72話 協力
魔皇帝 ヴィオラ・ハルトマン。
魔皇城の上階にある執務室の窓から外の様子を眺めていた彼女は、静かに唇の端を吊り上げた。
城の周囲では、悪者を追い払えたことを喜ぶ民衆たちが歓声を上げている。
この場まで届く活気のある声を聞きながら、隣で同じように外を見ていた宰相に話しかけた。
「あいつら、名乗り忘れていったな。
どうする、一体なんと公表するものかね」
「陛下ならば、名乗っていない悪者の名前を知っていても誰も疑問に思わないでしょうよ。
いいから、さっさと大陸中に広めてしまいましょう」
何を心配してるんだ…というような呆れ顔で、宰相は続ける。
「ジャスとサリー。
魔族を含めた人類を滅ぼさんとするこの二人を、この大陸全体の「敵」と定める。
これより後、彼らとの「戦争状態」に移行することを、魔皇帝の名において宣言する―――
と」
◆
時を、やや遡る。
魔大陸がゴタゴタしていることを聞いた俺は、とりあえずカウラへ向かった。
ピリつくカウラ城の廊下を抜け、ケヴィンの部屋にて
「よう!
闇落ち回避に成功した、召喚されし者ことベニッピー。
ただ今帰還いたしましたぜ!」
ビシッと敬礼した。
こいつの事だから、ウラリーみたいに気に病んでるだろうと思って。
先に戻ったイズナ達に聞いて、彼ももう事態は把握しているはずだから。
で、その敬礼された本人はというと―――
ソファに、ぐでっと伸びていた。
「お、おい...大丈夫かよ...」
「―――大丈夫ではない。
色々なストレスと罪悪感で、もう無理だ。さらば」
やばい、基本的に冗談を言わないケヴィンがジョークを言っている。
これは大変だ。
「罪悪感ってのは大体想像つくけど、謝らんでいいからねー。
もうサイラス王にも召喚師のクライフにもウラリーにも謝られて、それに関してはお腹いっぱいだから。これ以上食ったら吐く」
「では一言だけ。
知らなかった事とはいえ、申し訳なかった」
「おう、気にすんな」
ため息をつきながら、ケヴィンは身体を起こした。
「もしおまえが戻ってこなくても、おれに何も言う権利はなかったからな。
今も言う資格はないが...敵にならなくて、良かった」
彼にそう言ってもらえて、俺も良かったと思うよ。
「サイラス王は無事か?」
尋ねると、ケヴィンは再びソファに沈んだ。
忙しないな。
「無事、ではある。
あるのだが...その事で、どうしたものか……」
聞くと、サイラス王が無事のままだった事が問題だったようだ。
なんと驚くべきことに、グレン・マグワイア――ラフキン支部の建物で、怪しげな会話をしていたケヴィンの同僚――が、裏切っていなかったらしい。
マグワイアは、ラフキンの連中が怪しげな動きをしていることに気付いており、彼らの動向を探るために出世欲の強い裏切り者のフリをして、懐に潜り込んでいたのだ。
――したはいいが、「サイラス王を毒殺してこい」と言われイヌサフランの毒を渡された。
ちなみにこの植物から抽出した毒は別名「死のナンタラ」と呼ばれる、非常に苦しみながら死に至る恐ろしい凶器だ。
当然、言われるままに使うわけにはいかない。
マグワイアは彼らを、王を直接襲撃する方向に持っていこうとしたが、ケヴィンを中心とした城全体が密かに警戒を始めてしまった事もあって、それは叶わなかった。
渡されてしまった以上、いつまでも使わないでいる事もできない。
今、彼が実は裏切っている事がラフキンの連中にバレてしまったら、次こそもう打つ手がないからだ。
困ったマグワイアは咄嗟に他の良い案も浮かばず、毒をすり替えて使うことにした。
同じ症状の、とても弱い毒ーーつまり、俺が鑑定した時に出た結果の「スイセン毒」。
これを少しずつ摂取し続ければ、しばらくの間はイヌサフランの中毒症状に見せかけられる。
その間に、なんとか打開策を見つけようとしたようだが...。
結局彼一人では良い案が浮かばずに、二人の同僚――ケヴィンと「ダリール・ハイアット」に、全てを打ち明けてこっそりと泣きついた……という。
「なんだろ...なんというか...
