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二十五(第三十二話)



 ナユタナとラフベルの肉を食べ、ペリカ酒を受け取ると、ユトロはスヴァンの野営地へ向かった。


 村の手前の沢に立ち寄り、仕掛けを上げてみると、数尾の魚が掛かっている。

 ユトロはその場で手際よく下処理をし、葉に包んで担いだ。

 野営地へ着き、それを手土産に差し出すと、火番の男は大いに喜んだ。


 近くにいた見張りの弓使いもそこへ加わり、二人がケマナを焼いていると、幌車の向こうからモルバスが現れ、ユトロの肩へ、無遠慮に腕を掛けた。

 大剣を背負うモルバスは、ユトロにも負けぬ大柄の戦士である。


「英雄様は、美味い酒を持っているらしいな。俺にも少し譲れ」


 ユトロは黙って火の前に座り、大ぶりのヒルカトネを枝に刺して焼く。

 ナユタナは皆と飲めと言っていたが、モルバスの目に宿る苛立ちに、酒を振る舞う気にはなれなかった。


「お前にはやらん」


 焚き火の爆ぜる音が、やけに大きく聞こえた。


「……何だと?」


 不穏な空気に、弓使いたちは慌てた。


「ユトロの酒は、雨の日に皆で飲んじまったよな」

「ああ、悪いことをした」


 しかしモルバスは、ユトロの荷を乱暴に小突いた。

 袋の中の瓶が、こぷんと鳴る。


「そこの村で酒を貰ったと聞いたが、なぜお前だけが贔屓される?

