53話 海戦 ⑧
悪魔が住む魔界にも海があるのか。そういやセパルも人魚だったしな...。
と、のんびり考察をしている場合ではない。
「コダ爺、気取られたらマズいだろ!」
「この場で倒せばいいのじゃ!」
なるほど、そりゃそうだ!
「セパルは倒しました。フォルネウスもサッと片付けてしまいたいところですが……
一撃で、とはいかなさそうですわね」
ガルに続いて降りてきたルナが、難しい顔をしている。
確かに。
伝わってくる気配、魔力保有量からして、明らかにセパルよりも格上。
これだけの人数の味方、普段ならトントンと勝てるだろうが...何しろ俺とレイラは今、要塞への結界に魔力を相当量振り当てている。
ほとんど魔法は使えないと言ってもいい。
「レイラは、隠れてなさい。私もそうするわ」
「…わかったある」
サトリに言われ、レイラは大人しく引き下がった。
彼女たちの残存魔力はもう少なくなっているので、妥当な判断だ。
「ベニ坊の魔法防御力は...現在ほぼ無いも同然じゃな。
イズナ、フォローしてやるのじゃ」
「わかりました」
いつもは自分に常時張っている弱めの結界の分まで、今は要塞に回してしまっている。
コダ爺に言われた通り、俺の防御力はもう、この自前のカチコチの身体だけだ。
レイラが鎧を着ている理由が良く分かったぜ。次からは、その辺も考えよう。
防御面で心もとない俺を、イズナがサポートしてくれるらしい。
さっきも不意打ちされそうになったし、有難い。
...俺もダメだな。
前にヘクターさんに、視力に頼らなくても魔力で敵を感知できるよう、修行してもらったのに。
ずっと眼を使っていたせいか、透明な敵が現れても咄嗟に動けなかった。
「コダマ、あんたが頑張りなさい」
「ふぉふぉっ。ついに出番が来たようじゃの―――」
「アチシも応援してるわぁ~~!」
のんきに作戦会話をしているように見えるだろうが、その実、途絶えることの無いフォルネウスの攻撃を躱し続けている中である。
どうやら武器は使わずに魔法で身体能力を向上させて、体術で攻撃しているようだ。
...アレ? 今、何か幻聴が聞こえたような……?
「フレーーッ、フレーーッ、べ・ニ・ちゃんっ!!
頑張れーーっ、頑張れーーっ、み・ん・なっ!!」
幻じゃなかった。
ピンクの髪を振り乱した派手な大型人魚が、アマモ(海草)の束を両手に掲げて、応援している。
なんでここに!?
と思わずツッコみそうになったが、止めた。
見ただけでも脱力したのに、真面目に理由を聞きでもしたら、貴重な魔力が抜けきってしまいそうだ。
「おう、応援ありがとな、アマビエ...」
「うっふん! アチシのことは気にしないでぇっ~♡」
それは無理だな。
嫌でも視界に入ってきて、滅茶苦茶気になる。
今も、アマビエに気をとられた隙にフォルネウスが急接近して......って、そうだ。
目を、閉じてみる。
―――うん。こっちの方が良いや。
感知した魔力で、敵・味方・外野の位置と距離が、より立体的にわかる。しかも、360°全方位。
地上だったら地面の石にでも躓いてコケそうだが、海の中なら問題ない。
如意棒を構えた。
「悪いな、フォルネウス。時間が無いから、あんまり遊んでやれない」
「随分と大口を叩くのだな、異世界の者は。貴様がまさか先代神の元におったとは...。
何も知らぬままだったら利用しようと思っとったが、最早生かしてはおけぬ」
「それはこっちのセリフだ。俺の正体を見抜かれた以上、お前には何が何でもここで消えてもらう」
我ながら、どこの悪役だ! と頭を抱えたくなるような台詞になってしまった。
やっぱりセパルは俺の事を知らなかったんだな。
で、フォルネウスの方は知っていたと。
ふーーん...。
ルナの回し蹴りを躱し、イズナが放ったクナイを腕に受けながらも、こちらに向かって殴りかかってくるフォルネウス。
棒を使って阻止しようとしたら―――奴が、上下二つに分裂したように感じた。
「へ?」
魔力の大きい方と小さい方、どちらに対応したものか――と、考えている時間は無い。
上の大きい方に当たりをつけて攻撃したが...手ごたえは無かった。
……しまった、違った!
