73話 冒険者
ある日、ロルカの冒険者ギルドにて。
入り口の扉を開けて入ってきた黒髪の少年と白髪の少女が、受付カウンターにやってきた。
依頼の関係だろうと思った職員が、通常通りに対応しようとする。
「依頼の受注、もしくは達成ですか?」
「いえ、セルフ通報です」
少年の言葉に、職員は首を傾げる。
「は...はい?」
「このギルドで登録している、「テオ」と「リサ」です。
詳細な個人情報は、こちらの紙に記してあるので、所属者一覧から照合してみてください」
そう言って渡された紙切れを、まだ事態がわかっていない職員が受け取る。
「俺たちは人類の敵になる事にしました。なので是非とも、討伐してほしいんです」
「え...? あ、あの...」
どう対応したものか―――と途方に暮れている職員に、少女が優しく告げる。
「そのうち、この辺りでも騒ぎを起こすわ。
もう魔大陸では起こしたから、それを待たずに来てもいいわよ」
辺りをキョロキョロと見回していた少年が、諦めたように苦笑した。
「残念、今この場にいる者は皆、真面目だったよ。
管理が行き届いていますね」
「証拠――というか、わからせなくても大丈夫かしらね?
...職員さん、ギルマスにちゃんと伝えておいてね」
軽く手を振ってギルドを出ていく二人を、最後までぽかんとしたままの職員が見送った。
彼女――その職員は、半信半疑――否、1信9疑くらいの割合ではあったが、時々受付にやってくる冒険者の対応をする合間に、ファイリングされた登録冒険者一覧から、渡された紙切れに記された個人情報を照合する。
すると、あった。
親切にも登録した時期まで紙に書かれていたので、すぐに見つかったのだ。
「テオ」と「リサ」。
その二人の個人情報を持って、建物の奥の部屋で仕事をしているギルドマスターの所へと向かう。
「ギルマス。この二名の冒険者が「人類の敵になるから討伐してくれ」と...本人たち自ら、先ほど通報に来たんですけど…」
「...あぁ? なんだって?」
机に向かって書類と睨めっこしていたギルマスは、眉を顰めながら顔を上げた。
「なんだそりゃ」
「まあ、冗談でしょうけど。普通に登録抹消してくれって事でしょうか?
そのうち、騒ぎを起こしに来るそうです。魔大陸では既に起こした...とも言っていましたね」
呆れたように彼女の話を聞いていたギルマスは、最後の一言に首を捻る。
「ついこの間、魔皇城の前に死神が現れた騒ぎがあったらしいが...その事を言ってるのか?
だが冒険者ギルド間の情報共有伝達速度で、やっと話が届いたところだぞ」
「...偶然ですかね?」
ギルマスは個人登録表を受け取って、眺める。
「テオ、リサか。ちなみに、この二人の見た目は?」
「...少年は14、5歳の黒髪で、片眼鏡を掛けていました。背には透明の羽が生えていましたね。
少女は...12、3歳の白髪で白い翼があり、大きな帽子を被って銀色の扇を手に持っていました」
「あーーーー...」
話の途中で、ギルマスは頭を抱えて天井を仰ぐ。
このギルド内では彼と副ギルマス以外、届いた詳細な情報を知らないはずなのだ。
と、いうことは―――
「―――ったく。なんてこった。
まさかウチのギルドから、人類の敵を輩出しちまうとは...」
「...え?」
職員は、彼の態度を見てようやく呆然としはじめる。
あんな大人しそうな子供二人が、その「死神」だった...?
ギルマスは、眼を閉じて呟いた。
「あー、面倒くせぇ。近隣のギルドからも応援を呼ばねぇと。
ランクは――3と4を市民の誘導警護に充てるか。しっかし、ウチには7は居なかったな...6が二人か。
うちどころか、7はそもそも絶対数がほぼ居ねぇが…」
痛み出したコメカミを揉み解しながら、呻く。
「死神たちのランクは?」
「3と1ですね」
参考にならん、と溜息をつきながら彼は机に突っ伏した。
「つーか、場所はともかくなんで登録してんだろーな...最初はまともだった奴らが、ダークサイドに堕ちたのか?
