88話 透明な球
短期間で誰かの信頼を得たいときには、どうするか。
どれだけ入念に用意した計画でも、それが完璧であればあるほど、「作り物感」が増す可能性は否めない。
ならば、そんな危険なリスクは排除する。
最初は嘘だが、嘘に本当を混ぜ、いずれ―――嘘を本当にしてしまえばいい。
「さあ、どうする? ガル、レイラ、ミリハ。ついでにギルバート」
一瞬地上で仕事をした後、川底に戻り、岩陰でニヤッと笑う。
ここから――先程のミニアクシデントから先の事は、ガル達には敢えて伝えていない。「何かするよ」とだけ言ってある。
俺とサトリとイズナとオライが知る、第二弾だ。開発した「魔物ムキムキ薬」の詳細も企業秘密。
まあ、まだ最初だし、発生するのは簡単な問題にしておいたが。
重要なのは、周囲の信頼度を増すことだからな。ここで失敗してコケては意味が無い。
「サリーもこっち来るか?」
(ええ。今、人目は無いから大丈夫よ)
タイミングは良さそうだったので、泡を作ってそこにサトリを呼び寄せた。
翼をしまって町娘ふうの格好で現れた彼女は、俺の服装(ジャスver)を見て眉を上げる。
「いいわねぇ。一瞬で早着替えできるんだから」
「地味に収納魔法の一番便利なところだな。オライも転移はできるけど収納は無いって言ってた。
…いちいち面倒くさいだろうし、なんだったら俺がいつも服預かってて着替えさせてもいいけど」
現在は、合流の見通しが高い場合にのみ、俺が衣装預かりを受け持っている。例えば今とか。
出番待ちの待機場所もそうだが、実は細々とした些事問題が多かったりする。悪役の現実はシビアだ。
サトリは何とも言い難い微妙な表情でこちらを見てくる。
「それ、もしヒトに…特に女性に言ったら、「変態!」って物投げられるわよ」
「なんでだ? そっちの方が楽だろ」
「うーん...普通、外出時に他人の着衣を交換させることは無いから、かしら…」
「できない奴が多いからだろ? できる奴が、他の者の分までやってやりゃあいいのに」
「確かに…」
という事で、時間も少しあることだし、なぜか俺による着替えを拒否したサトリは、収納魔法の練習を始めた。
手本を見せたら、真似して頑張っている。
「はい。空間に、別の次元に繋がる裂け目を生じさせるかんじで」
「簡単に言うわね…そういえば、使ってるの見たこと無いけど、イズナもできるんだっけ…」
「仕舞ったら取り出せる自信が無いから使わないって言ってたぜ。オライ曰く「悪魔の中でも一部にしか使用できる者はいない」だってよ。あ、収納、悪魔さんたちの文字通りの入れ知恵だったんだと。転移は違うらしいけど」
転移の方は、使う者こそほぼ居ないが、最初からヒトに伝わっている。
だが、禁忌とされている理由はなんとなくわかる。
自分が寝ている枕元に暗殺者が来て困るような方たちが禁じたのだろう。
それに俺がやったように、大規模な人数を一瞬にして遠方に運べるからだろうな。魔力量の関係で簡単にはいかなそうだが、非人道的な手を打ってでも他国へ大軍を侵攻させることだって出来ちゃう。
「今度グラシャに会ったら、便利な魔法を教えてくれてありがとうって言おうかな」
「部下任せみたいだったし、知らないんじゃないかしら…」
「無断で技術を流出させる部下がいたら、さすがに同情するわ」
「流出した悪魔もいるから、笑えないわね」
何やってんのかしら、本当に――と、サトリが広げていた手のひらをグッと握りこんだ。
次元に干渉していた時に、突然一点に力場が生じたことによって、なにか…ビー玉サイズの透明な球体が誕生する。微量な光の粒子を放っているようだが、可視光線ではない。
「......?」
なんだこりゃ?
じっと見ていると、彼女の入っている大きな泡が徐々に小さくなってきている事に気付いた。
空気の中に魔力の流れが見える。
透明球に向かって動き、そのまま…吸い込まれている…
魔力はともかく、空気まで吸い込まれてるのか?
しかし、その行き先はどこへ―――
はっ。
「ブラックホール!?」
「何、それ?」
「詳しくは知らん。確か、何でも吸い込むやつ」
「えぇ...収納とは違うわね…」
残念そうに言うサトリだが、そんなのんびり構えている場合ではない気がする。
どうすんだこれ。
よくよく観察すれば、球の周囲だけ薄暗い。まさか光も取り込んでる?
