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金魚戦記  作者: 悠布
3章 南橘北枳
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71話 彼らに支配?されつつある恐怖を

 魔大陸の中央部に存在する、皇都ノア。

 その中心には魔皇城が聳え、大陸でもトップクラスに広い城下町が広がっている。


 ここ1,2週間ほど、城前の広場には毎日のように民衆が詰めかけていた。

 彼らは皆一様に、城に不満と非難の目を向けている。


「皇帝陛下! 北方地方にもっと目を向けてください!」

「全く支援をしないと聞きました! なぜなのですか!」

「食料は値上がりし、生活もままなりません!」

「皇帝交代を望みます!」


 城の職員が時々出てきて宥めるだけで、皇帝本人はまだ一度も姿を見せていない。

 

 そして人々の不満が募りゆく中、それ(・・)が唐突に、城の上空に顕現した。


「うっせぇなー、いいじゃねぇか別に。

 そのうち死ぬんだし」

「ここでキャンキャン吠えてる連中はまともよ。

 ダメなのは…知らんぷりしてカサカサ早足に通り過ぎる、あの辺のゴキブリね」


 宙に浮かんで現れたのは、二人の子供。

 彼らは事前に用意でもしていたかの如く、すらすらと楽しそうに口汚い台詞(せりふ)を吐く。


「だな。人任せの生き方、正に害虫」

「見つけ次第、駆除しないと」

 

 一人は、10代半ばくらいの黒髪の少年。虹色に輝く透き通る羽を背に持ち、少女にも見える中性的な顔立ちをしている。

 漆黒の流麗な戦装束を身につけ、その上からは袖の大きいローブのような上着を羽織っているようだ。

 彼は右目に掛けた片眼鏡(モノクル)越しに朱色の眼を細め、民衆に視線を走らせると、ニヤリと笑う。


「とりあえず、そこのお前。死ね」


 気軽に指差した先を歩いていた一人の男が、その瞬間にばたりと倒れた。

 連れの仲間がギョッとして揺さぶり起こそうとするが、すぐに青褪めて手をひく。


 本当に、死んでいた。


「てっ……てめぇっ! 何しやがる!」

「聞いてなかったの? だから駆除よ」


 答えたのは、少年よりも年下に見える白髪の少女だ。

 ブリム(ひさし)の広いキャペリン(女優帽)を被り、豪奢な黒いゴシックドレスに包まれた彼女の背からは純白の翼が生えている。

 可憐な顔立ちを銀の扇で隠しつつ金の虹彩(ひとみ)(きら)めかせ、少女はコロコロと笑った。


「ねぇ、知ってる?

 ここ2年くらいで、世界がガタつき始めていること」


「あっ、当たり前だ! そのせいで、食糧難やら疫病やらでまさに今困ってるところだ!」

「それが何だっていうのよ!?」


 人々は、未知の存在に怯えながらも言い立てる。

 突然現れて訳の分からない事を言う子どもの横暴を許してはならない。


 だが、白い少女は、無邪気に微笑んだ。


「それ、ぜーんぶわたしの仕業(が原因)よ。

 ヒト、嫌いなのよね。

 だから滅ぼそうと思って」


 黒い少年も、いとも気軽に頷く。


「俺もヒトが嫌いだ。

 他者の命を踏み躙ってでも、自分が楽に生きるのを優先する奴のなんと多いことか。

 だから滅ぼすぜ」


「あいつと、そいつと、…そこのあいつも特に嫌いね。

 さようなら」


 少女がほいほいと指差した先の人物が、次々に倒れ伏して死んでいく。


 正に、死神。


 理解不能な現象に、民衆が凍り付く。

 目を付けられたら殺されるかもしれないから、逃げ出すこともできない。


「どうした、種が滅亡してもいいのか?

 かかって来いよ。

 正々堂々とくる奴は、正面から相手してやるぜ?」


 硬直した人々の反応を見て、少年は不満そうに眉を(ひそ)めた。


 彼らの内心は揃って「そんな…無茶言うな!」である。

 もし本当に、謎の死神のような力を使われなくたって、誰がこんな恐ろしい奴らに向かっていけるというのか。

 

 どうしたらいいのかわからずに、ある者は隙を窺ってこの場を脱出しようと、そして別の者は諦めかけたその時。


 民衆の中から、一人の少女が飛び出した。

 