どうして律儀に告げてくんだよ...黙ってりゃ、知らずに済んだのによ……てか、いつ来るんだ…」
職員が、そういえば――と、何かを思い出す。
「しばらく前に、非番の日のギルマスが依頼に誘おうとした黒髪の新人少年。片方は彼でしたよ」
「......。」
彼は、今度こそ無言で撃沈した。
◆
ギルドを出てから気づいた。
「そういや、襲来する詳しい日時を伝えてこなかったけど大丈夫かな?」
「まだ決めてないんだから仕方ないわよ。迷惑かけないように早めに来ましょ」
「ああ」
ずっと準備して待たせるのは悪いからな。ストレスにもなるだろうし。
悪人じゃないヤツに対しては、ちゃんと相手を思いやる心があるのだよ、俺は。
サトリと共に、ロルカの街外れの高台へと転移する。
そこには仲間3人が待機していた。
「通報完了。無視…されないよな?」
「もし本気にされなかったとしても、行くことには変わりないある」
ことも無げに答えるレイラは、とても冒険者の一員(しかも勇者)には見えないな。ケヴィンが前に言っていた「正義感は…どうだろうな…」の意味が、最近になってよくわかる。
以前俺の計画を恐る恐る打ち明けた時に、イズナ共々一も二もなく快諾即答して協力を申し出てくれた。
似たようなサトリの計画を既に聞いていたってのもあるだろうが、二人とも良い意味で少しクレイジーだと思う。
レイラなんか、最初は「勇者を辞めて自分も悪役になる」と譲らなかった。特に彼女の場合、身内が人類を裏切っていたのも大きいんだろうな。
それを言うならイズナも「見た目が勇者っぽくない僕もそっち側に…」と主張していたが、両者を説得して現在の立場に留まってもらったのだ。
敵の中にいる味方ほど良いものはないからな。
街を見回していたガルが、目を細める。
「襲撃するなら、生け贄にできる者が多そうな…あの北の一角辺りが良さそうだね」
「私も、その辺りがいいと思いますよ。
見るからに悪い者ではなく、善良な市民のフリをした濃いグレーゾーンの者が多そうです」
丁度、街の偵察から戻ってきたオライも彼の意見に賛成のようだ。
こっちの二人もクレイジーだよなぁ。
オライは超・物好きだし、ガルなんて神さまやってたのに、この物言いよ。死神だったのかな? ーーーまあ、彼は戦争反対論者ではないからな。穏やかそうな外見と言動から、中身がやや乖離しているだけだ。
「なら、そこにしましょう。濃いグレーなら、躊躇わなくて済むから楽だわ。
4人の立場はどうする?」
サトリが問うたが、聞くまでもなくガルとオライは乗り気である。
「今回は敵が多そうだから、私も出るよ」
「雑魚は私に一掃させてください」
ノリノリだ。
ま、そうだろうな。
イズナとレイラも、キランと眼を光らせる。
「ギルドの前だから、一般市民のふりをする必要はないよね。
呼ばれてもいない遠くの「勇者」が偶然その場に居るのも変だしーーー」
「ふっふっふ...そういう事で、ワタシたちも顔を隠して出演するある!
悪役として!」
6人総出で人類の敵になることに決定した。
それに際して、レイラが
「ちょっと待っていてほしいある!」
と言ってどこかに転移していった次の日、彼女は複数個の謎の装置を手にして戻ってきた。
魔石が嵌め込まれた、軽くて小さい片耳用イヤフォンだ。そこからは、口元へと伸びるツル。
...こ、これは。
アイドルとかがコンサートでつけている、ヘッドセットマイク!
「短距離音声共有通信魔道具ある。
短距離とは言っても、一つの街くらいの広さなら、端と端でも問題無いあるね!」
いっ、インカムだ!
素晴らしきドワーフの技術よ。滅ぼさなくて良かった!
「靴に、魔石のスイッチを取り付けて連動させるある。
これで両手が塞がっていても楽ちんあるね」
魔法バンザイ。
ーーーだが。
おそるおそる聞く。
「これ、どうやって手に入れたんだ…?
