。それでも助けに行く。弱くならないから勇敢なんじゃなくて、弱くなるかもしれなくても動くから勇敢なんよね」


 陽翔は大人たちの会話を聞き、アンパンマンを見上げた。


「アンパンマン、顔をあげたら痛いと?」


 光子は腰を落とし、陽翔と同じ目の高さになった。


「痛いかもしれんね。それでも、お腹を空かせた人を放っておけんのやと思う」


 陽翔は少し考える。


「じゃあ、ぼくも誰かがお腹すいとったら、パンあげる」


「全部あげなくてもいいとよ。一緒に半分ずつ食べたらいい」


「半分でもいいと?」


「もちろん。半分こも、立派な優しさやけんね」


 燈真は別のことが気になっていた。


「アンパンマンは、ずっと一人で頑張ると?」


 翼が答える。


「一人じゃないよ。顔が濡れた時は、ジャムおじさんやバタコさんたちに助けてもらうやろ?」


「助ける人も、助けてもらっていいと?」


「いいんよ。誰かを助ける人だって、疲れたり弱ったりする。そんな時は、今度は周りの人に助けてもらえばいい」


 隼が穏やかに付け加えた。


「休むことも大事です。元気を取り戻したら、また誰かを支えられますからね」


 燈真は安心したように頷いた。


 その近くでは、結音と灯乃が、ばいきんまんの絵を見ていた。


 結音が優子へ尋ねる。


「ばいきんまんは、ずっと悪い子なの?」


 優子は少し考えてから答えた。


「悪いことをする時はあるね。でも、いつも誰かを傷つけるだけの存在でもないやろ? アンパンマンたちと一緒に何かをすることもあるし、誰かを助けることもある」


 灯乃が首を傾げる。


「じゃあ、悪いことをしたら、ずっと悪い子になるんじゃないと?」


「ならんよ。間違ったことは止めてもらわないかん。でも、間違いを認めて、謝って、やり直すことはできる。したことが悪いからって、その人の全部まで悪いと決めつけたらいかんのよ」


 結音と灯乃は、もう一度ばいきんまんを見た。


「やり直していいんやね」


「何度でも、ちゃんとやり直したらいい」


 悠翔は展示されたアンパンマンを見上げながら言った。


「困っとる人がおったら、ぼくも助けに行く」


 拓実は息子の頭を撫でた。


「気持ちは立派。でも、危ない場所へ一人で行ったらいかんよ」


「じゃあ、大人を呼ぶ」


「そう。大人を呼ぶことも、警察や救急へ連絡することも、立派な助けやからね」


「勝手に突撃せん」


「それが大事」


 少し離れた場所で、彩羽はアンパンマンの姿をじっと見つめていた。


 光子が隣へ立つ。


「彩羽は何を考えよると?」


 彩羽はしばらく考えてから答えた。


「アンパンマンは、顔が濡れたら弱くなるんよね」


「そうやね」


「でも、自分が弱くなることを恥ずかしいと思ってない。ちゃんと助けてもらう」


 光子は娘の言葉に耳を傾けた。


「うん」


「試合でも、ずっと一人で勝たなくていいと?」


 彩羽は将来、卓球選手を目指している。


 勝負の世界では、最後にコートへ立つのは自分一人である。しかし、その一人がそこへ立つまでには、家族や仲間、指導者、対戦相手を含め、多くの人の支えがある。


 光子は彩羽の肩へ手を置いた。


「試合をする時は一人でも、そこへ行くまで一人じゃないよ。練習相手も、コーチも、応援してくれる人もおる。それに、負けたり、うまくいかなかったりした時は、誰かに助けてもらっていい」


