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負傷兵たちの声


 京都での治療期間が続く中、紘一は毎日、医療班の天幕を回った。

 単に傷の具合を確認するだけでなく、兵たちと言葉を交わすためでもあった。傷は体に刻まれるが、同じくらい深い傷が心にも刻まれることを、長年の経験で知っている。


 ある日、一人の兵が紘一を呼び止めた。

 確か、尾張の出身だったと思う。二十代半ば、細面の男だった。足に矢傷を受けていて、まだ歩くのが辛い。


「田邊様、少し、お聞きしていいですか」


「なんだ」


「私の隣にいた仲間が、山道で……倒れました。重傷で、動けなくて……私は彼を置いて逃げました」


 その声に、震えがあった。


「それが正しかったのか、今でも分かりません。置いていくしかなかったのですが……あいつは今、どうなっているのか」


 紘一は、その兵の傍らに座った。


「おまえが置いていかなければ、おまえも死んでいた。置いていったことで、おまえは生きている。その仲間も、隠れていれば生き延びた可能性がある」


「でも、確かめられません」


「確かめられない、それが戦いだ」


 紘一はそう言いながら、自分自身にも言い聞かせていた。

 山道に残してきた者たちのことを、ずっと引きずっている。戻れなかった。確かめられなかった。そういう「わからない」が、積み重なっていく。


「おまえは今、生きている。その命を大切に使うことが、仲間への返し方だと、私は思う」


 兵は、しばらく黙っていた。

 涙は出なかった。ただ、何かが少し、ほぐれたような顔をした。


「……ありがとうございます」


 紘一は立ち上がり、次の天幕へ向かった。


 ***


 別の天幕では、重傷を負った兵が横になっていた。腹部を槍で突かれている。吉田の見立てでは、助かる可能性は五分五分だと言っていた。


 その兵は、意識があるとき、決まって同じことを言った。


「家に帰りたい」


 出身は近江の農村だという。妻と、二歳の子がいる。子の顔をまだちゃんと見ていないと、かすれた声で言った。


「帰れます」紘一は言った。「帰れるよう、全力で治す」


「本当ですか」


「本当だ」


 嘘かもしれない。五分五分の話を、確実のように言っている。だがこういうときに「わからない」と正直に言うことが、必ずしも正しいとは思えない。希望を持って生きようとすることが、生存率を上げることもある。


 紘一は、その夜、この兵のために少し特別なことをした。

 傷の治療に使う薬草の中に、ある種の植物の絞り汁を混ぜた。この時代にはまだない種類の抗炎症成分を持つ草で、紘一が記憶の中にある知識から絵に描いて実体化させたものだ。


 体への負荷がある。今夜は少し、体が重くなる。

 だが、それでいい。できることをしなければ、生きている意味がない。


 三日後、その兵は峠を越えた。

 熱が引き、食事を少し取れるようになった。


「田邊様、私、帰れそうです」


 その言葉に、紘一は本当に安堵した。


「ああ、帰れる。妻と子に、会いに行け」


 医療班の中には、笑顔になる瞬間もある。死と生が混在する場所だが、生が勝つ瞬間の喜びは格別だ。そういう瞬間があるから、続けられる。


 吉田がこっそり言った。

「田邊様、あの草、どこで手に入れたのですか。私、見たことない種類です」

「山の奥で採ってきた」

「そうですか。今度、採り方を教えてください」

「……考えておく」


 誤魔化しながら、紘一は苦笑した。

 教えたくても、教えられない。あの草は、絵を描いて実体化させなければ存在しない。


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