68話 覚 と 送
サトリに、「悪役になる!」を決意した事情を聞くと、グラシャがヒトを滅ぼそうとしている理由が判明した。
なんと、前世の彼女…いや彼女の前世か? の復讐をする為だったらしい。
サトリ曰く。「自分が原因だから、彼を否定する事なく、正面から止めてみせる」のだと。
こりゃあ、ガルが感銘を受けるわけだわ。
俺と目指すところも同じだし、とんとんとダブル主演が決定した。
しばらくエマームには戻れなくなったと言うので、その旨を告げに、一度彼女を連れてあの村に転移した。
今度は俺も姿を誤魔化す事なく堂々と。
狼軍団を前に「留守を頼む。いつ戻るかは不明」と告げていた。
少しだけ前世を思い出した事で、彼女はなんというか――色々と覚醒した。
以前が相当上位の悪魔(?)だった影響なのか、いくつか中々ヤバい能力が発現したのだ。
一つは、時間停止。
これは前にも「あまり役立たない能力が云々…」と言っていた時のものを、完全にモノにしたらしい。
確かに、規格外過ぎて役立たなさそう。
エマームの村が火砕流に呑み込まれる様子を見ていた時、「時間を止めたい!」と強く願ったから発現したのではないかと、本人は述べている。
試しに少し使ってもらったら、予想通りのバランスブレイカーだった。
世界の動き――空気や水の流れ、自分の呼吸や心臓の鼓動さえ停止し、その中でサトリだけが動いているのだ。
こちらの意識はあるが、視線も動かせない。
にこりと微笑んだ彼女が、俺の首筋にスッと手刀を添えるのをただ見ている事しかできなかった。
だがその能力を解除した時、同時にサトリがぶっ倒れた。
あまりにも莫大な魔力消費と、能力制御による精神への負担だったようだ。
修行しないとやっぱり使えませんでした。
そしてもう一つ、新たに獲得した能力は、実に限定的に役に立つものだった。
「魂教導」である。
...なんだろう、女神にでもなるつもりだろうか。
自分に適用する輪廻転生の能力を応用したものだそうで、他者の魂の向かう道を教え導く――という。
天使か? いわゆる天使の役目だよなそれ?
ちょっと何に使うのかわからない…と思ったのだが、全くそんな事はなかった。
リョウタ様を、元の世界に還してくれたのだ。
彼の魂はあと40日ちょっとはこの場に留まっている状況だったらしい。
能力に覚醒しつつそれを悟った彼女は、その場でコダ爺に植物で棺を作ってもらい、局所的な時間停止をかけた。
そして魂にも一緒に入ってもらったのだ。
これで、もし俺が戻ってくるのが遅くなっても、彼を送り出す様を見せて安心させてやれると。
やっぱ神様です。サトリ様。
世界全体の時間を止めるのは凄い負担だが、小さな空間だけなら本人がその場から離れても問題無かったのだった。
地上の、海沿いの崖際に広がる草原に下ろされた棺。
その閉じた棺に絡みつく植物を見つめながら、問うた。
「サトリ、彼と普通に話ができているのか?」
「できてるわよ。自分のせいで、ベニッピーが人類を滅ぼさなくて良かった、って言ってるわ」
「...そうか」
もし仮にその選択をしていても、彼のせいじゃないのに。
原因なんて関係ない、出した結論の責任は全て本人にある。
「ベニッピーがあまりにも昔と変わり過ぎてて、死んでからずっと笑いが止まらないみたいね」
「え!?」
う、うぬぬ……
確かに、金魚からかけ離れ過ぎつつある自覚はあるが…
「とっても誇らしいって。もういっそ、行けるところまで突き抜けてほしいみたいよ」
......。
よし。
「わかりました、リョウタ様。
俺はこの世界で唯一の金魚ですから、どのように変化しても、不審に思われることはないでしょう。
新たな最強種族として、こちらに名を轟かせようかと思います」
近くで聴いていたガルが吹き出した。
「やり過ぎるな、って大笑いしながら言ってるわよ」
「わかってますよ、絶対に押すなよ…でしょう?」
日本の定番ギャグだ。
これを言われたら押すしかない。
棺には、5枚の小さな青い花弁の可憐な花がたくさん咲いている。
それらを指先で撫でながら、重要な事を思い出した。
「あぁ、そうだ。
つけていただいた名前なんですが…やはり、最後まで隠さずに名乗ろうと思います」
考えて決めたことを告げると、サトリに教えてもらうまでもなく――
ふわっ、と、嬉しそうに頷かれた気がした。
...良かった。
サトリが、暖かな色に耀く炎の球を両手の間に抱いたので、俺もそれに炎を載せて、離れた。
ガルが少しずつ、魔法で棺を浮かせる。
「―――もう自分みたいな者がたくさん出ないように、この世界をよろしく、ですって」
罪もなく、理不尽に利用されて殺される者が。
一人でも少なくなるように。
碧い海と空、それからもう一度青い花を見て、しっかりと頷いた。
「了解です。
確かに承りました。ご主人様」
◇
その為にも、まずは自分の力の制御だ。
後から気付いたのだが、俺も結構…ヤバめの能力が発現しつつあるようなのだ。
サトリのような妖怪じみた謎技術ではなく、本気で殺傷力が高そうな危険なヤツが。
...この前さぁ、殺意を向けただけでヒトが死んでいったんだよね。
怖すぎる。何が起きたんだろう。
明確に把握しないと、このままでは不慮の事故で仲間が死にかねない。
それは冗談抜きで最悪の事態だ。
おやつのプリン争奪戦ジャンケンで負けて、「くそぉ」って思っただけで友達が死んだら...