 彩羽は小さく頷いた。


「じゃあ、強い人って、何でも一人でできる人じゃないと?」


「うん。自分が苦しい時に苦しいと言えて、誰かが苦しい時に隣へ行ける人が、本当に強い人なんやないかな」


 彩羽はもう一度、アンパンマンを見上げた。


「アンパンマン、強いね」


「強いね。でも、ちゃんと弱くもなれるけん、もっと強いんかもしれんね」


 見学の最後、一行は全員で記念写真を撮ることにした。


 六人の子どもたちが前へ並ぶ。


 陽翔は拳を突き出し、燈真は両手を広げる。結音と灯乃は頬を寄せ、悠翔は勇ましい顔を作り、彩羽は卓球のフォアハンドを打つような構えを見せた。


 光子が笑う。


「彩羽だけ、アンパンマンじゃなくて卓球の試合が始まりそうやね」


 彩羽はそのままの姿勢で答えた。


「アンパンマン・フォアハンド!」


 優子がすかさず突っ込む。


「顔をボールみたいに打ったらいかん!」


 全員が笑ったところで、シャッターが切られた。


 ミュージアムを出る前、光子が六人へ尋ねる。


「今日、アンパンマンから何を教えてもらった?」


 陽翔が手を挙げる。


「お腹を空かせた人と、パンを半分こする!」


 燈真が続く。


「助ける人も、助けてもらっていい!」


 結音は灯乃と顔を見合わせた。


「間違っても、ちゃんとやり直せる!」


 灯乃も頷く。


「泣いとる子を、一人にせん!」


 悠翔は胸を張る。


「危ない時は大人を呼ぶ!」


 最後に彩羽が答えた。


「一人で全部できなくても、弱くない!」


 大人たちは、六人の言葉を静かに受け止めた。


 やなせたかしが作品へ込めた思いは、子どもたちなりの言葉へ姿を変え、その胸へ残り始めていた。


 後免駅へ――次は駅そのものがキャラクター


 ミュージアムをあとにした一行は、後免駅を目指して移動した。


 車内でも六人の話題は、アンパンマンと仲間たちのことで持ち切りだった。


 そこで光子が、次に乗る路線について話す。


「これから乗るごめん・奈半利線には、やなせたかしさんがデザインした駅のキャラクターがおるとよ」


 六人が同時に振り向いた。


「駅ごとに?」


「全部違うと?」


「何人おる?」


「写真撮れる?」


「絵も描きたい!」


「早く行こう!」


 拓実が笑った。


「ミュージアムで心を学んで、少し落ち着くかと思ったら、燃料が満タンになったな」


 翼が答える。


「新しい顔へ交換された直後やね」


 優子が六人へ注意する。


「駅のキャラクターを見るために、列車の中を走ったり、ほかのお客さんの前へ割り込んだりしたらいかんよ」


 陽翔が答える。


「順番に見る!」


 結音も続く。


「半分こする!」


「窓際を半分に分けるのは難しいけど、交代して見ようね」


 後免駅へ到着し、ホームへ向かう。


 これから乗るのは、土佐くろしお鉄道ごめん・奈半利線。


 アンパンマンの心に触れた直後に、やなせたかしが生み出した駅の仲間たちを訪ねる旅が始まる。


 ごめん・奈半利線――六人の駅キャラ追跡隊


 ホームへ入ってきた列車を見た瞬間、六人のテンションは一気に跳ね上がった。


「キャラがおる!」


「列車にも描いてある!」


「駅の看板にもおるよ!」


「アンパンマンのお友達?」


「早く乗りたい!」


「全部写真撮る!」


 列車へ乗り込むと、六人は窓際へ集まろうとした。


 陽翔、燈真、悠翔の男子組。


 結音、灯乃、彩羽の女子組。


 左右の窓へ三人ずつ並んだものの、すぐに肩と肩が重なり、全員が少しずつ前へ出ようとする。


 光子がその光景を見て言った。


「はい、“駅キャララッシュで六人押し寿司状態”発生」


 優子が六人の肩を順番に戻す。


「駅は逃げんけど、列車はすぐ発車する。見えなかった時は帰りに確認するけん、押し合わんこと」


 翼が座席を示す。


「男子組と女子組で窓を分けよう。次の駅で場所を交代する」


 彩羽が確認する。


「右側に見えたら、右側の人が教えると?」


「そう。見えた人が、見えなかった人へ教えてあげよう」


「分かった」


 列車が後免駅を離れた。


 次の駅が近づくと、六人は一斉に窓の外を見つめる。


 駅名標のそばには、その駅を象徴するキャラクターが描かれていた。


 陽翔が真っ先に見つける。


「おった!」


 燈真が身を乗り出しかける。


「どこ?」


「看板の横!」


 悠翔はカメラを構えたが、シャッターを押した瞬間に柱が画面へ入った。


「あっ、柱が主役になった!」


 拓実が写真を確認する。


「駅キャラより柱が大きいな」


「帰りに撮り直す」


 次の駅では、反対側にいた結音が見つけた。


「今度はこっち!」


 灯乃が顔を寄せる。


「かわいい!」


 彩羽はキャラクターの姿を確認し、すぐにスケッチ帳を開いた。


 しかし列車が発車すると、揺れで線が大きく曲がった。


「顔がカーブした!」