不器用でかわいいヤツ、だな?」
「何でも一人でやろうとして失敗するのだ。
裏切っていると聞いて、不審に思ったのだが...」
やはり違ったという訳か。
イズナと俺で天井裏から様子を伺った時は、本心は思考の表に出ていなかった。必死になりきっていたのだろう。
...うん。愛いヤツじゃないか。
悪役の後輩として、ここは―――
「よっし。カウラも含めて、全部まとめて掻き回そう!」
「どういうことだ?」
ケヴィンに、ニヤリと笑いかける。
「その程度の問題が、些細なことだと思えるように。
もしくは、全て俺たちか魔皇帝のせいだと思わせるように、持っていくんだよ!」
◆
この前の会議で、俺たちは考えたのだ。
「ちまちまと認知度を上げるよりは、誰か発信力のある者に協力してもらおう」と。
そこで目を付けたのが「魔皇帝」ヴィオラである。
魔大陸は今、内部に反逆を企てる者がいてゴタゴタしている。
ならば―――
「―――なるほど。最終的な目的は理解した。
その過程で、魔大陸でクーデターを企てる者に、そなたらの「贄」となってもらう。
こちらは彼らを直接手を出さずに片付けられるメリットがある代わりに、大陸中の魔族を結束させ、戦争宣言を出す...ということか」
魔皇帝ヴィオラは、おもしろそうに顎に手を当てた。
ここは、魔皇城にある隠し応接室。
魔皇帝と宰相、俺、サトリ、イズナ、レイラ、そして両者を取り次いでくれたケヴィンが長テーブルを囲んで交渉をしているところである。
こんな偉い人に簡単に会えるか不明だったのだが、実にすんなりと会談まで進んだ。
「ラフキンを中心としたいくつかの王領で、不穏な動きがあるのは掴んでいた。
丁度そろそろ一掃しようかと考えていたところだったからな、非日常イベントを起こしてバタつかせ、密かに反逆を促進してやるのもいいな」
ヴィオラは楽しそうに話している。
こんな軽いノリでいいのだろうか。
...いっか。こっちも合わせよう。
「なんだったら、ヴィオラさんに死んだふりでもしてもらえれば、まだ決めかねている連中もうじゃうじゃと食いついてきそうだな」
「それも手段の一つよな。効果絶大な分、後に引けないが...その案は、大事に温めておくとしよう」
フフフフフ……
と、二人して悪い顔で頷きあう。
「よし。では、手を結ぼう。
改めて―――ヴィオラ・ハルトマンだ。よろしく」
彼女が立ち上がって握手を求めてきたので、それに応える。
「ありがとう。
ベニッピー・ジャスパーだ。表の名は「ジャス」で」
「わたしも、「ジャス」と並んで「サリー」として表に出るわ。
サトリよ、よろしくね」
サトリとも握手を交わしたところで、今度はレイラとイズナが立ち上がる。
「いたいけな一般市民代表、そして皆の希望「勇者」としてジャスとサリーに立ち向かう、レイラ・コーニングある」
「消極的だけど勇気を奮い起こして立ち上がる臆病な人類代表、イズナ・ハリットです」
「こいつも勇者あるから、よろしく!」
真面目な顔をしていた宰相さんが吹きだした。
「ふっ、ふふ……了解しました。
最重要秘密事項ですね。そのように取り計らいます」
「ありがとう。 あ、それと...
今日は来ていないけど、トニーとオライって仲間もいるわ。
その二人もそのうち表に出る予定よ」
「そうだった。オライは伝令として、ひょいひょい現れるかもしれないから、覚えておいてくれ。
ちなみに悪魔な」
サトリがガルたちの事を付け足してくれた。
忘れてたわ。偉いな。
さっきから静かに笑いっぱなしのヴィオラは、表情を引き締め――ようとして失敗し、諦めたようだ。
「悪魔とは、対立したのではなかったのか?」
「あいつが物好きなだけだ。他の悪魔は基本的に全員敵だよ」
まさかオライみたいな変わり者、もっと増えたり―――しないよな?
