大坂への進軍
八月下旬、信長は摂津に兵を進めた。
総勢約二万。浅井・朝倉との戦いを経て、消耗した部分もあるが、戦意は高い。
紘一は、今回も医療班を率いて同行した。
大坂への道は、姉川の戦いの進軍路より平坦だった。山越えがなく、街道も整備されている。その分、行軍の速度は速かった。
だが、速いだけが良いわけでもない。
行軍の三日目、一人の兵が倒れた。
熱中症だった。残暑が厳しく、水分が足りていなかった。
「すぐに日陰に運べ」紘一は指示した。「水を飲ませる。うちわで扇いでくれ」
処置は早かった。幸い、軽症で済んだ。
「今後、行軍中の水分補給を増やすべきです」紘一は行軍の指揮官に申し出た。「一刻ごとに休憩を取り、水を飲ませてください。夏場の行軍は、戦よりも体力の消耗が早い」
指揮官は、最初は渋い顔をした。休憩が増えれば速度が落ちる。
「倒れる兵が増えれば、戦力が落ちます。長い目で見れば、休憩を挟む方が効率的です」
そう説得して、休憩の頻度を増やすことを認めてもらった。
些細なことかもしれないが、こういう積み重ねが兵の損耗を減らす。紘一は長年の経験でそれを知っていた。
***
石山本願寺の姿が初めて見えてきたのは、大坂に近づいた頃だった。
大きい。
それが最初の印象だった。城砦というより、一つの街だ。広大な敷地に高い石垣、深い堀。本丸を取り囲む曲輪が幾重にも重なり、その全体が小高い丘の上に建っている。丘の南側には大阪湾が広がり、海に向かって切り立っている。
紘一は、じっとその姿を眺めた。
歴史の知識として知っていた。石山本願寺は、後に豊臣秀吉が大坂城を建てる場所だ。天下一の城地と言われた立地。それが今、信長の前に立ちはだかっている。
十年かかる。
紘一の頭に、その見通しが浮かんだ。この戦いは、十年近く続く。信長が本願寺を完全に制圧するには、それだけの時間が必要だ。
気が遠くなるような話だが、それが現実だった。
「どう見る」
傍らに信長が来ていた。
「堅固ですね」紘一は正直に言った。「陸からだけでは、落とすのは難しい。海からの補給路を断たない限り、時間がかかります」
「わかっている」信長は静かに言った。「だが、やるしかない」
その言葉に迷いはなかった。
困難さを理解した上で、それでも進む。信長の強さの一つだと、紘一は思う。
織田軍は、石山本願寺の周囲に包囲網を張り始めた。