 光子が絵をのぞき込む。


「列車が曲がった瞬間に、駅キャラまで横回転したね」


 彩羽は鉛筆を持ち直す。


「卓球のボールみたい」


 優子が笑う。


「駅キャラに横回転かける小学生、初めて見たわ」


 駅に到着するたび、六人の歓声が上がった。


 けれど数駅を過ぎる頃には、最初のような場所の取り合いはなくなっていた。


 見えた子が、見えなかった子へ教える。


 写真を撮れた子が、ほかの子へ画面を見せる。


 次の駅では場所を交代する。


 アンパンマンミュージアムで学んだ「半分こ」の優しさが、窓際を分け合う行動へ変わっていた。


 車内には、一行と同じように、前日にアンパンマンミュージアムを訪れた家族連れもいた。


 子ども同士でキャラクターの名前を教え合い、大人たちも自然に言葉を交わす。


 優子が周囲を見ながら言った。


「なんか、みんな同じテーマパークから続けて乗っとるみたいやね」


 光子が頷く。


「ミュージアムから線路まで、物語がつながっとる感じがする」


 祥子は、駅へ着くたびに盛り上がる六人を見ていた。


「推し駅キャラランキングを作れそうですね」


 隼も笑う。


「子ども部門と大人部門で分けた方がよさそうです」


 光子がすぐに乗る。


「第一回、ごめん・奈半利線・勝手に駅キャラ総選挙!」


 優子が止める。


「鉄道会社に何の相談もせず、勝手に開催せんで」


 翼は窓の外を眺めながら言った。


「でも、キャラクターがきっかけで駅名を覚えて、その町にも興味を持つ。いい仕組みやね」


 拓実も頷く。


「次は列車を降りて、キャラクターの背景にある町を歩きたくなる」


 六人も、次第にキャラクターだけでなく、その後ろに広がる町へ目を向け始めた。


 畑。


 住宅。


 学校。


 山。


 遠くに見える海。


 灯乃が尋ねる。


「駅の近くに住んどる人は、毎日この子を見ると?」


 優子が答える。


「学校から帰った時も、仕事から戻った時も、このキャラクターが迎えてくれるんやろうね」


 結音が言う。


「駅のお友達やね」


「そうやね。町の人にとっては、駅の顔みたいな存在かもしれんね」


 列車は東へ進み、やがて終点の奈半利へ近づいていった。


 奈半利――線路の終点にある、穏やかな暮らし


 終点の奈半利駅へ到着すると、六人は最後の駅キャラクターを確認してからホームへ降りた。


 陽翔が両腕を上げる。


「終点まで来た!」


 燈真も続く。


「駅キャラ、いっぱい見た!」


 結音と灯乃は、スケッチ帳を開いて見せ合っている。


 彩羽は自分の描いた、横へ少し伸びたキャラクターを見て笑っていた。


「この子、列車の揺れで速く走っとるみたいになった」


 悠翔は撮影した写真を確認する。


「何枚かぶれた。でも、駅の名前は撮れた」


 拓実が画面をのぞき込む。


「全部を完璧に撮らなくてもいいよ。目で見たことや、その時に誰と話したかも旅の記録やからね」


 一行は駅周辺を歩いてみることにした。


 奈半利の町には、大勢の観光客が押し寄せる場所とは違う、穏やかな時間が流れていた。


 川の流れ。


 山の緑。


 海の方角から届く風。


 住宅の庭先。


 道を歩く地元の人。


 陽翔が尋ねる。


「海、近い?」


 翼が答える。


「近いよ。川もきれいやね」


 燈真は深く息を吸った。


「緑の匂いがする」


 悠翔は町並みを見渡した。


「人がいっぱいおる観光地じゃないけど、ぼく、こういうところ好き」


 結音が言う。


「きのうのごめん駅と、また違う優しさがあるね」


 灯乃も続ける。


「ここも、“はじっこなんかじゃない”ところ」


 彩羽は川の流れを眺めながら言った。


「卓球の試合で遠くへ行った時も、会場の近くに住んどる人には、そこが普通の町なんよね」


 光子が娘を見る。


「そうやね。私たちにとっては旅先でも、ここで暮らす人にとっては、毎日起きて、学校や仕事へ行って、帰ってくる場所なんよ」


 優子も頷く。


「地図で端の方に見えるからって、何もない場所でも、終わりの場所でもないんよね」


 翼が静かな町並みを見つめる。


「誰かの家があるところは、その人にとって世界の中心やからね」


 子どもたちは川をのぞき込み、道端に咲く花を見つけ、時折走りながら奈半利の空気を楽しんだ。


 派手な遊具も、大型の施設もない。


 それでも、六人は次々に小さな発見を重ねていった。


 光子がその姿を眺める。


「こういう静かなところで、子どもが元気に走り回っとる景色、好きやな」


 優子も微笑む。


「世界ツアーや映画で大きな町へ行っても、結局、こういう場所が充電ポイントになるんよね」


 短い散策を終え、一行は奈半利駅へ戻った。


 今度は再びごめん・奈半利線に乗り、後免へ引き返す。


 見逃し回収列車――帰り道にも楽しみを残す


 復路の車内で、悠翔が撮影した写真を確認した。