片目を開けてみると、下の小さい魔力の部分の水が揺らぎながら突っ込んでくる。
フェイクの分身体を魔力で作り出したのだ。見事に引っかかってしまった。
眼、閉じても開けてもダメでした。
まだ防御の姿勢をとれていない。
ヤツの打撃をもろに食らうかと思ったが、その寸前に俺の前に飛び込んできたイズナがなんとか捌ききってくれた。
...筈だったのだが、その脇から伸びてきたもう二本の腕が、彼を投げ飛ばす。
吹っ飛んだイズナを海草のクッションで受け止めたコダ爺が、海底の石を操ってヤツの両足を固めた。
「ぬ...」
不快そうに足元を見やったフォルネウスに、ルナが後ろから、俺が前から攻撃する。
ヤツは、ルナの打撃を受け止めた腕2本が砕かれ、俺の如意棒をもう2本の腕で掴んで受け止めた。
全ての腕が塞がった時を狙い、棒を本体の途中から分裂させて先端の硬度を上げ、喉元を目掛けて伸ばした瞬間―――
こちらにも伸びてくる、さらにもう二本の腕。
それを認識すると同時に、頭部に衝撃が走り、目の前が暗転した。
ハッと気づいて慌てて周りを見回すと、喉に致命傷を負ったフォルネウスが、ルナとイズナに止めを刺されるところだった。
数秒間、意識が飛んでいたらしい。
俺一人だったら、やられてたな。
まだズキズキと痛む頭に手をやると、額のサークレットが熱を持っていた。
取り外して見たら、真ん中の緑の魔石にヒビが入っている。
...そうだった。すっかり忘れていたが、この魔道具は兜でもあったんだ。
ウラリーに感謝である。地上に戻ったら、何やら問題が発生している彼女の助けになりたい。
金冠を指先で一撫でし、きっちり付け直すと、イズナ達の所へ向かった。
透明じゃなくなったフォルネウスが、倒れた阿修羅像のように地に伏している。
合計8本の手足。ヤツはタコ型の悪魔だったのか...。
「すまん、2回もミスった」
「大丈夫だよ」
「さ、向こうに参りましょう」
そうだ。次!
振り仰いだ先では、ガルとバハムートによる異次元の戦いが繰り広げられている。
しっかし、いやぁ、やっぱり、まぁなんだその...実に混ざりたくねぇ!!
巻き込まれたら往ぬ!
俺は無言で、「勝ったわぁ~~!」と笑顔で海草を振っているアマビエの隣に並んだ。
要塞の結界を保持しつつ、この場からガルの応援を―――
「......。」
「「「.........。」」」
何とも形容しがたい目で見てくるイズナ、コダ爺、ルナと、遠くからジッと覗いている女子二人の貫くような視線に耐えかねて、俺は数秒で外野の席を自主的に放棄した。
バハムートは、あの手この手で要塞への攻撃を試みている。
それを全て、ギリギリで防ぐガル。
「...フォルネウスも殺られたか。やはり、キサマらを先に始末するとしよう」
宣言し、俺とレイラの方だけでなく、完全に隠れているはずのジゼルの方にまで岩の砲弾を放ってくる黒クジラ。
水中とは思えない速度で迫ってくる凶器は、ガルが起こした水流に押されて軌道をずらされる。
こちらに直撃こそしなかったが、背後の城下町の建物数軒を破壊してやっと止まる砲弾。
非常によろしくない状況だ。
やらなければならないのは、バハムートを追い払う or 倒す ことなのだが、場所が何もない上空とかならまだしも、ここには守るべきものが多すぎる。
ガルにとっては、市民、要塞、そして要塞を守っている故に現在弱っちくなっている俺たち。奴に対してまともに攻撃する暇がない。
戦いが長引けば長引くほど、不利になっていくだろう。
(―――仕方ない。ガオケレナの元に行って、核を回収してくる。
ベニッピー。悪いけど少しの間、コイツの相手を頼む。要塞の結界は解いていいから)
なんてこった。
だが確かにもう、それしかない。
彼に小さく頷いて見せると、俺は防御結界を解除した。
突然魔力が戻ってきて、レイラが驚いている。
「全員、総力をあげてヤツの邪魔をしろ! ガルが戻るまで持たせる。
まずは作戦C!」
俺が声を張り上げると同時に、ガルが要塞の中に飛び込んでいく。
バハムートも味方も、瞬時に真意を理解したようで、片やニヤリと笑い、片や一人の敵を取り囲んだ。
イズナとレイラには地下空間の事は言っていないが、神を守る結界の核をガルが隠し持っている事は話してあるのだ。
「そっちの二匹はヒトか。よもやこんな所にまで湧いて邪魔をしてくるとは...」
やれやれ、と呆れたような声色で呟き、こちらを無視してガルを追おうとするバハムート。
おい待てコラ!
