63話 解
外に出る前に、コダ爺のところに行く。
彼の足元には、もう誰にも群がられていないリョウタ様。
―――思っていたほど、ひどい状態じゃない。
「コダ爺。教えてくれ」
彼に言わせるのは酷だとわかっていたが、それでも聞いた。
「何、だった?」
「……刃物と魔法、同時じゃな。
―――すまなかった...」
「いや。謝るのはこっちだから」
無理かもしれないとわかっていて尚、それでも彼に頼ってしまったのは俺だ。
今度はネビロスに群がって何やら騒ぎ立てているヒト達のところへ向かう。
俺を見つけたうちの数人が、汚い笑みを浮かべて近寄ろうとしてくる。
風の刃を放ち、無造作に首を刎ねようとしたら、その前に―――相手が死んだ。
切り裂く敵を失った魔法の刃が空を薙ぎ、そのまま後ろの連中の首を落とす。
やっと顔色を変えた他の者へとチャクラムを放ったら、やはりそれが到達する前に、バタバタと死んでいく。
なぜだ? 同じように殺してやりたかったのに。
これじゃあまるで、殺意だけで命を奪っているみたいじゃないか。
面倒で自分に結界を張っていなかったので、こちらに飛んできた血飛沫が服に付着する。
上半身は白い着物だから、赤い色が目立つな。
まあ、どうでもいいけど。
次いで、ネビロスを見やる。
彼女は俺を視線を受け、恐れたように一歩後退った。
さすがに、こちらはあっさりとは死なないか。
でも頑張れば、ヒトのように一瞬で命を奪える気がする。
今は、ドアノブの無い扉を指先で開けようとしているような―――いいや。普通にやるか。
棒を構えると、ネビロスの前にグラシャが移動してきた。
「チッ...」
流石に、今の俺の実力でグラシャは討てない。
どうせ仇には違いないのだから、彼共々ネビロスも後回しにするか。
扉を開けた先の外では、よくわからない事になっていた。
ボノボみたいな悪魔が死んでいて、なぜかサッパリとした顔のオライもいる。こいつを見るの、いつぶりだろうか。
何やらショックを受けたように泣いているサトリと、それを慰めているレイラ。
さらにどうしてかウラリーもいて、イズナは扉の方を向いて警戒していた。
どんな状況だよ。
ツッコミたいが、気力が湧いてこない。
「大丈夫か、サトリ」
「グラシャ、が...わたしのせいで、ヒトを滅ぼそうとしてる、って……」
「そんな風には言ってないある!」
「そっか。俺もそれ、ちょっと興味出てきたから、決めに行ってくるな。
神さまを頼んだ」
「―――えっ?」
レイラやイズナも、ヒト。
サトリが見守っていたエマームの住民も、ヒト。
それを踏まえた上で、見に行く。
色眼鏡を掛けない目で、彼らの実態を。
混乱する気配を背後に感じながら、地上から飛んで上がってきた場所へと戻る。
するとそこでは、ガルとバハムートが睨み合っていた。
「バハムート。先程の悪魔と人間はあっさり通したのに、なぜ私の邪魔だけをする!?」
「キサマだと、本当に邪魔になるからと言っているだろう」
「―――実に的確な仕事をしてるな、バハムート。お前の思い通りになったぞ」
一人で戻ってきた俺を見て、ガルはぎょっとして、バハムートはこちらに向き直る。
「ベニッピー......」
「......悪い」
向こうで何があったかガルは知らないだろうに、何も言ってこない。
俺、客観的に見たらどうなってんだろうな。
彼に目を合わせられない。
ガルの前を素通りして地上に降りていこうとしたら、バハムートに呼び止められる。
「案内してやる。来い」
「―――ああ。頼む」
まだ、この世界には不慣れだからな。
案内役がいた方が都合がいい。
そう考え、漆黒の巨大なクジラの背に飛び乗る。
