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金魚戦記  作者: 悠布
2章 家書万金
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61話 悪魔の謀計

悪魔ネビロス視点の話です。

 悪魔の王より、命令が下った。


「400年前の戦いで消耗した我々の力もようやく回復し、機は熟した。

 ()け。

 同じ過ちは繰り返すな」


「―――は。」


 自分を含め、複数名の悪魔に同時に命令が下りる。

 

 前回の戦いでは、バハムートを味方につけた上でレヴィアタンとリントヴルムに正面から挑み―――敗北した。


 仮に今回勝てたとしても、ヒトを滅ぼすには、生息環境の悪化だけでは足らぬかもしれない。悪魔がこの400年の間で考えた、新たな結論だ。


 ならば彼ら(ヒト)の内部崩壊を後押しし、自滅を促すまで。

 これは以前は行わなかった事である。


 ある者には、地上に疫病を広めるようにと。

 別の者には、ヒトの間に疑心暗鬼の心を植え付けるようにと。

 他にも、世襲制国家の次期国主を狩り、争いのタネを撒いたり。

 ヒトに協力しつつ利用して、事を上手く運ばせたり。


 様々な方面から、同時に手を打つのだ。


 そして自分には、策略によって神を嵌め、殺める司令が下りた。

 やや頭の足りぬ同僚サーガタナスも巻き込み、計画を練る。


「まずはフェンリルを拘束する。幸いにも、奴にはグレイプニルという弱点があるからな」

「しかし、どうやってだ? 仮にも「神」だぞ。我らの力は届かぬ」


 真剣に応じているように見えるが、考える事が苦手な彼が適当に喋っているだけであることは、読心能力のあるネビロスには筒抜けである。


 サーガタナスは能力だけみれば優秀なのだが、なまじ彼の部下に頭の回る者がいるせいで、自分で思考する癖が無いのだ。


 この同僚の使える部分だけ利用させてもらおうと考えながら、ネビロスは続ける。


「自分から、こちらの手の届く所まで来てもらうのだ。先先代神のリントヴルムを利用して、な。

 その際、絶対に先代神レヴィアタンには気づかれてはならない」


「なるほどな。...オライ」

「はい。ここに」


 サーガタナスに呼ばれて姿を現したのは、彼の部下「オライ」。いつも、頭を使う仕事を全て押し付けられている不幸者だ。

 彼は決して、上司よりも実力が劣るという訳ではない。それなのにどうして従っているのかは、ネビロスが心を読んでも読みきれなかった(・・・・・・・・)


「聞いていたな。おまえならどうする」

「リントヴルムには、先代神ほどの理不尽な実力はありません。そこを突いて...彼女にヒトを殺めさせるのを、現神に見せつけるというのはどうでしょうか。

 リントヴルムはヒト好きです。フェンリルもそれを知っているはず。

 彼女がそのような行いを強いられたら、神と言えども必ず(すき)が生じるでしょう」


 オライは淡々と、自分の考えを述べる。

 それを感心したように眺め、ネビロスは頷いた。


「良い考えだ。私が練っていた案よりも余程安全で、成功率が高そうだ。それでいこう。

 ――優秀な部下がいて幸せ者だな、サーガタナス」

「...ふん」


 興味が無さそうに鼻を鳴らしつつも内心満更(まんざら)でもない同僚は、こうやって褒めてやらないと後でヘソを曲げる。面倒ではあるが、扱いやすい。


「仮にそれが成功したとして、その次はどうする」

「...我らの王が、一番嫌っている「魔族」。彼らを使うのはいかがでしょうか。まず―――」


 オライは、考えながらも順序良く説明する。


「まず、利用する魔族を2種類に定めます。

 一つ目は、我ら悪魔によって起こされる世界の危機を「神」のせいだと吹き込み、それを止めるため、他の種族(ヒト)とも協力して「神」に刃を向けさせるグループ。

 仮称「白魔族(シロ)」とも呼びましょうか。正義感のある、真っ当な連中が良いでしょう」


「ふむ」


「二つ目は、ある程度こちらの意図を知らせた上で、利用し合う関係を築くグループ。魔族に限定する必要はないでしょう。汚い連中は、欲深いが故に裏切りません。念の為、ネビロス様が(じき)に監視されるのがよろしいかと。

