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金魚戦記  作者: 悠布
2章 家書万金
52/92

52話 海戦 ⑦

 ガルトニクスとエンカルナは、「援軍」なるものを警戒して、海面に残っていた。

 ひと際強力だったヘルフリートとアスピドケロンを倒した以上、彼らが急いで海底に戻る必要は無い。

 敵が海中を進んでやって来るとしても、下にはもう十分な戦力の味方が居る。

 海上から何かが来ても、その場で迎え撃ってしまおうと考えたのだ。


 ガルはルナに今起きている事態を話し終え、のんびりと雑談をしていたところだった。


「そのナックルダスター、前につけていたものではないね。どうしたんだい?」

「この水兵(セーラー)服をいただいた国で、作ってもらった一品ですわ。

 素材はなんとあの「緋緋色金(ヒヒイロカネ)」ですの!」

「それはまた良い物を手に入れたね。何年使っても、君の殴打の威力(パンチパワー)に負けて潰れる事はなさそうだ」

「いえ、そこで満足するわけには参りません。ヒヒイロカネ以上の硬さの敵が現れないとも限りませんもの」

「それもそうか」


 淑やかに拳を握るルナと、感心したように頷くガル。

 ツッコむ者はこの場には居ない。



 しばらく、遊学の土産話を楽しく聞いていた彼だったが――――。


「―――ん?」


 空の彼方、視界に映った黒い点。

 背景(バック)が暗い灰色の曇り空ということもあり、近づいてくるまでその正体がわからなかった。

 ルナもそれ(・・)を認め、顔を強張(こわば)らせる。


「...最悪の援軍だ。ルナ、先に行って海底に知らせなさい」

「……彼は、一人ではないでしょう。(わたくし)も残ります」


 彼女の言う通りだった。

 今、もっとも現れてほしくない者―――バハムートは、背に二つの人影を乗せていた。

 二人の上空にて動きを止めたクジラから、その人影が舞い降りる。


 一人は、想定していた悪魔セパル。

 そしてもう一人は――――。


「悪魔フォルネウスか」

「...そうだ。よく、わかったな」


 ガルはベニッピーからの報告を受けていたため、すぐに推察できた。

 バハムートの封印開放に携わった悪魔の一人「半透明の巨人のオバケ」フォルネウス。聞いていた通りの見た目だ。


 セパルは、まだ近くをプカプカと漂っているヘルフリートを冷たい目で見やった。

 

「おい。まだピンピンしているじゃないか、ガルトニクスは。一体何を遊んでいた」

「……ま、ちっと遊んじまったのは事実だが。コレ(・・)を見越して本命を連れてきたくせに、よく言うぜ」

「......。」


 図星だったセパルは横を向いた。

 彼女も、ガルトニクスを倒すためにはヘルフリートとアスピドケロンだけでは不十分だと踏んでいた。

 本命が到着するまでにガルを少しでも消耗させておくために、ヘルフリートに全力を尽くすように言っておいたのだ。

 結局、互いに利用し合ったに過ぎないのである。


「狙いを聞こうか」


 冷たい声で、誰にともなくガルが問う。

 既に色々と情報を得ている彼だったが、相手がどう答えるか試してみたのだ。


 反応したのは、フォルネウスだった。


「我々―――悪魔は、あの400年前の戦いで、貴様のせいで辛酸をなめさせられた。当時共に戦ったバハムートを封印から解き放ち、ともに復讐に来たという単純な理由ではおかしいか」

「おかしいね。もしそうだったら、それこそ総力戦で掛かってきそうだ。他の悪魔は何をしている」

「...我々が失敗した際に備えておるのだ」

「なるほどね」


 無表情のフォルネウスに不意打ちを掛けるように、ガルは唐突に言ってみる。


「まさか、最近の世界の異変は...君たちが現神にちょっかいをかけているからじゃないだろうな?」

「――もし貴様がそれに気づけば止めにくるだろうから、その前にバハムートを差し向けたとでも言いたいのか?

 ……想像力が豊かなのは結構だが、一つ重要な事を忘れているぞ。どうやって神に干渉できるというのだ」

「...違うなら、いい」


 フォルネウスは、誤魔化しが苦手のようだ。

 推測していた通りの内容を白状してくれた。


 これ以上彼に喋らせては不味いと思ったのか、セパルが割って入る。


「もういいだろう。

 バハムート、お望み通り、寝起きの運動には最適な相手だ。存分に暴れてくれ」


 そして、初めてバハムートがゆっくりと口をひらいた。



「...神の次は、故郷の王か。弱者を守るのは楽しいか。理解できぬな」

「別に変なことではないと思うけど、王として、君を海底に近づけるわけにはいかないからね。

 追い払わせてもらうよ」


 そう言って再び海龍の姿に戻ったガルを見て、彼は首を捻った。


「セパルよ。ヤツは、結界など張っておらぬぞ」

「な―――、んだと?」

「今はどこにも、魔力を割いてはおらぬ。見てわからぬのか」


 小ばかにしたような物言いのバハムートだが、それを見抜ける彼の方が異常なのである。

 

 そして、ガルは―――。

 前触れなく言われたこともあり、一瞬…ほんの一瞬だけ、目が泳いでしまった。

 全く動じることが無ければ、「そんなものは知らん」と堂々と胸を張れたのだが―――。



「やはり、な。結界を作り出している「核」は、別の場所にあるぞ」

「くそっ、バハムートお前まで余計な事を口にして...! だが感謝する!」

「やっぱり結界…つまり神を狙っていたとは、フォルネウス、君の言った通りだったじゃないか」

「......っっ!」


 バハムートは勝ち誇ったように。

 セパルは焦りながらも驚いて。

 ガルはもう開き直って。

 フォルネウスは悔しそうに。


 そして、4人(・・)は一斉に動き出した。海底を目指して。


 バハムートが一番に飛び込み、一瞬遅れてガルが続き、半透明のフォルネウスは海中に入った事で不可視の存在になる。


 最後にセパルが続こうとしたが、それは叶わなかった。

 いつの間にか人化を解いて気配を消し、背後に忍び寄っていたエンカルナによって、一撃で頭部を砕かれたのだ。

 