「この駅、柱しか撮れてない」


 陽翔が言う。


「帰りに見る!」


 彩羽もスケッチ帳を開く。


「行きで顔が曲がった子、今度はちゃんと描く」


 しかし、列車が動き始めると、今度は身体の方が大きく傾いた。


「また曲がった!」


 結音と灯乃が笑う。


「そのままがいいよ」


「列車の中で描いたって分かるもん」


 優子も二人の意見に頷いた。


「きれいな絵は、帰ってから描ける。でも、揺れながら描いた線は、今日しか描けんよ」


 彩羽は消しゴムを置いた。


「じゃあ、これも残す」


 光子はその言葉をスマートフォンへ記録した。


 優子が横目で画面を見る。


「また歌詞の材料を拾いよるやろ」


「揺れながら描いた線は今日しか描けない。これは使える」


「旅行中でも作詞家は休業せんね」


 帰路では、行きに見逃したキャラクターを確認できた。


 六人は互いに場所を譲り、見えなかった子へ特徴を説明する。


 すべてを一度で完璧に見る必要はない。


 見逃したものは、帰り道で見ればいい。


 それでも見えなければ、次の旅へ残せばいい。


 やがて列車は後免へ戻った。


 しかし、この日の鉄道旅はまだ前半だった。


 ここから一行は、とさでん交通へ乗り換える。


 とさでん交通――町と話しながら走る電車


 路面電車へ乗り込むと、六人の子どもたちは、今度は駅キャラクターとは別の興奮に包まれた。


 車両が道路の上を走り始める。


 隣には自動車。


 前方には信号機。


 停留場は、町の暮らしのすぐそばにある。


 陽翔が窓へ顔を近づける。


「道の上を走りよる!」


 燈真も隣を走る自動車を指さす。


「電車と車が一緒に走っとる!」


 結音は停留場で待つ人々を眺めた。


「街の人たちの近くを通るね」


 灯乃は赤信号で止まった車両に驚く。


「電車も信号で止まると?」


 悠翔は交差点を曲がる線路を見ていた。


「角を曲がる時、音が変わる!」


 彩羽は吊り革につかまり、車両の揺れを感じていた。


「曲がる時、体が外へ持っていかれる。卓球で横回転をかけた時みたい」


 光子が娘を見る。


「路面電車まで卓球で分析するん?」


「回転は大事やけん」


 優子が笑う。


「電車にラケットは当てんでね」


 翼は窓の外へ流れる町並みを見ながら言った。


「路面電車って、街と話しながら走っとる感じがするよね」


 拓実が反応する。


「乗り鉄の名言が出た」


 光子も車窓を眺めた。


 商店。


 学校。


 病院。


 公園。


 住宅。


 停留場で待つ学生。


 買い物袋を持った人。


 観光客のためだけではなく、そこで暮らす人々の日常を支える電車だった。


「観光バスは名所へ連れていってくれるけど、路面電車は暮らしの中を通してくれるんよね」


 優子が頷く。


「生活のスピードで進んでいく感じがする。急ぎすぎんけど、必要なところへちゃんと連れていってくれる」


 一行は高知市内を走り、はりまや橋周辺で路線を乗り換えた。


 東西方向の路線だけではない。


 南北へ延びる区間にも乗車し、終点まで行っては中心部へ戻る。


 六人は路線図を広げ、乗車した区間へ順番に印をつけていった。


 陽翔が線を指でなぞる。


「ここ、乗った」


 結音が別の区間を確認する。


「こっちも乗った」


 悠翔が路線図を見比べる。


「まだ南の方が残っとる」


 彩羽が尋ねる。


「全部乗ったら、何かもらえる?」


 優子が答える。


「心の中に、“全部乗った”という見えない賞状がもらえます」


 灯乃が自分の胸へ手を当てる。


「ここに入ると?」


「そう。落としたり、なくしたりせん賞状やね」


 光子が足を伸ばす。


「ただし、足には見えない疲れがたまります」


 隼がすぐに反応した。


「長時間同じ姿勢で座らず、時々足首を動かしてくださいね」


 祥子が笑う。


「見えない賞状と、見えない疲労が同時にたまっていく旅ですね」


 路面電車は市内をゴトゴトと走り続けた。


 車窓に映るのは、観光名所だけではない。


 電車へ乗って学校へ向かう学生。


 病院の近くで降りる高齢者。


 買い物を終えて家へ戻る人。


 六人は次第に、車両そのものだけでなく、路面電車が町の中で果たしている役割にも目を向け始めた。


 彩羽が停留場で降りる人を見ながら言う。


「この電車、街の人の足なんやね」


 光子が答える。


「そう。私たちには楽しい乗り物やけど、毎日使う人には大切な生活の一部なんよ」


 最後に一行は西へ向かい、終点の伊野を目指した。


 伊野到着――とさでん交通全線完乗


 伊野へ到着すると、六人は路線図をもう一度確認した。


 乗車した区間に印をつけ、残っている場所がないかを調べる。


 悠翔が最後の区間を指でなぞった。


「全部乗った!」


 六人が一斉に歓声を上げる。


