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激突と血の川

 戦場の音というのは、遠くから聞いていると別世界のように思えるが、近づくほどに現実の密度が増していく。

 金属が打ち合う音。兵たちの怒号。馬の嘶き。そして、人の悲鳴。


 紘一の医療班に、最初の負傷者が運び込まれたのは、戦闘開始から半刻も経たないうちだった。


 矢傷を右肩に受けた足軽だ。矢はまだ刺さったままで、折れずに残っている。本来なら矢を抜いてから運ぶべきだが、戦場の混乱の中では後回しになることもある。


「寝かせてくれ」紘一は言った。「吉田はいないな、私がやる」


 傷口を素早く確認する。矢の角度、刺さり具合、周辺組織の状態。この矢は、抜けるタイプだ。根本近くを親指と人差し指でしっかり押さえ、真後ろに引く。


 兵が声を噛み殺して耐えた。


「抜けた。傷口を洗う」


 用意していた水と薬草で処置する。止血して包帯を巻く。作業は手慣れたものだ。だがこの間も、次の担架が運び込まれている。


「次」


 刀傷、槍傷、矢傷。順番に処置していく。


 若い医師の一人が、初めて見る量の血に顔が青くなっていた。


「倒れるなよ」紘一は声をかけた。「お前が倒れたら、目の前の人間が死ぬ。倒れてから気分が悪くなれ」


 きつい言い方かもしれない。だが、これが現実だ。


 若い医師は唇を噛んで頷き、また手を動かし始めた。


 紘一は次々と運ばれてくる負傷者を捌きながら、医療班全体の動きを把握しようとしていた。

 一人の医師が処置できる時間は、傷の種類による。矢傷で矢が残っていなければ洗浄と包帯で一人に五分かからない。だが縫合が必要な深い刀傷なら、十五分以上かかることもある。今、医療班全体で一時間に何人処置できるか。それより多く負傷者が来れば、処置が追いつかない。


 今のペースは、ギリギリだった。


「吉田はまだ川岸にいるか」

「はい」若い医師が答えた。「さっき使番が来て、川岸での対応は落ち着いたと言っていました」


「なら引き上げてもらえ。ここが手が足りていない」


 使番を送って吉田を呼び戻す。しばらくして吉田が息を切らして戻ってきた。


「渡渉での溺れかけは三人いましたが、全員助けました」

「よくやった。こっちに入ってくれ。縫合が溜まっている」


 吉田がすぐに作業に入る。縫合は経験がものを言う。吉田の手が入るだけで、処置の速度が上がった。


 昼近くになって、急に状況が変わった。

 担架が一度に三つ運ばれてきた。伝令が走ってくる。


「徳川軍、苦戦しています」




 浅井軍の精鋭が、徳川軍に猛攻をかけていた。浅井長政は、この戦いで一切の手加減をしていない。背後を突いた金ヶ崎のときも、今回も、浅井の兵は精強だ。統率が取れていて、個々の技量が高い。


 徳川軍が押されている。

 このままでは左翼が崩れる。


 紘一は、医療班を清水に任せて本陣へ走った。


 信長は、すでに状況を把握していた。


「予備隊を動かす」信長は言った。「秀吉、行け」


「承知」


 秀吉が即座に応じた。三千の予備隊を率いて、浅井軍の側面へ向かう。その動きの速さ、判断の迷いのなさは、いつ見ても感嘆させられる。


 紘一は信長に近づいて言った。


「信長様、医療班を少し前に出していいですか。負傷者を素早く後送できれば、兵の士気も保てます」


「任せる」信長は短く答えた。


 許可を得て、紘一は医療班の一部を戦場寄りに移動させた。前に出れば危険も増すが、負傷者が後送されるまでの時間が縮まる。その数分が、命を分けることがある。


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