第131話:森の探索Ⅳ
ハリードさんの元に近づいていくと、疑問を抱かれるようにキョトンッとされてしまう。
「どうした? 忘れものか?」
「いえ。ちょっと話し声が聞こえてきたんですが、お役に立てそうな内容でしたので」
マジックバッグからハニードロップを五つ取り出した俺は、それをハリードさんに差し出した。
「こちらは軍隊蜂の蜂蜜を固めて作った飴です。もし必要でしたら、お譲りいたします」
「……何?」
先ほどまでの雰囲気とはガラリッと変わり、一気にハリードさんや騎士団員たちの警戒心が高まってしまう。
それもそのはず。
たまたま通りかかったオッサンが、偶然にも治療に必要な軍隊蜂の蜂蜜を所持しているケースなんて、滅多にない。
いや、絶対にないと断言してもいいくらいの出来事だろう。
それこそ不審者と認定されてもおかしくない行動なので、俺はあえて余計なことは語らないようにする。
「信じるかどうかは、お任せします。そういうふうに疑いの目を向けられることも、慣れてしまいましたので」
ルクレリア公爵との取引を思い出せば、ハリードさんの警戒なんて、戸惑っているとしか思えない。
屈強な体から発せられる力強い圧はあるものの、精神的に追い込もうとするような貴族らしい圧は感じられなかった。
もしかしたら、藁にもすがるような思いと、疑いたくなる気持ちが交差して、うまく感情を制御できていないのかもしれない。
「馬鹿げた質問だが、君は軍隊蜂の蜂蜜がどれほど貴重なものか知らないわけがないだろう?」
「もちろん、存じております」
「それでもなお、我々に譲ると言うのか?」
「買い取りたいのであれば、そうしてくださっても構いませんが……。そういう交渉をしている場合ではないのかなと」
先ほどから苦しむ女性が胸を押さえているので、咳き込む時に痛みを感じているだと思う。
咳が和らいだとしても、呼吸をすることに苦しんでいるため、肺炎にまで悪化してそうな印象だった。
「げほっげほっ。ハアハア……」
王都まで一時間ほど距離があることを考えたら、ウォリックさんの帰りを待っているような状況ではない。
確実に彼女を助ける唯一の方法があるとすれば、このハニードロップだけだ。
ただ、この不可解な状況を受け入れるべきか否かで、ハリードさんは眉間にシワを寄せるほど悩んでいる。
「俺は人を見る目がある方だ。だが、自分の感覚だけを信じるような馬鹿な真似はしない」
さすがに騎士団の団長を務める人物なだけあって、安易に手を出すことはない。
冷静に対処しなければならないと理解しているからこそ、自分の気持ちを抑制して、言葉を選んでいるように感じる。
他の騎士団員たちも息を呑んで、そんな彼の姿を見守っていた。
「この場で本物の軍隊蜂の蜂蜜を使用しているのか、確認する術がない。ゆえに、今からこの飴を共に口にしてくれ」
「わかりました。毒が入っていないか確認したい、ということですね」
「ああ。本来なら、こんな馬鹿な真似はしないが……。今は切羽詰まった状態なのでな」
真剣な表情を浮かべるハリードさんと共に、ハニードロップを一つずつ手に取り、互いにそれを口にしようとした時だ。
二人のせっかちな人間が動き、俺の手に残されていたハニードロップを手に取り、それを口にする。
「信じられない気持ちはわかるけど、これは本物の軍隊蜂の蜂蜜を使ったものよ」
「毒じゃないよ? 蜂さんが集めた蜜で作ったものだもん」
無邪気な顔をしたアーリィとクレアまで口にして、それでもなお毒だと疑われたら、元も子もない。
俺も一足先にハニードロップを口にして、その安全性を証明することにした。
「軍隊蜂の蜂蜜を渡す理由がほしいのであれば、貴族の騎士団長に恩を売りたかった、と思っていただければと」
「……」
結局、ハリードさんが最後にハニードロップを口にした後、しばらくして状況は一変する。
軍隊蜂の蜂蜜が持つ花の香りを感じたみたいで、本物だと判断してくれたみたいだった。
「……かたじけない」
そう言ったハリードさんが最後のハニードロップを受け取り、急いで苦しむ女性の方に向かっていく。
「ハアハア……」
「こちらを口に含んでください、王女殿下」
女性騎士と共に介抱するハリードさんの姿を見て、俺は天を仰ぐ。
まさか彼女が王女様だったとは……と思う気持ちもあるが、ルクレリア公爵の言葉を思い出すと、納得する部分が大きかった。
『トオルくんと良好な関係を築く方が、ルクレリア家にとっても、リーフレリア王国にとっても利益が大きい。多少のことは目をつむるよ』
リーフレリア王国が軍隊蜂と争おうとしていた本当の理由は、王女様の命を守るためだったのか……と、俺は察したのであった。
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