黙って話を聞いていたいたケヴィンが、問いかけてくる。
「カウラに駐在しているラフキンの者も、その一環で始末してしまおうという事か」
「ああ。そのためにはお前たちに、奴らが矢面に立つように引っ張り出してもらわないといけないけどな」
グレン・マグワイアがいるから大丈夫だろう。
ふと何かを思い出したらしいヴィオラが、悪戯っ子さながらの声音でケヴィンに爆弾を投下した。
「エルランジェよ。この際だからバラしてしまうが、そなたの同僚のダリール・ハイアット。
やつは、私が各王領に放った手の者の一人だから、よろしく言っておいてくれ」
「なっっ...え、ダリ...えっ―――!?」
あら、なんて可哀そうなケヴィンよ。
今まで一番の驚愕の表情で狼狽えている。
俺は「ふーん」という感じだが、彼にしたらそりゃあ仰天するだろう。
実はサトリが猫でした――くらいには驚くぞ。
「継続して潜らせ続けるから、内緒だぞ」
「は...り、了解、いたしました...」
まだ呆然としながらも、ケヴィンはなんとか答える。
そのダリール? みたいな者があちこちの重要ポストに潜んでいるなら、クーデターの詳細まで筒抜けだったでしょうとも。恐ろしや。
もう少し詳しく話を詰めた後に、魔皇城をあとにした。
帰り際、ヴィオラが
「戦いになったら魔族の中でも手練れをぶつけるから、あっさりやられてくれるなよ?」
と、脅かしてきた。
おう。
あっさりと上手く退場するしかないな。できるかな...。
城の中を抜けて外に向かって歩いている時に、色々な面白いものを見た。
動く階段、動く部屋、魔力で動く清掃ロボット。
水が逆流している噴水、何故か悠々と闊歩している巨大な野生動物、中空を漂いながら飛んでいくクッキー。
来るときは交渉の事で余裕が無かったので、よく見ていなかった。
「すっげー面白いな、この城!」
「あまり役に立たない物は、全て陛下の趣味ですよ」
外まで送り届けてくれるらしい宰相さんが、苦笑しながら教えてくれた。
宰相本人が直々に案内役をしている客人―――つまり俺たちを見て、周囲の者たちが「誰だろう」と好奇の目で見てくる。
その視線に居心地が悪そうに肩を竦めながら、イズナが心配そうに呟く。
「僕たちの組み合わせを覚えられたら、いつかバレそう...」
「むしろ覚えてもらうあるね。イズナは怖がり過ぎある」
レイラがフンと笑う通り、今の俺とサトリは全く悪っぽくない恰好である。
二人とも白い着物と薄い色の袴を身に着け、俺は髪を金髪に変え、見た目は完全に少女だ。設定は「勇者の仲間」。
「見かけだけなら大丈夫だろうけど、気配で覚える人も居るから」
「そんな奇特なのは滅多にいないから堂々とするね。アンタはもっと自分のレアさを自覚するある」
そのやり取りを聞いて、自然と笑みが浮かぶ。
戦闘中は別だが、イズナは少し心配し過ぎで、レイラはやや楽観的過ぎるところがあるんだよな。
足して二で割って丁度いいくらいなんだが、よくも上手い組み合わせで集まったものだ。
冒険者、か。
まだ動き出していない今は、明確な強敵も居ないし、味方――というか協力者も少ないが...
「二人はさ、知り合いとかに...敵・もしくは味方になってくれそうな者の心当たりはいないか?」
そう聞くと、彼らは同時に動きを止めた。凸凹のくせに息ピッタリだな。
「―――ヒトじゃないあるが、一つ、思いっきりあったある...!
確実に敵対してくれる、巨大な組織が...!!」
「そうだった……! 彼らは、ホワイトな組織でいるために、そこからはみ出した所属者を許さない。
そのために、犯罪歴の確認もするのだから...」
お?
犯罪歴――というと、まさかアレか。アレそのものを敵にするということか。
げっ......
「人類の敵を宣言すれば、絶対に彼らが出てくるある! 世界規模の危機に対処する義務があるから!」
「ベニッピー君、それからサトリさんも普通に登録したんだよね?
冒険者ギルドで」
「お、おう...」
「したわね...」
しましたね、二人ともロルカのギルドで。確か、偽名で。
「なら。名乗って騒ぎを起こせばいずれ、登録場所のギルドを中心にして、手練れの冒険者が派遣されてくるある!」
「良かったね。敵には困らないよ。なにせ―――」
もう、言われずともわかる。
苦笑して、先に言った。
「ああ。血気盛んな、荒くれ人類連合が...一丸となって、相手になってくれるんだろ?
レイラとイズナは、嬉しそうに頷いた。




