武田軍の総崩れ—戦国最強軍団の敗北
武田の騎馬隊が壊滅すると、武田軍全体に動揺が広がった。
騎馬隊は、武田軍の誇りだった。戦国最強と謳われた、武田の象徴だった。
その騎馬隊が、織田の鉄砲に、あっけなく敗れた。武田軍の歩兵たちは、恐怖を感じた。
「騎馬隊が、負けた......」
「我らに、勝ち目はない......」
士気が、急速に低下していった。だが、武田の重臣たちは、諦めなかった。
山県昌景、馬場信春、内藤昌豊、原昌胤。彼らは、それぞれの部隊を率いて、織田・徳川の陣に突撃した。
「武田の誇りを、見せるぞ」
「我らが、ここで引けば、武田は終わる」
重臣たちは、死を覚悟していた。だが、彼らは、武田の名誉のために、戦った。
山県昌景は、約三千の兵を率いて、徳川軍の陣に突撃した。
山県隊は、勇猛で知られていた。赤備えの軍団として、敵に恐れられていた。
山県隊の突撃は、激しかった。徳川軍は、一時、押された。だが、徳川家康は、冷静に対応した。
予備隊を投入し、山県隊を、包囲した。激しい戦いが、続いた。山県昌景は、前線で戦った。
敵を、次々と斬り倒した。だが、敵は、多すぎた。やがて、山県昌景は、銃弾を受けた。
胸に、弾が当たった。
「ぐっ......」
山県は、馬から落ちた。そして、地面に倒れた。
「山県様」
部下たちが、駆け寄ってきた。だが、山県は、もう動かなかった。山県昌景は、戦死した。
享年、五十九歳だった。
馬場信春も、同様だった。馬場は、約二千の兵を率いて、織田軍の陣に突撃した。
だが、鉄砲の集中砲火を受け、壊滅した。馬場信春も、戦死した。享年、六十一歳だった。
内藤昌豊、原昌胤も、それぞれ戦死した。武田四名臣が、すべて戦死した。
武田勝頼は、本陣で、その知らせを聞いた。
「山県殿が......馬場殿が......内藤殿も......原殿も......」
勝頼の顔は、蒼白になった。主要な重臣たちが、すべて失われた。
武田軍は、総崩れとなった。兵たちは、戦意を失い、退却を始めた。
だが、退却は、混乱した。織田・徳川軍が、追撃してくる。
信長は、追撃を命じた。
「逃がすな。武田を、徹底的に叩け」
織田・徳川の兵たちは、退却する武田兵を、追いかけた。そして、次々と、討ち取った。
武田勝頼は、必死に逃げた。側近たちに守られながら、戦場を離れた。
勝頼の心は、絶望に満ちていた。
「負けた......わしは、父上を超えられなかった......いや、父上にも、遠く及ばなかった......」
勝頼は、涙を流しながら、甲斐に向かって逃げた。
戦いは、夕方には、完全に終わった。織田・徳川連合軍の、圧倒的な勝利だった。
武田軍の損害は、甚大だった。約一万名の兵を失った。
そして、主要な武将たちも、ほとんどが戦死した。武田四名臣が、すべて失われた。
対する織田・徳川軍の損害は、約千名。圧倒的な差だった。
信長の戦術が、見事に機能した。
鉄砲と馬防柵。それが、武田の騎馬隊を、完全に封じた。