「それは駄目だ!!」
「...っ!?
な、なな何!? ベニッピー君!?」
部屋の壁際まで飛んで行って張り付いたイズナに驚かれて、ハッと今の状況を思い出す。
――そうだ、空気会議室で作戦会議中だった。
長い回想に耽っていて忘れていた。
「や、ヤバいんだ。俺、殺意だけで出力可能な殺人ビームか何かが、目とかから出てるのかもしれない!」
「ええ!?」
「…自分でもわからない新しい能力を、獲得したという事だね?」
「なんで今言うのよ!」
「忘れてたんだよ!!」
そういえばアレを見ていたの、コダ爺だけだったな。
一番深刻そうな表情のガルが立ち上がった。
「扱いきれない力は身を滅ぼす。制御はともかく、その能力の正体を見極めないと。
おいでベニッピー、試してみよう」
◇
彼に連れてこられたのは、龍宮城の牢屋の一部。
ここまで案内してくれたのはジゼルだ。
「この中の虜囚は、死刑実行確定囚です。
ベニッピー様の能力は、苦しませない一撃の殺傷力だと聞きました。
ですから、遠慮なく実験してください」
「わかった」
とは言っても、個人的な恨みの無い連中だ。
まずは出し方からなんだが...
どうしようか。
首を捻っていると、わらわらと着いてきたサトリ達が口々に意見を言う。
「とりあえず殺意よ。「殺す!」って睨んでみたら?」
「いや、案外リラックスした方が、スッと出るかも」
「それでこっちに被害が出たらどうするあるか」
思いつく限り、順番に全部試してみた。
睨んだら失禁する者もいたが、まだ一人も死んでいない。
「アレ、やっぱり魔力を使うものじゃなかったと思う。
魔法を使った時の、魔力が抜け出る感覚がなかったから」
「じゃあ、残存魔力が0でもやろうと思えば使えるあるか?」
「……たぶんな」
何かマズいことを言ってしまった気がする。
―――レイラから、鬼教官と似た雰囲気が漂い始める。
「...サバイバルある!」
◇
ということで今、俺は一人で、暗い洞窟にて凶暴なドラゴンと向き合っている。
魔力ほぼ0の状態で。
あの後イズナとレイラが地上へ戻り、冒険者として依頼をいくつか持ってきたのだ。
ランク7の冒険者が複数名揃っていないと受注できない、危険度の高い魔物退治依頼。
それを俺一人で、ハンデのある状態でやってこいと。
勇者が、下級冒険者に向かって横暴を働いてますよー、ギルドさん。
俺のランクは確か...3だったかな? 4には届いていなかったと思う。
無茶ですよー
と抗議したが、問答無用で赤竜の巣へと放り込まれた。
意味もなく対グレイプニル用の即席チェーンを再び作ってブンブン振り回し、いい感じに魔力を減らしてからな。
使い方おかしいだろ。
1㎤も魔力を無駄にできないので、現在は本来の金魚形態である。チャクラムは飛ばせず、如意棒も持てない。
結界も張れないし、正にサバイバル。
だが今の俺は、「目指せ最強種族」だ。
魔物如きに遅れをとっている場合ではない。
「よっし。俺から謎の能力を引き出す手伝いをしてくれ、赤竜!」
「グギャアオオオォォォ!!」
「あ? すまんが、お前の巣を出て行くことはできない。
何しろ外には、君よりも恐ろしい教官が待ち構えているからな」
「ガアアアアァァァッ!!」
赤竜は炎を吐きかける。
それを躱さずに熱エネルギーを吸収し、驚いた竜に向かって体当たりをぶちかました。
「グギャッ!?」
「あれ? うーん、どうすっかなぁ…」
魔力以外で攻撃するぞ! と構えていたら、思わず身体が動いてしまった。だが体当たりでは意味が無い。
「よし! もう動かんから、掛かってこい!」
そう言ったら、竜は鋭く太い爪を振り下ろしてきた。
げっ。
何か出ろ、なんか出ろ!
