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設楽原の準備—馬防柵の構築

 1575年6月、織田・徳川連合軍は、設楽原に到着した。設楽原は、広い平地だった。周りには、川が流れており、地形的には、騎馬隊が突撃しやすい場所だった。だが、信長は、その地形を、逆に利用することにした。信長は、すぐに、馬防柵の構築を命じた。


 約三万八千の兵のうち、約一万が、柵の構築に動員された。兵たちは、近くの森から、木を切り出した。そして、それを運び、柵を作った。柵の高さは、約二メートル。馬が飛び越えられない高さだった。そして、柵は、幅約三キロメートルに渡って、作られた。巨大な防壁だった。柵の構築には、三日間かかった。兵たちは、昼夜を問わず、働いた。汗を流し、木を運び、柵を立てた。


 紘一は、その様子を見ていた。兵たちの疲労が、心配だった。


「無理をしないでください。休憩も、大切です」


 紘一は、兵たちに声をかけた。兵たちは、紘一の優しさに、感謝した。


「田邊様、ありがとうございます」


「田邊様は、いつも、我らのことを考えてくださる」


 三日後、馬防柵が完成した。壮観な光景だった。約三キロメートルに渡って、柵が延びている。そして、柵の後ろに、鉄砲隊が配置された。三千挺の鉄砲。三段構えで、並んでいる。一段目、約千挺。二段目、約千挺。三段目、約千挺。それぞれが、整然と並んでいる。


 紘一は、その様子を見て、驚いた。


「これほどの鉄砲を、集めたのか」


 信長の準備は、万全だった。信長は、この戦いに、すべてを賭けていた。紘一は、医療班の陣営を、後方に設営した。柵から、約五百メートル離れた場所。戦闘には巻き込まれないが、負傷者がすぐに運ばれ

てくる距離だった。


 紘一は、医療班の準備を、整えた。医師たちを配置し、医療物資を確認した。そして、事前に描いておいた絵も、確認した。紘一は、今回、特別な準備をしていた。万が一、医療班陣営が襲撃された時のために、防御用の絵を、いくつか描いていた。一つは、煙幕を作り出す壺の絵。敵の視界を奪うために。もう一つは、鈴の絵。暗闇の中、敵の位置を知るために。そして、油の壺の絵。敵の足元を滑らせるために。これらの絵を、大切に保管した。使わずに済めば、それが一番だ。だが、万が一の時には、使う覚悟もあった。


 紘一は、吉田と清水に、指示を出した。


「吉田殿、清水殿、負傷者が来たら、すぐに治療してください」


「はい」


 二人は、答えた。吉田と清水は、もう三十代になっていた。お絹の弟子として、長年、医療に従事してきた。今では、立派な医師になっていた。


「田邊様、ご安心ください。我らに、任せてください」


 吉田は言った。紘一は、頷いた。


「頼みます」


 準備が整った。あとは、武田軍が来るのを、待つだけだった。




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