79話 編成完了
ある城の一角にある、薄暗い部屋にて。
厳重に盗聴防止が施された話し合いが行われていた。
円卓を囲むのは、複数名の魔族だ。
彼らは、先日魔皇帝により出された「戦争宣言」について議論していた。
「よりによって、このタイミングでか…
あまりにも都合が良すぎないか」
「ジャスとやらと、皇帝が組んでいると?」
「それは…どうだろう。
皇城が戦争の準備を始めたのは、本当にごく最近だぞ。今は相当切羽詰まって、慌てて準備をしているらしい」
その意見に、場に迷いの空気が流れる。
「世界をがたつかせているのは悪魔だという話ではないか。それを自分たちの仕業にする、だと?
何を考えている」
「だが、悪魔は何よりも隠れ忍んで動くのを好む連中だ。まさか仕業を横取りされたとは言えないだろうし、我らも口に出来ぬ」
「ネビロスとやらはどうなっている? ラフキンよ」
問われたラフキン代表は、考えながらも答えを返す。
「最近は一度顔を見せたきり、音沙汰が無いな。
だが、約束は果たすと申していったぞ」
「...本当であろうな?
争いの渦中にて皇帝弑虐の機が巡り来ることがあったとしても、もう奴らにやってもらうしかないのだからな?」
「戦争の為という口実で、魔族の中でも実力のある者たちが中央に召集されてしまったからな…」
彼らが密かに動かせるのは、手飼いの裏部隊だけである。
悪魔が動かなければこれらを使うしかないが、皇帝を相手にすると心許ないのは事実だ。
魔大陸の統治システムは少し変わっている。
全部で11の王領が存在する事は不変なのだが、その中でも一つだけが、様々な手段と時に応じて、皇帝の居る皇領となるのだ。
現皇帝の病死、皇位の譲渡、暗殺、選挙制など――世襲制以外であれば、何でも良い。
本人が穏やかに他の王領に皇位を譲り渡す事もあるし、統治に向いていないと判断されれば、他の全王領が結託してクーデターを企てる事もある。
王領規模ではここまで武闘派の政権交代は許されていないのだが、皇位だけは別なのだ。
「力無き者に、魔族の皇たる資格無し」を掲げるのが、魔族である。
ちなみに、ヴィオラ・ハルトマンは優れた皇帝として認知されている。
クーデターが計画されつつあるのも、それが密かにだという事実も、彼女につけられる文句が無いのとその強さによるものだ。
ヴィオラは、独裁者だ。
各領、また民衆の意見に耳を傾けつつも、最終決定は必ず自分一人の意見で下す。
かといって独裁政権にありがちな搾取をする訳でもなく、私腹を肥やしたり官僚の贔屓をする事もない。
彼女が皇帝になってから、魔大陸ではまだ一度も争いが起きていない。
ゆえに「平和の皇帝」との二つ名のもとに支持されているが、その平和を保つために、統治の面では歴代皇帝たちの誰よりも強力な支配体制を敷いていることを、知る者は知っていた。
争いの種が芽吹いても、本葉を出す前にそっと摘まれているだけなのだ。
どれだけひっそりと大木の影で芽を出しても、必ず根元の土ごと優しく抉り取られる。
その話を広めようとした者は、根を張りめぐらす以前に消えていた。
―――ゆえに。
「...この段階にくるまで、皇帝に気づかれていないという事は有り得るのだろうか……」
その誰かの発言に、一旦部屋がシンと静まった。
「――今まで、志半ばで散った連中と同じ轍を踏まぬように、気をつけてはきた。
だからこそ慎重に事を進めてきた故に、思うように仲間も集まっていない」
「だが、ここまで来た以上、もうやるしか無いだろう」
「ああ。これから起こるであろう、争乱に乗じて」
◆
そのネビロスは、頭を抱えていた。
