長篠の戦い開始—武田軍の突撃
1575年6月28日、夜明け前。設楽原には、緊張が満ちていた。
織田・徳川連合軍の兵たちは、武器を手に、静かに待機していた。
馬防柵の後ろで、鉄砲隊が、構えている。紘一は、医療班陣営で、夜明けを待っていた。
空が、徐々に明るくなってくる。もうすぐ、戦いが始まる。紘一の心は、重かった。
また、多くの人が死ぬだろう。それを、止めることはできない。紘一にできることは、負傷者を救うことだけだった。
夜が明けた。そして、武田軍が、姿を現した。約一万五千の大軍。旗が、風になびいている。
武田菱の旗印が、朝日に照らされている。武田勝頼は、馬に乗って、前線にいた。織田・徳川の陣を見て、笑った。
「馬防柵を作ったか。だが、我が武田の騎馬隊を、止められるものか」
勝頼の側には、重臣たちがいた。山県昌景、馬場信春、内藤昌豊、原昌胤。武田四名臣と呼ばれる者たちだった。山県昌景が、口を開いた。
「殿、敵は大軍です。そして、馬防柵を作っています。正面から突撃するのは、危険かと」
馬場信春も、同意した。
「山県殿の言う通りです。慎重に、進むべきかと」
だが、勝頼は、聞かなかった。
「恐れるな。我らは、武田だ。父上が築いた、最強の軍だ。織田など、恐れるに足りない」
勝頼は、続けた。
「父上は、三方ヶ原で、織田・徳川を破った。わしも、父上のように、勝つ。いや、父上を超える。全軍、突撃せよ」
重臣たちは、これ以上、反対できなかった。
「承知しました」
武田の騎馬隊が、動き始めた。
約五千の騎馬が、一斉に、織田・徳川の陣に向かって突進した。
地響きがした。馬の蹄の音が、轟いた。凄まじい迫力だった。
大地が、震えているようだった。織田・徳川の兵たちは、恐怖を感じた。
武田の騎馬隊の迫力は、圧倒的だった。
「来る......」
「武田の騎馬隊が......」
兵たちの声が、震えている。だが、信長は、冷静だった。
信長は、馬防柵の後ろに立ち、騎馬隊を見ていた。騎馬隊が、近づいてくる。
百メートル、五十メートル、三十メートル。
「まだだ」
信長は、待った。二十メートル。
「撃て」
信長の命令が、下された。鉄砲隊の一段目が、一斉に発砲した。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。約千挺の鉄砲が、火を噴いた。
硝煙が、立ち上った。銃弾が、武田の騎馬隊に、降り注いだ。馬と騎士が、次々と倒れた。
悲鳴が、上がった。馬の嘶きが、響いた。だが、武田の騎馬隊は、止まらなかった。
残りの騎馬が、さらに突進してくる。
「二段目、撃て」
二段目の鉄砲隊が、発砲した。また、約千挺の鉄砲が、火を噴いた。さらに、多くの騎馬が倒れた。だが、まだ止まらない。
「三段目、撃て」
三段目の鉄砲隊が、発砲した。三度目の銃撃。
武田の騎馬隊は、ついに、崩れた。あまりにも多くの騎馬が、倒れた。
残った騎馬は、馬防柵の前で、立ち往生した。柵を越えられない。
そこを、また鉄砲隊が撃った。一段目が、再装填を終えて、また撃った。
武田の騎馬隊は、壊滅した。約五千の騎馬のうち、半数以上が、倒れた。
生き残った騎馬も、退却を始めた。
紘一は、後方の医療班陣営から、その様子を見ていた。鉄砲の音が、響いている。硝煙が、立ち上っている。そして、悲鳴が、聞こえてくる。
「始まった......」
紘一は呟いた。しばらくして、最初の負傷者が、運ばれてきた。織田軍の兵だった。矢傷を負っていた。武田の弓兵が、反撃してきたのだ。
「先生、助けてください」
兵は、苦しそうに言った。吉田が、すぐに治療を始めた。矢を抜き、傷口を洗い、薬草を塗る。そして、包帯を巻く。
「大丈夫です。傷は、浅いです。すぐに、治ります」
兵は、安堵した。
「ありがとうございます」
だが、次から次へと、負傷者が運ばれてきた。
今回は、比較的少ないが、それでも、数十名の負傷者がいた。
医師たちは、必死に治療した。紘一も、治療を手伝った。
傷口を洗い、包帯を巻く。手は、血で染まっていった。