 陽翔と燈真は両手を合わせ、結音と灯乃も笑顔で手をたたく。彩羽は胸へ手を当てた。


「見えない賞状、入った!」


 光子も同じように胸へ手を置く。


「私にも入りました」


 優子が光子を見る。


「あなたの場合、見えない疲労もかなり入っとるやろ」


「そちらは宿毛の温泉で流します」


 翼が軽く腰を伸ばした。


「達成感はあるけど、今日はここが終点じゃないんよね」


 拓実が時刻を確認する。


「ここから土讃線で窪川へ向かって、そのあと中村線と宿毛線」


 大人たちが一瞬、静かになった。


 陽翔が尋ねる。


「まだ列車に乗れると?」


「乗れるよ」


「やった!」


 子どもたちから歓声が上がる。


 祥子が笑った。


「大人と子どもで、反応が正反対ですね」


 隼が答える。


「子どもたちは回復が早いですから」


 光子は荷物を持ち直した。


「それでは、とさでん全線完乗の次は、高知県東西横断へ参りましょう」


 優子が苦笑する。


「旅程の火力が高すぎるんよ」


 伊野から窪川へ――仁淀川と山あいの土讃線


 一行は伊野からJR土讃線へ乗り換えた。


 列車が動き始めると、高知市周辺の町並みは次第に遠ざかり、山と川が主役の風景へ変わっていった。


 窓の外には仁淀川の流れ。


 川面には午後の光が映り、周囲の山々の緑が重なっている。


 結音が窓へ手を添えた。


「お水、きれい」


 灯乃も顔を近づける。


「空の色が川に入っとる」


 彩羽は流れを追いながら言う。


「水も曲がりながら進んどるね」


 燈真が尋ねる。


「川も線路みたい?」


 翼が答える。


「川の方がずっと昔からある道やね。水が山の間を通って、海まで続いとる」


 悠翔は路線図と車窓を交互に見る。


「線路も川の近くを走ると?」


 拓実が説明する。


「山の中では、川が作った谷に沿って、道路や線路が通ることが多いんよ」


 トンネルへ入り、抜ける。


 橋を渡り、川の流れへ近づく。


 小さな駅に停まり、再び山あいへ入る。


 六人はしばらく景色を追い続けていたが、朝からの長い移動による眠気が、少しずつ押し寄せてきた。


 陽翔が窓へ頭を預ける。


 燈真も何度もあくびをする。


 結音と灯乃はスケッチ帳を抱えたまま、互いの肩へ寄りかかっていた。


 彩羽は眠らないように瞬きを繰り返していたが、やがて光子の腕へ頭を預ける。


 悠翔だけは「ぼくは窪川まで起きとく」と宣言した。


 その五分後、拓実の肩で眠っていた。


 優子が六人を見渡す。


「キッズ六人、全車両運転休止になりました」


 光子も声を抑える。


「ただいま充電と新しい顔への交換作業中です」


 翼は眠る子どもたちを見ながら微笑んだ。


「朝のアンパンマンが、ここでつながったな」


 列車の走行音だけが、静かになった座席の周りへ響いていた。


 窪川――四万十の向こうへ続く線路


 窪川が近づく頃、六人は一人ずつ目を覚ました。


 陽翔が外を見回す。


「もう宿毛?」


「まだ窪川」


「まだ乗れる?」


「ここから中村線へ乗り換えるよ」


 燈真の顔が明るくなる。


「まだ列車あると?」


 大人たちは苦笑した。


 窪川駅で列車を降り、土佐くろしお鉄道中村線へ乗り換える。


 ここからは四万十川流域へ向かい、中村を経由して宿毛を目指す。


 悠翔は路線図を広げた。


「朝は東の奈半利まで行って、今度は西の宿毛へ行くんやね」


 拓実が頷く。


「今日は高知県を大きく横断しよる」


 祥子が言う。


「マラソンだったら、かなり厳しいウルトラコースですね」


 隼が答える。


「鉄道でも、乗り換え時刻が関門です」


 光子が宣言する。


「本日の競技名、高知県東西乗り継ぎウルトラ」


 優子がすぐに返す。


「一般参加を受け付けたらいかん旅程やね」


 列車が窪川を出発する。


 やがて車窓には、四万十川の流れと、その周囲に広がる緑が現れた。


 陽翔が窓の外を指さす。


「川、大きい!」


 結音も目を見開く。


「海みたい」


 灯乃が続ける。


「でも、ちゃんと流れよる」


 彩羽は川面を見つめた。


「遠くから見るとゆっくりやけど、近くでは速いところもあるんやろうね」


 光子が頷く。


「人も同じかもしれんね。遠くから見ただけでは、その人がどれくらい頑張っとるか分からんことがある」


 優子が光子を見る。


「今日は、やたら哲学的やね」


「長距離乗車で、心の速度が落ち着いとるんです」


 列車は四万十の風景を横に見ながら進んだ。


 川の向こうにも家がある。


 こちら側にも町がある。


 学校へ通う子どもも、働く人も、買い物へ出かける人もいる。


 燈真が言う。


「ここも、はじっこなんかじゃない?」


 翼が答えた。


「もちろん。ここから一日を始める人もおるし、ここへ帰ってくる人もおる」


 やがて列車は中村へ到着した。