「いい加減にしてくださいませ。その翼、毟り取りますわよ」
静かな声で呟いたルナは、いつの間にかヤツの尻尾に取り付いている。
力を込めて振りぬかれた右手の一撃が、張られていた結界を破壊して、本体に到達した。
鬱陶しそうに、彼女を振り払おうと何か魔法を放ったバハムート。
だが、何本もの氷の槍を形成したそれは、ルナの前に現れたサトリに魔力を抜き取られ、勢いが停止する。
「ごちそうさま!」
微笑んだサトリにイラっときたのか、ルナをくっつけたままの尾鰭を彼女に叩きつけようとしたヤツだが、それは叶わなかった。
魚雷のように泳いできたアマビエが、巨大な尾鰭を搔い潜り、サトリを抱えて避難したのだ。
「ありがとね、アマビエ!」
「もぅ、サトリちゃんったら無茶するんだからぁ~ん」
クネクネと腰を振る見た目に騙されてはいけない。
水の妖怪アマビエは、おそらく泳速だけならこの場の誰よりも秀でている。
イズナが、手裏剣やら太い針やら短剣やらを、敵の鼻先目掛けて一斉に放った。
それを全て、軽く流し散らすバハムート。
「ふん...無意味な攻撃をするのは、楽しいか」
「楽しいすよ。無駄だと思ってくれるのを見るのは」
「...なに?」
そう。
バハムートが色々と気をとられている間に、俺、レイラ、コダ爺の3人は、彼を中心に等距離に散開して、正三角形を描いている。
戻ってきたサトリがヤツの真上、俺たちと等距離の配置にスタンバイし、正三角錐が完成した。
「魔法使用不可結界、展開」
練習したてホヤホヤの「作戦C」、魔法使用不可結界の展開。
一応、対神様用の強力なものだから、バハムートにも通用するだろう。
この結界の長所は、一度完成したら、相手が四面体の中に居る限りはこちらがある程度動き回っても効果が維持されること。さらに、味方の魔法攻撃は通用すること。
そして短所は―――
「右に泳ぐぞ! レイラ、下がれ!」
「今度は上じゃっ、サトリ、離れよ!」
敵が高速で動き回る場合、こちらもそれを先読みして移動の方向を合わせ、配置を維持し続けなければならない事。
読心系能力を持つ者が複数名居てこそ可能な、荒技である。
相手が小さいと楽なのだろうが、今回の敵は超特大のクジラ。しかも、俺以外は水中に不慣れな3人。
結界の完成により、バハムートからの魔法を使った攻撃は止んだが...。
「やっぱ無理あるーーっ!」
「そうよ! 場所と相手が悪すぎるわ!」
必死に動きを合わせるも、まったくもって彼女らの言う通りだった。
深く考えることを止め、不規則に上下左右に泳ぎまわり始めたバハムート。
こちらが結界の範囲を広げるも間に合わず、スッと抜かれた。