 どうやら魔族ではない彼女は、武器も防具も持ってはいない。それでも震える声で、懸命に言い募る。


「ほ…滅ぼさないでほしい…。か、かかっていけば、言うことを聞いてくれる…の?」


 上空の二人は面白そうに少女を見やり、頷いた。


「そうだな。人類皆殺しにするのは楽なんだが、それじゃあつまらない。

 全員で団結して刃向かってくるなら、遊んでやろうと思ってな」


「別に、バラバラで向かってきてもいいんだけどね。

 でもサボっている奴は見つけ次第、サヨナラね。

 遊んでくれないヒトなんて、生きている意味がないもの」


 とても子供らしい無邪気な表情で、邪悪なことを言う。

 そのアンバランス(奇妙なチグハグ)さが、恐ろしい。


 少年は背後の魔皇城を振り返り、また人々に視線を戻した。


「せっかくここまで来てやったんだ。この城の主に伝えておけ。

 最初のメインターゲットは、この大陸だと」


 地上の少女が、その言葉に顔を引き締めた。


「...魔族の()がある…か。わかった。

 ――黙って滅ぼされるわけにはいかない…。みんな、行くあ…行くよ!」


 ドワーフ族らしき少女は、民衆を包むように初歩的な結界を張り、自らも敵二人に向かって風の魔法攻撃を放った。


 それを余裕で躱しながら、白い少女が炎を放つ。


「そうこなくっちゃ!

 ...ほら、ちゃんと正面から相手してあげているでしょう? もっと遊びましょ!」


「あれ? …おかしいな。これだけ居る魔族の大人たちが、誰ひとり続いてこない...。

 腰抜けめ。死にたいんだな? ――わかった」


 黒い少年が馬鹿にしたように鼻で笑い、民衆に再び指を向ける。今度は無差別に。

 

 

 それを見て、ついに人々にスイッチが入った。

 ―――奮い立つ勇気ではなく、逃亡に賭ける根性のスイッチが。


 最初の一人が悲鳴を上げつつ背を向けて駆け出そうとした時、そこに風のように現れ、その者をパカンと張り倒した素朴な服装の青年が一人。


 一瞬静まり返った民衆に向かい、彼は…本気で震える声で告げる。


「だ……駄目だ、今逃げては。ぜっ、絶対に!

 今、逃げたら、負けなんだ!」


「そうだ。逃げられたら困る。立ち向かってきてくれないと」

「違うでしょ、コイツらが困るのよ。

 ―――もういいわ。穀倉地帯に、長雨でも降らせてやるから」


 その言葉に、ピクリと人々が反応する。

 恐怖、怒り、決意の表情で口々に叫ぶ。


「そ…それだけはやめて!」

「くそっ、この外道のガキが!」

「う…うおぉ、もうやるしかねぇっ!」


 今度は本当に、やる気スイッチが入った。


 魔法が得意な者は、最初に立った少女と合わせて攻撃を試みる。

 物理系が得意な者は、持っていた武器を投げつけたり、直接彼らの近くまで羽ばたいて接近する魔族もいる。


 それを見て嬉しそうになった表情を隠しつつ、黒い少年はできるだけ全ての攻撃を受けて回る。

 全く傷ついている気配は無いが、それでも、


「おぉー、効く効くー。やべぇな、痛ってぇ」


 ――と、本人は述べている。


 馬鹿にされたと感じたのか、人々の攻撃が苛烈になる。

 それに合わせて敵二人も、少しずつ攻撃の手を強めていく。


 なかなか良い感じの戦闘状態へと移行した頃、ついに戦局が動いた。


 人々の元へと、強力な助っ人が駆けつけたのだ。

 これまた魔族ではない蒼い髪の青年はその場の状況を確認すると、問答無用で烈風の攻撃を放った。


 大量の氷のカケラを内包するその突風は、避ける間も無く上空の敵を巻き込んで、勢いの衰える気配もなく天へ突き抜ける。


「ば...ばーいばーい、キィィィン……」

「まっ、また来るわ! その時はもっと遊んでよね!」


 と、捨て台詞を残しながら、謎の邪悪な子供二人は遥か空の彼方へと消えていった。


 

 民衆はしばらく呆然としていたが、徐々に我に返る。


「......あ」

「お…追い払えた、のか……?」

「そうね…! 倒してはいないけど...!」


 人々の顔が、明るくなっていく。

 そして犠牲になった者を確認して、首を傾げた。


 死んだ彼ら数人は全て、街の厄介者だったのだ。

 いつも犯罪を働き、性根も悪く、質の悪いヤクザのような連中。


「ラッキーだったな。運悪く狙われた連中が、あいつらで」

「ええ、たまたまでしょうけど」

「それより、あの少女と青年二人は…どこへ行った?」


「...あれ?」



 彼らに勇気を与え、勝利へと導いてくれた3人は、忽然と姿を消していた。



       ◆



「せ――成功したか?」

「ええ、初めてにしては上出来だったと思うわよ!

 ちょっとあんた、大根役者だったけど」


 魔法使いの青年に吹き飛ばされた勢いのまま空を飛んでいた黒い少年と白い少女―――もとい、俺とサトリは、風にはためく衣装を抑えながらニンマリと笑う。


「そのうちもっと、上達するだろ」

「そうね。今回は少し、怖がらせ過ぎたかしらね…?