…泡の中の空気が尽きたら、次は川の水を吸うんじゃないか。
んで、川が干からびたら、俺たちの隠れる場所が...って違う。問題はそこじゃねぇ。
「このままにするとヤバいな。サトリ、これ消せるのか?」
「燃やす方法以外で、何かを消したことは無いわ。この小さい球は不燃だろうし、無理そうね」
いくら小さくても、光を吸うなら熱も吸うだろう。
確かに焼却処分は不可能だな。
どうしたものかと考えていると、指先で透明球をツンツンしていた彼女がポンと手を打った。
「そうだ、ベニッピーの収納にしまっておいてよ。確か、中では時間が進まないんでしょう?
きっと他の物が吸われることもないわ」
「え゛っ」
こんな得体の知れぬ危険物を...俺の四次元ポケットに…
知らぬ間に暴走して、いつの間にか俺自身が球の中に…とかないか?
やだ怖い。
「お前が作ったんだから、頑張ってお前が収納を会得して、仕舞ってくれよー」
「そうしたいところだけど、残念。時間切れよ」
ドレスに早着替えしたサトリが、上を指さした。
言われ、ヒトとハチの動きを確認する。
…あぁ、たしかに。
そろそろ出番だ、こりゃ。というか、一体どんな状況だ?
え、じゃあ何。まじでコレしまうの?
さすがに、プチブラックホール(?)をポッケに抱えてるのは恐ろしいんだが。
透明球を摘まんでガクブルっていると、問題発生の張本人に残念そうな顔を向けられた。
「その格好で情けない表情にならないでほしいんだけど...」
誰のせいだ!
――ったく、しゃーねぇ。
恐る恐る、そぅっと収納に放り込んで...胸を張る。
あ゛~~もう、なるようになれ。…怖ぇ。
「サリーよ、我を見くびるでないわ。このジャスに怖いものなど存在せぬ」
「テンパって口調が狂ってるわよ。……二重人格の方が、不気味さが増すかもしれないけど」
◇
同じ頃、地上では、順調に進んでいた花狂蜂駆逐作戦に揺らぎが生じていた。
蜂は数分の一にまで数を減らし、もう少しでヒト側の勝利だったところに相次いで入る報告。
今も、また一人が飛び込んできた。
それに続き、息せき切って一人、また一人。
「ワスプが、巨大化して…強くなっています! どうすれば!?」
「ジャスが出たんだな!? そしてやはり、取り逃がしたか!?」
「ええと…自分は見てはいないので、なんとも...」
「応援をお願いします! 近くで別の個体を囲んでいたところもやられ、助けが必要です!」
「高ランク冒険者を4人つける。近くも助けてやれ」
「はい!」
「人が出払った区画で、黒い連中が悪さをしています! 警察を!」
置物のように黙って座り、殆ど仕事をしていなかったキャシーが閉じていた目を開ける。
「よし行け、出番だ。軍も出ろ」
「なんだと貴様、いきなり...っ」
「敢えて忘れさせていたけど、この場の最高指揮権は、この街のギルドマスターの私にある。
いいから早く行け、全員で」
混乱の最中にある街では、彼ら官軍一人一人はあまり役に立たない。
それよりも静かなところで本領発揮してもらうのが一番良い。
いざという時には瞬時に適切な判断を下して動くキャシー。
彼女に追随して頷きながら、ギルバートの内心は複雑である。
(住人が掃けた今、動かすか。俺でもそうするが…捕まるなよ、ロルカの住者としても)
ヒヤリとしつつ、腕を組んで考えていたトニーに目を向けた。
ここからは、一応本心で話せる。
「目撃証言によると、魔物を回復させて進化を促す薬? か。
そんなものが存在したとはな。知っていたか?」
「いや、私も初耳だ。しかし、敵が上位のワスプ系に置き換わっただけに過ぎない。
確かに今まで対応していた人数と戦力では足りないから、待機していた冒険者も全員動員させる。
一般市民は相当腕の立つ者以外は後方支援に回って…キャシーが目覚めたようだから、ギルバートも外に出るといい」
微笑みながら言われ、キャシーは仕方なく片手を上げて応えた。
レイラがうずうずしながら身を乗り出して問いかける。
「ワタシも進化したワスプが見たいある!
行ってくる!」
「私の護衛は...」
「必要ないある。
なんで弱いフリしたがるのか知らないけど、バレないとでも思っていたあるか?