こうして、俺を乗せたバハムートは地上へと飛び去って行った。
◆
その様子を唖然と見送ったガルトニクスは、邪魔する者が居なくなった以上、兎にも角にも急いで神庭の中央へと向かう。
建物の内部と外部は、混乱状態に陥っていた。
彼を見つけたレイラが、必死に問いかけてくる。
「ヴォルカ王、ベニッピーはどうしたあるか!?」
「―――バハムートと、地上へ行ってしまったよ...何故なのか、全くわからないんだけど...」
そう言いながらも彼は、うっすらと想像がつき始めていた。
バハムートは昔から、完全に頭脳派の策士なのだ。
今回の騒動も、悪魔を利用した彼の策略の可能性が高い。
「それで、フェンリルは...?」
「あっ、忘れていたある! 頼むって言われたあるね……」
レイラは慌てて建物の中へ駈け込んでいった。
本来の目的も忘れるほどの何かがあったのだろう。
今度は、ベニッピーが去った方角を見つめて、呆然と座り込んだままのサトリに問う。
「何があった?」
「―――元はと言えば、全てわたしのせいみたいで...なら、ベニッピーが闇落ちして人類の敵になったら、それも私が原因だわ...」
ショックのせいか、結論だけを述べるサトリ。
精神に効くかは不明だが、とりあえず彼女に軽く回復魔法をかけて、話ができそうな者を探すガル。
室内に入ると、中は凄惨な殺人現場の有り様だった。20名近いヒトの死体が、死屍累々と折り重なっている。
とても、神の仕事部屋の雰囲気ではない。
人間と悪魔、レイラがフェンリルの元で鎖をガチャガチャといじっている。
少し離れた場所では、コダマとイズナが、一人の息絶えた少年の身体を整えていた。
ガルがこの場で仕事をしていた期間も、ここまで混沌とした状況に陥った事態は発生したことがない。
というか、普通に前例が無いだろう。
「誰か、説明してくれ...」
「ワシから話すとしよう。……その前におまえさんは、なぜ今この場におるのかの?」
不思議そうなコダマに、ガルも手短に事情を話した。
バハムートがガルの元を訪れた理由の一つに、建前の「復讐」が少しでも含まれていたなら、当時彼に協力していたリントヴルムのタバサも危ない。
そう考え彼女の元を訪ねたら、強力な悪魔の一人に監視された状態のタバサがいた。
監視を倒して事情を聞くと、何やら悪魔に嵌められてフェンリルの前に連れていかれ、フェンリルが手の出せない状況で人間の子供を残酷に殺すことを強要されたらしい。
その時、二人とも瞬時に打開策を思いつく余裕も無いままに、彼は鎖で拘束されざるを得ない状況に追い込まれたのだ―――と。
それを聞き、急いでここにやってきたら、待ち構えていたバハムートに邪魔をされ、やっと今辿り着けたこと。
「なるほどのぅ。それでベニ坊は、ヤツと共に行ってしまったと」
「はい。―――申し訳ない、止められなかった...」
あそこまで苛烈な感情のベニッピーを見るのは初めてだった。
彼の内心を表すかのように絶え間なく虹色に変色を続ける羽と、返り血を浴びた着物。
それが似合ってしまうくらいの、壮絶な雰囲気。
以前に龍宮城を崩壊させた時は、彼自身も後に「奇襲ではあるが、敵の行いも戦争行動の一つだったと分かっている」と言っていたし、敵を捕らえた後にはすぐに通常モードに戻ったらしい。
しかし、今回の様子は―――はっきり言って、どうなるかわからない。
細く引き伸ばされ、張り詰めた糸は、彼の理性そのものだった。
あれに僅かにでも刺激が加わったら、どう転ぶか。
そんな状態のベニッピーを連れ去ったのが、よりにもよってバハムート。
「まさか、自陣営の仲間を増やすことが、最初から敵の目的だったとは...」
