77話 〃 ②
レイラは、楽しんでいた。
彼女に向かってきたのは、ミリハ一人。
それは誰が見ても正しい判断だっただろう。
空中にて魔法力と気力が交錯し、火花ならぬ焔花が弾けている。近づけば巻き込まれるのが一目瞭然である。
ミリハの使う技能は、魔法でも物理武器でもない。
基本的には、気だ。
空を駆けるのも風魔法ではなく、飛空術である。
普通の魔術のように見えるエネルギー弾は、一見しただけでは無属性の魔力弾だと判断されるだろう。
だが、魔法で張る物理・魔法結界は意味を為さない。
逆に、ミリハは全身を覆い包むように張り巡らせた「気」で、魔法攻撃を相当軽減する。
戦えば、魔法系統であるレイラの天敵とも言える存在であった。
「あんたとこんなに気持ちよく遊べる日がこようとは」
手加減する事なく気弾をライフルのように打ち込みながら、ミリハが笑う。
それを両手に出現させた盾(物理)で受け止めながら、レンも笑った。
「ヒヒッ。ワシが重装備になった切っ掛けの一つは、オヌシの攻撃スタイルだったーるな...」
攻撃をして守備が手薄になった瞬間を狙い、レンも絶え間なく炎弾と氷弾を交互に打ち込む。
弾の全てを手で払い落とした彼女は、片手を頭上に掲げ、下の街を見下ろした。
その構えを見て、レンの顔に焦りが浮かぶ。
「まっ、待つーる…
そ、それはまさか……」
「皆さん。ちょっと気力を貰うよー...」
下の人々からほんの少しずつ気を回収し、頭上で統合して巨大なボールを形作っていく。
「げげっ! 元…じゃない、気力玉...!!」
「そら、プレゼント」
練りあげた気球が、ボールのように投げられる。
光り輝く大エネルギー弾の直撃を受けたレンは、遥か上空へとキリモミしながら吹き飛ばされ――
ピカッと鎧を黒光りさせ、消えていった。
◇
サトリは最も、追い詰められた悪者らしい状況に置かれていた。
宙に浮かぶ彼女一人の周りを囲うのは、ミリハ以外の飛行可能な冒険者たちと街人の、全員。
イズナの空バージョンである。
彼の場合はまだ平面移動の上、隠れられる障害物も多かった。
だが彼女の場合、前後左右上下の逃げ道を塞がれた上に、全く障害物の無い空中。
オルの気楽な救援要請に噛み付くわけであった。
サリーを囲んだ者たちは、囲んでいる以上は当たり前だが――追い払う気は無いようで、全力で倒しに掛かってきている。
結界を張って防御しつつ、芭蕉扇の威力を調節して風を放ち、時折炎を混ぜ込む。
彼女は時間停止も含め、威力だけは頭ひとつ抜けた攻撃手段をいくつか持っているが...仲間たちに比べると、弱めの攻撃方法の多彩さに欠ける。
最近は魔法制御技術を取り戻しつつあるが、結界などの防御に使うならともかく、攻撃に使用するとなると心許ない。
魔力タンクのあるサトリの魔力総量は、ガルトニクスさえも凌駕する。それが攻撃魔法の形をとって暴発でもしたら、島一つは軽く消し飛ぶからだ。
ゆえに、この状況下で最も困ってしまうのがサリーであった。
最初は彼女が繰り出す風と炎を魔法だと思って魔法結界を張っていた人々だが、今はもう、それらが魔法ではないと気づき、物理結界に切り替えている。
(こちらサリー。ギブアップよ。
トニーを呼ぶわ、いい?)
(了解ーる。レンはもう退場したーる)
(一刻も早く、ケヒャァッ!)
(どうぞどうぞ。さすがに疲れてきた…)
(お、おぅ…)
一名、苦戦に失敗した事を感じ取ったが、サリーは構わずに最終兵器を召喚した。
(トニー、出番よ!)
