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金魚戦記  作者: 悠布
2章 家書万金
67/92

66話 結

「今はどこに向かっているんだ?」


 青い空に浮かぶ白雲を見上げながら、バハムート(ジェダイト)に聞く。


 最初は現在地がどこだか知ろうとしたが、すぐに止めた。

 知らない方がおもしろいからな。


「どこに行きたい」

「やっぱり決めてなかったんかい!」


 ガクッと脱力した。


「...じゃあ、パレンシアの中央にある山岳地帯に」

「わかった。そこに行こう」


 少しだけ方向転換した。



 海を越えて平地を過ぎると、やがて見覚えのあるゴツゴツした山脈が視界に入った。

 その山間に、降り積もった火山灰で変色したエリアがある。

 中でも一番変色の濃い場所に、禿げた山肌と、その上の小さな集落が見える。エマームだ。

 以前には無かった、白い煙を立ち昇らせる水色の池もあるな。温泉が湧いたのだろう。


 村と、サトリの住処を指し示す。


「この村だ。近くの…あの岩山に降りてくれ」

「...以前、通過したことのある場所だな」


 特徴的な岩山は、彼も覚えていたようだ。


「お前が通った時、ここで眠ってた俺とサトリは安眠を妨害されたぜ」

「確かにあの時は、ひと際殺気立っていたからな。昨日のおまえほどではないが」


 うるせぇ、誰のせいだと思ってるんだ。


 俺を下ろして去ろうとするジェダイトを呼び止める。


「待て。お前も行くんだよ」

「...オレが居たら、不都合だろう」

「いや、むしろ好都合だ。いいから来い」


 渋る彼を人化させ、村の入り口に共に降り立った。

 俺は髪の色を変え、フードのように布を被っている。これなら、誰だかわからないだろう。



 ジェダイトを伴って、トコトコと村に入った。

 すげー怪しい二人組に見えるはずだが、特に不快な視線は感じない。


 真新しい小屋の陰で何か作業をしている村人に、背後からそっと声をかける。


「失礼。この村に、温泉があると聞いてきまして...なにか、軽く楽しめる場所などはありますか?」


「おう、ありやすぜ!

 そこの道を進むと、温泉卵を茹でられる店が二つ。さらに向こうの突き当りを左に曲がった先の公共浴場の前に、無料の足湯が一つ。

 もっとあったっけなぁ...?」


 親切に振り向いて答えてくれたのは―――げっ、こいつ知ってる。ええと名前は...サムなんとか。サムソンだ。


 布を被りなおしながら、お礼を言う。


「ありがとうございます。ところで、私の連れの()――実は嫌われる呪いがかかっているのですが、嫌な感じ、します?」


 ズバッと聞いてみた。

 ジェダイトから殺気が飛んでくるが、無視、無視! いや、でも怖ぇぇ!!


 ガクブルしていると、サムソンは不思議そうに首を傾げた。


「こんな辺鄙な村にわざわざ足を運んで立ち寄ってくれたお客さんを嫌う理由はねえよ。

 嫌な感じ? ―――いやぁ、わかんねえねぁ...」


 固まったジェダイトから、ほんの僅かに動揺したような空気が漂う。


「嘘をつ―――」

「君は黙ってなさい!」


 サムソンにペコペコとお辞儀をしながら、彼の背を押してその場を離れた。

 教えられた道筋を歩く。



「嘘じゃないことくらい、お前ならわかるだろう」

「......。」



 サムソンに教えられた、公共浴場とやらにやってきた。

 言われた通り、建物の前に広くて開放的な足湯が設置されている。


 よし、浸かろう。存在は知っていても、日本では楽しめなかった温泉。

 金魚は水分が大好きなのだ。クジラだってそれは同じはず。


 靴を脱いでズボンの裾を捲って(ヴォルカの着物一式は着替えた。見た目(血痕)が不穏だったから)、薄く湯気の立つお湯に足を伸ばす。



 ―――え、何をのんびりしているのかって?

 エマームは特別ですから、ヒトを滅ぼすことになってもこの村は残しますよ。

 サトリちゃんが悲しむじゃないですか。


 それくらいの冷静さは取り戻しているのだよ。


 

