84話 因果
街のどこからでも見える、ある高い建物の上で密かに様々な色の旗を振って、ドラネコに細かな支持を出していたディーンの元に、突然ジャスが現れた。イザとオルからは時折状況の知らせが入っていたが、彼がここに来るのは初めてだ。
何か緊急事態か、とディーンは身構える。
だが、なぜか黒服に身を包んでいるPVOの会長は、やや申し訳なさそうに照れ笑いをしてみせた。
「さっき、うっかり捕まっちゃってな。転移で逃げてきたから...もしかしたら、皆そんなことが出来ると思われた可能性も…無くはない」
「――!?」
「だから、捕まらないように頑張ってくれ...と皆に伝えてくれ」
「会長ぉぉーー!?」
トップが、自らミッションの難易度を上げていくスタイル。スパルタ教育か。
―――いや。
本来、この人がミスで捕まるなどという事が起こり得るはずは無いのだ。恐らく、未熟なドラネコとして不審にならない動きをしてみせた結果なのだろう。メンバーの誰かを庇ったからという可能性だってある。
まだ隊員は誰一人として捕らえられたり倒されてはいないようだが、それは、余裕で回避できているという訳でもない。実は、危ういところはオルとイザにサポートされているのを彼は知っていた。
「逃げ」「避け」に重点を置いてこれなのだから、なるほど、確かにまだまだ向上すべきところが多くある。
ディーンは敬礼をする。
「わかりました、お任せください。
今回、今からすぐに…という改善は無理ですが、次回こそ見違えるような動きができるよう、間に合わせます」
「お、おぅ...ありがと、よろしく…?」
首を捻りながらも敬礼を返したジャスに向かって、彼は不敵に笑って会釈した。
◆
正しく伝わった…かな?
今回の難易度上げちゃってゴメンね~と言ったつもりなのだが、何故か次回以降の練度向上? のやる気スイッチを押してしまった気がする。
ま、いいか。
んじゃ次は...
「もう一回、フォームチェンジ!」
ポンと煙を出して、くるりと一回転。
そして俺は、どこにでもいる冒険者等級3の少年になっていた。
水鏡を作って姿を確認する。
…服装と腕輪よし、髪の色(茶髪)よし、耳当て(以前の魔道具一号)よし――ジャス要素なし!
「どうだディーン、完璧に旅の冒険者だろ!」
「...見た目は」
「オッケー、ならちょっと行って混じってくるな!」
「お気をつけて……」
なぜか少し諦観混じりのような彼の反応だったが、外見を整え魔力を抑え、余計な事を口にしなければ何の問題も起きないだろう。
そうして、花狂蜂に立ち向かう街人たちに紛れ込むべく飛び立った。
暫くはヒマだからな!
―――ベニッピーが去った後。
ディーンがぽつりと呟く。
「あの人、トニー様が近くに居るせいで、自分の気配とかを忘れてないか...?」
◇
ワスプと怒号がブンブン飛び交う街中にそっと降り立つ。
大きな建物の煙突からは何筋もの白い煙が立ち昇り、街は甘い香りと刺激臭に包まれていた。
屋外では、匂いで興奮してきて動きが激しくなったワスプを、腕に自信のある者達が宥めて…いや、必死に抑えている。
インカムを起動して報告する。
「こちらジャス。村人AとしてスタンバイOK」
と言っても、特にやるべき事とかは無い。ヒトの動き方の観察くらいしか。
(どこで油売ってたのよ。というか、今どこ!?)
「外だ。村人Bは室内か?」
(誰がBよ! なんか街に降りてすぐに、問答無用で甘いもの係に加えられちゃったわ。
匂いが強すぎて鼻が曲がりそう...)
なるほど、一般人サトリちゃんは確かに、甘いお菓子作りとか得意そうだ。サリー様だったら献上される方だろうが。
――てことは、もうガルが上手く指揮を執れてるのか。彼にはあまり話しかけない方がいいだろう。
「今、できる者だけ居場所と状況を教えてくれ」
(こちらオルぅ、南西地区にてドラネコの休息場所を造って護ってまぁす!)
(こちらイザ。なぜか刺激臭係として連れていかれたよ…)
(レイラ。トニーの身辺警護やってるある)
(ミリハ。冒険者に指示を出してる。ちなみにギルバートは今、機嫌の悪い魔族を宥めてるよ)
全員、ありありと想像できる状況にあるのがおもしろい。
でもガルが護られてるってのが一番面白いかもしれん。
「了解だ。ジャス…じゃなくて「ジン」は今から、一冒険者としてミリハの元に向かう」
(わかった。途中で、匂い係にされないように気を付けて)
「ああ、逃げ切って見せる」
サトリとイズナの二の舞にはならないぜ。
もう今までに偽名をいくつ使用したかは忘れたが、一般冒険者(男)としての俺はジンだ。テオは黒服用と決めた。
いざ出発!
ワスプから距離を取りながら、ワーワーと大きく声がする方へと移動していくと、案の定道端の窓が開いて妨害者が顔を出す。
「そこの君、単独じゃ危ないよ! 中においで!」
「あ、僕の武器は単独向きなんすよ! お気遣いなく!」
チャクラムのことを言ったつもりである。
角を曲がると、またもや窓がパカパカと開いて匂いが外へ流れ出す。
――善意なのだろうが、むしろ危なくないか…?
