54話 海戦 ⑨
不味い、マズいマズい!
今は要塞を結界で守っていない。
事前に強度は上げておいたが、バハムートからの攻撃は想定外である。
奴は嘲笑うようにこちらを一瞥すると、丁寧に、要塞の強度を下げ始めた。
俺たちが昨日やったことと真逆の事...岩壁を解し、含有水分量を調節し、ゆっくりと建物を緩ませていく。
俺とコダ爺で慌てて抵抗して、やっと相殺できているといったところだ。
「ふざけんな! 何を遊んでやがる!」
「ふむ? 殺される方が、やはりお気に召したか」
ヤツから、ぶわりと魔力が水中に広がり出た。
―――途端、イズナとレイラ、そして地味にバハムートの翼を毟り続けていたルナが、突然意識を失う。
俺、サトリ、それから離れて見ていたアマビエはぎょっとしたが、コダ爺が叫んだ。
「いかん! 水圧を上げられたぞい!」
「それはイケないわっ、ベニちゃん、早く回復魔法をっ!」
瞬時に反応したアマビエが、ルナを抱えて飛んで戻ってきてくれた。
サトリも、イズナとレイラを回収してくる。
ヒトである二人は、自分で張っている結界が解けた以上、呼吸もできていない。
この中で回復魔法が使えるのは俺だけ。
サトリが二人に結界を張り、コダ爺がなんとか水圧を元に戻そうと奮闘しているが―――。
結果的に、バハムートの邪魔をする者が居なくなってしまった。
「ふん。そこの精霊はともかく、そっちの3人までも効かなかったか...。
キサマら、生物ではないな」
そう言うわりに、面白そうなバハムート。
冗談はよしていただきたい。俺は生き物だぞ。
ガル、一秒でも早く戻ってきてくれ!
という願いも虚しく、十分に要塞を柔らかくして満足したのか、ヤツは何度か体当たりを繰り返し―――。
ついに、要塞が1階部分から崩壊してしまった。
しかも最悪な事に、そこにガルの姿は無い。つまり......。
「...ほう。まさか、海底に地下空間が存在したとはな―――」
不気味に笑ったバハムートが、そこら中に落ちている破片を浮き上がらせ、地面に向かって一斉に叩きつけた。
2度、3度と打ち付けるうちに、元・龍宮城の中庭部分だった地面に、ぽっかりと穴が開く。
「見つけたぞ...」
そこで初めてヤツは人化して、穴に飛び込んでいった。
―――考えられる限りの最悪の事態が、発生してしまった。
…すると、隠れていたジゼル(彼女の戦闘力は皆無)が物陰から姿を現す。
「皆さま! こちらの――奴から離れた場所では、水圧の変化は起きておりません!
お三方は、私が結界で守ってお預かりします。急いで王の元へ!」
「わかった。頼んだ!」
3人をジゼルの元まで運んで預け、俺、サトリ、コダ爺はバハムートの後を追った。
◇
地下空間のガオケレナの元で、結界の要を取り出そうとしていたガルトニクスは、苦労していた。
彼が、「核」となる黒い水晶玉をガオケレナの根元に埋めたのは、約100年前。
当時は、自分が持っていて何かあると困るからと、一番見つかりにくく取り出しづらい場所に隠したのだが―――。
「...っ、まいった。想定外の事態だ……っ」
根っこが絡みついて、取れない。
もちろん魔法で多少の根は切り裂き、土を抉ってガシガシと掘り起こそうとしているのだが、何しろ相手はガオケレナ。
草刈りに特化した彼の太刀を使っても、たちまち自力で回復・再生してしまうのだ。
「こんなにガッチリ守られているなら、ほっといったら良かった...」
たとえ要塞が破壊され、その衝撃で地下空間がバレたとしても、コレならば自分が持っているより余程安全な気がする。
うん。そうしよう。
と、潔く掘り出しは諦め、土を元に戻し終えた時だった。
地下の入り口である、天井の一部に穴が開いたのは。
そこから、人化したバハムートが飛び込んできた。
ヒト嫌いな彼は、滅多に人化しないので、実はレアな姿である。
ヤツがここに来たという事は―――。
サッと顔色を悪くしたガルだが、奴の後に続いて降ってきたベニッピー達3人を見て、少しホッとする。
「ガル! イズナ、レイラ、ルナは戦線離脱したが無事だ!」
「そうか。すまなかった、無駄に時間をとったのに、結局できなかった」
「いや...こっちこそ本当に、思うように立ち回れなくて悪いな……」
敵の存在も一瞬忘れ、ドヨーンと落ち込んだ二人である。
その間、敵は物珍しそうに辺りを見回しながらガオケレナの元まで泳いでいる。
「こんな所に、このような空間があったとは...
