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金魚戦記  作者: 悠布
3章 南橘北枳
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75話 悪の組織 VS 冒険者ギルド in ロルカ ②

 オルは、ひょいひょいと逃げる。

 

 ニヤニヤと見物している街人に足を引っ掛けて転ばせたり、細い路地で泣いている迷子を片手で攫って大通りに降ろしたり、パニックに乗じて空き巣に入ろうとしている泥棒を背後から弓で射抜いたりしながら。


 正に、お手本のような狂った道化師(クレイジーピエロ)である。


 追跡者たちはその行いを見て首を捻る。


「ヤツは何がしたいんだ…?」

「正義のヒーローでもやっているつもりか?」


 そうである。

 彼の狙いは二つ。


 一つは、この後に登場する真打(しんうち)二人の外道っぷりを際立たせるため。

 もう一つは、「オルは危険じゃない」と思わせ、人々に団結して立ち向かっていただくため。


「ケヒャッ、ケヒャヒャッ!

 さあさあ、吾輩を捕まえてみせるひょい!

 それくらい、できるぴょい~!?」


 オルは歩きながら通行人と肩を組み、花を摘んでは老婆に手渡し、噴水の前のベンチに腰掛けて脚を組む。

 それを見た市民たちが、戸惑いながらも彼の思惑通りに少しずつ警戒を緩めていく。

 

 花壇の雑草を引き抜いて、彼は周囲の様子を窺う。


「抜いちゃうよ~、抜いちゃうよ~?

 このままだと綺麗なお花まで、抜いちゃうひょ~い。

 早く吾輩を止めてみせるひょん!」


 ちらっちらっと背後を覗き見しつつ、オルは人々に視線を流すが―――誰も止めに来ない。


(あれ?)


 おかしいな...と首を傾げていると、一人の女が親切にも教えてくれた。


「それはドクダミな。繁殖力の強い雑草。

 抜いたらむしろ、有難がられるよ」


「おぉっ!? それはそれは…しまったヒョイ。

 教えてくれて助か―――」


 オルが途中で言葉を切ったのは、女の腕に嵌った金色(・・)の腕輪を見たから。

 かつてサーガタナスの命令で世界中の猛者をスカウトして回っていた時に、何度かこの色の腕輪に撃退された記憶がフラッシュバックする。

 仲間であるイズナとレイラがしているのを見るのとは訳が違うのだ。


「ぎょぎょっ!?

 お、おみゃーは...」


「動くと切れるよ」


 オルは慌てて飛び退って距離を取ろうとする。

 だが、女がいつの間にかピタリと背後に張り付き、手にしたナイフを彼の首筋に添えていることに気付いて硬直した。


 彼の判断は速かった。

 靴のスイッチをこそっと押しつつ、大きな声で叫ぶ。


「ジャス様! サリー様!

 やっちゃってくだせぇ!!」



       ◆



 物陰からオライの様子を観察しつつ、口を押さえて腹を(よじ)って笑い転げていた俺たちは、急に呼ばれて吃驚する。

 

 い、行かねば。

 ―――だが、顔が...真面目な表情に戻らねぇ!


(オル! 表情筋が緩んで締まらないから、もう少し待て!)

(回復し次第、助けに行くわ!)


(別に笑っていていいんですよ! 手下の失態を笑っていて!)


 と、必死な彼が即答してきた。

 それもそうだな。


「じゃあ、行くか!」

「ええ! ...ぷふっ」

「いってらっしゃい」


 ガルに見送られ、俺とサトリは街の遥か上空に転移した。


 そこからスーーッと垂直に下降し、レイラと同じように光を放って登場した。



       ◆



 街の人々は、再び空が光ったことで上空に注目する。


 するとそこには、3人の黒い人影。

 最初に現れた黒鎧のレンが頭を下げて背後に控えている。


 その前に並んで街を見下ろす二人は、同時に――優雅に、礼をとった。


 漆黒の戦装束の上に赤い長羽織を羽織った少年の方は、右手を胸に当てて(ボウアンドスクレープ)

 黒いゴシックドレスに桃色のケープを肩から掛けた少女は、スカートをつまんで(カーテシー)