「人間ね、街にも不慣れでしょう!? 室内に来なさい!」
「人間じゃないので大丈夫っすー!」
「少年、こっちに甘いお菓子があるぞ~!」
「甘いの苦手なんで!」
誘い文句が怪しすぎだろ。善い事なのに。
「シュールストレミング(発酵した魚)運ぶの手伝ってくれよ! 人手が足りないんだ!」
「すんません、あっちで呼ばれてるんですー」
「鼻つまみながらくさやを団扇で煽ぐの、楽しいわよ~。うっ吐きそう…ウフ」
「そこまでのドM適性は無いです、お姉さん!」
もはや自分が今、どこで何の為に何をしているのか混乱してくる。
まともな思考を保つのに注力していた俺は、背後にワスプ集団を引き連れていることに気が付いていなかった。いや…わかってはいたが、「何匹かついてきてるなー」としか思っていなかった。
そのまま冒険者が集まる広場に到着し、しれっと周りに溶け込む。
途端、騒ぎが巻き起こった。
俺には大人しくついてきていた10匹近い数のワスプが、広場で冒険者たちを見つけるな否や態度が豹変し、個々ではない集団の動きを見せて暴れ始めたのだ。
さらに何か信号でも発したのか、他の路地からも増援が集まってくる羽音がする。
皆がそれぞれ対応しているが、即席集団VS本能集団ではさすがに連携具合が違うな。
「なんだ、何が起こった!?」
「…こいつがっ! 連れてきやがりました!」
あー、すぐに気付かれちまった。わざと連れてきたわけじゃないけど。
「ふぇ、やっぱり僕っすか…?」
「当たり前だ! お前どうして、来る時に走りもしないのに追い付かれず、襲われなかったんだ!?」
そういやぁ、何でだろうな。
「建物の窓からの匂いでも堪能していたのでは…」
「んなバカな! ちょっと来い!」
近くの大きな魔族に腕を掴まれ、テッテッテ…とミリハの前に連れて行かれた。
彼女が、なんとも言えない顔でこちらを見ている。さっきぶり、しかも2度目だもんな。
「なに、彼は…?」
「この騒ぎの元だ。自分はワスプに襲われずにここにヤツらを連れてきて、今、動きが明らかに変わっている」
「ちょっ、悪者みたいに言わないでくださいよ!?
たまたまですって!」
「どうだか。案外、ジャスの仲間だったりしてな」
「誓ってそれはありません!」
本人です。
偽りのない事実から来る真摯な眼差しが伝わったのか、それ以上の追及は無かった。
幸いにも疑惑は晴れたようで、魔族が俺を押してくる…否、推してくる。
「甘い香りで引き付ける役割は重要で難しいし、大いに危険だ。地の利の無さそうな人間の若造だが、彼を中心として引き受けて貰えれば安全に運ぶんじゃないか」
流石にそれはマズいぜ…
「彼以外の者は襲われるんでしょ? 一緒に居たら、そいつらが危ない」
「そうだそうだ!」
「なら、一人で...」
「殺す気でっか!?」
問答していたら、いつのまにか騒ぎがすぐそこにまで迫っていた。
と、いうか――明らかにワスプたちが俺を目指して来ているような……
舌打ちした男が、武器を手に取る。
「お前、ちょっとついてこい!」
「えぇ…ハイ…」
下っ端冒険者としては、この状況では逆らえない。
ミリハに視線を送ると、軽く頷いた。インカムから会話が流れてくる。
(エマージェンシー。なんだっけ、ジャスじゃなくて…ジンが目立ち始めている。どうすればいい?)【ミ】
(また、あるか...。なんで大人しくできないある…)【レ】
(もう下手に動かない方がいいわね。とにかく成り切って、役に徹して!)【サ】
(お待ちを。吾輩は、なんとしても今のうちにフェードアウトした方がいいかと...)【オ】
(それは…無理そう)【ミ】
(仕方ねえ。おいジン、普通の冒険者の強さは教えた通りだ。隙を窺って上手く逃げ出せ)【ギ】
了解した。
決して攻撃を受けずに全てを運よく避けてみせ、魔法は使用せず、武器はチャクラムのみ。性格は臆病で消極的なランク3冒険者だ。
なりきってついていくと、すぐに騒ぎの中心に出た。
周囲では複数人でワスプを1匹ずつ囲おうとしているが、他のワスプに邪魔をされて逆にヒトが囲まれそうになっている。
ヴンヴンと大きく重い羽音を立てて興奮して飛び回っていたハチたちが、俺に気付くと確かに…動きが変わったかもしれない。
一定の距離を保って近づいてこないが、遠くに行く事もせずにこちらを気にしている。
なんでだ?
「やっぱりな。お前、魔物に関する特異体質か?」
「そんなことは無いっす…」
俺が近くに来たせいか、周囲の空間だけぽっかりと戦闘が止んだ。
「あー、疲れた...」
「なんだその小僧は?」
「見た通りだ。使えるかもしれないぞ」
何やら、使われてしまいそうな会話が繰り広げられている…が。
それよりも先に、確認しなければならない事が。
耳当てを外して、花狂蜂の声に集中する。
周りのヒトたちの内心の声の方が余程多く、強いが、それでも彼らの音を探して注聴する。
(ナンダ、コイツハ...)
(キニナル…ヒカレル…)
(キケンダ…ニゲナケレバ…)
(――ナツカシイ...?)
ちょっと何を言っているか、よくわからんのだが…
危険なのに惹かれる? なんだその、厄介な感情は。
詳しく聞いてみたかったが、残念ながら今はできない。
ハチに集中していたら、肩を叩かれた。
顔を上げると、ヒトが増えている。
その中には、旅人に扮したロルカの住民も含まれているようだ。ジャスには気付いていなさそう。
「短い協議の結果、お前に甘いものを持ってオトリになってもらうことになった」
なんですとーー!!
「無理無理っす、そんな無茶な!」
「残念ながら、全員強制参加の適材適所だ。文句ならジャスとサリーに言うんだな」
くっそー、やつらめ!