計画が失敗に終わった上、同僚が部下に殺され、さらに王本人がその裏切りを認めたのだ。
自分はベニッピーに恨まれ、しかし魔族との約束は果たさねばならない。
そして追い打ちをかけるように入った情報が、魔大陸での争乱だ。
なぜこのタイミングで…? と調べると、「人類の敵」を名乗った連中が、悪魔がこれまでにしてきた所行をそっくりそのまま自分たちのものにしたという。
そいつら「ジャス・サリー」の目撃証言を追うと、薄々予想していた通り、彼らのようであった。
その旨を王に報告すると、
「なるほど。そう、来たか...」
と、面白そうに笑うのみ。
「彼らは、一体何がしたいのでしょうか…」
「わからぬか。
ベニッピーの方は、我の考え方を否定。
そしてサトリの方は、彼と並び立ち目指す場所を同じくしつつも、我を否定する事なく止めるつもりであるな」
答えになっていないヒントを与えられ、ネビロスはますます困惑した。
グラシャは、彼女に釘を刺した。
「奴の宣戦布告を、先だって我は受理した。
ゆえに絶対にヒト共に、奴らに関する情報は一片たりとも伝えてやるな」
「――はっ」
「それと。各方面に、計画を早めて進めるように通達せよ」
「畏まりました。王よ」
◆
ずらりと目の前に並ぶ悪人顔を眺めて、ものすごく気後れしつつも一歩前に出ようとして...結局隣のサトリを軽く前に押しやったのは、俺、ベニッピーです。
彼女が、呆れたようにジロッと見てくる。
「何やってるのよ、ジャス」
「先ずは社長でございましょう!?」
そうだ、俺はただの会長。
どうでもいい役職名だが、存分に使わせていただこう。
社長と会長の挨拶がどちらが先かなんて知らん、関係ない。
現在、眼前の砂浜に並ぶのは、ロルカの街のチンピラこと怒乱悟が、周辺地域から集めた仲間を含めた総勢約1000人のチョイ悪集団である。
部隊名称は「ドラネコ」になったらしい。
説明が遅くなってしまったが、奴らは別に消し去るようなレベルの悪人組織じゃないんだよな。
俺とサトリで鑑定済みの、ホワイト寄りのグレーな連中である。
この前ガルに一言いただいたら、見事に軍門に下った。
まだたった1回しか集めていない、1000人が。
ウケる、ウケるぞ奴の才能は……。
てことで、予定通り、仲間になってもらったのだ!
ハハハハハ...。
―――いや、こんなに多いなんて聞いてねぇ!
ど、ど、どうすんだべか!?
とオロオロしている心を完璧に身体の内側に閉じ込めて、落ち着いた様子を表に出す。
ガルの真似、ルナの真似、ハンフリーの真似...
よし。
今の俺は金魚のベニッピーじゃねえ。
ゴールドフィッシュのジャスだ。
サトリが、メガホンのような魔道具を手に、話し始める。
「私はサリー。悪の組織PVOの代表取締役よ。
もう、私たちがやろうとしている事は大体聞いている、ってことでいいのかしら?」
彼女が首を傾げると、眼前の連中は一斉に、揃って敬礼…のような格好をとった。
拳を握った左手を右胸にあて、足を肩幅に――って、なんだコレ。いつ練習したんだ。
そして、
「「イエス、マム!」」
と合唱する。
サトリは僅かに引きながらも会釈を返し、続ける。
「そ、そう。良かったわ。
でも私たちからも、一度きちんと説明するわね」
そうして、俺も含めて簡単にわかりやすく説明した。
・実態は、悪の組織モドキだということ。
・全人類を団結させ、我々に挑ませる事が目的である事。
・その為にも、他人任せな悪な連中を、気付かれないように引っ張り出すのが重要なこと。
「そうだ。目指すは、「全人類共同参画社会(対・俺たち)」の実現だ。
最重要事項は、この事実を隠し通すこと。
だが抜けたきゃ、いつでも抜けていいからな?
