81話 初陣ヒャッハー
ゴアの街の上空から、下界を見下ろす。
今の俺は、空と同じ色のミニ金魚だ。絶対に誰にも気づかれていないだろう。
街の中心部…魔族の兵士や冒険者が警戒している所ではなく、やや外れにある公民館。そこから、大量のヒトの気配を感じる。
大方、非戦闘民が避難しているのだろう。似たような建物が、他にもいくつかある。
―――ふふふ。そうはさせるか。
全員参加だ。但し、戦闘とは限らないがな。
狙いを定めた建物全てにゆるゆると魔力を通し――それらの屋根を丸ごと引っ剥がした。
混乱に陥ったのか、ミニチュアのように見えているヒトの動きが急にスピードアップする。
突然騒がしくなった街の様子に、警護にあたっていた者達が驚いて走りだした。
次いで。
開放的になった建物群の上に、地上からポコポコと持ち上げた何千・何万もの岩屑を集合させ...氷山のような形状の、大きな岩を宙に浮かばせた。
人々は動きを止めて岩を見上げていたが、それらがゆっくりと下へと動き出すと、悲鳴を上げて逃げ出し始める。だが、意外とスムーズに流れができていた。
...予想より退避のスピードが速いな。
もう少し落下速度を上げてもいいだろう。
そうやって各建物の状況にあわせて微妙に速度調整をしていると、岩に立ち向かう者たちが現れはじめる。
魔法で落下を止めようとしたり、軌道を変えたり、元の岩屑に戻そうと試みたり。
よし。
魔族は基本的に皆魔法が得意だが、ケヴィンのように物理大好きな奴もいる。
そいつらは現在、手持ち無沙汰そうにしているが…そうはドラネコが許さない。
――街中の物陰に潜んでいた全員が、一斉に現れた。
そして「ヒャッハー!」と叫びながら暴れ始める。
…おぉぉ。黒い人影たちの不規則な動きに、住民が戸惑っているようだ。
一人一人をよく見ると彼らの行いは地味に紳士的なのだが、粗野な雄叫びのお陰でカモフラージュされている。
突然屋根が消えて岩が落ちてきたところに現れた、謎のヒャッハー集団。
ここまですれば、俺やサトリが姿を現さなくても、ジャスとサリーの敵襲だとわかるだろう。...わかるよな?
今回の作戦の一つ、それは。
「俺たちは必要な時しか現れない」という手法だ。
無駄に動いて喋るから、色々とバレる危険があるのだ。
別に姿を見せなくても街への攻撃はできるのだから、影からやろうぜ! という賢き戦略である。
今も、上級の冒険者たちや軍と警察が、血相を変えて敵を探している。
最初にこちらでインパクトを与えたせいで、ドラネコ達はあまり注目されていないから皆無事だ。
着々とワルっぷりを見せつけている。
…さて、俺も次の仕事をするか。
既に狙いを定めていた、立て直し不可能なレベルに性根が腐った連中を、次々と空に引き寄せる。
皆、恐怖の表情で喚きながら暴れているから、下からの注目は十分だ。
どんどん魂を切り離し、身体はその辺に浮かべておく。
…さすがに、下界はえらい狂乱騒ぎになってきた。
ランダムでヒトが選ばれ、空に引き抜かれては動かなくなるんだ。さぞや恐ろしかろう。
逃げ込む場所など無いだろうに、人々は死に物狂いで走り回り、飛び回っている。
―――お?
こちらに向かって何人か、飛んでこようとしているようだ。数人のグループが一つ二つ、地上から飛び立った。
そろそろいいかな。
魂が離れた身体を空に浮かべたまま、近隣の林の中で待機しているサトリの元へと向かう。
岩に腰掛け、優雅に扇を揺らしていた彼女は不思議に自然に溶け込んでいた。
「じゃ、よろしく」
「ええ」
短いやり取りの後、サトリが前方へ両手を向け、スッと目を細める。
ユラユラと妖力が滲む様子が見えるようだ。…実際は視えないけどな。
掌と掌の間で渦を巻く青い炎の球が、周囲の温度をみるみる上昇させていくが、上がる端から俺が熱エネルギーを吸収する。服が燃えちゃうし、暑いからね。
「...直進」
サトリが呟くと同時に、10000℃の火炎が真っ直ぐに放射される。
それは宙に漂う数百名の遺体に直撃し、大きな球体状に広がって内部に包み込んだ。
明らかな異常を察知して、下から上がってこようとしていた者達が急いで離れていく。
「解放」
それを確認した後、サトリが両手を下げて、火炎ボールとの妖力の接続を切ったようだ。
制御を失った灼熱球は内部と外部に炎熱の嵐を振り撒いて―――
フッ…と、前触れなく消失する。
青い光が消えて残ったのは、僅かな灰のみ。
それもたちまち、風に吹かれて消え散った。
これで、誰がやられたかはわからない事だろう。
にしても...
