87話 花狂蜂
周囲に軽く人格否定はされたが、ジンに代わってはちみつ皿を受け持ったイズナの働きは完璧だった。
危なっかしい動きをしながらも、超普通の一般人らしい態度で、襲い来るワスプから護衛に守られている。
これなら、最初に俺の氷槍で貫かれそうになった彼だと万一気付かれても、まさか仲間のスタントマンだとまでは推察されることは無いだろう。
――しかし、余計なリスクを増やしてしまったな。
本当にもう余計な事はしないために、俺は今、街の中央を流れる河川の水中にいる。
物理的には覗けないから、魔力の動きを感知してヒトの動きを読むだけだ。
あぁ、残念...これじゃぁ空で浮いてるのと殆ど変わらねぇ。
一般の旅人イザ青年を中心としたワスプ集団は、予定通りの広場に到着しようとしていた。
異様に興奮したハチは、何度も冒険者の壁を抜けてイザの元まで来たが、彼は運よくも全てギリギリで避けていた。軽くパニックになりそうになりながらも、必死に。
「…すごいわねぇ貴方。その運の良さと勘は、見てて脱帽よ」
「避けるのだけは、得意だったみたいっすね...知らなかった…」
恐怖と緊張と僅かな照れの表情を隠しながら控えめに告げるイザの態度に、最初の汚名も徐々に返上されていく。
――本来であれば、普通の旅人なら数度は転んで皿をひっくり返していないといけないところだが、ここはどうしようもない。
彼は一応有名な部類に入る冒険者なので、低ランクといえど同じ冒険者に扮するのは危険なのである。
上空から、街の人を静かに集める指示を出していたミリハは、それを見てマイクのスイッチを入れて言う。
「おい、えぇと…ジン…いやジャス。見てる? これが手本だよ」
(見えん。つーか、俺だって別に演技は下手くそじゃなかったろ?)
ゴボゴボという水中の音と共に返ってきた答えへの返しに窮するミリハ。
大根役者というほどではないが、彼は結構、素のままの演技が多い。
――まあ。そもそも魚に演技力を求めるのもアレだし、更にイズナと比べるのは酷だろうが、あのまま続けなくて良かったと思える程度には危うかった。というか、目立つのが悪いのだが。
「...。...」
(…わかった、引き上げたら、イザに演技指導受ける...)
(そうしろ)
(ぜひお願いしなさい)
(それは私も教えられるよー)
(トニー! 喋っちゃダメあるね!)
(はい…)
会話に反応した仲間たちのうち数名にも同じことが言えるのだが――
彼女はそっと笑いを嚙み殺した。
◇
ソレらは、花狂蜂とヒトに呼ばれる魔物だった。
いつものように魔大陸の街の近くの草原でプイプイ飛んでいたら――本能を刺激する、強烈に惹かれる芳香を感じ取った。
生まれてこの方、嗅いだことのない芳しい甘い香り。
仲間たちも自分と同じように気分が高揚しているらしい。
気づけば、普段は立ち入らない街中に引き寄せられていた。
どこだ!? 香りを放つ、ナニカは!?
...しかし、見つからない。
気分は高揚したまま、苛立ちが募る。
目覚めかけた本能のままに飛び回り、逃げる者を追いかけ、危害を加える者を排除する。
高く聳える建造物の壁とヒトの悲鳴が鬱陶しい。
落ち着かぬ身体を持て余し、帰るに帰れずにいた。
そのうち、ヒトが冷静に動き出す。
建物の中に引っ込み、または徒党を組んで自分たちの相手を始めた。
――火照って起き上がりかけている戦闘本能を宥めるのに丁度いい。
通常は戦闘行為はさほど好まないが、今は。
街中に分散していた彼らだが、いつの間にか周囲に仲間が増えている。
そんな折、奇妙な者を見つけた。
外見は若いヒトだが、その中身は断じてそんなものではない生き物だ。
とても強いはずだが、危害を加えてこない。
徐々に落ち着いてきた、魔物としての理性が「離れろ」と警告するのと同時に――……
惹かれる。
見てしまう。
好き嫌いではない。危険だからでもない。
初めて出会う存在なのに、絶対に知らない確信があるのに、それでも確たる微弱な既知感。
なぜだ。どこがだ。
それが気になり、一定の距離を保ったまま追いかけていた。仲間も、同じように。
やがてそれは、ヒトの群れに紛れた。
同時に、僅かな間忘れかけていた戦闘が再開される。
―――――
遠くに散っていた仲間が、刺激臭に追われ、甘い香りに惹かれ、合流してきた。
大きな一つの集団になったところで、先程の彼が、とても良い匂いのする物を抱えているのを知る。
最初に嗅いだ馥郁たる自然の香りとは別物のようだが、十分に惹きつけられる。いや、むしろ――
…これは。
もう一つの、本能を刺激する、魔力そのもの。
高純度の、上質な魔力の気配を内包している。その主は...近くに居ない。強い持ち主が居ない。チャンスだ...!
