59話 解けゆく事実 ②
今こそアレを再びやる時。
「作戦C! 今度は空中、しかも室内。いけるはず!」
「了解!」
魔法使用不可結界。
フェンリルを中心に、4人で展開を試みる。
すると俺とサトリを見たネビロスが顔色を変え、焦ったようにレイラを見た後、叫んだ。
「サーガタナス、外へ出ろ! 魔法を打ち消されるぞ!」
「―――!」
コダ爺に言われて気づいたが、よく見れば薄っすらと魔力と思念が感じられる。神の傍に、複数名分。
フォルネウスの時ほどハッキリはしないが。
...ん? なんか妙な気配が...
って、それより今、ネビロスに作戦を見抜かれたぞ。
ひょっとして、俺たちと同じ読心系能力者か? レイラを見て把握したみたいだし。
……うん、やっぱりそうだ。
内心が読めない。頼れるのはコダ爺だけか。
敵にいると、厄介だな。
微弱な気配が、強い風圧と共に前をすり抜けて外へ駆け抜けていった。
さらにもう一体分。カシモラルか。
役に立たないな作戦Cよ。日の目を見る日は来るのだろうか。
それを追い、外に出る。
魔族たちが追いかけてこようとしたが、イズナが地面に放った撒菱によって足止めされた。
翼のある彼らには効かないんじゃないか? と思ったら、フワフワと浮き上がり、立体的に邪魔をし始めた。異世界の忍者すげぇ!
浮島の間を、ピョンピョンと飛び回って移動している気配と、普通に飛んでいる気配。
おそらく、飛べない方がサーガタナスだろう。そんな気がする。
...よし、かなり離れた。そろそろいいかな。
「俺とコダ爺は戻る! 鎖を切断するから、できるだけ足止めを頼む!」
「わかったある!」
こちらの意図に気付いたであろうサーガタナスとカシモラルは戻ろうとしたが、前者の前にはイズナとレイラが、後者の前にはサトリが立ちはだかる。
イズナとサトリが、かろうじて気配を感知できるくらいだろうか。
どれくらい持つかわからないが、今はこれをやるしかない。
浮かぶ撒菱の排除に苦戦している魔族を吹っ飛ばし、人間とドワーフの間をすり抜け、神――フェンリルの元へと辿り着く。
「こいつ!」
ネビロスが張った結界を一撃で叩き壊し、チャクラムと如意棒で即席の鎖を作り出す。
...みるみる魔力が減っていく。これでは魔法が使えないな。
「コダ爺、鎖はどこにある!? やっぱり俺には見えない!」
「両手両足首と腰回りじゃ! 触ればわかる。急ぐのじゃ!」
コダ爺が俺の背後で、迫りくるネビロスと魔族、ついでにドワーフと人間に対して結界を張ってくれたのがわかる。
こちらも、どれ程持ち堪えるかわからない。
時間との勝負だな。
「俺はベニッピー。神さま、あなたを弑すために悪魔に召喚された異世界の者だ。
...たぶん、見ていただろうが……ガル――先代神が持っていた結界の要の水晶を破壊したのは俺だ。
そのせいで、この短期間に何か悪影響があったのかも、わからない。すまなかった。今、解放する」
ぼんやりと俺を見つめる神にそう語りかけながら、椅子の肘掛けに添えられた手首にそっと触れる。
―――あった。
直径1cmほどの硬い金属の輪っかでできた鎖の感触がある。
ブレスレットのように巻かれた鎖の伸びる先を辿ると、近くの柱に結ばれているようだった。
はっきり言って、この鋭いチャクラムの鎖を振るって、神を傷つけずに鎖だけ断ち切る自信はない。
俺の攻撃ごときでダメージを受けるかどうかはともかく(いや、俺の攻撃しか通らないとふまれたから召喚されたんだが)、彼から離れた位置に鎖が伸びていて良かった。
もう一度位置を確かめた後、左手首から柱に向かうグレイプニルに向かって、俺の即席鎖を振るう。
ギィィィン! と音が響き渡った。
...が、断ち切れない。1回では無理か。もう一度。
再び鎖同士を打ち合わせた時、背後から飛んできた何かが、腕に当たった。
下に落ちたそれは、ナイフだ。
これくらいじゃ、全く傷つかないから無視する。
「ベニ坊、結界を魔法防御特化に変えたぞい! 物理攻撃は通してしまう、すまぬのぅ!」
「問題ない!」
早く、早く。
同じ位置へと3度目に鎖を振るったとき、ようやく最後まで振り抜けた。
―――1本、切断完了。
今ので、総魔力量の十分の一以上は使ってしまった。
最低でも、後4本。
まだ何本もあるかもしれない、まだ見えていない敵と戦うかもしれない、何が起きるかわからない。
不安と焦りで、精神衛生上よろしくない。
くっそ!
背に出現させた羽を震わせてヒト達を無力化させながら、2本目、3本目……と解除していく。
◇
その頃、外では。
サトリは、カシモラルらしき気配をギリギリで感知し、なんとかその進路を妨害していた。
見えない敵を相手に、どうして彼女がそんな事ができていたのか。
それは。
(...変ね。こいつ、すっごい戸惑っているわ。どうしてかしら……)
建物の扉の前に陣取り、炎で相手を牽制していたサトリは内心首を傾げる。
何故かカシモラルは非常に困惑しているようで、一応扉に向かっていこうとはしているが、碌に攻撃もしてこない。
はっきりとは感じられないが、彼女の正体を探りたがっているようにも思える。
(あぁもう、見えないとじれったいわね!)