その前にこちらに連絡してからだが」
去る者、追わず。
因みに情報を漏らした者には、熱湯風呂の刑(エマームの源泉)だと通達済みだ。つまりほぼ死刑。
盟神探湯するまでもなく、俺には分かるからな。
すると、俺とサトリの後ろに控えていた一人の男が苦笑しながら進み出た。
「抜ける奴なんざ、ほぼいねぇと思いやすぜ。
何しろオレたちゃぁ、正にこういう組織を求めてやしたから」
彼は「ディーン」。
ドラネコのまとめ役。説明は以上。
「こう、いう?」
「ええ。
どっかの組織に所属して、軍隊っぽいふるまいをしてみたい。だが真面目な正義の組織はなーんか癪に触るし、手前なんぞに務まるはずもねぇ。
酷い悪事に手を染めるのにも踏み切れず、真っ当な連中を羨んで腐っていたガキみたいな連中の集まりですんでね。
オレも含めて」
ディーンが「なっ?」と問いかけると、ドラネコ達は気まずそうに身じろぎをした。
――な...なんだ、この、可愛いイキモノたちは……
ゴツいマッチョ共の背景に、突如ピンクのふりふりカーテンが降りてきたような錯覚を覚える。なぜか妙な既視感有り。
あ、女性も1割強くらい居るけどな。
桃色の背景に勇気付けられて、俺も一歩前に出た。
メガホンを受け取って、ドラネコに語りかける。
「今より俺たちは、志を同じくする仲間、同志だ。
堅苦しいのは苦手だから、もっと~~して欲しい、などの要望があれば気兼ねなく言ってくれ。
これからよろしく頼む、レディース アンド ジェントルマン!」
見よう見まねで、先程の敬礼っぽい挨拶をやってみる。
演出として、背後の海原に何十本もの水柱を立ち上げながら。こういうの好きそうじゃん、厨n…ゴホン。
すると思惑通りに目を輝かせたドラネコズは、ビシィ、ザザッ! と再び動きを揃えた。
「「サー、イエッサー!!」」
―――恥ずかしくない、恥ずかしくない...
後日「ドラネコの掟」に、レディファーストが追加されたという。
ナンデダロウネ……
◆
ベニッピー達が海岸にいる頃。
ガル、レイラ、ミリハとギルバートはロルカの街中で部隊編成を行っていた。
ドラネコ部隊よりも、市民部隊はよりボランティアに近い。基本的に、その時「参加したいな~」という気分の者が一般市民サクラとして各地に出張する程度である。
だが、母数は圧倒的に多いため、予めある程度の組分けをしておかねばならないのだ。
さらに、その場に居た冒険者たちの知り合い冒険者(秘密は絶対厳守)もジワジワと増えつつある。
「なんで、いきなりこんな大事になってんだ…」
と呻くギルバートに、レイラが嬉しそうに笑う。
「実に助かったある。少人数体制だと、よっぽど好条件が揃わない限り難しそうだと思いつつあったあるね」
「はぁ...」
ただでさえ雑務の多いギルマスの仕事に、冗談のような大仕事が加わってしまった。
気軽に引き受けた過去の自分に、忠告してやりたい。
「甘過ぎたのは、おまえもだ」と。
こんなに参加希望者が多いとは思わなかった。
「知り合い同士でグループを作り、代表一人が申請に来てくれ」と通達した結果、それでもギルド前の広場にずらりと並ぶ人、人、人。
さらに彼には、自分の管轄のギルドから反逆者を出してしまった事で、ジャスとサリー討伐の為に冒険者編成をするという仕事もある。
だがそれは、体よくミリハに放り投げることができた。
彼女に「ランク7冒険者として彼らの迎撃に参加しながらも、目標を取り逃してしまった」という責をポイと押し付けたからだ。
幸いにもパレンシアの街は基本的に城郭都市なので、壁の無い城下町のように噂と目撃情報がダダ漏れになる事はない。
市長に緘口令を出してもらい、情報の漏洩・売買をした者にはその重さに応じて処罰を与えることになったが、多分大丈夫だろうとギルバートは考えていた。
理由その1、レイラ。
彼女が、
「ワタシから勇者の称号が取り上げられたら、その原因に雷が直撃するかもしれないある~~」
とニコニコしながら街の上空を飛び回っていたこと。
その2、ガル。
彼が、
「大丈夫だよ。
身が潔白ならば、雷は逸れていくだろう。
それが因果応報というものだ」
と、全く希望になっていないにも関わらず、何故か聞いていた者たちに感動される謎発言をしていたことによる。
冒険者名簿を見ながら人選を行っていたミリハが「鞭と、飴っぽい鞭…」と呟いたのは、誰にも聞かれる事は無かったのだった。