下火になりつつあった、香りを求める本能が再燃した。
もう我慢できない。
それを持つのは彼だが、積極的に攻撃する意思が無いのならばあまり問題はないだろう。
突撃する。
ヒトが邪魔だと思っているうちに、彼が鳥に捕まって消えた。
結局何だったのだろうか…
交代するように良い香りを持ち上げた別のヒトも強そうだが、こちらも積極的な攻撃の意志は無いようだ。
ヒトが移動するままに追っていく。
すると、広場のような場所に出た。
四方八方から一斉に視線が突き刺さる。
...しまった。これは、嵌められた…!?
即座に羽を返し、逃げようとするも、遅かった。
ツンとした匂いの物体、ネバネバした液体、熱い油、紫色の霧など――様々な良くないモノが、自分たちに浴びせられる。
苦痛と不快に動きが鈍ったところへ、声を上げながらヒトが突撃してきた。
剣を持ち、槍を持ち、魔法で炎や石をぶつけてくる。
興奮に高ぶった顔、怯えた顔、遠くからキラキラと眺める幼い顔、憎しみを称えた老いた顔、愉悦に歪んだ醜い顔、何もせず冷静に観察する顔...実に多様な表情と感情が押し寄せてくる。
違う種族なのに、皆同じ形に見えるのに、なぜこんなにも差異がわかるのか。
――いや、そんな場合じゃない。本気で抵抗しなければ。
硬く鋭い羽の先で敵を切り裂き、毒針を突き刺す。
仲間と連携してヒトを撹乱し、足のツメで急所を狙う。
ヒトの中には、強い者も、ヒトじゃない者も混じっているが、なぜか彼らは攻撃してこない。
向かってくるのは、あくまでも普通のヒトたちだけだ。…都合がいい。
こちらも、弱そうな敵から狙って突破口を開こう。
戦闘に不慣れそうな者から順に狙いを定め、一人ずつ確実に屠っていく。
そのうち、黒い服の連中に押し出されるようにして敵が増えた。
後から現れた彼らは皆、衣類から微かに不快な匂いを漂わせている。心なしか人相も悪い。
さほど強くはないようだし、普通に不快なので、彼らから倒す事にした。仲間たちもそれに続く。
――どれほど戦っただろうか。
魔物は疲れることはあまりないのだが、流石に数の不利は覆せない。
こちらが倒れた数の数倍はヒトを倒した。
もう仲間は、最初の3分の1…いや4分の1ほどの数になった。自分も生きて草原に戻れないかもしれない。
別に、それだけの事だが。
背後から槍に羽を貫かれ、地に落ちた。
霞む視界に、喜びに歪んだ大勢の敵の顔が映る。
さすがにもう終わりかと思い、力を抜こうとした時に――
自分の上に、影が落ちた。
仲間の形状ではない。ヒトの形、それにこの気配は...
声がする。
自分に向けられた言葉のようだ。
「よく頑張った。純粋な生への執着は、嫌いじゃないぞ」
身体全体に、冷たい水が振りかけられた。
ビリビリと痺れる。
「強い個体を死なせるのは勿体無いからな」
楽し気な声に引かれるように、いつのまにか再び立ち上がっていた。
傷が治り、体力が回復している。
...むしろ、ついさっきまでよりも力に満ち溢れている気さえする。
もう、先程の彼は居なかった。
少し背の縮んだヒトたちが、武器を手にしたまま自分を見上げて固まっている。
「今……ジャスが...」
「なんだ…魔物を…回復、させたのか...?」
「そんな、聞いたこと...」
自分を囲むメンバーは殆ど変わっていない。なのに、格下が増えている。
縮めていた羽を広げる。
――二対4枚の羽が、三対6枚になっていた。
まだ、戦える。
さっきよりも。
都合が、いい。
ベニッピーを地面に下ろしたら、余計な問題を起こして予定外に、不必要に話を増やしてしまいました。
しかしマズい状況です(作者の筆が)。事態を描写するための視点の位置が定まりません。ついに魔物NPC視点にまでなってしまいました。
群衆メインの時の悪役主人公は、一体どこに居ればいいのでしょうかっ!?
というか普通に、更新が遅れ気味でごめんなさい(+o+)
お察しかもしれませんが(汗)、ネタだけは有り余っているのですが、現状況の書き方・進め方に苦戦しております…
形に囚われず、自由に頑張ります!