 ここから宿毛線へ入り、さらに西へ向かう。


 中村から宿毛へ――夕日の方向へ走る


 中村を発車すると、窓の外の空は少しずつ夕方の色へ変わり始めた。


 列車は西へ、西へと進む。


 陽翔が進行方向を見ながら言う。


「後ろに朝日の方があって、前が夕日の方みたい」


 燈真も窓へ額を近づける。


「日本の終わりの方まで来た感じする」


 結音が答える。


「でも、ここから始まる人もおるとよね」


 灯乃も頷く。


「線路の端っこでも、人生の端っこじゃない」


 彩羽は夕日に照らされた線路を見つめた。


「卓球のコートにも端っこがあるけど、そこへ打ったら点が取れる。端っこも大事な場所やね」


 光子が笑う。


「彩羽らしい例えが来た」


 悠翔は指を折り始めた。


「今日、“はじっこなんかじゃない”って何回言った?」


 優子が答える。


「数えるのを諦めるくらい言った」


 翼は遠くへ延びる線路を見つめた。


「でも本当にそうやね。線路の端は、人生の端じゃない」


 拓実がその言葉を受け取る。


「線路が止まっても、歩けば先へ行ける。バスもあるし、船もある。そこで暮らす人の人生は、ずっと続いとる」


 祥子が微笑む。


「長い旅をすると、終点の見え方も変わりますね」


 隼が頷いた。


「終わる場所ではなく、誰かが出発する場所でもあるんでしょうね」


 夕暮れが深まり始めた頃、終点を知らせる車内放送が流れた。


 宿毛駅。


 六人は荷物を持ち、ホームへ降りる。


 陽翔が両腕を上げた。


「宿毛まで来た!」


 燈真も声を上げる。


「高知の西まで来た!」


 結音と灯乃は駅名標を見上げる。


 彩羽は路線図の終点へ指を置いた。


 悠翔が今日一日をまとめる。


「アンパンマンミュージアムに行って、奈半利まで行って、とさでん全部乗って、四万十の向こうまで来た!」


 優子が拍手する。


「本日の見えない賞状、三枚獲得です」


 光子が数え始める。


「ごめん・奈半利線終点到達賞、とさでん交通全線完乗賞、高知県東西横断賞」


 拓実は荷物を持ち直した。


「賞状は増えたけど、ホテルまで歩く体力が残り少ないです」


 宿毛の温泉宿――六人の子どもと、六人の大人


 温泉付きのホテルへ到着し、チェックインを済ませる。


 部屋へ入った瞬間、子どもたちは畳へ座り込んだ。


 陽翔は足を伸ばす。


「いっぱい乗った」


 燈真も畳へ寝転がりかける。


「まだ揺れよる感じがする」


 彩羽は足首を回していた。


「同じ姿勢で座っとったけん、足が固くなった」


 結音と灯乃はスケッチ帳を並べ、今日描いた駅キャラクターを確認している。


 悠翔は撮影した写真を見返していた。


 隼が六人へ声をかける。


「温泉に入る前に、水分を取りましょう。長時間座っていたので、足首も軽く動かしてください」


 祥子が笑う。


「隼さんの移動後ケア講座が始まりました」


 光子は浴衣を持って立ち上がる。


「それでは、疲労回復のために温泉へ向かいます」


 優子も即座に立った。


「本日、一番素早い行動です」


 男湯へ向かうのは、翼、拓実、隼、陽翔、燈真、悠翔。


 女湯へ向かうのは、光子、優子、祥子、結音、灯乃、彩羽。


 それぞれ大浴場へ入り、広い湯船へ身体を沈める。


 男湯では、陽翔が肩までつかって大きく息を吐いた。


「体がほどける」


 翼が笑う。


「言い方が渋いな」


 燈真は湯の中で足を伸ばす。


「列車の揺れが、まだ足に残っとる」


 悠翔も目を閉じた。


「温泉に入っとるのに、体だけ電車に乗っとるみたい」


 拓実が湯船の縁へ頭を預ける。


「今日は相当乗ったからね」


 隼が三人へ注意する。


「長く入りすぎないようにしてください。温泉も途中で休憩が必要です」


 悠翔が尋ねる。


「温泉も途中下車すると?」


「そう考えてもいいですね」


 一方の女湯。


 結音と灯乃は並んで湯船へつかり、今日見た駅キャラクターを思い出していた。


 結音が目を閉じる。


「頭の中を、駅の子たちが走りよる」


 灯乃が続ける。


「アンパンマンも、路面電車もおる」


 彩羽は湯船の中で腕を軽く動かした。


「私は頭の中で、駅キャラが卓球しよる」


 優子が振り向く。


「何で最終的に卓球大会になると?」


「駅キャラダブルス」


 光子が笑う。


「審判はアンパンマン?」


「ばいきんまん」


 祥子が吹き出した。


「判定でもめそうですね」


 優子が今日一日の行程を思い返す。


「アンパンマンミュージアム、ごめん・奈半利線、奈半利散策、とさでん交通全線、土讃線、中村線、宿毛線」


 光子が止める。


「お風呂の中で旅程を読み上げんで。聞いとるだけで、もう一回疲れてくる」


 湯気の向こうに笑い声が広がった。


 宿毛の夕食――地魚と郷土料理がドカン


 温泉から上がると、夕食会場には宿毛周辺の魚介や郷土料理が並んでいた。