それに、何だその白い樹は」
「ただの特殊な樹だよ。どうしてここに生えているのかは、私も知りたいくらいだ」
ガルは溜息をついた。
そして、ベニッピー...――俺の方を、ちらりと見る。
(そう簡単に、根本にある核は取り出せなかった。そしてヤツにガオケレナを見られた以上、彼をこの場で殺すか、ガオケレナを枯らすしかなくなった。
...だが、どちらも非常に難しい。
バハムートは以前も倒しようが無くて封印した相手だし、ガオケレナの生命力の強さをかなり見誤っていたから)
実に楽しい高難易度ミッションだな。
逃避できる先の現実が欲しいぜ。
ジゼルにも軽く「枯らしてください~」と言われたが、二人ともその時は樹の強靭さを知らなかったんだな。
そりゃそうだろうな。樹を守るのがこの国の役目?って言っていたし、今まで一度も攻撃した事なんて無いだろうから。
敵は、ガオケレナに隠し場所の当たりをつけたのか、何やら魔法で樹に攻撃を始めている。
それを横目で見ながら、俺たちはコソコソと相談する。
敵を観察している場合じゃないんだが、ちょっと事がうまく運ばなさ過ぎて、全員、多少なりとも脱力しているのだ。
「アイツに任せておけば、根本は無事なまま、樹を枯らしてくれるんじゃないか?」
「彼は何が「核」になっているか知らないけど、枯らしたところで、まだ何も壊せていないとわかるんじゃないかな...」
「ねえ、ヤツはヒト嫌いなんでしょ? 仮に追い払えたとして、樹の存在は誰にも言いふらさないって事は?」
「いや。ヒト嫌いだからこそ、争いの元になる種は喜んで蒔くじゃろうな」
「や、でも、あいつまだガオケレナの効能?を知らないんだろ」
「そう、だったけど...あぁ、やはり…気づいてしまった」
樹の再生力を不可解に思ったのか、バハムートは己の腕を少し傷つけると、剥がれ落ちた樹皮を患部に当てたり、口に含んだりし...
その部位が瞬時に回復する事を、自ら発見してしまっていた。
ニヤリと笑い、顎に手を当ててやや考え込んでいたが―――。
「この樹のことは黙っていてやる...特に、悪魔どもにはな]
な、なんでだ!?
奴には、先程魔法封じの結界を張った時に、俺たちの読心系の能力を知られている。
それからは、どうやってか心を読めなくされてしまったのだ。
それはサトリとコダ爺も同様だったようで。
コイツが何を考えているのかわからない。
「バハムート。君、やっぱり――少し変わったな。400年前は、暴力の化身のような振る舞いだったのに」
「キサマが、たっぷりと考える時間をくれたから、な。同じ過ちを犯すような、愚かな真似はしない」
ガルが不審そうに問うと、彼は事も無げに答える。
―――そうか。
俺から見たら、バハムートは超危険なヤベェ奴なんだが、コイツから見たガルは、以前に敗北を喫した相手。
しかも、ここは敵陣の真っただ中。仲間(?)と呼べた悪魔ももう居ない。
不必要な無駄な行いは、慎んでいるのかもしれない。
...ん?
だとしたら……まさか……!?
―――しまった!