と念じたが特に何も出ることなく、普通に弾き飛ばされる金魚。
洞窟の岩壁を削って粉砕して、止まる。
痛いです。
壁にめり込んだままの俺に、硬い尻尾による更なる追い討ちがかかる。
「ちょっ、待っ、」
「ガギャアアァァッ!!」
何度も打ち付けられる尻尾と岩壁に挟まれて、悪戦苦闘…したくても出来ない。
炎は無効化できるが、このままでは打つ手無し…と考えていたら、竜から、練られる魔力の気配を感じた。
なぬ!?
魔力があるのはわかっていたが、コイツ魔法も扱えるの!?
―――ベニッピーは知らない事だが、この赤竜は竜の魔物の中でも上位種である。
そもそも竜という生物は、魔物であるなしに問わず、非常に強力な生き物として知られている。
下位飛竜でさえ、街に1匹でも飛来したら、緊急避難指令が発令される程度なのだ。
戦闘能力の無い一般人などが遭遇したらひとたまりもない故に、ワイバーンですら「見かけたら逃げずに祈れ」と言われている。
つまり、上位のドラゴンは普通に魔法を使えるよ?
ということである。
魔力を練り込んだ赤竜は、無効化される炎熱攻撃とは真逆の…氷魔法攻撃を放ってきた。
先程吸い込んだ熱エネルギーをお返しして氷を溶かす。
だが、俺がやりたいのはコレじゃねえ!
あの謎の即死攻撃の謎を解くのだ!
「――はっ!?
まさか、ヒトにしか発動しない…とかないよな!?」
相手を選ぶ能力という可能性は―――。
ん?
前にアスピドケロンに「放ってみろ」と言われた、龍宮城を崩壊させたエネルギー。
あれも、怒った時に無意識に出た。
怒りのような強い感情が引き金になるのは確定したが、あの時は精妖力と魔力を混ぜて、ヒトではない建物に使った。
やはり、相手は選ばないはずだ。
最近使った方は、魔力をほとんど用いず、前回のをより純粋に抽出した感じだったな。
死に方は、即死。
外傷はなく、心臓麻痺のようなイメージだった。
城崩壊の時は、小刻みな振動からの分解。
石と石の隙間を拡大して、岩壁を一破片ずつ切り離したような―――。
...切り離し?
何か引っかかる。
近い気がする。
その時ふと、天啓が下りた。
サトリがリョウタ様の魂を故郷に送り還した際に、「この世界との繋がりを断つの。そうすれば自然に、帰れる」と言っていたのだ。
詳しい理論はわからないが、なんとなく言いたい事は理解できた。
切断、切り離し。
―――それだ!
気づくと同時に、身体の内側の余計な色が、乾いてヒビの入った塗装のように脆くなっていく感覚を覚える。
なんだコレ。気持ち悪いな。...だが今は、忘れないうちに実践をしなければ。
先程から土魔法を使って壁を操り、俺を押し潰そうとしてくる赤竜を、しっかりと視界に収める。
その、魂がありそうなところを。
脳か、心臓か?
……違う、身体の中心だ。
生命の「核」。
視覚じゃない、ポワーンとした感覚でそれを視る。
こいつの核の色は、火のような朱色だ。
俺の眼と同じ色だな。
もう一つの心臓のように、身体と癒着する魂。
それを包み込むように、魔力ではない何かを送り込む。
そして優しく、そっと―――繋がりを絶つ。
赤竜はピタリと動きを止めると、生命活動を停止して崩れ落ちた。
その衝撃で、洞窟の岩壁から石の破片が落下する。
ついでになぜか自分の核の表面っぽい場所からも一緒に、パラパラポロポロと卵の殻が剥がれ落ちていくような音がする。
できた。
...前は、なんでコレが無意識にできたんだ。感情の力、畏るべし。