 刺身。


 焼き魚。


 煮物。


 地元の野菜を使った小鉢。


 温かな汁物。


 炊きたてのご飯。


 六人の子どもたちの食欲は、一斉に目を覚ました。


 陽翔が刺身を見つめる。


「お魚、おいしそう!」


 燈真はご飯の量を確認する。


「おかわりできる?」


「まず一杯目を食べてから考えなさい」


 翼が答える。


 結音は魚へ向かって手を合わせた。


「お魚さん、今日もありがとう」


 灯乃も続く。


「いただきます」


 悠翔は箸を持ちながら首を傾げた。


「今日、ほとんど座っとったのに、なんでこんなにお腹すくと?」


 拓実が答える。


「景色を見るのも、乗り換えるのも、頭と体を使うからね」


 優子が付け加える。


「それに君たち、駅キャラを見るたびに全力で騒いどったやろ」


 彩羽がご飯を食べながら言う。


「私は、路面電車の揺れに負けんように踏ん張っとった」


 光子が笑う。


「車内で一人だけ体幹トレーニングしよったん?」


「卓球選手には体幹が大事です」


 祥子が感心したように頷く。


「それは間違っていません」


 隼がすぐに補足する。


「ただし、揺れる車内では無理にトレーニングせず、手すりにつかまってください」


 優子が笑う。


「専門家の指導が入った」


 夕食を食べながら、六人は今日一番印象に残ったものを発表した。


 陽翔は、アンパンマンミュージアム。


 燈真は、各駅のキャラクター。


 結音は、奈半利の静かな川。


 灯乃は、町の暮らしの中を走る路面電車。


 悠翔は、終点まで続いた宿毛線。


 彩羽は、揺れる列車の中で描いた、少し曲がった駅キャラクターの絵を挙げた。


「上手には描けんかったけど、今日しか描けん絵になった」


 光子が微笑む。


「それが一番大事やね」


 食事を終えた一行は、部屋へ戻る前にもう一度短く温泉を楽しんだ。


 その後、浴衣姿で「爆笑通信」の準備を始めた。


 湯上がり爆笑通信 in 宿毛


 光子、優子、祥子は、すっぴんにまとめ髪。


 温泉宿でくつろぐ、自然な湯上がり姿だった。


 翼、拓実、隼も浴衣へ着替え、まだ少し濡れた髪のまま座っている。


 子どもたちも、それぞれ小さな浴衣姿で部屋へ集まった。


 祥子が全員を見渡す。


「今日は完全に、旅館の広告みたいな画ですね」


 隼がスマートフォンを三脚へ固定する。


「“湯上がり爆笑通信 in 宿毛”でいきましょう」


 光子が浴衣の袖を整えた。


「今日は、健康的で少し大人っぽい雰囲気を大切にします」


 優子が隣から言う。


「しゃべり始めたら、十秒でいつもの爆笑通信になるけどね」


 翼が笑う。


「十秒も持つかな」


 配信が始まった。


 光子が画面へ手を振る。


「みなさん、こんばんは。今日は高知県西部、宿毛からお届けします!」


 優子が続ける。


「アンパンマンミュージアムから始まり、ごめん・奈半利線で奈半利へ行き、とさでん交通を全線乗り通し、伊野から窪川、中村を経て、宿毛まで来ました」


 コメント欄が一気に加速した。


 《移動量がすごい》


 《一日で高知県を東西横断?》


 《浴衣回きた》


 《大人組、旅館CMみたい》


 《子どもたちも浴衣かな》


 祥子が画面へ向かって笑う。


「今日は湯上がりスペシャルです。テンションは高いですが、動きはいつもより少しゆっくりです」


 隼が全員の顔を見る。


「皆さん、長距離移動のあとの、いい疲れが出ていますね」


 翼がごめん・奈半利線の話を始める。


「各駅のキャラクターが本当に可愛くて、子どもたちは駅へ着くたびに窓際へ集まっていました」


 拓実が続ける。


「最初は“キャラ見える席争奪戦”だったんですけど、途中からちゃんと交代できるようになりました」


 そこへ浴衣姿の陽翔、燈真、悠翔が画面の端から入ってきた。


 陽翔が声を上げる。


「駅キャラ、いっぱい見た!」


 燈真も両手を広げる。


「奈半利まで行った!」


 悠翔はカメラを見せる。


「写真も撮った!」


 続いて、結音、灯乃、彩羽がスケッチ帳を持って現れた。


 結音が絵を画面へ向ける。


「列車の中で描いた!」


 灯乃も自分の絵を見せた。


「揺れたけん、ちょっと横に伸びた!」


 彩羽は、顔や身体が斜めへ傾いた駅キャラクターを見せる。


「私のキャラ、電車が曲がった瞬間に、顔までカーブした!」


 優子がすぐに突っ込んだ。


「駅キャラに横回転かけんで!」


 彩羽は胸を張る。


「卓球は回転が大事やろ?」


 光子が笑う。


「絵に回転をかける卓球選手、初めて見たわ!」


 コメント欄が一気に笑いで埋まった。


 《彩羽ちゃんの駅キャラ見たい》


 《卓球選手のスケッチは回転系》


 《揺れた線も旅の記録》


 《六人の浴衣姿かわいい》


 光子は三人の絵を示しながら説明した。