 カリネスでも、お前は酒を手に入れていたらしいな」


 道中の宿泊地でユトロは早々に酒を調達したが、大酒飲みの多い戦士たちには到底足りなかった。

 そこへ、ユトロがまた酒を持っていると知り、しかもそれが驚くほどの美酒と聞けば、モルバスの苛立ちが噴き出すのも無理はなかった。


 ユトロはモルバスを見ず、黙っている。

 焼いている魚へ男が手を伸ばした瞬間、ユトロはその腕を掴み、喉へ魔力を込めた。


「魚はやってもいい。だが──

 なぜ俺の酒をお前にやらねばならん」


「……グッ……!」


 掴まれた腕はびくともせず、魔力で強められた“狼の声色”が、モルバスの底に潜む恐怖をあおった。


「おい、ユトロ! モルバス! 揉め事はやめろ!」


 呼ばれて来たマルヴェナがユトロを制し、腕を放されたモルバスは反動で立ち上がる。

 青ざめた顔のままユトロを睨みつけ、マルヴェナを無視して去っていった。


 マルヴェナは焚き火で焼ける魚を見やり、ユトロを見据えて深くため息を吐く。


「バルグロスは、モルバスとお前が問題を起こすと踏んで班を分けたんだぞ。

 あいつの思った通りじゃないか」


 隊長のバルグロスは野営の班分けをするにあたり、血の気の多いモルバスを同類の戦士と固め、他班との揉め事を避けた。


 もう一人の懸念材料であるユトロについては、面倒見の良いカイルスのいる弓使いの班に入れられた。

 ふたりの関係が良好に見えたからである。


 さらに馬車を囲む際には、バルグロスの班がその間に入るよう調整していた。


 本来なら、モルバスの見張りの間、ユトロは野営地で静かに眠っているはずだった。

 そうであれば、何ひとつ問題は起こらなかったのだ。


「すまんな。お前も食うか?」

「……結構だ。腹は減っていない」


 マルヴェナは目を細め、男を睨んだ。



 役目の時刻まで休んだユトロは、最後の見張り番に就いた。

 一刻ほどが過ぎ、明け方が迫るころ、野営地を離れてクナールまでの道を確かめに向かう。

 隊の公認となったため堂々と出てゆくことはできたが、走る姿を隠すため、あえて暗い時刻を選んだ。


 クナール村は北西に位置する、翼竜の被害地である。

 もっとも、翼竜を見かけても追い払う以上のことはしてはならぬと、あらかじめ注意を受けていた。

 群れが村へ押し寄せるのを避けるためである。

 戦闘は、あくまで予定地へ誘い込んでから行う決まりだった。


 ユトロはマルヴェナの報告書を照らし合わせながら道を確かめていったが、滑落のおそれのある場所が多く、印をつける意味は薄いと感じた。

 霧の出やすい地点と、荷車の通行が危ぶまれる所にだけ目印を残す。


 針葉樹の林に囲まれたクナールは、渓谷のほとりにあった。

 しんと静まり返る牧場には家畜の姿がない。

 おそらく翼竜に持ち去られたのだろう。


 残った家畜は屋根付きの囲いへ移されており、そこには傭兵が一人、見張りについていた。

 他に人手を割く余裕は、村にはなかった。


 村の周辺を確認し終えたユトロは、林に潜んでいた偵察らしき翼竜を追い払った。

 そして“人狼の印”を残すべきか迷う。


 それは以前ナユタナに掛けた“狼の印”よりも強い効き目がある。

 残せば村と遠征隊の安全は守られるが、家畜やノルクにまで影響が及ぶ。

 翼竜が群れごと逃げ去っても困るため、ユトロはここでは用いぬと決めた。


 スヴァンへ戻ったユトロは、マルヴェナとバルグロスに、見てきたことを報告した。


「偵察がいただと……?」


 マルヴェナが眉を寄せる。

 狼が人狼族とは異なるのと同じく、翼竜もまた竜族ではなく、獣の一種である。

 ゆえに竜族のような高度な知性は持たぬが、群れとしての動物的統率は行う。


「クナールでの野営は中止し、討伐の予定地へ向かうべきだろう。

 野営を張るなら、そちらがよい」


 バルグロスの判断に反対する者はいなかった。


 人が集まるクナールへ群れが押し寄せる危険を避けるため、村には数名の見張りだけを残し、戦闘予定地へ向かうことが決まる。

 途中での野営は行わず、休憩のみを挟み、討伐予定地にて丸一日の休息日を設けるという。


 岩山の道は険しく、荷車が落ちそうな場所では荷をノルクと人の手で運び、空になった荷車を支えながら通過させた。

 霧の濃い道ではフェノルの風魔法が活躍する。

 途中、通り雨に何度か打たれた。


 夕刻までに遠征隊はクナールへ到着した。

 長めの休息を挟んで再び出発する。

 その前にユトロは、討伐予定地への道の確認へ向かう。


 予定地は村から少し離れた崖上の、広い平原の丘である。

 丘の真下の岩壁には、翼竜が巣を作っていた。

 そのため、そこへ至る道は翼竜の奇襲を警戒し、林を縫うように大きく迂回しなければならない。


 道と呼べるものはなく、急斜面が多い。

 報告書にも書かれていたが、荷車の通行は不可能だった。

 ユトロは、人族の足で進みやすいと感じた箇所にだけ印を付けていった。


 岩肌がところどころに覗く平原に辿り着く。

 野営地はそばの林が良いだろうとマルヴェナは記していたが、実際そこ以外に安全な場所はなかった。


 暗い空では、無数の翼竜が旋回している。

 以前ユトロが見た群れと同じであれば──やはり、あの群れは棲み処を変え、この渓谷へ巣を移したのだろう。


 クナールへ戻ったユトロは、バルグロスとマルヴェナへ報告を行った。

 荷はノルクの背と人の手で運ぶことになり、一度ではすべてを運べず、往復する必要がある。

 これまで優遇されてきた僧侶たちも荷を背負い、歩いてもらうこととなった。


 短い休憩を挟みながら印に沿って進み、明け方前には平原の見える林へ辿り着いた。

 朝日が昇るまで木陰で休み、体力のある者は荷を運ぶため再びクナールへ戻る。


 ユトロは暗い内に何度か村と林を行き来し、重い荷を先に運び終えておいた。

 昼前にクナールへ戻った者たちは、残る荷が少ないのに首を傾げる。


「荷物はこれで全部のようだな」


 夕刻までには、すべての荷が運び終えていた。

 ユトロが残りの量を事前に伝えていたため、無駄な人員を送り出す必要もなかった。


「お前のお陰で一日以上短縮できた。助かったよ」


 荷の運び込みに二日を見ていたマルヴェナは、深く感謝した。

 ユトロは岩に腰を下ろし、丘で穴を掘っている冒険者たちを眺める。


「それで、どうやって倒すつもりだ?」


 翼竜戦の指揮官はマルヴェナである。

 ユトロが道を調べているあいだに、彼女はクナールで既に作戦の説明を終えており、丘で戦う部隊と谷底で待機する部隊に分かれる段取りとなっていた。


 ただ、ユトロ本人には直接伝え、意見を聞いてみたいと思っていたのだ。

 マルヴェナはユトロに、彼女の翼竜退治の方法を語る。


 翼竜は断崖絶壁に穴を開けて巣を作る。

 すべての翼竜が巣穴に戻り、休むのは、更けの刻から朝明まで。

 最も動きの鈍る、その刻を狙う。

 日の出を合図に翼竜の嫌う草を焚き、弓や魔法で煙を巣穴へ送り込む。

 そして外へ出た翼竜を丘の上から弓で煽り、上空へ誘い出す。


 その囮は自分たちであり、作戦開始までに斜穴の待避壕を複数作る必要があった。

 空から襲いかかる翼竜を弓と石の投擲で撃ち落とし、戦士がとどめを刺す──

 これがマルヴェナの定石である。


「それでは大部分が逃げてしまうのではないか?」


 マルヴェナの策を聞き、ユトロは顎を撫でる。


「私たちの目的は、奴らをここから追い払うことだ。

 もちろん倒せるなら、全部倒したい。

 このやり方で群れを半分にできれば上出来さ」


 何やら考え込むユトロに、マルヴェナは思い切って尋ねた。


「で、あんたなら、どうやるんだ?」


 ユトロはマルヴェナを見て、ふっと笑った。



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