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金魚戦記  作者: 悠布
3章 南橘北枳
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82話 慎重に

 花狂蜂(フラワーワスプ)は、魔大陸に広く分布・生息している魔物である。

 海岸沿いをうろうろしているウォンバタスたちと同じく、普段は温厚でほとんど普通の生き物と変わらないモンスターなのだが...


 しかしそれは、彼らを凶暴に狂わせる「花」が、魔大陸に咲いていないからだ。

 濃密な香りを漂わせる、紫色の花。


 一度その芳香を感じとれば、何km先からでも一直線に駆けつけ、魔物の本性を剥き出しにして花の蜜を貪り飲む。

 ―――その障害・邪魔になる者がいれば、全てを排除して。



 ゴアの街の外の高台から、騒ぎを眺める。

 

 いやー、我ながら…これは嫌われたな。

 ここまでは万事順調に進んでいるから、良いことではあるが。

 あとは、内部の仲間たちに任せるしかない。


 近くで同じように眼下を見下ろしていたサトリが、やや複雑そうな顔をしている。


「...噂、広がるといいわね」

「そうだな」


 わざわざ北メアリ大陸にまで花を摘みに行ったし。

 なによりも…憎き共通の敵がいてこそ、生き物は互いに手を取り合うのだから。



 さて。高みの見物といくか。


 ――木の枝に腰掛けようとした時。

 凄い勢いでこちらに向かってくるヒトの魔力を察知する。

 

 ...さすがに一人くらいは追ってくるよな。想定内だ。

 しかしまぁ、よくこの遠距離で感知したものだ。


 大きく伸びをして羽織の裾を払い、片眼鏡(モノクル)を掛け直す。

 サトリも帽子を深く被り直し、銀の扇に(たお)やかに指を揃えた。


「どうやら、俺たちの気配を覚えたヤツがいたようだな」

「やっと遊べそうね」


 そして俺たちは、姿を現した一人の魔族の女と対峙した。



       ◇



 街中では悲鳴と怒号が飛び交っていた。

 この大陸に住んでいる者ならば、誰しも一度や二度は花狂蜂(フラワーワスプ)を目にしたことはある。

 ...だがそれは、普通の花畑でブンブンと平和に飛んでいる、ただ巨体なだけの穏やかなハチの姿で、だ。


 現在のように、魔物としての本性に支配されている、本当の姿を目にすれば…穏やかではいられない。


「きゃああ、来ないで!!」

「...待て、手を出すな、止まれ!」

「あっ、待ちなさい! どこに行くの」

「ただのでかいハチの分際で―――叩き切ってやる!」


 逃げ出す者、それを止める者、興味を引かれて近づく子供、怒りで追い払おうとする者。

 非常時には、それぞれの性格がよく現れる。


 この場合の正解は、ひたすら黙ってじっとしていることだ。

 

 肉食ではない花狂蜂に対して適切に動く事さえできれば、紫の花が近くにある場所でも、そこまで恐れることはない。

 だが、そう簡単に全員が最適解の行動をとれる筈もなく。


 さらに悪いことに、紫の花は既に6つ全てが焼却されて、無くなっていた。

 未だ強烈に残る芳香に惹かれ、興奮状態のまま花を求めて飛び回るハチたちは、目的の物を中々見つけられずにイライラしていく。

 あちこちで、うかつに手を出した者とハチとの戦闘が始まっている。


 そんな中、到着したばかりの旅の青年トニーは、速足で歩きながらも冷静に周囲の者に指示を出していた。

 幸いにも(・・・・)たまたま(・・・・)彼の周辺にいた者達はトニーと同じような旅人が多かったようで...魔大陸の街であるにも関わらず、人間が多い。

 ゆえに、普段の花狂蜂(フラワーワスプ)との差に動揺する魔族たちよりかは落ち着いて、自然に彼の統率の元に動き出していた。


「まず、恐怖で逃げ回っている者たちに言い聞かせて、「大きな反応は自殺行為だ」と。

 既に戦い始めてしまったハチは、始末するしかない。腕に自信のある者、最低3人以上で囲んで」


「はい!」

「あっ、あの! 他のハチはどうすれば...っ!」


「彼らはあまり高くは飛び上がらない。建物を利用して一箇所に誘導し、殲滅する。それをするには人数が多ければ多いほど有利なんだけど…」


 トニーの言葉に、人々は顔を見合わせた。

 頷き合い、素早く動き出す。


「おい軍隊、出番だぞ!

