67話 「その日、人類は思い知った 」構想
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濃墨の夜空と白金の満月を背景に、翻る真紅の外套。それを纏うのは、重力を感じさせない身のこなしで巨大な城の頂点にある塔の先端に立つ、黒衣の子供だ。
城下に集う民衆たちを前に、妖精のような羽を震わせ、彼は楽しそうに告げる。
「我の名は、○○。人類を滅ぼさんとする者。
ラフキンの魔族どもよ、手始めに貴様らから、我が神へと捧げる贄となってもらうとしよう」
少年が言い終わると同時に、宵闇を押し分けるようにヌッと彼の背後から現れたのは、深蒼色の龍だ。
龍はその鋭い青緑の双眼を煌めかせ、ゆっくりと人々を睥睨する。
その眼光に彼らが硬直した時、追随をかけるようにして上から舞い降りたのは、漆黒のドレスに身を包み、豪奢な羽織を纏った白髪の少女。その背には、純白の美麗な翼が生えている。
聖女の如き、清廉な雰囲気の彼女の小さな唇から紡がれるのは―――
「あら? 意外と少ないわね。
この程度じゃ、邪龍ニック様の、オヤツにも足りないわよ」
悪魔のような、無邪気な言葉だった。
3名から放たれる重圧に、人々に燻っていた反逆の意志が、みるみるうちに消え失せていく。
「これは叶わない、無理かもしれない」
そんな雰囲気が、小波のように広がっていった。
――その時。
民衆の中から、上空に向かって一筋の閃光が走った。
それは龍の身体の一部を貫いて尚、止まることなく夜空へと駆け抜けてゆく。
不意を打たれた龍の恐ろしい咆哮が、この地に響き渡る。今の一撃が効いたのだ。
―――ヒトは、全くの無力ではなかった。
それを目にした人々の瞳に、希望の炎が灯りはじめる。
……今、反撃をしたのは誰だ?
...我らの救世主よ、何処に!?
閃光が放たれた場所を中心に、民衆が徐々に後退りする。
そして現れたのは、白金に輝く鎧兜を纏った、小さき戦士。
その者からは、溢れんばかりの聖なる魔力を感じられる。
「人類の敵よ。世界が許しても、このワタシ――「光の勇者」レイラだけは、許さないある!」
勇ましい台詞を紡いだのは、鈴を転がすような愛らしい声だった。
民衆の期待を一身に背負い、小さな彼女は再び魔法を放つ。
今度は龍ではなく、悪魔のような子供二人に向けて。
「ほう? 少しはやるようだな、勇者とやら。
だが...これを受けても、まだ同じ事が言えるかな?」
不気味に笑んだ少年が言い終わる前に、漆黒の円盤が何枚も同時に、音もなく高速回転して向かってくる。
白金の戦士は急いで結界を張ったが、少女から放たれた強風に後押しされた円盤の速度には追いつけない。
人々の間から、声にならない悲鳴が上がる。
戦士の命も風前の灯火かと思われたが...
そうはならなかった。
どこからともなく現れた黒衣の青年が、あわやというところで、全ての円盤を叩き落としたのだ。彼が複数同時に放った、短剣で。
「あ、あの方は...!」
「滅多に姿を現さない、「影の勇者」ハリット!」
正に、救世主の救世主。
光と影の勇者が揃ったのを見た市民の顔が、今度こそ溢れた希望に輝く。
「ま、不味い...! ニック神、ここは一旦お逃げを!」
「逃がさないある!!」
にこりと笑って告げたレイラから、溜め込んでおいた莫大な魔力を使用した広範囲レーザービームが放たれる。
彼女を止めようと繰り出される敵の攻撃の数々を全て捌き、完璧な護衛の役割を果たしてみせるハリット。
そしてついに、レーザービームが龍の胴体をしっかりと捉えた。
少年は苦しむ龍とビームの間に慌てて飛び込み、急いで回復魔法をかけつつ結界を展開させるが――もう遅い。
「くそっ、今日はこの辺で勘弁してやる! 覚えてろよ!」
「このお礼は、いずれたっぷりとしてあげるわ。首を洗って待っていなさい」
見事な悪役の台詞を吐き、少年少女は龍を連れて、宵闇の中へと姿を掻き消していった―――。
◆◆
「―――っていうのはどうだ?」
頑張って考えたストーリーを皆に話し終わると、ブーイングが巻き起こった。
「ううっ、なんて恥ずかしい台詞を堂々と言い放つね...! 本当に自分が言ったみたいで、顔から火が吹き出そうある…」
「なんか邪龍、神とか言っているわりに凄いカスっぽいね...食いしん坊みたいだし…」
「滅多に姿を……うっ」
「そういう時期なのは、見た目だけにしておいて欲しいわ」
不評である。
若干ニ名、ややスマンと思うが。
ここは、俺の家の客間の一つだ。空気で満たしてあり、地上の者用の会議室へと変貌しつつある。
この前、
おいら、悪役になる! と俺が叫んだら、
あたいが先だもん!(サトリ)
おいどんもお供に!(ガル) と続き、
ならばわっちが人類の先頭を走って!(レイラ)
うぬらを止めてみせるでござる!(イズナ)
と、なったわけだ。
少し違うが、大体合っている。
そして、その具体的な方法を考えていた所だ。
「じゃー、どうするんだよ。
レイラとイズナもこっち側に来るか?」
「勇者である二人が敵陣についたら、さすがにヒトは絶望すると思うよ」
ガルがおかしそうに笑う。
確かに。
さっきの想像ストーリーで、二人があの場で寝返ったら――ダメだ、完全にオーバーキルだ。奮い立てない。
「あ、でもさ。他にも勇者っているんだろ?