「先程までこの場にいた悪魔の王は、そう決めたのは最近の事じゃと言っとったの」
彼らの足元で、静かに横たわる少年を見る。
「彼は...」
「ベニ坊の元の世界の、家族じゃな」
そしてガルは、全てを見ていたコダマから説明を受けた。
顛末を聞き、頭を抱えて天を仰ぐ。
「ベニ坊が戻ってこなかったら、おぬしはどうする?」
「......。」
手を下ろして腕を組み、眼を閉じた。
「―――敵対しない事を、祈るばかりです」
◆
グラシャ=ラボラスが正体を露わにした後、何があったか。
建物の中から伝わってきたベニッピーの気配に、思わず中に戻ろうとしたサトリだったが、続くグラシャの言葉に凍り付く。
「輪廻転生という言葉がある。この世に生きる全員が可能なものではないが、おまえは―――それを自分で望んで、繰り返しているな?」
彼女は、意識を目の前の男に引き戻した。
無言を肯定と受け取ったのか、彼は続ける。
「そういう者は大抵、さらにその前の生の影響も引きずっている事が多い。記憶も無く、無自覚なままにな」
「それは...ずっと昔のわたしが、悪魔だったと言いたいの?」
サトリは、エマームの地で輪廻転生を繰り返す妖怪だ。
妖怪や悪魔は生物だが、厳密に言うと生き物ではない。
例えばヒトや動物、少し特殊だがバハムートやレヴィアタンは「生き物」だから「神」になれる。
しかし妖怪、精霊、悪魔に「死」という現象は訪れるが、寿命や生殖といった概念は存在しない。そして、「神」にはなれない。
そのあたりの区分けは難しく、正確に把握している者は少ないのが現状だ。
「妖精」であるベニッピーは現在、その中間に位置する存在となっている。
サトリの場合、輪廻の始まりがいつだったのかは本人にもわからないが、数百年の「仮初めの寿命」を持った白狼として誕生し、その一生を終えると、前世の記憶を引き継いだまままたすぐに誕生してくる。
妖怪なのに寿命という概念が存在する、かなり特殊な存在なのである。
グラシャは頷いた。
「今は人化しているが、おまえの本来の姿は狼だろう」
「...そうよ」
「それなのに何故、翼が生えている?」
「......」
本人にだってわからない。
翼は、ベニッピーと霊友になった直後に生えた。
今まで繰り返してきた生の中では、一度も無かったことだ。
「おまえの魂の色の中には、悪魔特有の色の残滓が混じっている。おれにとっては―――非常に懐かしい色だ」
後ろから聞いていたレイラは「ヤバい奴ある...どうしよう...」と焦っている。
イズナは「言葉を聞けば聞くほど引き込まれる術とか...?」と慌てている。
そんな二人の動揺を見て逆に落ち着きながら、サトリは冷静に問う。
「わたしの姿と魂の「色」に見覚えがある、それはあなたの知っている悪魔だった、と?」
「そうだ。白い翼を持った、白い狼の悪魔「マルコシアス」。
彼女は悪魔界の中でも生まれながらに、「王」であるおれに準じる格と実力のある存在だった」
「.........」
その名前を耳にして、心の表面にさざ波が立つ。
理由は、わからない。
「誕生したのは、おれとほぼ同じ頃合い。まだ幼かったおれ達は、興味本位で悪魔界を抜け出し、こちらの――魔大陸へと遊びに来た」
「......」
知らない。記憶にも、無い。
―――それなのに、わかる。なぜ。
「そこで―――魔族を中心とした、ヒトと...衝突し、おれ達は帰れたが、彼女は、戻れなかった」
濁された言葉から、徐々に、少しずつ。
彼女の見た情景が、呼び起こされる。
グラシャは、もう一度しっかりと、サトリを目を合わせた。
「本当に、全てを忘れてしまったのか?
――――――シア」