進んで戦えとは言わないから、何かきても全部返り討ちにするね!」
「...あっ」
そう言って飛び出していった彼女を見送ったトニーが本当に困ったような顔になったのを見たキャシーは、彼らに対して湧きあがりかけていた極僅かな違和感を払拭した。
何が変なのか彼女本人にも自覚されていなかったそれは、初対面にしては会話のテンポと流れがスムーズ過ぎることの違和感なのだが、今の流れがとても自然だったために中和された。
「たしかに、どうして自分で剣を取りたがらない?
相当遣うだろうに」
尋ねると、彼は悲しそうに眉を寄せた。
「――実は私には、地上で戦えるのが1日で3分間だけ、という時間制限がある。
集中力を支える海のエネルギーが地上では急激に消耗するんだ。エネルギーが残り少なくなると、脳内の砂時計が警告音を鳴らす。そしてもし、砂が落ちきってしまったら――……」
「あぁ、うん、わかった...大変なんだな...」
わけのわからないことを喋りはじめたトニーに若干引くキャシー。
だが、思い返せば他にも変なところがあったし…と、それで無理矢理納得する。
本当に変人なのかもしれない。さらにレイラ達も変人だったら、別にどこにもおかしな点は無い。
◇
冒険者たちは、ちょっと色めき立っていた。
強化したワスプを囲んだまではいいのだが、ワスプ保護派と排除派で対立していたのだ。
「だから、敵のしたこととは言え、頑張って生き残って進化までした魔物だから。
元々その辺に生息していた連中だし、お疲れさま、って野に帰すの」
「そうだそうだ! それくらい、やろうと思えばできるだろう!」
「いやしかし、危険になってしまったし...こちらが安全なまま、帰すまでの余力は…」
「そうよ、そんなことしてる場合じゃないわ!
最優先は何なのかを見失わないで! 余計なことをすれば、今の優位がひっくり返る」
「だから、それが傲慢だって言ってるんだ!
ワスプは、悪意をもって動いていた訳じゃない。人の安全を優先してここまで数を減らしてしまったから、その償いにせめて残りは戻そうってだけだろ」
他の大陸なら、おそらくこうはならない。
普段は魔物が温厚にのんびり暮らしている魔大陸だからこそ勃発する議論だろう。
先程まで、市民が傍に居た時にはそう思っても言い出せる雰囲気ではなかったのだが、冒険者だけになって、内心に留めていた意見が吹きだしたのだ。
それを黙って見ていたミリハの元に、ハチに興味津々のレイラが飛んでくる。
「あれ、何してるあるか?」
「自然愛護派が主張を始めただけ」
「そういうミリハは確か...」
「虫大好きだけど、頑張って中立っぽく黙ってるんだから…つっつかないでよ」
「偉いあるー」
レイラが下に降り、ひょいっと一匹のワスプを捕獲した。
電流で痺れさせておいて、抱え上げてじっくりと眺めまわす。
「おぉ、真ん中の大きい羽が、後から生えたヤツで…あ、脚も一対増えてるある。
魔力だけ見れば、Bランク相当…うーん何の薬使ったんだろう…」
脚を一つ掴んで、自分の鎧にコンコンと爪を打ち付けて強度を確かめている。
「ちょっと。もう少し優しく…付け根」
「さっきまで攻撃しまくっておいて、何言ってるね。
...あ、取れちゃったある」
8本の脚のうち、哀れにも捥ぎ取れた1本を掴んでてへっと笑い、ポイと放り出すレイラ。
それを見たミリハの背後に、何人かが白い炎を幻視する。
「――取れちゃったじゃないわ。このサイコパス勇者が...」
「都合の良い時だけ優しくする方が、サイコあるねー」
「…余裕のある時に敵にも優しく出来るのが、ヒトの特性だと思うけど?」
「ワタシがハチだったら、自分勝手な情けはかけないでほしいある」
穏やかに、だが冷たく光る視線を交わしてバチバチやりあっていた二人だが――…
同時に動いた。
「やっぱりあんたとは、これだけは相容れない!
―――ヒトとしての尊厳があるならば、健気にも生き残ったワスプを救い出せ!!」
「優しさのベクトルが妙な方向を向いているのは相変わらずあるね。
―――騒動に巻き込んで不自然な進化をさせてしまった責任を、きちんと取るある!!」
ツートップの号令に従い、武器こそ互いに向けあうことはないが、冒険者たちはそれぞれ自らの信念に従った行動をおこした。
守る側と、攻める側とに分かれて。




