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金魚戦記  作者: 悠布
3章 南橘北枳
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89話 協働

 偵察用のミニサイズで地上に出て物陰に隠れながら、状況を確認する。

 

 川の中からでも、なんだかヒトとハチの動きが妙なことになっているのはわかっていた。

 百聞は一見に如かずというし、見た方が早いと思って川にサトリを残して出てきたはいいのだが...


 目で見てもわからん。なんだこれ。



 混乱して暴れまわるワスプを中心に、一定の距離を開けて囲む冒険者。だが彼らが向きあうのは、更にその外側を囲う冒険者たちだ。


 外側の者達は、内側の者達の頭上からハチに向けて遠距離攻撃を飛ばしている。物理的に押しのけて分け入ろうとする者も居るが、ヒト同士の戦闘にまではなっていない。小競り合い程度である。

 そして内側の者は遠距離攻撃を防ぎ、向き合う彼らに何か訴えかけている。人数的にはこちらの方がやや少ないが、熱心さ…というか、心的エネルギーは高い。


 で、その二方のリーダーは……レイラとミリハか。

 うん、わからん。


「…イザー。状況を教えてくれ」

(ワスプ完全退治派をレイラが、ワスプを自然に還せ派をミリハが先導してる)


 ...なんでそんなことになってるんだ。予想外過ぎる。

 もはや俺らの存在忘れられてるんじゃねーか。いつ、どう出りゃいいってんだ…


 愕然としていたら、本人たちから申し開きがきた。


(先導とは失敬な。元々あった動きをまとめただけだよ)

(第二ラウンドに入ったら、自然に自由に動く予定だったある。

 これのお陰で、まさかグルだとは夢にも思われないねー。感謝するある)

「ぐっ...」


 まあ…確かに今、ジャスは困っている。この状況に。

 

(ふっ…。どうだったイザ、超自然な演技あるねー?)

(…()だったよね...)

(あんたは素で捥いでたねぇ)

(仕方ないある、オーバーに筋力強化(ドーピング)された弊害ね。

 ミリハだって、普通に軽くキレてたある)

(それは、抑えることをやめただけ)

「ばりばりの素じゃねぇか」


 のんびり話しているが、小さく視界に映る彼女たちはピリピリと殺気を飛ばし合っている。器用だな。

 ――もう、利用させてもらうか。


「サリー、聴いてたな? 俺たちはヒト嫌いだ、つまり...」

(ミリハ(サイド)ね、わかったわ)



       ◇



「通せ、道を開けろ! 危険な魔物は倒す、それが冒険者の務めだろ!?」

「冒険者は常に中立の立場を良しとする。採り過ぎず狩り過ぎず、やり過ぎず!

 もう十分だろう!」


 両者の主張はざっくり言うと、概ねこのような言い分だった。

 確かに、どちらの主論にも筋が通っているのだ。ゆえに、真っ向から対立しているのに両者ともに譲る理由を持たない。

 そもそも「冒険者」という生業(なりわい)を選ぶ以上、街での社会生活よりも自然と共に過ごすことを好む者が多いのがこの職種の特徴だ。延いてはつまり、一般平均よりも自然愛好家の割合が高い。

 加えて両方に、正義感が強く気性が荒い者も多いことから、このような争いは時折発生する。だからこそ「手出し厳禁」というルールの厳守が求められているのだ。


 花狂蜂(フラワーワスプ)の方も、すぐ外側を囲むヒトたちが自分たちを守っていることをわかっているのか、勢いよく飛び回りながらも彼らに攻撃は行っていない。

 


 睨み合いと小競り合いが続く中、人は誰もいないはずのワスプたちの中心から、この場に似つかわしくない少女の落ち着いた声がした。


「おもしろそうな事をしているわね」


 ギョッとし、人々は動きを止めて声の方を仰ぐ。

 

 一際大きなワスプの背に、黒いドレス姿の少女が横乗りに腰掛けていた。

 周囲の蜂も、只ならぬ気配を感じたのか、ピタリと羽を停止させて様子を窺っている。


 少女――サリーは、ひんやりとした笑みを浮かべた。


「ちょっとでも余裕ができると、同種で争うのよねヒトって。知ってるわ。

 でも...そうね、たまには…」


 少しだけ小首を傾げて考えると、彼女はおもむろに扇子を一振りする。

 一拍遅れて発生した強風によって、前方の人垣が吹き飛ばされて道が開けた。


「なっ...!?」

「ほら。わたしが手伝ってあげるから、ハチを自然に還してあげなさい」


 そう言って、悠々と前に進み始めたワスプに乗ったサリーへ、どう対応したものか。

 主にミリ派が決めかねていた。

 レイラ派の対応は決まっている。


 今まで邪魔をしていた者達が動けないでいる隙に、ワスプとサリーへ向けて猛攻を仕掛ける。

 それに対して少女は強固な結界を張り、たまに鬱陶しそうに烈風を起こしてヒトを吹き飛ばす。

 