その称号が無くても、結構強い冒険者は多いって聞いたぜ」
前にオライも、同じような事を言っていた気がする。
ニンゲン、ツヨイ…コワイ…って。
オライで思い出した。
あの後何があったのか。
アマビエと会って道を決めた後、ジェダイトに告げた。
「俺は、ヒトを滅ぼさない。滅ぼしたくなるような性根を消し変えてみせる。
だからジェダイト、グラシャに伝えてくれ。
お前たちがヒトを滅亡に追いやるのが先か、俺がその心根を変えるのが先か、勝負だと」
翡翠色の眼を正面から見て、言う。
もしかすると、こいつにこの場で抹殺されるかも……と思ったが、大丈夫だった。
彼は呆れたようにこちらを眺めると、背を向けた。
「―――よく言う。本能に従い、表面の態度が変わったところでヒトの本性は変わらんぞ。
無駄な足掻きに終わるだろう」
「そうかもしれないな。だが、もう決めたから」
このまま何もしないか、ヒトを滅ぼすか、ヒトを変えるか。
3択ならば、答えは決まった。
本当にそんなことができるかなんて、その次だ。やってみないとわからない。
結局、ヘルフリートの考えと少し似たようなところに落ち着いたわけだ、俺も。
こうして、怒りのままにジェダイトに飛び乗って始めてしまった短い旅は、無事に終わりを告げた。
それで自宅に戻ったらサトリとガルがちまちまと悪役仕度をやっていて、イズナとレイラがとりあえずカウラに戻った事を聞いた俺は、リビングで寝ていたコダ爺を連れてアルゴスに転移した。
「アルゴスじゃあぁぁぁーーっ!!」
「おう、おかえり爺さん」
「結構遅かったですね」
わらわらと出現したノーム仲間に出迎えられたコダ爺は、嬉しそうにマダコを掲げる。
「それで、神はどうなってたんだ?」
「おぉ、見事に鎖で拘束されて、仕事ができない状況になっとったぞい」
なぜかふん反り返るコダ爺。
小さなノーム達は目を輝かせて土産話をねだる。
「それを解放できたのですね!?」
「ばっちりじゃい! ただその途中、ベニ坊が一瞬敵方に回りそうになったくらいじゃな、アクシデントは」
「ええっ!?」
と、楽しく紛糾した。
帰り際、上機嫌のコダ爺に
「しばらくアルゴスパワーを補給したら、また旅に出るのもいいのぅ」
と、おそらく協力承諾(?)をいただいた。
また何かあったら、ここに来よう。
次は精霊軍団を率いて―――というのも面白そうだな、と思ったのだった。
続いて、フェンリルの事である。
家に帰ってからすぐに、サトリとガルと一緒にまた神さまの仕事場に戻った。
殺人現場の惨状はありがたいことに綺麗に片づけていただいたが、あと2つ、やる事が残っていたからである。
一つ目は、鎖の完全切断。
鎖で繋がれた椅子からは自由に動けるようになったものの、今のところグレイプニルを断ち切れるのは俺の即席チェーンだけ。
今度は急ぐ必要がないので、慎重に切断した。
時間がかかった分、何度か魔力が枯渇して、一度に全てというわけにはいかなかったけどな。
また悪魔に何かされないようにと、立てられていた見張りはオライであった。
彼はネビロスの参謀のような立場でプランを立案していたらしく、「そんな上に一人で見張りもできねぇような奴を信じられるか!」と皆に脅されたらしい。
結局、仕事はやり切ったようだった。
リョウタ様をエサにするという策を考えついたのはおまえか?
と、かなり厳しく追及した結果、彼はその部分ではシロだと判明したので、晴れてこちらの仲間入りを果たした。
良かったなオライ。
少しでも関与していたら、命はありませんでしたよ。
ジェダイトとグラシャはまだ自分一人の手には余るが、今の俺ならオライ程度は片づけられるからな。
神のフェンリルなんだが、やはりガルが張っていた結界が消えたせいで、鎖による拘束力が上がってしまったようであった。
そもそもグレイプニルは昔、暴れていた彼を一時的に抑え込むためのものだったらしいのに、長期間に渡り何本もの鎖で封じられたせいでかなり弱ってしまっていた。
神がまともに天地の管理・調節をできない。その影響で今現在、世界は―――
氷河期に惑星温暖化が訪れて、台風が同時多発してプチ隕石が衝突しまくっているような状態になっている。
さらに悪魔達が疫病を広めたり天候を弄ったり、密かにヒト内部に混乱を巻き起こしたりしているのだ。
俺がこの世界に来た頃は既に色々と狂っていた上、酷い影響を受けている場所で自分がずっと暮らしているわけではないので、あまり実感はできないけどな。
だが、一言で言うなら「混沌」らしい。
このまま手を打たなかったら、本当にじわじわと人類滅亡しそうな状況であった。
え、俺とリョウタ様が召喚された意味、マジでなくね?
どうしてくれんの?
それだけ、今回の悪魔が用意周到だったという証明にはなるのだが…。
勝手にこっちに連れてこられて、大切なご主人を殺された以上、好きにやらせていただく。
冷静になって考えれば、それを仕組んだ悪魔に俺が協力してやるはずが無いではないか。
怒りで理性が吹っ飛びかけている直後の俺にかけた博打かよ。数時間、刺激せずに頭を冷やさせてくれたジェダイトに感謝だな...ん?
......。
よし、わからない事は後回しにして次にいこう。




