帰路の医療と継承
岐阜への帰路は、三日かかった。
行軍ほど急がないため、負傷兵を無理なく移送できる。担架の列が、街道をゆっくりと進んでいく。
その途中、紘一は吉田と話す時間があった。
並んで馬を歩かせながら、今回の戦いで感じたことを話し合った。
「今回、初めて、あれだけの数を一度に処置しました」吉田は言った。「途中から、頭が空になった感覚があって……手だけが動いていた」
「それで良い」紘一は言った。「頭で考え始めると手が止まる。体が覚えていることを信じて動ける状態になれたなら、それは成長だ」
「ですが、一人、間に合わなかった人がいます」
吉田の声が、少し沈んだ。
「腹部の傷で……私が処置に着いたとき、すでに手遅れに近い状態でした。それでも何とかしようと時間をかけたのですが……」
「お前が遅れたのか」
「いいえ、後送が遅れたのです。前線で倒れてから、医療班に届くまでに時間がかかりすぎた」
「なら、お前の責ではない」
「ですが……もっと早く動けていれば、と思って」
紘一は少し間を置いた。
「吉田、お前に一つ言っておく。医師という仕事は、助けられる者を助ける仕事だ。助けられない者は、残念ながら助けられない。その線引きを、感情なしにできるようになることが、長く続けるための条件だ」
「冷たいですね」
「冷たいとは思う。だが、助けられなかった一人を引きずって、次の十人を助けられなくなるくらいなら、割り切った方が多くの命を救える」
吉田は、しばらく黙っていた。
「田邊様は、割り切れていますか」
その問いは、鋭かった。
「……正直に言えば、割り切れていない」紘一は言った。「毎回引きずる。だが、引きずったまま次に向かう術だけは、少し身についた」
吉田は、ふっと笑った。
「田邊様でも、そうなんですね」
「そうだ。医術も、生き方も、完成などしない。一生、途中だ」
馬が蹄の音を立てながら、街道を進む。
陽が山の向こうに傾き始めて、空が橙色に染まっていた。
***
帰路の途中、ある村に一泊したとき、村人が怪我人を連れてきた。
戦の負傷者ではなく、農作業中に鎌で足を深く切った男だ。血が止まらず、困っていたという。
「見せてくれ」
傷は深かったが、縫えば問題ない。紘一は糸と針で傷口を丁寧に縫合した。
村人たちが集まって見ている。
「先生、すごい」
「縫ったら、こんなに綺麗に塞がるのか」
紘一が手技を見せているのを、若い医師も横で見ていた。
縫合の手順、糸の引き方、傷口の合わせ方。言葉ではなく、目で技術を学んでいる。
「お前も、やってみるか」紘一は若い医師に言った。
「えっ、私が……いいんですか」
「今やらなければ、いつやる。私が隣にいる」
若い医師は、緊張した顔で針を受け取った。
最初の一針は、少し深すぎた。紘一が軽く手を添えて修正する。二針目から、少し安定してきた。
「そう、その調子だ。ゆっくりでいい」
傷の男は、少し顔をしかめながらも黙って耐えていた。
縫合が完成した。
歪んではいるが、塞がっている。合格点だ。
「上手くなった」紘一は言った。
若い医師の顔が、少し輝いた。
医術を伝えていく。それが、紘一にできる、戦いとは別の仕事だった。