 数こそ少なくなったが、賢く強く生き残ったワスプたちは(うやうや)しい騎士(ナイト)のような雰囲気を漂わせ、中心の御輿(みこし)を守護しはじめた。

 まるで人の(ごと)き振る舞いだが、強い助っ人をリーダーとして守るという本能である。

 


 サリーは、固まっている人々を無表情でちらりと見やる。


「どうするの?」

「…あ、え、...」


 ワスプだけならともかく、さすがにこの相手(サリー)まで見逃す(?)のは冒険者としてどうなのかと狼狽える者たちの背後から、ミリハが姿を現した。


「出来ることと出来ないことを見極めて。それを抜きにしても、今、断るという選択肢は無い。

 ―――サリー。街の外まで、協力をお願いする」


 あっさりと言い放った彼女を、少女は不思議そうに見つめる。


「ハチを街に集めたのも進化させたのもこっちなのに、すぐに信じるの? 変な子ね」

「その責任をとろうとしているから、そんな言葉が出るんでしょ。人以外には優しいんだね」


 サリーが眉を寄せた瞬間、彼女の結界を貫いて、頭上から針のような銀の光の雨が降り注いだ。傍にいたミリハにも思いきり刺さっている。

 続いて、楽し気な声が。


「やっぱり、これなら通用するある。どんどんいくねー」

「...レイラ…!!」


 不運にもミリハにまで通用してしまった、レイラの極細の針千本光魔法攻撃。文字通り、針の穴ほどの小ささと軽さで、大抵の魔法結界やバリアを素通りする。イズナの攻撃手段の一つから着想を得て開発された魔術である。

 食らった時の実害(ダメージ)は少ないが、普通に針を刺された時よりも痛い。


 実際、効果覿面で、ワスプたちも動きを止めていた。

 そして幸か不幸か、ミリハを本気(マジ)ギレさせていた。

 …拳を握ってプルプルと震わせている彼女の神経は、さらに逆撫でされる。


「あ、巻き込みゴメンねー。まさかアンタにも刺さるとは思わなかったある。あはは」

「レイラ...」

「ん?」

「許さん」


 上空のレイラに向けて、回転する複数の気円盤が襲い掛かった。

 本気の攻撃を、彼女は慌てて避けようとするも――その前に、背後から猛スピードで接近してきていた影が滑り込む。


 視認し得るギリギリのスピードで、手刀と足蹴りで全ての円盤を叩き消したのは、一人の魔族の男である。

 

「...すぐ近くに敵がいるというのに、何を仲間割れして攻撃対象を間違えている。

 単純な策に引っ掛かるな。遊ばれているだけだ」


 鋭くミリハに告げ、サリーへと向けて一直線に急降下する。

 だが――……



「やっぱお前は有能そうだな。ギルマスも住民もだが、魔族は真面目なドイツ人みたいな性格の連中が多いのか?

 そういや俺の知り合いも、冗談が苦手っぽかったもんなぁ…」


 敵の懐から弾丸のように飛び出してきた小さな球のようなものが、いきなりジャスに変化し、男は急停止した。

 用心深く距離をとり、黙って相手の出方を窺う。


 光の針から始まった一連の攻防を驚いたように見上げて固まっていた人々を見下ろし、誰にともなく少年は言う。


「まー遊んでるけど、(もてあそ)んでるわけじゃないぜ。そいつの明察の通り、ハチには優しくしてやるつもりなだけだ。生き残りくらいにはな。

 サリー、邪魔する奴は片付けろ」

「わかってる。その男と、後から来る連中は任せるわよ」


 言うなり、無造作に彼女の手から放たれた炎風が、騒ぎに集まりつつあった市民を散らした。吹き飛んで墜落して大怪我を負った者も多かったが、それは歯牙にもかけていない。

 サリーは開けた道を指し示す。


「進む先は拓いてあげるから。一度決めたのなら、やり遂げなさい。

 ヒトの尊厳なのでしょう」

 

 そうは言うが、やはり人に害を為す敵の言う通りに協力を仰いでもいいものか、彼らが現れた以上こっちは一丸となって相手に敵対すべきなのでは、という微妙な空気がワスプ救出派に流れる。


