原爆の映画のこと
爆笑通信・後半 ― 原爆の映画のこと
お好み焼きでお腹いっぱい、風呂上がりでほかほかになったあと。
爆笑トークでひとしきり盛り上がった配信だったが、
コメント欄の流れが少し落ち着いたタイミングで、光子がふっと表情を引き締めた。
光子
「ねぇ、今日は広島に来たけんさ……
ちょっとだけ、真面目な話してもいい? すぐ泣かせたりはせんけんね」
コメント欄
《もちろん》《聞きたい》《真面目モード歓迎》《急に正座する》
優子も、隣でうなずく。
優子
「さっき、夕方に平和記念公園に行ってね。
子どもたちと一緒に、原爆ドームとか慰霊碑の前で手ぇ合わせてきたんよ」
翼
「陽翔たちにも、“ここで何があったか”って、
今わかる範囲で、ゆっくり話したね」
拓実
「まだ全部は理解できん歳やけどね。
でも“命を大事にすること”“二度と同じことを起こさんこと”だけは、
ちゃんと伝えたつもり」
光子
「それでね、あの映画のこと思い出したんよ。
原爆で引き裂かれた家族を描いた映画、覚えとる人おる?」
コメント欄
《観た》《号泣したやつ》《あの長崎ロケのやつだ》《大村姉妹の前のやつ?》
優子
「広島と長崎が舞台の作品でね。
長崎ロケのとき、実際に被爆された方の“お孫さん”に、お話聞かせてもらったんよ」
光子
「うん。
“おばあちゃんは、あの日のことをあまり多くは語らなかった。
でも、それでも残してくれた言葉があるんです”ってね。
メモ帳みたいに、大事に書き留めてあってさ……」
彼女は一瞬ことばを探し、ゆっくり続ける。
光子
「私たち、普段は“笑わせる側”やけど、
あの作品では、笑いなんか一切ないシーンも多くて。
撮影のたびに、“私たちなんかが背負っていい話なんかな”って
何回も自分に問いながら演じとった」
優子
「長崎ロケのとき、
防空壕跡の近くで撮影した夜があってね。
待機してる間に、そのお孫さんが
“今日、祖母の分まで見てました”って言いに来てくれたんよ」
優子は少し笑って、でも目元は真剣だ。
優子
「“あの時代を生きた人たちのこと、
ちゃんと伝えようとしてくれて、ありがとうございます”って。
あの一言で、足が震えた。
台本に書いてあるセリフなのに、“間違って噛んだらあかん、
一言も落とせん”って、あんなに緊張した現場はなかったね」
コメント欄
《その話、初めて聞いた》《泣くやつやん…》《ありがとう、伝えてくれて》
光子
「今日、子どもたちと平和記念公園歩きながらね。
あの頃の空気を、身体が思い出した感じがしたんよ。
カメラの後ろで、スタッフさんも息ひそめとって、
みんな“変な笑いも許されん”空気でね。
それでも、“ちゃんと残さんといけん”って
全員でぎゅっとなっとった」
翼
「現場の写真、今でも大事にしとる。
笑顔の写真、ほとんどないもんね。
あえてそれでええって、監督も言いよったし」
拓実
「うちらができることって、結局は
“知るきっかけ”とか“考える入口”を作ることなんかな、って思うね」
優子
「そうそう。
ドキュメンタリーでも歴史の授業でもないけど、
“あの映画をきっかけに調べてみた”っていう若い子たちが、
ちょっとずつやけど増えとるって聞いて。
“やってよかったんかな”って、少しだけ思えるようになった」
光子
「今日の配信はさ、
旅の爆笑レポートやけん、
いつもみたいにギャーギャー笑ってほしいんやけどね。
その中に、こうやって時々、
“ちょっとだけ真面目なこと”も混ぜさせてもらえたら嬉しいなって思う」
コメント欄
《笑いも泣きもセットでM&Y》《こういう話をしてくれるのが好き》
《子どもと一緒にまた映画見直します》《長崎ロケの回、思い出した…》
優子
「うちらも、あの作品に出たからって
何かを“わかったつもり”にはなりたくなくてね。
今日みたいに広島に来るたび、長崎に行くたび、
もう一回ゼロから“教えてください”っていう気持ちで、
手ぇ合わせたいなって思っとる」
光子
「だからまた、長崎にも行くけん。
そのときは、今日みたいに
“爆笑旅バージョン”と“ちゃんと祈る時間”の両方を持って、
配信もしよっかね」
翼
「長崎でまた路面電車乗って、真面目な話したあとに
結局どこかで誰かがスベるんやろうけどね」
拓実
「そこはもう“職業病”やけん、許してもらおうや」
光子
「というわけで、今日は広島からの配信でした。
笑ってくれてありがとう。
そして、真面目な話も聞いてくれて――ありがとう」
優子
「また一緒に、考えたり笑ったりしよ。
ほんなら、そろそろおひらきにしまーす!」
子どもたち
「ばいばーい!!」
「またねー!!」
「うばぁ〜!!」
配信画面がふっと暗転し、
広島の夜の風だけが、静かに窓の外を流れていった。