「家へ帰ってから、きれいに描き直すことはできます。でも、揺れる列車の中で描いた線は、今日しか描けんけんね。このまま残すことにしました」


 優子が続ける。


「そのあとは、とさでん交通を端から端まで乗りました」


 六人が一斉に胸へ手を当てる。


「見えない賞状、もらった!」


 コメント欄に祝福が並んだ。


 《全線完乗おめでとう》


 《見えない賞状いいね》


 《六人とも元気すぎる》


 悠翔が今日の移動を説明しようとする。


「それから伊野から窪川へ行って、中村線と宿毛線に乗って、四万十の向こうまで来た!」


 陽翔が続ける。


「夕日の方へ走った!」


 結音も言葉を重ねる。


「線路の端っこでも、人生の端っこじゃないとよ」


 灯乃が頷く。


「そこから始まる人もおるけん」


 彩羽が加える。


「卓球のコートも、端っこまで大事!」


 優子が笑う。


「最後に全部卓球へ接続するんやね」


 祥子が今日の景色を振り返った。


「奈半利の穏やかな町、高知の暮らしの中を走る路面電車、土讃線から見えた山と川、四万十川、そして宿毛へ向かう夕暮れ。同じ高知県でも、乗り物が変わるたびに違う表情が見えました」


 隼も頷く。


「観光地だけでなく、それぞれの土地で暮らす人の日常に触れられた一日でしたね」


 優子が画面へ向き直った。


「今日、何回も話したんですけど、地図の端にある町だからって、そこが世界の端というわけじゃないんですよね」


 光子が続ける。


「そこにも学校へ行く人がおって、仕事へ向かう人がおって、家族のところへ帰る人がおる。おいしいごはんも、温かいお風呂も、笑い声もある」


 祥子が笑う。


「ごはんとお風呂の優先順位が高いですね」


 隼も続ける。


「ごはんとお風呂があるところは、全部中心地ということでしょうか」


 光子は少し考え、胸を張った。


「本日の名言です。ごはんとお風呂と笑いがあれば、そこは世界の真ん中」


 優子が光子を見る。


「うまいこと言えた顔しとる」


 翼が拍手する。


「今日は採用でいいんじゃない?」


 拓実も頷く。


「高知県を東から西まで移動したあとやから、説得力がある」


 コメント欄にも、各地から書き込みが届いた。


 《宿毛は世界の真ん中》


 《奈半利も世界の真ん中》


 《うちの町も真ん中》


 《次は地元にも来てほしい》


 光子は画面へ向かって微笑んだ。


「もちろん、皆さんが暮らしとる町も、それぞれ世界の真ん中です」


 優子が時計を確認する。


「それでは、今日はこのあたりで終わりましょう。明日も移動がありますけんね」


 翼が言う。


「次は西へ行くのか、北へ向かうのか、それとも一度戻るのか。それはまだ内緒です」


 拓実は畳の上へ身体を預けた。


「とりあえず、爆笑発電所はこのあと、“爆睡発電所”へ切り替わります」


 六人の子どもたちが画面の前へ集まった。


「おやすみ!」


「また明日!」


「駅キャラ最高!」


「路面電車も最高!」


「温泉も最高!」


「ごはんも最高!」


 コメント欄が笑いと挨拶で埋め尽くされた。


 《爆睡発電所へ切り替え》


 《十二人ともお疲れさま》


 《明日のルートも楽しみ》


 《ゆっくり休んで》


 配信を終えると、部屋には浴衣の衣擦れの音と、子どもたちの小さな話し声が残った。


 やがて、六人は布団へ入る。


 彩羽は、列車の揺れで少し曲がった駅キャラクターの絵を枕元へ置いた。


 陽翔は、誰かとパンを半分に分ける夢を見たいと言った。


 燈真は、助ける人も休んでいいという言葉を、もう一度口にした。


 結音と灯乃は、間違ってもやり直せることを忘れないと約束した。


 悠翔は、撮影した写真を明日もう一度確認すると言いながら、誰よりも早く眠ってしまった。


 大人たちは布団を整え、六人の寝顔を見つめた。


 16日目は、アンパンマンの世界から始まった。


 誰かへ手を差し伸べること。


 自分が苦しい時には、助けてもらうこと。


 間違いを間違いのままにせず、やり直すこと。


 一人で何もかも抱え込まないこと。


 その思いを胸に、ごめん・奈半利線で駅の仲間たちを訪ね、奈半利の穏やかな町を歩いた。


 とさでん交通で高知の暮らしの中を走り、伊野から山と川を越え、四万十の向こうへ進み、夕暮れの宿毛へたどり着いた。


 子どもたちが覚えたのは、キャラクターの名前や路線の形だけではない。


 窓際を分け合うこと。


 見逃した景色は、帰り道や次の旅で見ればいいこと。


 地図の端に見える町にも、誰かの大切な日常があること。


 そして、線路の端は人生の端ではないこと。


 遠くで、宿毛駅を発着する列車の低い音が聞こえた。


 その音は、線路の終わりを知らせるものではなかった。


 明日もまたどこかへ続いていく、旅の鼓動だった

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