85話 三面相
ゴアの街の地図を見て指差しながら、トニーがあれこれと指示を出していた。
「街の中心を、東から西に川が貫いているのか。標高差もあるし、丁度いいね。
水が集まるのと同じように、匂いを誘導しやすい。
先ずは、東側の街外れから追い立てて」
「何ヶ所くらい必要だ?」
「大きめの通りは全て。合流なら問題ないけど、また道が分かれるかもしれないから余分に用意しておいてもいい」
よしわかった、と頷いた警察は、部下に指示を出す。
「出来上がった匂いの元を携え、班ごとに路地の配置につい――…」
「何言ってるある。アンタたちは誘導指示を出すだけ、実行するのは地元の人あるよ」
暇そうに飛んでいたレイラにすかさずツッコまれる。
「――ええい、わかった!
...仕方ない。…彼女の言うように、実行しろ」
「はっ!」
だが軍隊の方は、まだ納得がいっていないようだ。
険しい顔で、地図を睨んでいる。
「元々、指示系統が確立されている部隊でやるのが、一番効率的で問題が無い。
町人に指示というが、それもスムーズにいくとは限らない。
…本当に、一般人が魔物を追い立てるという所業ができるのか」
「できると思うよ。彼らの街なんだから」
「指示でいざこざが起こるのは、出す側に問題がある事が多いあるね。もうそれはどうしようもないから、冒険者に仲介してもらうある」
レイラの言葉に何か言いたげだった彼も、結局は押し黙った。
「軍と警察は、市民を冷静に統率。彼らの警護は冒険者に。
妙に暴れているヒャッハーな連中の意図はわからないが、戦闘力は高くなさそうだからそれも市民に任せよう。
見失ったという、執事姿の敵と本命の二人がいつ現れてもいいように、そこの貴方とか、レイラとか、向こうのミリハとか、高ランクの冒険者は待機しておいた方がいい」
「そういえば、さっき捕まえた小さい黒服からは何か聞きだせたあるか?」
問われ、トニーにも興味深げに見られて、警察の者は苦虫を嚙み潰しかけたような表情になる。
「…消えた、らしい。
――こちらの内部情報を探るかのような言動をしたようだから、敢えて乗り込んできた可能性も...」
「なるほど。…だとしたら、あの彼が特別だった可能性もある。
他の連中にも注意はすべきだけど、必要以上に警戒することは無いだろう」
そうして、花狂蜂一斉駆除作戦が早急に立てられていった―――
◇
「あのぅ。僕、緊張でお腹が痛く...」
「はい、回復魔法。――どう?」
「ありがとうございます。
――治ったら、急用を思い出したんすけどー…」
「君なら一人でも安全に街の外に出られるかもしれないけど、冒険者でしょ。ランクも高くはないし、怖いのはわかるけど、頑張って協力しなきゃ?」
「はい...」
逃げられねぇ。
フードを被って口元を布で覆ってはいるが、身バレの不安が外へ漏れ出しているようだ。
ビクビクしていたら、カウンセラーのような優しい雰囲気の女性冒険者を世話係としてつけられてしまった。
逃亡防止の監視か!?
ごく普通の若い人間の冒険者として、隅から観察する予定だったのに。
仲間たちに救出してもらいたい状況だが、下手にアクションを起こすのが一番危うい。
だから自力で乗り切らなければ。
「それで、僕はどこで何を…?」
堂々と冒険者たちの采配を振るっている、この場の偉い人っぽいミリハに向かって恐る恐る問いかける。
彼女は俺を見ると、西の方角を指した。
「川の下流に、少し開けて窪んだ土地があるらしい。そこで、二種類の匂いで一か所に纏められたハチ達を迎え撃つんだけど、最後にその場所にまでハチを引率していく役目をお願いしたい。
到着して攻撃が始まれば、いくら君の不思議な体質でも危ないだろうから、すぐに姿を隠して」
――聖火リレーのアンカーだと!?
最初に計画を練っている段階で、ガルがやるという案も出た役割じゃねーか! つまり、かなり目立つヤツ。
撤退までの時間が長すぎるが...まぁ、ミリハもそう言わざるを得ないだろう。仕方が無い。
…後で、このイレギュラー案件の発生原因となった現象を詳しく探る必要があるな。
「……わかりました。ちょっと不安しかないですけど、務めさせていただきます」
そして、インカムスイッチオン。
さりげなく、ボソッと一言。
「…――アンカーかぁ。目立つの苦手なんだけどなぁ...」
「その気持ちは、まぁわかる。視線を気にしてミスしないようにだけ気を付けて」
(...ヒャッヒャッヒャ。お任せあれぇっ!)