 こちらは「黒魔族(クロ)」とでも呼称しましょう」


 サーガタナスは真剣に耳を傾けているフリをしているが、もう既に内容を理解する努力を放棄している。


 その後もオライは作戦案を表明し、彼の同僚たちやネビロスとともに案の修正を重ね、作戦は実行された。



 

 数か月後。

 再び、会議が開かれていた。


 今回は、サーガタナスは鎖で拘束した神の元で監視を行っているため、この場には居ない。

 ネビロスの部下やオライの同僚も同席しているが、基本的には黙って作戦内容を聞いているだけだ。


「問題発生だ。神に向かって、ヒトも(・・・)攻撃の手が動かない。

 最初に我らで試した時にも不可能だったのは、悪魔という存在であるせいかとも思ってわざわざヒトに代行させたが...

 それにやはり、神前を守る特殊な結界の解除方法が未だにわからぬ」


 

 フェンリルの拘束に成功してすぐに、悪魔たちも彼に向かって攻撃しようとした。

 しかし、手が動かなかったのだ。

 さらによく見ると、神の身体を覆うように、神聖な気配を放つ薄い膜が張られている。


 結界の一種かと思い、先にそちらを何とかしてしまおうと魔法を放とうとしたところで―――


「お待ちを。コレは...無暗(むやみ)に触れてはなりませぬ」


 そう言って制したのは、ネビロスの部下「カシモラル」。

 彼は能力値は高くないのだが、勘働きは良いのだ。


「なぜだ」

「...申し訳ありません、わかりませぬ」


 本当に、勘は実際よく当たるのだが……その理由は本人にもわからないところが、少々使い勝手が悪い。


 しかし、彼が言うのならばやめておいた方が良いのは確かだ。

 その時は、これで一旦引き下がったのだった。



 両手をテーブルに載せて長い指を組みながら、オライが一言一言、考えながら言う。


「攻撃の意志を持った者が、攻撃をすることができない。

 ...それを可能にするのは、この世界の―――「(ことわり)」。天則、自然律、因果ともいいましょうか……。

 我らも普通に生活しているだけでは遭遇することの無い、この世の絶対条件です。

 なぜそんなものが存在するのかは不明ですが...こればかりは、どうしようもありませんね...」


 ―――この時の彼らは当然知る(よし)もないが、(のち)にベニッピーが収納魔法に「玉手箱」や「結界の核」をしまえなかった事も、この「(ことわり)」に該当する事態である。



「...しかし。全く、可能性が無いとも言い切れません」

「と、いうと?」


 ネビロスの問いに、オライは手を顎に当てて難しい表情をする。


「この世界の住人ではない者ならば、あるいは。……と、ちらりと思っただけです」

「―――なるほど」


 彼女も真剣に、その考えについて思考を巡らせる。

 

 異世界が存在するというのは、知っている者は知っている事実だ。

 実際に見聞きした、行き来したという記録は無いが、その存在自体は昔から囁かれている。

 

 そして、決めた。


「他に手が無い以上、やるしかないだろう。

 我らの魔法知識も与えつつ、召喚魔法に優れた者をヒトの中から募らせ、異世界人の召喚を実行させる。白魔族(シロ)にな。

 ...だが、それは成功しなかったように(・・・・・・・・)見せかける。

 貴重な人材だからな、そのまま私の監視下にある黒魔族(クロ)の方に奪う」


「...さすがはネビロス様です」


 遠い目をしながら、オライが小さな声で褒める。

 彼の上司のことを考えているようだ。


「もう一つ、神前の結界の事ですが。こちらは、バハムートを起こして直接視てもらうしかないでしょうね。

 触れられないとなると、もう我らにはどうにも」


 オライは肩を竦めた。

 

「そうか、彼を起こして聞くという手があったな...」


 400年前、悪魔が支援して共闘したバハムート。

 彼は異常に魔力の解析に優れており、息をするように簡単に魔力の流れが読めるのだ。

 

 確か、どこかの海底に封印されていたはずだ。

 海や水方面が得意な悪魔を探して、後であたってみよう。知り合い(アガリア)が昔、「水の精霊の部下がいる」とか言っていたような気もする。


 


