門徒の突撃と能力の使用
包囲が二ヶ月を超えた頃、本願寺から大規模な突撃があった。
夜明け前の、暗い時間帯だった。
本願寺の西門から、約五百名の門徒が一斉に打って出てきた。包囲網の一角を突き崩し、摂津の門徒勢と連絡を取ろうとする作戦だったらしい。
織田軍の陣地に警鐘が鳴り響いた。
「敵が出てきたぞ」
「西の方向、五百はいるぞ」
紘一は天幕の中で目を覚ました。
状況を聞いて、素早く頭を動かす。五百。それが医療班に向かってきたら、護衛の少ない医療班では防ぎ切れない。
紘一は荷物の中から、事前に描いておいた絵を取り出した。
「油の壺」の絵だ。
外に出て、暗闇の中で陣地の入口に向かった。
門徒の怒号と武器が打ち合う音が、西から聞こえてくる。まだ距離はある。だが時間はない。
医療班陣地の前の地面に、絵を二枚置いた。
エネルギーを集中させる。
体の芯が、すっと冷える感覚。
絵の上に、油の入った壺が二つ現れた。
紘一は素早く壺を持ち上げ、陣地前の通路に向けて投げた。壺が地面で割れ、油が広がる。もう一つも同じ場所に投げる。
消耗が来た。膝に軽い力の抜けを感じる。壺は小さいが、二つ連続で使えばそれなりに体力を持っていかれる。
だがそれだけではない。もう一枚、縄の絵を使った。
油の広がった場所の手前に、縄を数本張り渡す。暗闇の中では見えにくい。足が油で滑り、縄に引っかかれば転倒する。
三枚目の絵を実体化させたとき、紘一は壁に手をついた。
体が重い。立っていられるが、余力は少ない。
「田邊様」吉田が駆けてきた。「大丈夫ですか」
「問題ない。ここで待機していてくれ」
しばらくして、門徒の一群が医療班陣地の方向に向かってきた。
だが、地面の油に足を取られ、縄に引っかかって、数人が転倒した。
「なんだ、足が滑る」
「縄だ、縄がある」
混乱が生じた隙に、織田軍の援軍が駆けつけた。
丹羽長秀が率いる一隊が、転倒した門徒を囲んで抑え込む。医療班への攻撃は、そこで防がれた。
戦闘は、夜明けまでかかった。
本願寺の門徒は、最終的に突破できずに引き上げていった。
紘一は天幕に戻り、横になった。
体が、本当に重い。三つの絵を使ったことで、かなり消耗している。この感覚は、翌日も続く。今夜は休まなければならない。
「田邊様、何か飲みますか」吉田が心配そうに顔を出した。
「水だけでいい」
「……何か使いましたね」
吉田は、聡い男だ。紘一が「疲れている」のと「何かを使った後で疲れている」の違いに、いつの間にか気づくようになっていた。
「少し、な」
「無理しないでください」
「している気はないが、やらなければならないときはある」
吉田は何も言わず、水を持ってきた。
その気遣いが、ありがたかった。
翌朝、紘一は体が回復しているか確かめながら、ゆっくり起き上がった。
重さは残っているが、歩けないほどではない。膝が少し笑う感じがするが、それも半日もすれば落ち着くだろう。
昨夜の戦いの後処理をしなければならない。
突撃してきた門徒の中に、降伏した者が数名いた。捕らえられて、陣地の隅に置かれている。負傷した者もいる。
紘一は、その捕らえられた門徒たちを診に行った。
男たちは若かった。二十代前半から半ば。顔に、死を覚悟した戦いの後の、奇妙な虚脱感が漂っていた。
「傷を診る」紘一は言った。
一人が目を細めて紘一を見た。「敵の医師が診るのか」
「そうだ。問題があるか」
「……ない」
矢傷と打ち身が多かった。命に関わるものはない。紘一は黙々と処置した。
一番若い男が、処置を受けながらぽつりと言った。「なぜ助ける」
「傷ついた人間を、助けるのが仕事だからだ」
「仕事だから、か」
「それ以外の理由が要るか」
男は黙った。しばらくして、「……ありがとう」と小さく言った。
その言葉に、昨夜使った三枚の絵の消耗分が、少し報われた気がした。