(承った)
◇
ロルカの人々と冒険者たちは、雲も無いのに突然大雨が降ってきて驚いた。
天気雨というレベルではなく、バケツをひっくり返したような土砂降りだ。
...否。
降っているのは雨ではない。
有り得ないくらい広範囲に、魔法で滝飛沫を作り出しているのは―――
ぴたり、と水が止まるのと同時に、街人が一斉に見上げた空。
そこには、紺の袴に青いマントを羽織った一人の青年が浮かんでいた。
学帽を被って下駄を履き、手には唐草模様の風呂敷包みを下げている。
彼は鷹揚に片手を挙げると、尊大に微笑んだ。
「余は、トニー。我が同志が窮地にて馳せ参じた。
苦しゅうない、楽にせい」
◇
口調と格好が合ってねぇーー!!
なのにどっちも似合っている。不思議。
俺がガルを最後に見た時までは、帽子と風呂敷は持っていなかった。
まさか、手持ち無沙汰でショッピングでもしていたのか?
トニーはまず、サリーの元へと向かった。
普通にゆっくり飛んでいるだけなのに、海を進むモーゼの如く人垣が割れていき、あっさりと彼女の元へと到達する。
「苦戦しておるな、サリーよ」
「え、ええ……まぁ…」
これが貫禄というものか。
まだ2歳足らずの俺には作り出せない雰囲気だ。見習わねば。
トニーは「ふむ」と頷くと、おもむろに魔法使用不可結界を展開した。
それにより、周囲の全員が飛行能力を失って落ちていく。
ほとんど皆、結界範囲外まで落ちたところで慌てて飛翔して事なきを得ているが、うっかり墜落しそうになった者もさりげなく風魔法で助けてやっている。
「では、行くか」
そしてサリーを伴って向かった先は、子ども達に纏わりつかれているオルの所だ。
「黄色いおじさんが遊んでくれずに、つまらなかったろう。童たちよ」
慈愛の笑みを浮かべたトニーはそう言って、風呂敷包みを広げた。
出てきたのは、超大量のペロペロキャンディーとジャスパー人形。
え、ジャスパー人形、まだ売ってたのか!?
一過性のブームはとうに過ぎ去ったと思ってたぜ...
というか、どこで買ってきたんだ。
この街の人は今全員、大忙しだろうに。
「くれるの!?」
「ありがとう、変なおにーちゃん!」
「儂も、飴ちゃん貰うとするかのぅ」
鮮やかな手際でオルから子供と老人を引き剥がし、彼も連れて次に向かった先はイザの元だ。
疲れの見えるイザと、それ以上にヘトヘトにへばっている市民たちは、トニーの登場によって足を止めていた。
彼は人々を見渡すと、うむうむと頷きながら複数人を指名する。
「そこなお主と、それなる主。
そちもである。
汝らは、とりわけ見事な働きであった。
追跡者としての才能があるようだな。
誇りに思い、これからも街人と助け合って精進するが良い」
「は、ははぁっ! ありがたき幸せ!」
「あ、あっしらの動きを見ておられて…!?
光栄でやんす!」
と、感激に打ち震えるのは何のことはない、怒乱悟である。
なぜかトニーを憧れの眼差しで見つめている。
マジで、なんでだ!?
こいつ、何にもしてないのに。
こ、これが王者の求心力というやつか...?
「よいよい。
街人たちよ。地の利を活かした無駄の無い立ち回り、実に素晴らしきかな。
イザを苦戦させおるとは、まこと、感嘆に値する功なり」
「…そ、そんな、身に余ります…」
「お…お褒めいただき、あっ、ありがとうございます」
ちょっ、ちょっと待て...何が起き始めている!?
市民も彼を尊敬の眼差しで仰いでいるんだが…?