「ど、どうする…っ」

「従うふりをして、最後に不意打ちするか?」

「流石に卑怯過ぎるんじゃない…」

「あの余裕のある態度を見てもなお、不意打ちが通用すると思うのか?」


 ――ちなみに本人(サリー)は、不意打ちウェルカムの前提で来ている。

 隙だらけに見せているつもりだが、逆に余裕だととられてしまっているのには気付いていない。


 コソコソと素早く相談した後、彼らはすぐに結論を出した。

 代表者が前に出て、告げる。


「あんたは敵だし、ワスプを引き入れて搔きまわした張本人だが…それとは別に、おれたちは彼らを助けたい。あんたを倒すのはその後だ」


「―――その心意気、良し」

 

 一瞬、本心から少女が微笑んだように見えた。




 戸惑っていたハチ救出派が、吹っ切れたように統制を取り戻して動き始めたのを見て、排除派の冒険者と大多数の市民は目を剥いた。


「信じられん……さっきまで攻撃対象だったワスプを助けるだけじゃなく...」

「敵に協力するなんて...。人を(ちり)のように容赦なく吹き払う有様を見ても…」

「つか、あんなムキムキのデカい虫を守って自然に還すなんて、やっぱり自然愛護系はクレイジーが多い…」

「しっっ!」


 裏切られたような気分になり、徐々に怒りが湧いてくる。

 本当の敵に立ち向かうためにも、まずは人心を惑わす厄介なワスプの存在を取り除かねばならない。

 

 そう考えて攻撃を仕掛けていたところに、ひょっこりとトニーが現れた。

 彼が今回の作戦を立案した者だという事はまだ知られていないのだが、その妙なスター性に惹かれて注目が集まる。


 自分の目で確認して、すぐに状況を把握したらしい彼は、フッと笑って勝利のVサインを出した。

 隣にいたギルバートが、怪訝そうに目を細める。


「...何してんだ?」

「ふふふ...勝ったな」

「いや、何がだ」

「状況的な勝利だよ。このままいけば、対立している両者と市民が本気のまま、ワスプを街の外へ出せる。

 こちらに求められた条件はクリアし、きっとサリーもご機嫌なまま帰ってくれる。上の彼がジャスに勝ってくれることが望ましいが、勝敗がどちらでも、もう被害を出すことなく終戦だ」


「…二人とも逃がす前提かよ」

「当然。何の前準備も無いまま、あんな理不尽を倒すか捕まえるつもりだったのかな?」


 とても消極的な発言をしているトニーだが、なぜか納得させられる自信に満ちている。

 

「因みにおまえさんなら、どんな「前準備」をするんだ?」

「うーん、そうだね...」


 顎に手を当てて視線を下げて少し考えた彼は、その格好のままツラツラと述べる。


「まず、今は圧倒的に戦力が足りない。必要なのは、数ではなく質だ。本気であれらを倒したいなら、それこそ世界規模で強者を集めるしかない。だがそれだけでは、彼らの要求するものは揃わない。だから同時にヒトの意識改革。

 そして戦場も、こちらから指定しなければならないだろうね。彼らは転移を使うようだから、一つの巨大なエリアごと魔法使用不可結界に閉じ込めるくらいしないと。

 その両方で最低条件。次に――……」


「お、おい、ちょっと待て...

 そんな規模――神でも倒すつもりか?」


 引き攣った半笑いで遮って止めたギルバートの疑問に、次々に集まってきていたギャラリーも注目している。


 トニーは驚いたように彼を見て、眼を瞬かせた。

 そして迷いながらも、かなり本心が混ざっているとわかる口調で続ける。


「――ただ強いことが重要な条件として選ばれる「神」よりも、厄介…かもしれないな。

 あ、いや、もちろん私の想像だけれど」


「神って…そういう選ばれ方をするのか…

 よく知ってるな」


 ギルバートの方も、本心から少し驚いていた。「神」に関しては、明らかになっている部分と未知の部分の差が激しい。今耳にした情報は、後者だった。

 彼ら(・・)のことは、仲間として動くようになった今も(なお)、謎に包まれている。必要なことは聞けば全て答えてくれるが、だからこそ詮索するようなことは控えているためだ。

 ...しかしよく考えたら、驚くようなことではなかったかもしれない。彼らが神と友達でもおかしくはないくらいには、通常の人間からはかけ離れた存在であるとなんとなく推測していた。


「噂のレベルだけどね。そう聞いただけ」


 トニーは、ひらひらと手を振った。

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