「すげー威力だな。火葬業者やったら儲かるぞ」
「骨が残らないと、遺族に文句を言われるから無理ね」
確かに。
林に近づいてくる複数名の気配を察知したので、サトリと共に街中に転移した。
◆
ギルドで会議に出席していた警察代表は、事態のあまりの理不尽っぷりに適切な指揮ができないでいた。
避難所の屋根を飛ばし、岩を作り上げた者が、どこに居るのかわからない。
普段自分達が取り締まっているような、ちょこまかと悪賢く逃げ回る謎のチンピラ集団が出現し、彼らを追うのに人数が割かれる。
そんな折、彼と同じように市民の混乱を鎮めつつ元凶を探させていた軍の代表と合流した。
「こ、これは…明らかな敵襲だが、姿が――」
「落ち着け、いずれ現れるだろう。奴らが派手な騒ぎを好むのならば、そのうち自らも目立つ所に...」
と、会話が終わらぬうちに、次々に市民が空へと釣り上げられていくのを見る。
無作為に選ばれているのだろうか。一瞬で上空まで飛ばされて視界から遠ざかる彼らの悲鳴が、ドップラー効果を残して小さく消えていく。
それを目の当たりにした市民の混乱はいよいよ極まった。
右往左往してぶつかり合い、そのせいでさらに騒ぎが混沌としていく。
「うわぁぁ、な、なんだ!?」
「建物の中に隠れるのよ!」
「だ、ダメだ! あいつら、窓から引き摺り出されたぞ!」
誰かが指差す先では、複数名の男女がまとめて窓を突き破って空へと吸い込まれていった。
これは不味い、と軍・警察の上官は思う。
正体のわかる敵ならまだしも、現状の…天災も同然の脅威では、士官たちも一般市民と同様の反応をしてしまっていた。
軍と隊が機能しない。
むしろ――今一番冷静に動けているのは、イレギュラーな事態の対応に慣れている冒険者たちだ。
彼らは冷静に岩の落下を食い止め、訳もわからず泣き叫ぶ子ども達を街灯などの棒に掴まらせ、押されて転びそうになっている老人たちを担いで花壇やブロックの上に下ろしていく。
特に誰にも支持されることなく、各自で考えて動いていた。
余裕のある者は、積極的に空へと飛び立っていく。
対して、自分たちは...
と拳を震わせて唇を噛み締める警察代表の肩を、いつの間にか隣に立っていたギルバートがポンと叩く。
「な? やり辛れーだろ」
「...」
彼が答えなかったのは、言い返せなかったからではない。
上空にて動かなくなった市民たちが、いきなり、巨大な青い火焔球に焼き尽くされたからだ。
アレを為すには、一体どれだけの魔法力が必要なのだろうか。
敵が、有り得ない程のエネルギーを扱えるというその事実。
これには流石の冒険者達も含め、街の者たちは皆凍りついて空を見上げていた。
動くものと言えば僅かに数名…ギルドの会議に出席していた、皇帝から派遣されてきた者たちが、火炎の出所へと躊躇う事なく向かっていったくらいだ。
...否。
恐怖と絶望に静まり返った街の中央の大通りを、ごく普通の足取りで歩いてくる者が二人。
黒の戦装束の少年と、黒のドレスに身を包んだ少女だ。
彼らの奇妙な落ち着きぶりは、周囲の市民たちに違和感を与える。未だ正体を現さぬ敵が怖くないのか…? という疑問だ。
しかし、敵の外見特徴を聞かされていた者たちはそうはいかない。
軍や警察に所属する全員と、今回の襲撃にあわせて召集されていた冒険者たち、そして―――
「初めましてある。
オマエらが、ジャスとサリーあるな!?」
言うや否や、答えを待たずして攻撃を仕掛けたのは、白金の鎧兜で身を固めた冒険者のレイラだ。
彼女が放った三点収束レーザービームを軽く躱した少女は、冷たい目で相手に振り向いた。
「そうよ。
――勇気ある貴女のお名前を伺うわ」