バハムートが、樹へと放っていた魔法の攻撃を地面へと変えるのと、俺が奴の真意に気付いたのが同時だった。
「マダコ、避けろ!」
「...遅い」
彼の手から放たれた衝撃波が、樹の根元からやや離れた場所の地面を抉る。
そこら中に生えている不思議な形の植物群も、かなりの回復力を持っていたようで、根っこが傷ついても再生を始めるが―――ガオケレナ程の圧倒的な治癒力は無い。
俺たちも慌てて止めようとしたが、敵が、目標――つまり、地面の下を、結界の核を抱えて密かに進んでいたマダコを、地上に引きずり出す方が早かった。
ガオケレナの一部から作られたマダコ。
彼女ならば、この場所限りならコダ爺の地魔法との併用で、密かに単独で地下を進み、樹の根を傷つける事無く解きほぐし、核を取り出すことができたのだった。
それを最初にこそっと取り決め、何もできないフリをして時間を稼いでいたのだが……、まさか見抜かれていたとは。
「マッ、マダコぉ!」
「ひぃぃぃっ!」
バハムートがマダコを掴み、その先端にくっついている黒い水晶玉に向かってもう片方の手を振り下ろす。
―――間一髪、コダ爺がマダコとの間に飛び込み、瞬時に結界を張ってみせたが...数撃でバリアを破壊され、彼も殴られて吹っ飛ばされる。
だが落ちた先は、回復の植物群落。たちまち元気になる。
コダ爺が飛ばされると同時に、狼の姿になったサトリがバハムートの手に噛みついている。
彼女を蹴り上げようとしたヤツの膝に、伸ばした如意棒をぶつけて俺が軌道を変えるのと、マダコを掴んでいるもう片方の腕をガルが太刀で切り落とすのが、重なる。
敵は躊躇することなく、近くに落ちていたガオケレナの木片を口に含んで回復する。
俺はその間に、マダコから受け取った水晶玉を、収納魔法の亜空間にしまいこもうとしたが―――ダメだった。弾かれた。
この反応、玉手箱と同じだ。
あの箱も、「ベニッピーが持ってたら安全じゃん!」と、一度皆に持たされたのだが、収納が受け付けなかったのだ。
仕方がないので、水晶玉を握って、全力で地下空間からの脱出を図る。
背後でガルがバハムートの足止めをしているのが感じられる。
振り返ることなく地上に出て、少し泳いだ先で―――玉手箱を抱えて、必死に逃げているベルタとばったり遭遇した。後ろからは、恐ろしい形相の3人の敵兵が追ってきている。
そのさらに後方には、フラフラのハンフリー。
「べ、ベニッピーさぁん! お助けっす、バレたっす~!」
「すまん、無理だ! 俺もバハムートから逃げている!」
「ひえぇぇぇっ」
逆方向に進む中で、すれ違った際の一瞬の会話である。
そして...追手の3人と俺もすれ違った、その少し後。
ガルの制止を振り切ったのか、地下から飛び出してくるなり人化を解いたバハムートとその3人が見事に衝突し、幸運にも(?)か弱い方の3人は倒された。
そのまま泳いで離れようとした俺だったが―――
敵にかけられた、余裕さえ感じられる声に凍り付く。
「...これを見ても逃げるのか?」
ギギギギギ……と音が聞こえそうなほど、ぎこちなく振り返る。
...やっぱり。
バハムートが、恐らく未だ意識の戻らぬルナ達がいる建物に向かって狙いを定めている。
ジゼルが結界を張っているはずだが、一人で奴の攻撃に耐えるのは―――無理だ。
……ほんと、何でわかるんだよ、コイツ。
地下から出てきたばかりのガルも、既に攻撃の用意が出来ているヤツには、すぐに対処ができないようだ。
「早く渡せ。こちらに、待つ必要は無いのだぞ」
翳したヒレからパリパリと魔力を飛ばしながら、薄っすらと口の端を吊り上げるバハムート。
だが、すぐに思い直したように「待て」と言う。
「......やはり。
キサマに、壊してもらうとしよう。粉々に、な」
ベニッピーは召喚された時点で、こちらの世界の気圧や重力に適応できるように自動的に身体改造されているので、圧力変化系は効きません。