 唖然として見上げる住人の注目を十分に引き付けたことを確認すると、彼らは名乗った。


「ジャス。以後、お見知りおきを」

「サリー。…最近は、人類の滅亡を望んでいるわ」


 

 そしてオルをちらりと見ると、最初の丁寧な言動を一変させてケラケラと楽しそうに笑う。


「オル! やられてんな!」

「助けに来たわよ? ...うふふ」


 ランク7の冒険者――ミリハに捕まったままのオルは、嬉しそうに手を振った。


 こんなクレイジー野郎に構っている暇じゃないと判断したのか、ミリハは彼を突き放して、上空の二人に意識を合わせる。



「人類、滅亡? なぜ」


「心根が嫌いだからよ」

「それが少しでも改善されたら、考え直すかもしれないけどな」


 答えながらも、ジャスは北の方のある一角を指さす。


「とりあえず、あの辺りでも壊すか」


 彼がパチンと指を鳴らすと、差された区画にある建物十数軒が―――丸ごと崩壊した。

 

 砂煙が立ち昇り、雨上がりの街に悲鳴が響き渡る。

 人々は三度(みたび)、パニックに陥った。


 それに追い打ちをかけるように、サリーが下へ向けて軽く仰いだ銀の扇――裏側は葉っぱのような模様――が、烈風を巻き起こす。

 風を受けて崩壊した建物は吹き飛ばされ、にわかには信じ難いその威力に街人は言葉を失う。



 そんな惨状を見ても微笑みを崩さない彼らは、「死神」の異名に相応しい。

 そう考えながら、ギルバートはギルドの建物を出た。


「おまえは...」

「ん? ...おー、昔登録した時に依頼に誘ってくれた人だな。

 一緒に行けなくて悪かったな」


 黒髪の少年は朱色の眼を煌めかせ、懐かしげに話しかけた。

 たった今、自分が為した事など既に眼中に無いかのように。

 

「……なぜだ?」

「なにが?」


 ギルバートが何も考えないままにポツリと溢した主語の無い疑問に、ジャスが首を傾げる。


「心根、とは...」

「あぁ、それか」


 少年は頷いた。


「あんたもしょっちゅう見ているだろう。

 冒険者ギルドのような犯罪を許さない活気のある場所ですら、腐りかけ予備軍のような連中が湧いている。

 人類全体なら、どのくらいの濃さと規模になると思う?」


「......」

「だからだよ。だから――」


 

 ジャスはそれ以上を語ることなく、フワフワと近づいてきたミリハに意識を向けた。



       ◆



 金色の腕輪をした冒険者の女は俺とサトリをちらりと見て――無視すると、そのまま後ろに控えていたレイラに問いかける。


「何してんのレイラ」


 ...ええぇぇ!?

 ちょ、レイラさんてば、お知り合い!?


 レイラから、ぶわっと焦りの感情が放出されるのを感じながら、サトリ共々冷や汗を抑えてポーカーフェイスを保つ。


「だからレン……」


「今すぐ認めたら黙っていてあげる」

「レイラある!」


 認めちゃったあぁ!


 …あ。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス...


「で、何してんの」

「ば、バイトーる...」


 (しわが)れた声のまま答える彼女は、とてもシュールだ。

 援護射撃をしてあげたいが、余計な事を言うと事態が悪化しそうだから黙っておこう。


 レイラは、恐る恐る聞く。


「…ミリハ、どうしてわかったあるね...?」

「黙って立っているならともかく、口調も動きもまんまレイラなんだけど」


 はい、ごもっとも。

 さすがに知り合いは騙しきれないよな、失念していたぜ……。


「あんたのことだから、悪人の配下のバイトしてても疑問に思わないけど…こいつら、本気でやばそうじゃん」


 ミリハは俺とサトリを感心したように眺める。


 自分としては、貴女の落ち着き払った態度の方がヤバいと思います。

 とても金魚ハートには真似できない所業です。

 というか、レイラの性格の認識よ。



 何やら上空で話している最高ランク冒険者を、地上の人々が期待の目で見つめている。

 視線が痛いぜ、どうすんのコレ。

 「悪の所行をやめろ!」とか説得されてると思われてるんだろうな。


 まじで、どう収拾をつけようか。


「あ、あのぅ...」

「まさか勇者が仲間に含まれていました…とは言えないね?