「レイラ・コーニング。
勝手ながら、オマエたちを敵と定めさせてもらった「勇者」ある」
話しながらも次々と連続魔法攻撃を撃つレイラを鬱陶しく思ったのか、サリーがパチリと指を鳴らした。
次の瞬間、黄色い執事服を着た男が現れ、彼女に一礼する。
「お呼びでしょうか、サリー様」
「勇者と…ついでに、そいつの相手をしていて」
「――は。かしこまりました」
そいつとは、レイラの影から気弾を放ってきた冒険者の女――ミリハの事である。
彼女の方は特に何も言う事なく、レイラ共々黄色執事との戦闘に移行した。
タイミングを見計らったように、今度はギルバートが棒を唸らせて打ちかかる。
だがそれは、あっさりと結界に弾かれた。
「チッ。かってぇな…」
舌打ちをした後、彼は後ろを振り向く。
「おい、何ボケッと突っ立ってんだ。
まさか本当に、動かずに逃げ帰るつもりじゃねえだろうな?」
それが切っ掛けで、人々がようやく動き出した。
一般市民は我先に逃げ出し、黒いチンピラ集団は金持ちの家に空き巣に入る。
それを取り押さえようと警察が動き、冒険者は逃げ出すか立ち向かうかの二通りに分かれ、軍は隊列を組み直す。
だが、逃亡する人々の道の先は、いつの間にか出現していた氷の壁で塞がれていた。
驚いて足を止めた市民に、ジャスの平坦な声がかかる。
「逃げてもいいけど、かかって来いよ」
その言葉の通り、氷壁を炎で溶かそうと試みていた者の眼前に、前触れもなく壁から氷の槍が突き出た。
咄嗟の事に反応が遅れ、回避が間に合わない。
周囲の者達も思わず悲鳴を上げかけ―――
...たが、眉間を貫かれる寸前で、上から飛び降りてきた何者かによって氷槍の根元が切断された。
あやうく死ぬところだった彼はへたり込んで尻もちをつき、人々は開けた口を閉じぬままに唖然とその者を見つめる。
そしてジャスもピクリと眉を動かし、彼に意識を向けたようだ。
地面に座り込んだままの者に手を差し伸べて助け起こした彼もまた、ジャスとサリーを涼しい顔で観察している。
ゆったりとした布地の多い異国風の服に身を包んだ蒼い髪の青年は、流れるような仕草で、槍を切り落とした太刀を背の鞘に納める。
さらに周辺の狂乱ぶりを不思議そうに眺めると、近くの市民に短く問う。
「何かのイベント?」
その言葉に市民たちは、彼が、今この街に到着したばかりの旅人だと知る。
違う、と答えようとした時に...頭上を、数名の影が高速で通り過ぎた。
街外れの林でジャスたちを捕え損ねた、魔族の精鋭たちである。
だが彼らが標的へと辿り着く前に、二人は忽然と姿を消した。
「クソッたれ!
この腰抜けどもめ...」
男の一人が歯軋りをして呪詛を吐く。
しかし直ぐに、彼らが去った跡に残されたモノを見て顔色を変えた。
それは、濃厚な香りを放つ紫色の大きな花。
一体どこから出したものか、合計6つの花が地面に並び、甘ったるい強烈な芳香を撒き散らしている。
「...まさか!」
間髪入れずに女が動き、炎で花を焼き尽そうとするも――
一足遅かった。
遠く、街の外の空気が震えるのを感じる。
低く唸るような大気の振動は、たちまちのうちに街を囲むように近づいてくる。
市民たちも、聞き覚えのある羽音に、信じられないように固まった。
「嘘……」
「あの花が、引き寄せ―――」
誰かの声が重い羽音の轟音にかき消さたのは、もう、奴らがすぐそこにまで迫っている証拠。
そしてついに、氷の壁の向こうに奴らが姿を現した。
黄と紫の縞模様の巨大な肢体のハチ軍団。
彼らは…「死神の使い」の別名を持つ、昆虫型の魔物――「花狂蜂」だった。
今度こそ、街は本当の阿鼻叫喚に包まれた。