 さらに、約1年後。


「再び問題発生だ。

 異世界の者が、二名(・・)、召喚されてきた。クロの方に奪ったのは人間だが、シロの方にも―――魚が残って現れたようだ」


 これには流石のオライも驚いたらしい。

 だが同時に、不思議そうに首を傾げる。


「それはまた...しかし何か問題が?」


「ああ。人間の方は、賢くて非常に扱い難い。最初に用意してやった魔法陣にも、警戒して乗らなかった。

 逆に魚の方は、高い能力を得た上で逃げ出して…なんとも、こちらにとって都合の良い動きをしている。

 シロとクロの両方を用意しておいて、本当に正解だったな」


 おもしろい展開になってきた、とネビロスは笑う。

 予定通りでなくとも、事が運べばそれでいいのだ。

 計画はその都度修正していけばいい。


「シロに任せていただけあって、魚の方は騙されてくれているようだ。

 人間の方も、表立っては敵対せずに逗留できている。

 このまま暫く、魚に任せてみようかと思う」


 オライも、面白そうに笑った。


「サーガタナス様より受けた自分の仕事のついでに、私も見に行ってみましょうかね、その魚を」


「そうだな。どんな奴か、様子を見てきてくれ。

 だが現在の居所はわからないらしいぞ?

 ようやく発見されたばかりという事しか伝わってきていない」

「ふむ……まぁ、当たりをつけてなんとかしてみますよ」



 その言葉通り、後日、彼はなんとかしてきた。


「ウラシア大陸にいました。中々おもしろい...シロが気に入りそうな、正義感のある素直そうな魚でした」


 そう言うオライは、上機嫌である。珍しい。


「そうか。使えそうだったか?」

「ええ、実に。……ところでネビロス様、私には急用ができてしまいまして。申し訳ないのですが、暫く会議には出られそうにありません」


「わかった。おまえが居ないと、作戦の進行が大変になるが、そもそもサーガタナスの部下だからな。今まで招集に応じてくれて助かったぞ」

「滅相も無い。こちらこそ、ありがとう(・・・・・)ございました(・・・・・・)


 彼は大仰な仕草でお辞儀をすると、その場から去っていった。




 しばらく時間が経ち。

 神の前の結界の仕組みを見抜き、それを破壊しに向かっていたバハムートが戻ってきた。

 やけに楽しそうな彼が持ち帰ってきた報告に、ネビロスは驚愕する。


「な―――ん、だと?

 シロの魚が、先代神レヴィアタンの元にいて、その上こちらの事が既に相当推察されていた...!?」


 バハムートは、彼女の反応をニヤニヤと眺めている。


「ああ。必死に結界の「核」を守ろうとしていたな。それでもなお、表向きは神の討伐に向かう予定を装っているということは―――

 確実に来るぞ。フェンリルの救出に、な」


「...クソッ! 仕方ない、結界は消え去った事だし、今こそ人間(リョウタ)の方を使うか」


 焦るネビロスに、バハムートは鷹揚に告げる。


「まあ待て。仮にフェンリルを葬り去ったとして、その後が大変だぞ?

 魚の実力は、おまえ達に聞いていたよりも高かった。そんな奴が、レヴィアタンと、さらにヒトの中でも最高戦力に近い者と手を組んでいるのだろう。

 助けに行こうとしていた神があと一歩のところで殺されました、はい残念でした...で諦めると思うのか?」


「では、どうすればいいというのだ!」


 こういう時に居るのが扱い難いバハムートで、居ないのがオライである。

 拳を握りながら思わず声を荒げた彼女に、黒いクジラは邪悪に笑う。



「こちら側に、引き入れるのだ。魚をな」


「......は?」

「察しが悪いな。そもそも奴は、オレやおまえたちと同じで、ヒトではない。

 ヒト嫌いにさせて、お仲間にしてしまおうというわけだ」


 ネビロスは、まじまじと相手を見る。

 …その発想は無かった。


「魚の様子を観察する時間は少ししか無かったが。―――アレは明らかに、野生の生き物ではない。

 おまえが管理しているという異世界の人間。そいつとの関係性を、もう一度洗い直した方がいい」


「…………」


 彼女が絶句している間に、バハムートは去っていった。



 ―――なるほど。

 彼の言わんとするところが、ようやくわかった。


「そう、だな。......はは」


 さすがにバハムート。

 笑えるくらい、危険で、邪悪だ。



「―――リョウタホシノを、エサにする、か」

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