イザも回収して、最後に来たのは俺の元。
トニーは満足そうに、ゆるりと目尻を下げる。
「ジャスよ、見事であった」
「...は。過分なお言葉、有難く」
なんだろう、コレ。
何やってるんだっけね、俺たち...。
これもう、悪の組織王国のトニー王だろ。
階級に差のある仲間どころじゃないわ。主君と臣下の態度じゃんかよ。
ラスボスの正体を最初にバラしてどうするんだ。「謎の青年」設定はどこいった。
トニーは噴水の中に片膝をついていた俺を立たせると、ぽかんとこちらを見ていた人々に向かって、嬉しそうに言い放った。
「さて。第二ラウンドである。
総員、かかってくるが良い!」
―――無理だな。
...そう思ったのだが。
ドドドドド……と、老若男女関係なく人々が押し寄せてくる。その上、中には犬猫も含まれているようだ。
な、なんという勇気!
この覇者の風格を見せつけられて尚挑んでいくとは…俺には不可能だ!
と、感動して眺めていたら、ロルカの市民&冒険者たちは、先程の俺のように次々に片膝をつき始めた。犬は骨を咥え、腹を上にして転がっている。
...ん?
「トニー様!」
「寛大な御心に感激いたしました!」
「あめ、おいしかったぁ~」
「クゥーン…ワン!(ニク、おいしかった)」
「まだ若いのに、戦慄するほどの威光じゃのぉ」
「格好良すぎてもう死ぬわ...」
「眩しくて目が……目がぁ…!」
―――嘘だろ。
なんだこの、冗談のようなカリスマ性。神か?
もはや驚きを通り越して呆れていると、スーパーカリスマ・トニーは困ったように俺たちを振り返った。
「ど、どうしよう...」
知るかよ。
お前のノリが招いた事態だ、完全に予定外。
自分でなんとかしろ!
と言ってやりたかったが、仕方がないので前に出る。
「自分たちが何を言っているのかわかってるのか?
俺たちは、人類に敵対する組織。彼はそのボスだぞ」
なんか、計画が破綻しそうな嫌な予感がする。
すると、人々は口々に言い募った。
「トニー様の敵になるような人類など、滅べばよいのです」
「年寄りの目は誤魔化せんぞ。おぬしらはまだ未熟じゃのう」
「弱者に手を出さない連中が人類滅亡? 何言ってるのよ。
それなら真っ先に子どもを狙うわ」
「よく見たらサリー様可愛すぎて、目が…目がァァ…!」
―――ば、バレていた……だと………?
穴があったら入りたい。
そうだ、作って入ろう。
一瞬で土魔法にて数メートルの穴を掘り、飛び込もうとしたが...あと一歩のところで、誰かに襟首を掴まれて阻止される。
だっ、誰だ!?
オラは一旦隠れて頭を冷やすんだ!
持ち上げられて手足をバタバタさせていると、呆れたようなギルバートの声が頭上から降ってきた。
「知らんのか?
如意金箍棒の別名は「霊陽棒」。
自ら意志を持ち、太陽の様に霊格の高い主を選ぶ。
そんな伝説の武器を扱いこなすテメェが、真の悪人の訳がねぇよな」
知らんがな。
...てか、察してたなら早く言ってよ!
「く、詳しいな……」
「如意棒は、棒系武具の最高峰だからな」
俺が彼に捕まっている隙に、掘った穴にイズナとオライが飛び込んでいった。
まぁイズナは性格だろうが、オライは、うん……。うん。
ギルバートに縦穴の縁に下ろされて、恐る恐る見上げると、彼は俺の頭にボスッと手を置いた。
「先日、魔皇帝により「ジャス」と「サリー」への戦争宣言が出されたな。
...この街で、事前に練習できて良かったな。
てめえらは甘すぎる。今のままじゃ、たちまち見抜かれるぞ」
返す言葉もございません。
彼は、じろっとガルを見る。
「特に、おまえ。
ヒトじゃねえんだろうが……よくこんなのが今まで表に出ずに隠れてたな。
もう前に出るなよ、出たらおまえ一人で一発アウトだ」
よくわかっていらっしゃる!
「んだんだ。ラスボスは大人しく玉座を温めてろ」
「そうよ、トニーは最後に……
いえ、待って」
サトリが何か思いついたようだ。
目を輝かせて、素晴らしい提案をする。
「トニーが人類を率いてきてくれればいいのよ!」
―――それだ。