(わたしは流石に出ていけないから、頑張りなさいオル!
――えっ? アンカーやるの!?)
(こっちも、なんとかトニーとの鉢合わせだけは避けるあるね...)
頼むぜ。
対面は回避したい。今度こそ笑ってしまうかもしれないからな。
◇
キャラメルと砂糖のはちみつ漬けを大量に作り終えたサトリは、軽く困っていた。
指定の路地へ届ける必要があるのだが、プンプンと匂わせたままではワスプが寄ってくる。よく香りが立つように、瓶ではなく大きな皿に載せているためだ。
ゆえに、風や水の魔法で泡や壁を作り、漬け物の空気をシャットダウンできる者が、最低一人はどの調理グループにも振り分けられているはずだったのだ。
しかし。
予定外に魔法の技術が足りなかったのか、その者が上手く出来ずに悪戦苦闘しているのだ。
「――あぁっ、壁が閉じない…」
「魔力の出力を上げたらどうだ?」
「閉じないことには変わりませんよ、それでは」
「二人で合わせ技みたいにやれば、どうなの?」
「そっちの方が難しいだろ!」
ほとんど皆、魔族なのに。このザマは何だと言いたい。
魔法が苦手なイズナですら、海中深くで泡を維持したまま戦っていたのにだ。
(...わたしも、通常の基準をしっかり認識しないといけないわね。
今度、ギルバートに聞いておこう)
できるだけ喋らずにいようと思っていたのだが、堪らずに口をはさむ。
「外から球体を作るんじゃなくて、魔力の塊を薄く広げて膨らませていったらどうかしら…?」
こんな方法もあるよ、と軽く教えてみただけのつもりだったが。
「そんな難しいこと、どれだけの魔力操作技術が必要だと思ってるんですか」
「まあ…そうね」
確かに、とても簡単な事ではないので同意するも、少し残念な表情になってしまったらしい。
首を傾げた一人が、思いついたように言う。
「貴女も、少しは魔力あるでしょ。ちょっとやってみてよ」
「――魔法は苦手だから、やめておくわ。前に使った時、制御に失敗したのよね」
「だが、その程度の魔力量なら暴発しても問題ないだろ。時間も無いし、やるだけ試してみてくれよ」
彼女の溢れるような魔力のうちの殆どは、ベニッピーに教えてもらった方法で足裏から地面に流し込んでいるだけである。
…攻撃に使うわけではないし、小さな膜程度なら、魔力を隠しながら安全に作れるだろうか。
――いや。それくらい、出来ないと困る。
サトリは頷いた。
「わかったわ。もし失敗しても責めないでね」
漬け物の安全を期して、水ではなく風で。
球状の空気の膜を――……
(妖魔術。超微弱・円盤型空泡)
極限まで使用魔力を絞って、はちみつ漬けを中心に掛ける。
皆が固唾を呑んで見守る中。
......ポンッ。
と、小さな音がした。
見ると、皿の中心のはちみつが盛り上がり、脇に流れて中心の色が薄くなっている。
「「...え?」」
「やった! 見てよ、この小ささ!
思ったようにはいかなかったけど、被害を出さずに泡作りに成功したわ!」
一人で喜んでいるサトリとは違う理由で、周りの者は胸を撫でおろしていた。
(はちみつをバリアにした泡が完成するところだった...)
(この子、本体の中からどうやって何をするつもりだったのかしら…?)
(……よく考えたら、漬け物内部でこのサイズと強度の小さな泡を作り出す方が、よほど難しいような…)
彼女を含めたこの場に居る者全てが、最善のルートで難を逃れたのをサトリだけが知っていた。
(成功して、わたしまで外に出たら、ベニッピーみたいに何が起きるかわかったものじゃないわ。
今回はもう、これ以上イレギュラーを起こさないわよ)
トラブルメーカーはジャスだけで十分だ。
あれ。
殺伐とした初陣になるだったのに、クッキングとそのお届け作業とは…どうしてこうなっている…
というか、全然話が進まなさ過ぎて恐縮です...|д゜)
次こそは。
その為にも、サリー様、影ながらの英断ありがとうございます




