50話 海戦 ⑤
カメの甲羅のど真ん中へと、流星のように落ちてきたなにか。
その一撃の衝撃で、中心の六角形の模様に、稲妻模様のヒビが入る。
それを為した者は―――黒い水兵服姿の、虹色の長髪の若い女性だった。
彼女は揺れる甲羅の上に立って、こちらを仰ぎ見て微笑む。
「ヴォルカの領海で暴れるアスピドケロン。
状況は全くわかりませんが、このままにはしておけません。お手伝いいたしますわ」
その内容に、ピンとくる。
「あんた、ひょっとしてエンカルナさんか?」
「そうですわ。戻るなり、こちらは大変な事になっていますのね。
...察するに、ついにエーギルが本格的に侵攻したのでしょうか」
向こうの方で戦うガルとヘルフリートを、憂いをおびた目で見やりながら、エンカルナは息をついた。
彼女の両手には、ナックルダスターが填まっている。
「見ての通り、わたくしの得意な攻撃は打撃です。これで攻撃いたしますので、サポートをお願いできますか?」
「お、おう」
呆気にとられながらも取り合えず彼女に結界を張り、俺とサトリはカメの注意を引くべく奴の正面に飛翔した。
カメは両目からシュウシュウと煙を上げながら、地の底から響くような音で唸っている。
全方位へ向けて、風の刃を飛ばしながら。
「お...のれ、小娘どもが...許さぬぞ...!」
「いやー、多分エンカルナさんの方が許してくれないと思うぞ」
俺が言い終わると同時に、再び彼女のパンチが甲羅に炸裂した。
カメは背中の者を振り切ろうと思ったのか、海中に潜りはじめる。
無駄だろ。人間ならともかく、彼女は...
あ、ほらまた一撃入った。さっきより強烈な気がする。
海に入った途端、「コーン!」と恐ろしい音を立てて、また甲羅が砕かれたのだ。
さすがに効くのか、カメは凄い勢いで泳ぎながら暴れる。
水の魔法でも使っているのか、海水が濁流のごとく滅茶苦茶に流れ狂っている。
「ちょ、こっちを無視するなって。―――あ、そうだ」
どうせ思うようにサポートができないのなら、俺も攻撃してやろう。
羽は出したまま人化を解いてカメの腹の下に潜り、深い所から勢いをつけて真上に突進した。
さっきのように俺も砕かれると困るから、能力を物理防御結界に全振りした上で。
パタパタと可愛らしく羽ばたくハネのお陰か、結果とんでもない速度で腹に体当たりする事になった。
甲羅よりはまだ柔らかいせいだろう、数メートル程、内部にめり込む。
運良くも甲羅の上の打撃とタイミングが重なり、堪らずカメは白目を剥いてカパッと口を開けた。
そして間を置かず、いつの間にか下の方に居たサトリが扇を振るった。
水中でもその威力は衰えず、俺を腹にくっつけ、甲羅にエンカルナを乗せたまま、海面まで上昇するカメ。
空中に顔が出たところで、カメは正面に何かが居ることに気付いた。
急いで口を閉じようとするも―――。
この絶好の機会を逃す彼女ではない。
待ち構えていたレイラが、巨カメの無防備な喉の奥へと、全力でレーザービームを放った。
いかに島サイズの伝説のモンスター・アスピドケロンと言えども、鉄壁の甲羅も鋼の鱗も無い体内に、直接光線を打ち込まれては、たまったものではない。
てっきり、レイラはもう戦線離脱したと思っていただろうな。
―――あれは、疲れたフリだ。ずっと気配を殺しながら、不意打ちのチャンスを狙っていたのである。
魔力消費? 彼女は魔法系の最高ランク冒険者だ。元々、桁違いの魔力保有量。多少減っても問題ない。
心を読めるって便利だなーー。
ついに致命的なダメージを受け、非常に動きが鈍くなった巨カメに、俺たちは4人がかりで集中攻撃を開始した。
狙うのは首だ。回復される前に、首を落とす。
レイラが上から光魔法で、俺が右横からチャクラムで、サトリが左横から牙と炎熱で、エンカルナが下から打撃での総攻撃だ。
朦朧としていたカメだが、急所を攻撃されているのに気づくと、死に物狂いの反撃に出る。
相手は正に死活問題だろうが、こっちだって同じである。
今ここで殺らねば、大変マズい事になりそうな、嫌な予感がするのだ。
手を振り回し、己の首筋に取り付いたゴミのように小さな4人を払い落とそうとする。
これが結構ヤバい攻撃なのだ。
なにせ今、距離をとって逃げる訳にはいかないのだから。
丸太よりも太く硬い爪が、容赦なく何度も襲い掛かる。
誤って自らの首を傷つけながらも、カメは手を止めない。
周囲の海水は赤く染まり、いつからか風が強く、波も高くなってきており、辺りは凄まじい様相を呈してきている。
「キャン!(あぁもう、痛ったいわね!)」
「あっ...ゴメンある、ベニッピー! ビームが直撃したある!」
「大丈夫だ、それより今手を止めるな!」
こちらも、実はかなり被害が出ていた。
カメと波で揺れまくるせいで自滅をくらったり、跳ね飛ばされたり振り飛ばされたり。
防御力が高い俺とレイラは直接皮膚に張り付いていない事もあって、まだ掠り傷程度で済んでいるが、サトリとエンカルナはもろに敵の攻撃を浴びている。
レイラと俺でそれぞれ二人に結界を張り、回復魔法もかけ続けているのだが、それを上回る破壊力。
...だが、先に功を奏したのは、こちらの攻撃だった。
首の半分ほどまで切断した所で、とうとうカメの最後の抵抗が止んだのだ。
後は簡単だった。
「もう、断ち切るだけだ。後は任せろ」
3人を下がらせて、俺も距離をとる。
そしてチャクラムを7方位から放つ。
キュインキュインキュイン……と、漆黒の円盤を機械的に回し続けること数分。
――――俺たちは、ついにアスピドケロンを倒したのだった。
「あーーー...、ヤバかった...」
「ええ...ヤバい奴だったわね...」
「さすがに、ちょっと焦ったある...」
「そうですわね...。ところで、あなた方は一体どなたなのでしょうか?
