秀吉の接触と能力の準備
包囲が始まって一ヶ月ほどが経った頃、秀吉が紘一を訪ねてきた。
夜、医療班の天幕に来て、二人きりで話した。
「田邊様、少し、相談があります」
「何だ」
秀吉は、珍しく少し迷うような顔をした。この男が迷う顔を見せるのは、本当に難しい問題のときだ。
「信長様が、本願寺への攻撃を強化しようとしています」秀吉は言った。「門徒への直接攻撃を、もっと積極的に行うという方針で」
「聞いている」
「私は……少し、懸念しています」
紘一は秀吉の顔を見た。「続けてくれ」
「門徒の中には、僧侶も、女性も、子供もいます。本願寺は城砦であると同時に、人々が生活する場所でもある。そこへの直接攻撃を強化すれば、戦闘員でない者たちまで巻き込む可能性があります」
「信長様は、そのことを知っていて命じているだろう」
「わかっています」秀吉は静かに言った。「ただ……田邊様は、そのことについて、何か信長様に言えませんか」
紘一は少し沈黙した。
信長への進言。それは何度もやってきたことだ。だが信長が一度決断すれば、覆すのは容易ではない。そして、信長の判断には往々にして、紘一が見えていない戦略的意図が含まれている。
「言える保証はないが、機会を探る」紘一は答えた。「ただ秀吉殿、あなたも信長様に直接言える立場ではありますか」
「言いにくい立場です。信長様の方針に異を唱えるのは……」秀吉は苦笑した。「私には、まだそこまでの立場がない」
「わかった。考えてみる」
その翌日、紘一は信長に会った機会に、慎重に言葉を選んで言った。
「信長様、本願寺への攻撃について一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「言え」
「城内には、戦闘に加わっていない者も多くいます。もし攻撃を強化される場合、非戦闘員が出られるような余地を残しておいていただけますか。脱出を望む者には、道を開けておく。そうすることで、残る者は本当に戦う意志のある者だけになり、かえって戦いがすっきりするかもしれません」
信長は少し考えた。
「降伏するなら受け入れる。だが、出てきた者を全員養う余裕はない」
「近隣の村に散らすことはできます。食料の手配は私がします」
「……好きにしろ」
完全な許可ではないが、禁止もしていない。信長の「好きにしろ」は、間接的な容認の意味を持つことが多い。
紘一は、秀吉にその結果を伝えた。
秀吉は少し安堵した顔をした。「ありがとうございます」
***
夜、紘一は一人で絵を描いた。
今回の包囲戦で使えるものを、少しずつ用意していく。
大掛かりなものは体への負担が大きいから、小さく役立つものを積み重ねる方針だ。
まず、「油の入った壺」の絵を何枚か描いた。
包囲戦の夜に、敵が突撃してきたとき、地面に油を撒けば足が滑る。壺が割れて油が広がるのは、不自然ではない。
次に、「煙の束」。
乾いた草と木を束ねたもの。火をつければ煙が立ち上る。視界を一時的に遮ることができる。
それから、「縄の束」。
突撃してくる敵の足に引っかかるよう地面に張っておける縄。暗闇の中なら見えにくい。
どれも、地味で、小さく、自然に見えるものだ。
派手な能力の使い方は、体を壊す。目立つ使い方は、秘密が漏れる。だから紘一は、いつもこういう地味な備えを積み重ねる。
絵を三枚描いたところで、手を止めた。
体が少し重い感覚がある。今夜はここまでにしよう。
明日も、来週も、来月も。
この包囲はまだ続く。焦らず、少しずつ、備えていくしかない。