 俺たち町人の全員(・・)を使っていいから、あの方の指示に従って行動しろ!」


 ある者の上からの台詞に、カチンときた軍人の一人が思わず眉の端を上げて言い返す。


「なんだと!? 素人は大人しく守られてい――…」


「蜂との戦闘なんて、貴方たちも慣れてないでしょ!」

「この街の素人は大人しく、町人(くろうと)を使うのに徹しろってんだ!」

「ぐっ...」


 返ってきた正論に詰まったところで、トニーがひょこっと現れた。


「出しゃばるつもりはないので、無理をしないでください。

 軍系組織の指揮系統遵守の重要さは、想像できますから」


 微笑んで去っていこうとする彼の後ろ姿を見た軍人の手は、いつのまにか前へと差し伸ばされていた。

 

 ーー自分では決められないが、やはり上官へと提案するだけでも。


「ちょ…っと待...ってください。我々の使命は民衆を守ること。

 そのためならば――…」



       ◆



「ケヒャヒャヒャヒャ!

 ぶんぶんぶーん、ワスプ飛ぶぅー!」


 文字通りに狂喜乱舞して花狂蜂を応援している黄色い執事を、これ幸いと一旦無視して、レイラとミリハは上から着実に蜂を潰していた。

 だが、飛び回る蜂とその周りで逃げ惑う人々の動きを正確に読んでの遠距離攻撃は、効率も相性も悪い。

 ゆえに二人とも実力の割には思うように善戦出来ずにいた。

 

 ――ように、ちゃんと見えていた。

 そして密かに、インカム越しに彼らは連絡を取り合っている。


「予想より、魔族の蜂対応が疎かある。

 オル、ドラネコに蜂の挑発を弛めるように伝えるね」

(うぃっひょん!)


「イズナ。トニーはどうなっている?」

(予定通り、軍の者に受け入れられつつある。もうすぐそっちに…)


 すぐに、下にトニーが案内されてくるのが見えた。

 上にいる彼女たちもギルバートに手招かれたので、降りていく。



       ◆



 追ってきた女は、俺たちとかなりの距離を取って相対した。

 いかにも精鋭っぽい、視線だけで斬られそうな佇まいをしている。


「私は皇帝陛下の勅命を受け、お前たちを屠るために遣わされた者の一人だ。

 ――参る」


 言うなり、抜き放った剣で宙を横に薙ぎ、一瞬遅れて巻き起こった烈風で俺を遠くに吹き飛ばした。…最近よく吹き飛ぶなぁ、俺。軽くて飛ばしやすそうに見えるのか?

 

「相手をするのは一人ずつだ。否やは無いな?」


 おおぅ、なんかスゲー武士っぽい。魔族なのに。


「いいわ。…わたしはサリー、貴女は?」


 一歩前に出たサトリを相手と定めた女は、視線を動かさぬままに短く告げる。


「シソ」


 俺が少し離れた場所で見物スタイルをとった事を確認し、シソが動いた。

 正面からサトリに迫った後、彼女の手前で地を蹴り、上から真下へと襲い掛かる。


 …魔法による身体力向上を行っているな。

 両手に剣を持ち、両の靴先からも刃物が突き出た4刃使いか。

 スピード重視の短期決戦物理型は、イズナに少し似ている。


 俺を後にして正解だ。これはサトリと相性が悪い。

 …というか今のところ彼女が戦い易い相手は、アスピドケロンみたいに的がデカい、意外と少ないタイプだけだったりする。

 