 横で硬直しているジェダイトをせっつく。


「何してんだ? クジラよ。目の前の水分が見えんのか」

「この、強烈な硫化水素の臭い―――何故、わざわざ毒水に寄っていく...?」

「ヒトって不思議だよなー。

 心配なら結界張れよ…まあ、それじゃあ匂いもお湯の質感も楽しめないけどな」


 漫才のようなやり取りを、周囲で同じように足湯を楽しんでいた住民の皆さんが、笑って見ている。


「兄さん、温泉は初めてか。大丈夫だよ、ちょっとなら毒にならないから」

「つるつるスベスベになるから、少しは肌も溶けているけどね!」

「しっかし坊や、クジラとは面白い例えをするねぇ」


 ここでも聞いてみよう。


「あの。この()昔、悪い魔女に「ヒトに嫌われる呪い」を掛けられちゃったんですけど...どう感じます?」


 ぎゃぁ、再び殺気が。

 だが、さっきよりは弱い。


 冗談を言うように軽く問いかけたら、皆さんは柔らかくも盛大に笑った。


「何も感じないなぁ。もう効力切れてるんじゃないのか」

「ヒトを嫌う呪いじゃなくって? あはっ!」

「おれはカエルが嫌いだから、カエルに嫌われる呪いを掛けられたいなぁ!」


 誰も彼も、冗談だと思っているようだ。


「...だ、そうですよ。兄さん」

「......」


 彼は無言のまま、足湯に片足を突っ込んだ。





 エマームを出て、また空を飛ぶ。


「―――なぜ、オレをあの村に連れて行った?」

「さあな。良い所だったろ? サトリ…白い狼の()が守っている村なんだ」


 なんでだろうな。

 ただ、なんとなく試してみたくなっただけだ。


「さて。後は、お前のおすすめの場所にでも連れてってくれ」


 

 

 そしてさらにいくつかの、まだ行ったことの無い街や村に立ち寄った。

 コイツ(ジェダイト)、不思議なことに意外とヒトの街の位置に詳しいんだよな。

 ヒト嫌いな割には、全く暴れないし。本気で不快な連中と遭遇した時には、静かに瞬殺していたけど。

 その理由も薄っすらと予想がついてきた。確信は持てないけどな。


 今度は、昨日の夜みたいに自分が当事者になることなく、彼らの生活を観察した。

 これが結構おもしろかった。


 小さな貧しい村の住民と、大きな豊かな国の住人では、性格や犯罪率、ヒト同士の態度などが違ったのだ。

 

 最初は、余裕の無い暮らしをしている者の方が恵まれていない分、色々と劣っているんじゃないかと思っていた。

 だけど、逆だった。

 なんというか……余裕が無いと、余計なことを考えないせいか――とても真っ直ぐで、真っ当な者が多かったのだ。

 本当に捻くれている者たちは、どこかに余裕を隠し持っている。


 例えば―――

 

 大都市に、肥え太って太々(ふてぶて)しさが滲み出ている金持ちが歩いていた。

 そこへ浮浪児の少年が近づき、スリを働く。

 彼は金持ちの護衛に追われながらも逃げ切り、仲間たちに財布の中身を分け与えていた。

 その仲間の一人を追うと、さらに幼く小汚い浮浪児たちに、僅かな金で食料を買い与えていた。

 

 だが別の仲間を追うと、薄汚い年上の不良青年たちに捕まり、金を巻き上げられていた。

 ボコボコにされていた少年を救ったのは、偶然その場を通りかかった強そうな冒険者だった。

 冒険者は金持ちには見えなかったが、青年たちは暴言を吐きながら一瞬で消え去った。

 


 スリは犯罪だが、今回見ていたのはそこじゃない。

 彼ら全員の、心根だ。

 

 金持ちのデブは、一般市民からいかに沢山の税を搾取するかばかりを考えていた。

 浮浪少年は、スリを働く対象を選んでいた。どれだけスリやすい油断しきった者がボケッと歩いていようと、その者が真面(まとも)そうなら決して手を出さず、捕まれば相当危険であろう悪顔貴族を中心に狙っていたのだ。

 不良青年は、必ず自分たちより弱く貧しい者を狙い、社会的にも物理的にも強そうな者には逆らわなかった。

 冒険者が揉め事に向かっていったのは、正義感からではない。不快だったから、が理由のようだった。


 当然、彼らのような例ばかりではなかったが…

 どこの町や村でも、似たような現象が見られたのは事実だ。


 

 ヒトは、他の動物に比べると知能が高い。

 だが同時に、全員ではないが――生き物に本能的に備わっているはずの…最低限の礼儀(マナー)が欠落しているようにも見える。

 それ故に、恐ろしいほどの弱肉強食社会だ。


 一人一人は、何が違う。どうして、内面に大きな個体差が現れる。

 

 青年と冒険者の違いは何だ?

 ―――自分に自信が無い(青年)は、持てる僅かな力を誇示して確認したいっぽかったな。冒険者はその力の使い方を不快に思ったようだった。


 少年と青年の違いは何だ?

 ―――よくわからないが「誇り」や「プライド」だった。少年は、少しでも真っ当に闘う自分が好きだった。青年は、実は彼らを羨ましく思っていた。


 金持ちデブと、別の街で見た慕われている領主の違いは?

 ―――「上に立つ者は何でもできる」という優越感と、「上に立つ者は誰よりも優れていなければならない」という考え方の違いだったな。これはあんまり参考にならねぇ。


 ...くそ。

 どうして、こんなにややこしいんだ、連中(ヒト)は。


 それぞれが抗うものの違いか?