 イズナがぎりぎりで止めてくれなかったら、逃げられちゃう所だったもの」


 彼女の言う通り、結構危なかった。

 悪役初回なだけあって、力加減が難しかったのだ。

 念のためイズナの後続としてオライが隠れて控えていたが、彼の出番はなくて済んだ。

 もっと荒くれ者が集まっている場だったら、レイラの役さえ不要だったかもしれない。

 


「次は冒険者ギルドの前でやろうな」

「ふふっ。油断すると、本当にやられちゃうかもしれないわよ?」


「時々は、本気で負けた方がいいだろう。どうせ毎回、最後にはこそっと逃げることになるんだから。

 いつも吹っ飛ばされて都合良く退場するわけにもいかないし」

「今回だって、ガルも悪役やりたがっていたしね」


 まぁ、水龍(ドラゴン)の姿のガルまで背後(バック)に居たら、少なくとも(たい)一般市民の時は無理だな。俺も逃げるわ。


 徐々に速度を落としかけた時、気づいた。

 大切なことを、言い忘れてきた事に。


「あーー! 名乗り忘れたー!」

「あっ...」


 今頃、結局あいつら何だったんだ? 状態になっているんじゃなかろうか。

 同じ悪役でも、名前のあると無しとではインパクトが違う。


「せっかく名前決めたのにな、サリー(・・・)

「次は忘れないようにしましょ、ジャス(・・・)


 黒っぽい悪の組織に、コードネームは付きもの。

 本名と似ているとか、組織の外部に公表するかどうかは関係無いのだ。


「そろそろ戻るか」

「ええ」


 ヴォルカへと転移した。



       ◇



「お疲れー」

「いぇーい」

「初回成功にカンパーイ」


 ―――と、お疲れ様(反省)会を開いているのは、設立されたばかりの会社の事業部...ではなく、創設されたての悪役組織とその協力者だ。


 取締役、サトリ。 (本業:エマームの守護)

 会長、俺。    (本業:一応VIA所属)

 顧問、ガル。   (本業:ヴォルカの相談役)

 広報部長、オライ。(現本業:時々、神の守衛)


 協力者その1・民衆扇動サクラ、レイラ。(勇者)

    その2    〃   、イズナ。(勇者)


 ちなみに、役職名は超適当。決めた端から忘れる程度には。


 空気会議室にて、今回の反省と今後の対策を話し合っている最中である。


「しっかしほんと、魔皇城前に人が集まっていてよかったよな」

「これで少しは、魔族の一般市民に認知されたかしらね」


 最初にやるべき事は、俺たちの存在を人類にお知らせする事なのだ。


「次はもっと派手に、超怖い感じでいくある。

 下から見てたら、意外と……」

「な...なんだ?」


 レイラが迷うように言葉を切ったので、構える。

 どうやらイズナも同意見のようで、


「か、可愛いというか...邪悪な雰囲気が、足りなかったある…」

「悪くはなかったけど、今のままだといずれ見抜かれそうかかな…」


 ―――がーん。

 結構、全力で頑張ったんだけどな……そうか...。


 しかし、ガルとオライはフォローしてくれるようだ。

 二人とも笑いながら、アドバイスをする。


「その可愛さを逆手にとればいいと思うよ。もう少し言動がワルっぽくなれば、クレイジー方面に振り切れる」

「そうです。無邪気に遊ぼうとする死神として、もっと狂気を感じさせるのです!」


 リアル悪魔に、狂気の死神になれと言われてしまった。



「や、でも、ガル…じゃなくてトニー(・・・)もそのうち表に出るんだろ?

 その時はどういう立ち位置でいくんだ?」


 特に可愛い系ではないトニーがクレイジーに振る舞ったら、普通にクッソ怖いだろう。

 あ、いやそれで良いのか。


 すると、ガルは嬉しげに告げた。


ラス(Last)ボス(Boss)

「ラスボスがすぐに表に出てくるかよ!?」


 この前、日本のテレビゲームで見た「ラスボス」なる存在の話をしたら、ガルがその響きを気に入ってしまったのだ。


「せめて引率のお兄さんじゃない?」

「引率の使い方間違ってるぞ!?」


 サトリの案もおかしいだろ。


「気軽に出てくる前座とパシリは...」

「それは私の重要な役どころです。仕事を奪わないでいただきたい」


 そうだった、オライの役割だった。


「もう、謎の存在ってことでいいあるね」

「うん。多分、それが一番怖いはず」


 

 結局、ガルの立場は「謎の青年(もしくは(ドラゴン))トニー」に決まった。

 ラスボスでもあるんだけどな。

 先代神だってバレないようにしないと。


 

 やがて反省会が終わり、お開きになる。

 その最後に、俺は一人で密かに誓った。


 「裏ボスは、俺がやる」


 と。

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