 サトリは少し迷った後、結界ではなく時間停止を使って攻撃を回避した。


「...ちっ。瞬間移動か。厄介な…」

「…加減が出来ないかもしれないけど、貴女にはこれ(・・)しか使えなさそうだから…試させてもらうわよ」


 彼女は、何度も相手の攻撃を時を止めて避けながら、集中して魔力を練っていく。

 

 ――なるほど。

 相手は物理結界が強いようだ。サトリの通常の攻撃手段で正面から丁度良く勝利するには、魔力や妖力の出力を高めざるを得ず、さらに手加減が難しくなる。同じ攻撃系手段といえど、いくら魔力をぶち込んでも風しか出ない芭蕉扇や、停止する時や範囲が広がるだけの時間停止とは訳が違うのだ。

 

 ならば多少リスクはあれども、攻撃魔法を使うのだろう。


 ...初めて見るな。「妖怪の魔法攻撃」という点でも。

 大丈夫なのだろうか…


「魔法結界の強度を上げておきなさい」

「…忠告どうも。そうさせて貰う」


 意外にもシソは大人しく、彼女の助言に従った。

 

 俺が地味に後退りながら、コソコソと結界を強めていたのを横目で見たのだろう。

 いやはやお恥ずかしいぜ……だが、怖いもんな。予防は大事。


 最初は、一度くらいは相手の攻撃を受ける気でいたらしいシソだが、サトリの周りにゆっくりと渦を巻く魔力の流れを見て目を見開いた。


「これは...魔法術式の一からの構築…か…?

 なぜ、そのような事が...!?」

「? これがわたしの使い方だけど…何かおかしいかしら」


 首を傾げる彼女とともに、俺も内心で首を捻っている。

 術式の構築という言葉も方法も初めて聞いたし、自分は当然やった事が無いし、それが珍しいのかもわからない。


「結構久しぶりだから、構築の加減を間違えるかも。

 周りに被害が出ない程度に抑えるつもりだけど、自然を壊しそうになったらジャス、よろしくね」

「応」


「待て...やめろ、魔法術式に載せた攻撃など…!」

「他の手段の方が抑えが効かないんだから仕方ないじゃない」


 発動される前に止めようと斬りかかったシソの剣の刃は、サトリの周囲を下から上に螺旋状に回り昇る、光の文字をいくつか消した。その衝撃で、僅かに術式? の雰囲気が変化する。

 刃を摘んで受け止めた彼女の指先は、少し傷ついただけだ。


 これは――…?

 

 

 帽子と扇の隙間から覗く金色の眼が、光った。


「不完全だけど、やってみましょう。

 妖魔術「弱光水炎(じゃっこうすいえん)」具現」


 不穏な前置きを残して、サトリの魔力の流れが止まった。


 一拍の後、全力で魔法結界の強度を高めていたシソの周囲を、淡く光る細くて短い水柱が百本近く取り巻いた。水柱というよりも、上下左右の向きがバラバラの水のバトンに囲まれたようである。


 そして。

 水がピカリと光った後、一斉に青い炎を上げて燃え上がった。


「っ...ぁぁぁああ……っ!!」


 炎の中から、シソの声がする。


 ...水なのに燃えている。水って…燃えるんだ。

 水中でも、火事に警戒するべきかもしれない……


 俺が魔法を使う時は、タイムラグ無く魔力が現象に変換されていくのだが、今も水が燃え続けているのにサトリの魔力は安定している。これが魔法術式というやつか?

 というか…


「お約束通り、やり過ぎてますなぁサリーさん」

「違うわよ! 意外と制御できてたのに、リミッターの部分を…ちょっと乱されたの!」

 

 へい。ではそういう事に。

 しっかし…思いっきり、結界貫通したっぽいな。

 相手の妨害を止められずに威力調整に失敗したことも含めて――


「やっぱ、まだ魔法攻撃は封印しとこうぜ?」

「そ、そうね...」


 一人の魔族の精鋭の生命を代償に、おそらく結果的には多くの命を無駄にしない方針が、この時に決定されたのだった。

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