 悪魔は魔法に長けた種族だが、使わなけれな意味が無い。

 このように、完全な不意打ちをくらうとあっさりと敗北することもあるのだ。

 ...もっとも、今のはルナの実力と運もあったからこそなのだが。


「ニクス王のような目立つお方が傍にいると、この戦法が通じて楽ですわ」


 絶命したセパルをちらりと見やった彼女はニコッと笑うと、急いで自分も後を追った―――。



       ◇



 俺とサトリ、レイラは要塞についていた。

 ジゼルやイズナが居る部屋に入ると、敵っぽい男が捕らえられている。


「誰だ? こいつ」

「宰相さんを狙ってきた敵兵――に見えるけど、少し違うかもしれない」

「どれどれ...ほぉ。「玉手箱奪取班」4人のうちの一人だな」

「あー、なるほどね」


 男は無反応だが、内心驚いているのが伝わってくる。

 

「箱は無事なのかな?」

「大丈夫でしょう。真に危なくなったら、魔石の通信で知らせるようにと、守り人に伝えてありますし」


 ジゼルが答えた。同時に、(ベルタに任せてあります)と、こそっと思念で教えてくれる。

 なら、平気そうだな。

 ヤバいっす~とか言いながらも、なんとかしてしまいそうだ。


「アスピドケロンとヘルフリートを倒したぞ。

 あと、エンカルナさんも戻ってきた。今はガルと一緒に、海上で見張りをしている」

「わかりました。お疲れ様です。

 こちらもサメを追い払い終え、兵士同士の戦闘も、かなり有利に進められています。皆さんが多くの指揮官を狩ってくださったお陰ですね」

「そうか? なら良かった」


 

 おでんの「つみれ」のような栄養補給食品をもらって、モグモグと食べて一息つく。美味い。

 さて、敵の玉手箱班でも探しに行こうかな――と考えていた時。

 

 突然、窓からコダ爺が飛び込んでくるなり、叫んだ。


「バハムートが来たぞい!!」


「...え?」


 な、なんで?

 ……援軍ってのが、まさか。 

 

 俺たちがまだポカンとしている間にも、ジゼルだけは瞬時に動き出していた。


「ベニッピー様。この建物に、物理・魔法両方の結界を張ってください!

 レイラ様も、それに上乗せをお願いします。

 この部屋は捨てます。全員、直ちに外へ出て!」


 俺が慌てて展開させつつある防御結界に自分の魔法力も上乗せしながら、彼女は矢継ぎ早に指示を出している。


「奴の主な相手は、ガルトニクス様に任せます。私の護衛はもう最低限でいいです。文官は、自分の身の安全を第一に、各自で避難を。一か所に固まらないで。兵士は、各地に散った仲間にこの事を伝えに行ってください。今、エドワールを呼んでいます...」


 ジゼルの言った通り、少ししてエドがすっ飛んできた。


「緊急事態でしょうか!」

「はい。バハムートが来ます。敵兵は一旦無視して、市民の安全確保を最優先に動いてください」

「...っ、は! 直ちに!」


 固まったエドだったが、シャッと敬礼すると、再び高速で泳ぎ去っていった。



 そうして間もなく、覚えのある気配の主―――漆黒の黒いクジラ(バハムート)が、魚雷もかくやという速度で突っ込んできた。

 要塞に向かって、一直線に。


「止まりなさい!」


 まずはサトリが、溜め込んでいた大量の魔力を芭蕉扇に流し込み、今までで最大の威力の一振りを放った。

 それを無視しようとしたバハムートだが、流石に突進のスピードが大幅に落ちる。


「...ぬぅ」


 勢いを削がれ、不機嫌そうにサトリを見やった彼が、猛進を続けながらも何か(・・)攻撃を行った……ような気がした俺は、咄嗟に彼女を抱えて後方に飛び退った。

 だだの勘であったが、直後、俺たちが居た場所の海水が丸ごと(・・・)広範囲に凍りつく。


 それと同時に、バハムートが結界に激突した。

 俺、レイラ、ジゼルの3人分の重ね掛け結界なだけあって、彼の勢いは完全に止められたが、不味い。これに何度か攻撃を加えられたら、強度が持たないだろう。


 この防御結界をメインで張っているのが俺だと気づいたのか、奴がこちらを向いてニヤッとしたところで―――

 ガルが降ってきた。


「ベニッピー、知られるな(・・・・・)!(場所はまだだが、結界の「核」の存在がバレた)」

「了解!」


 ならば、俺たちの仕事はまずガオケレナ…畢竟(ひっきょう)、その上の要塞を守り通すこと。

 改めて結界の強度を上げたところで、不自然な水の動きに気付く。

 ある場所だけ、海水が動いていない。

 それどころか、そこから思念と魔力を感じて―――


「危ない!」


 イズナの声と同時に、今度は俺が彼に突き飛ばされた。

 一瞬前まで俺が居た空間に、動かない海水が移動している。


「悪魔フォルネウスじゃあ! 半透明ゆえに水中では見えなくなる巨人!

 注意せい、ヤツの本来のフィールドも…海じゃ!」


 コダ爺が叫んだ。

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