 


 この世界に来てから目にした、全てのヒトの言動をしっかりと思い起こす。

 そして、脳が動かなくなるまで考えに考え抜いて―――結論を出した。




 奴ら(ヒト)を変える。


 一部を消し去る、丸ごと滅ぼす―――じゃ、ダメだ。

 問題の消失では、永久に解決の道を失う。


 滅ぼしたくなる(・・・・・・・)ような世界と心根(・・・・・・・・)を、滅ぼすのだ。



 ―――ならばどうするか。

 

 全員が等しく抗わざるを得ないような、敵を出現させる。

 生存本能を(つつ)いて、必死にそれ(・・)と戦わせる。

 

 欲望の為なら人も殺せるような連中に湧き起こる余裕。

 捻くれた奴らの、僅かな余裕。

 謎の万能感を抱いている金持ちの余裕。


 圧倒的な脅威でもって、それら全てを吹き飛ばしてやる。

 

 

 全員一丸(・・)となって、かかってこい。

 

 

 俺が、おまえら―――人類の敵を、引き受ける。



 


 最後に、ジェダイトを連れてパレンシアの北端の海岸に転移した。

 彼が出現した気配でも感じ取ったのか、思った通り、アマビエがすっ飛んで現れる。

 俺が一緒にいるのを見た()はぎょっとして、クネクネし始めた。


「あらっ!? あらあらぁん!?

 どっ、どうしてベニちゃんがバハムートとぅっ!?

 あぁん、混乱するわぁ~ん」


「ま、ちょっとだけ色々あってな。

 今日はお前に聞きたいことがあって来たんだよ」


 海中で、横になってくるくる回転を始めたアマビエは動きを止める。


「な、何かしらん……?」

「お前さ、疫病の煙が噴き出した箱を開けた後、どうして責任を取ろうと思ったんだ?」


 当然とは思わなかったが、以前はさほど疑問に感じなかったことだ。

 アマビエはサトリと違って、その地を守護する妖怪とかではない筈なのに。


 すると彼は、そんな事か…というようにホッと息を吐いた。


「そんなの~、罪なきヒトが自分のせいで不利益を被ったら、寝覚めが悪くなるからに決まってるじゃな~~い♡」


 なるほど、な。


「ありがとう、アマビエ」



       ◇



 ジェダイトに俺の選択(進む道)を告げて別れ、ヴォルカの自宅に転移して帰宅すると、客室の一つに誰かの気配がある。

 

 扉を開けたら、中は空気で満たされていた。

 室内では、黒ずくめの服装のサトリが、机に向かって真剣な顔をして何かの作業をしている。

 植物の汁かなにかで、爪を赤く染めているようだ。


 その隣でガルも、同じことをしていた。

 こっちの色は黒だが。


 ......。

 

 怖いんだが。


「なに、してるのかな...?」

「あ、おかえりベニッピー。悪役になるにも、まずは雰囲気よ。形から入らないと」


 結論から話さないでいただきたいぜ。

 

「え、なにサトリ、悪役になるの?」


「そうよ。わたしが世界の敵になるわ。それでヒトの性根を叩き直してみせる。

 そうしたら、バハムートやグラシャと…それからもしベニッピーが向こうに付いても、彼らはヒトを滅ぼすのを躊躇ってくれるんじゃないかと...」


 そこまで言って、彼女はやっと顔を上げ、驚愕の表情を浮かべる。


「―――ベ、ベニッピー!!??」


 俺はオバケか。

 まじで今、認識したの。


「ただいまー」


 サトリは呆然とこちらを見た後、筆を放り出して飛びかかってきた。

 襟元を掴まれ、そっと窺うように下から()め付けられる。器用だな。


「もう、心配したんだから!!

 あんたが向こうに行っちゃったら、パワーバランスが…ちょっと無理だったから!!」


 戦力の心配ね。

 実に、今から世界の敵になろうとしている彼女らしい。


「大丈夫、ヒトは滅ぼさないよ。

 それに偶然にも…俺とお前は、同じ結論を出したみたいだな」


「えっ...まさかーー

 ベニッピー()、悪役になるの?」

「ああ」


 彼女の頭を一撫でし、笑いながらガルを見る。


「お前もなのか、ガル」

「私は彼女の心意気に感銘を受けた、ただのお供だよ」


 ガルも柔らかく笑んで、筆を置いた。


 お供のくせに爪の色から入るとは、そっちこそ見上げた心意気だ。天然かよ。


 ...。

 ―――そういや天然だったわ、二人とも。



 仕方ない、もうこちらも...コイツらにあわせるしかあるまい。


「俺にも黒い服をくれ。

 血が飛び散っても、目立たないヤツを」


「それ、リアルな悪役の台詞(セリフ)だから!」

「いいねぇ、雰囲気が出てきた」


 ならばよし。




 こうして。

 俺たち(・・・)は、人類の敵()になることにした。

2章完結しました。

ここまでお読みくだいまして、本当にありがとうございます!


話の矛盾とかわからない所とかがありましたら、感想欄にて遠慮なく教えてください。



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