 ここは黙っておいてあげるから――」


 おもしろそうにこちらを見るミリハに、何を吹っ掛けられるのかと3人揃って構える。



「とりあえず今だけは、あたしも仲間に入れなさい」


「喜んで」

「ウェルカムよ」

「げっ...」


 やはり類友(るいとも)という言葉は正しかった。



「...で、今、すべき事は?」


 話の早さがさすがランク7だ。

 レイラとイズナも最初はこんな感じだったけど、近頃はまったりとした俺たちの影響を受けてきている気がする――って、今はどうでもいいな。


「人々を纏めて、立ち向かってきて欲しい。

 そうして俺たちが苦戦したところで、もう一人ヤバい奴が登場する。

 そこでもう一踏ん張りして、なんとか追い払ってくれ」

「…了解」


 ミリハは笑って頷いた。




 下から様子を窺っているであろう3名に向かって、サトリがインカムで伝達する。


(作戦、修正よ。ランク7冒険者のミリハが仲間に加わったわ。

 この後、街の人たちが向かってくるはずだから、イザとオルは一緒に居て。私たちも、降りるかもしれない。

 苦戦したところでトニーを呼ぶから、威厳たっぷりに登場して)


(!? り、了解...)

(ケヒャッ! なんとまぁ!)

(心得た。ふふ…)


 オライの口調が元に戻らなかったらどうしよう。

 そのうち俺にも移りそう。



       ◆



 腕を組んだまま上空に留まっているジャス達の元から帰還してきたミリハのところに、冒険者たちが集まる。


「み、ミリハさん、奴らは…なんと?」


「冒険者も一般市民も関係なく、全員で掛かってきて自分達を止めて見せろ―――だ、そう。

 満足のいく出来栄えじゃなかったら、さっきの攻撃を街全体に放つって」

「―――っっ!?」


 告げられた内容に、皆が目を剥く。


 ギルバートが、複雑そうな顔で彼女に問うた。


「奴らの実力は?」

「...下っ端そうな「レン」ですら、冒険者等級(ランク)に換算するなら7を超えてる。

 地上の二人を含めて全員追い払うなら、この場にいる冒険者だけじゃとても不可能」


 ミリハは真剣に返した。

 嘘は言っていないので、とても言葉に重みがある。

 

「ジャスとサリーだけなら…?」


 あの危険な二人だけでも排除できれば、と思って聞いた冒険者の一人の希望も、すぐに打ち砕かれる。


「無理。さらに今、ジャス以上にヤバい奴が向かってきているって」


 (ジャス)にはああ言われたが、二度目に飛来する脅威((トニー))に立ち向かうのは心情的に不可能だとミリハは踏んでいた。

 ゆえに、先に告げておく。


 それを聞いて、冒険者の顔にすら(・・)絶望が浮かぶ。

 ―――だが、始まる前の絶望ならば、発破に変えられる。


 彼女は呆れたように首を振った。


「なんて顔をしてる。奴らを満足させる振る舞いをすれば済む事。

 簡単なミッションでしょ」


「で、でも...」

「大丈夫。今だって、待ってくれているから」

「あ……た、確かに…?」


 待っているには待っているのだが、建物の崩壊こそさせてはいないが、サリーが時々気まぐれにポツポツと誰かに向かって指を差しては、指されたものが倒れていく。


 やがて満足したのか、3人揃って地上に降りると、イザとオルと合流した。

 人々が悲鳴を上げて逃げ出す中、足が悪くて逃げ遅れた店主が居る飲食店へとオルが向かい、何やら注文している。

 少しして人数分+1のお茶をテイクアウトで購入すると、噴水のある広場にてのんびりと休憩をし始めた。1つ余ったお茶はいつの間にかどこかに消えている。


 実は彼らなりの「ほら、怖くない怖くない」というアピールなのだが、既に一人一人の見た目と言動を目にしてしまった街の人からは意味不明な恐怖の行動にしか映らない。

 (むし)ろ怯えが加速している。

 


(飴と鞭が下手すぎる)


 ミリハがそう思うのも当然であった。

 彼女は溜め息をつくと、意識を切り替えて冒険者たちに向き直る。



「街の大きい広場に、全市民を集めて。

 子供も老人も関係なく、健康な動ける者は、全員。」

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