相当貴重で高価なんじゃないか?」
すると、レイラはドヤ顔で腕を組んだ。
「恥知らずな亡き大叔父の財産が、たんまりあったから。
彼の尻拭いをするって言ったら、家族がくれたある」
思わず吹き出した。
「う、嘘は言ってないな…」
「絶対、どこかに誤解させたでしょうけど…」
まさか、その彼を殺した本人と組んで使うとは想像できないよな。
魔大陸では今頃、皇帝ヴィオラが俺たちとの敵対宣言を出していることだろう。
向こうでは暫くやる事も無いし、こっちで派手に登場するのに丁度いいんだよな。
タイミングが合えば、どんどん全世界を巻き込める。
ーーーあれから悪魔たちとジェダイトから音沙汰が無いのが、少し不気味だが。
そのうち、なにかあるだろうから、それまではさっさと自分たちの計画を進めるだけだ。
◆
同じ惑星に存在しながらも、次元が異なる世界線。
悪魔界も、その一つだ。
違う次元に生きる者同士は基本的に交わらないし、他の次元に対して興味が湧かないようにできている。
よく、「3歳くらいまでの幼子は大人には見えないモノが視えている」という。
それと同じで、俗世に生まれ落ちて長く生きれば生きるほど、生まれる前の「生きてはいない状態」から離れていくのだ。つまり、この世における自然律の影響を受けていく。
だから普通は、まだ幼い悪魔が他の次元に興味を抱いても大人が笑って宥めて軽くいなしたし、まだ力のない子どもの悪魔は、自分では何も出来なかった。
ーーー普通の、悪魔の幼子たちならば。
なまじ賢く実力がある事が仇になるとは、さすがに彼らにも想像がついたはずがない。
グラシャ=ラボラスとマルコシアス、そして、もう二人。
当時幼かった、その4名にも。
ヒトや動植物が質量を持って存在し、生死の営みを繰り広げている一番大きな世界線。それを彼らは「通常次元」と呼ぶ。
次元を越えるのは、結構面倒くさい。
身体に負荷も掛かるし、一々面倒な手順を踏まねばならないのだ。
ゆえに悪魔たちが通常次元にちょっかいをかけている最近は、生き物が住まない「北極大陸」を密かに足場としている。
今、そこではバハムートがグラシャの元を訪れていた。
「作戦は失敗したようだぞ。ヤツから伝言だ。
キサマらがヒトを滅亡させるのが先か、自分が奴らの性根を変えるのが先か、勝負だそうだ」
彼は、グラシャの反応を見逃すまいと、面白そうに相手を窺っている。
グラシャは無表情で、短く問いかける。
「シアーーサトリと話して決めたのか?」
「いや。ヒトを観察して、一人で決断していた」
彼は溜め息をついた。
座っていた椅子に背を預け、視線を遠くへと流す。
かつてグラシャも、ベニッピーと同じことをしたのだ。
ヒトに対して悪感情を抱いている時に、再びすぐに悪魔界を飛び出して、ヒトを観察して回った。
そして大人になって冷静になった後にももう一度、回った。
その結果が、これだ。
単純な復讐心だけではない。
人類そのものを消し去るべきだと、判断したのだ。あまりの醜さに、不快だったから。
あの時、色眼鏡を掛けていたとは思わない。
現にベニッピーも、ヒトが今のままでもいいとは言っていない。
もっともそれは、彼らを止めるための発言であるかもしれないが...。
とにかく、同志を増やすという作戦は失敗に終わったわけだ。
それを提案してきたのは、今目の前でニヤついているバハムートである。
「まったく、おまえは何がしたいんだか……」
ベニッピーを連れて回ったのがもし自分だったら、結果は違ったのだろうか。
ーーー違わなかったのだろう。
そう、思う。
どれだけ彼らが負の部分ばかり見せようとも、どれだけ密かに煽り立てようとも、彼は同じ結論を出したような気がする。
なぜかはわからないが。
「敵を作っただけに終わったな。あれは、確実に仇討ちに来るぞ。
なにせオレに、名前をつけていったくらいだ」
妙に複雑そうに、バハムートは報告する。
「...ちなみに、何と?」
「本翡翠」
「ーーーかなり本気だな」
「ああ」
憎い相手に、綺麗な名前をつける。
絶対に仇を討つという決意表明だろう。
「こちらにも、いずれ来るだろうな」
「来る、な。魔界に逃げ込んでやるなよ?
受けて立つのは仇敵の義務だ」
「...わかっている」
それは別にいいのだが、彼を殺してしまったらサトリに恨まれないだろうか。
VS 悪魔 という負のスパイラルに陥りそうな気がする。
グラシャは頭を振って、雑念を追いやった。
「...まあいい。変えられるものなら変えて見せろ。
おまえの出方に応じて、こちらも手を打つ」