イズナとレイラの方はどうなっているかと目を向けると、そちらは本格的に戦闘をしていた。
不可視の術式を構築している本人であるサーガタナスは、誰よりも気配が察知されにくい。
コダマの他は、イズナにしか相手ができなかっただろう。彼が以前ここに来た時に察した気配も、サーガタナスのものであった。
どうやってレイラも戦っているかというと、実に単純な方法である。
イズナが攻撃している場所に向かって、彼女も魔法をぶっ放すだけだ。
「もっとたくさん、色々投げるある!」
「やってるよ!」
彼が針や小刃を投擲する方向に、レイラも適当に攻撃するのだ。
敵は何度か結界を張ったが、すかさずその瞬間にどちらかの攻撃によって砕かれるので実質無駄である。
「これは便利すぎる能力を貰ったあるね!」
「うん。ベニッピー君で試した時には、そんなに凄いと思えなかったけど...ね」
クライフが言っていた「薄氷を割るように」という言葉は、誇張ではなかった。
さすがに今でも、もし神の前の結界に向かって使っていたかもしれない事を考えると心もとないが、ベニッピーの結界はそれに準じる(?)強度を誇っていたという事である。
サーガタナスの方からも、攻撃が飛んでくる。
攻撃というよりは、地味な嫌がらせに近いか。
レイラは空中を飛び回っているので関係ないが、イズナの足元の地面を緩めてくるのだ。
突如足場が泥沼化し、沈んだと思ったら固められて抜けなくなる。
その都度レイラが再び緩めて解除するのだが、二人とも同時に攻撃の手が止まる上に、敵を建物へと向かわせてしまう。
「あ―――」
「しまった!」
運悪く、イズナの両足を深く固められて解除に手間取った時、サーガタナスに抜かれてしまった。
一瞬といえど、サトリ一人に悪魔二人の相手はキツイだろう。
慌てて扉の前に向かったイズナとレイラ、そして警戒していたサトリは―――
いきなり姿を現した悪魔に、仰天した。
(サーガタナス様。この天族に直に問いたい事がありまして。
このままでは声が届かないので、不可視の術式を解いてもらえませぬか)
(ダメに決まっているだろう。今の優位性が失われるのだぞ)
(...仕方ない)
そう呟いたカシモラルは、ネビロスの部下「カシモラル」の姿を解除した。
今まで痩せた小型犬の見た目をとっていた彼の変貌した姿に、サーガタナスは言葉を失う。
(.........!!!)
彼の本来の姿・気配を目の当たりにして気を失いそうなほど驚愕したサーガタナスは、瞬時に礼をとると、すぐさま術式を解除したのだった。
急に現れたのは、ボノボのような巨大な霊長類と、何やら高貴な雰囲気を漂わせる立派な服装の緑髪の男。
黙って控えているボノボの前に出た男は、後ろから追ってくるイズナとレイラを無視してサトリに問いかける。
「おまえは...誰だ?」
男の圧倒的な雰囲気に怯みそうになりながらも、彼女は胸を張って言い返す。
「まずは自分が名乗りなさい。そうしたら教えてあげるわ」
「なるほど。それもそうだ」
苦笑した悪魔の男は、素直に名乗った。
「おれの名は、グラシャ。悪魔界の王、グラシャ=ラボラス」
サトリ、そして後ろの二人も思わず呆然としてしまったが、それでも彼女は動揺しなかった。
しっかりと男に目を合わせ、毅然とした態度を崩さない。
「わたしは、サトリ。ベニッピーに名前をもらった、彼の霊友よ。
パレンシアの山岳地帯で、人間の守護をしていたわ」
その返しにしばし考え込んだ男は、口をひらく。
「―――おれの名前に、聞き覚えは?」
「...あるような、ないような……」
やや迷った彼女が、素直に答えた時だった。
建物の内部から、ベニッピーの気配と感情が溢れるように放出されたのは。
◇
俺は、何とか5本目の鎖を断ち切った。
コダ爺が超奮闘して、ネビロスの魔法攻撃を全て防ぎきってくれたのだ。そのお陰で、こっちに集中できた。
柱に繋がっていた鎖を切断しただけで、身体に直接絡みつくグレイプニルはまだそのままだが、これなら一旦外に連れ出せるんじゃないだろうか。
そう思って顔を上げた時、建物の外から何やら圧倒的な気配を感じる。
何か来たのか?
コダ爺に聞こうとして、彼を振り仰いだ時だった。
視界の端に、有り得ない者が映る。
――――――え?
その者は、最初から感知していた、妙な気配の主。サーガタナスの術式が解けて、視えるようになったのか。
コダ爺が「敵ではない」と言っていた、そのヒト。
だけど、そんな―――ありえない。
この世界に、居るはずのない...人。
それなのに見覚えがある、黒髪の少年。
彼は―――
「リョウタ、さま......」