ヴォルカの国民ではないようですが...」
ゆらゆらと、どこへともなく波に乗って流れていく巨カメの死体を眺めながら、俺たちは漂流する木箱や樽の上で休んでいた。
不思議そうなエンカルナに問われ、顔を見合わせる。
「えっと、俺はベニッピー。この国で、仲間の客人? のような立場で、色々やってる」
「わたしはサトリ。ベニッピーの霊友で、訳あって暫く彼についてまわっているわ」
「冒険者のレイラある。訳あって、こっち側に協力しているあるね」
「そうでしたか。わたくしは、ヴォルカの次期王となる、エンカルナと申しますわ。
この国の窮地にご尽力していただきました事、心からのお礼を申し上げます。どうぞ「ルナ」とお呼びくださいませ」
彼女が優雅に一礼すると、虹色の髪がサラサラと流れる。
珍しいカラーリングだよな。
「種族を伺っても?」
「モンハナシャコですわ。パンチ力だけならば、現ニクス王をも上回りますの」
「そ、そうか」
綺麗な笑みを作っているが、実に怖い事を言っているぞ。
「あ、そうだ、そのガルは...?」
向こうを見ると、もう決着がついていた。
ボロボロになったヘルフリートが、うつ伏せ(?)になって海面に浮かんでいる。
ガルが上手くやったようで、死んではいない。
よっこらせ、と重い腰を上げて皆で彼の元に行く。
「ヘルフリートを生かしたまま勝ったか、すごいな」
「なんとかね。...私も、かなり毒をくらってしまったが」
ガルは自分で解毒魔法を使っているようだが、余程強力な毒なのか、回復が遅い。
俺も魔法で手を貸していると、エンカルナが彼に敬礼した。
「ただいま戻りました、ニクス王様。
治めるべき国が、帰るなり危機に瀕しておりまして…大変驚きましたわ」
「おかえり、ルナ。そうなんだよ。譲るべき玉座……は今、物理的に無いんだけど、丁度この引継ぎの時期にゴタついたのは良かったのか悪かったのか...」
互いに苦笑している。
「おい、ヘルフリート。もう意識戻ってんだろ。
援軍ってのは何だ? あと「玉手箱奪取班」とやらは何人いる?」
俺は、無言でプカプカしている彼に声をかけた。
色々思考が流れてきていたので、意識があるのはバレバレである。
すると、酷く億劫そうに答えが返ってきた。
「...詳しい内容は、俺も知らん。玉手箱を狙わせたのは、4人だ。
……さすがにそれくらいは、成功していてほしいもんだなぁ...」
―――ヘルフリートはガルトニクスに殺す気で戦いを挑んだが、勝ち目が無いのは最初から分かっていた。もしあったとすれば、人化して刀で戦っている時だけ。
彼の真の役割は、ガルを玉手箱に張り付かせないことである。セパルには悪いが、元よりエーギルの狙いは玉手箱。
エーギルは悪魔に利用されるのと同時に、当然ながら利用もしていたのだ。
「ガル、箱は大丈夫なんだな?」
「多分ね。その4人の優秀さにもよるけど...」
やや自信無さげな答えを聞いて、こっちも不安になってきた。
誰がどうやって守っているかは、俺も知らないのだ。
「...アスピドケロンも倒したし、とりあえず俺たちはジゼルの所に戻るよ」
「わかった。私とルナは、ここで援軍とやらを見張ることにする」
「了解」
◇
コダマは、戦場からは少し距離のある海域で、水の下位精霊を集めてセパルを探させていた。
てっきりすぐに情報が入ると踏んでいたのだが...探す範囲を広げても、彼女の情報は何一つ入らない。
「おかしいのぅ。海中に居ないという事じゃろうが...。
空中にいるのかの?」
首を捻る。
可能なら風の精霊に頼んで探してもらいたいところだが、残念ながらそれは出来ない。
しばらく根気よく待っていると、情報が入った。
「おぉ! こちらに向かって猛スピードで泳いでくる人魚か。セパルじゃな。
一体どうして今頃...、なに? ピンクの髪じゃと? はて……アヤツ、そんなに派手じゃったかのぅ...?」
一瞬しか見ていないが、そんな印象は残っていない。
むしろ、ピンク髪の人魚だと、その後に見た―――
「ハァ~イ♪
あら? こんな海の中に地の精霊...って、この前アチシに危機を知らせてくれたベニちゃんのお仲間じゃなーーい!
こんな所で再開するなんて、キ・グ・ウ、ね ♡」
アマビエだった。
「な、なぜおぬしがここに...!?」
「アスピドケロンがエーギルで武装して南西に向かったって情報が入ったのヨン!
それで気になって見に来たってワケぇ、うふっ」
ただの野次馬であった。
そのアマビエはくねくねしながら、キョロキョロしている。
「あらっ! 何かゆっくり近づいてくる島影がっ!?
―――キャァァッ、アスピドケロンじゃなぁい! って、まさかの、死んでるうぅぅぅ~~っ!!??」
「おお、死んどるの。いやはや本当に倒してしまうとは...末恐ろしや...」
アマビエは衝撃を受けたのか、クネクネを止めて固まっている。
「伝説級のモンスターも、死んだりするのねぇ……」
「滅多にない事じゃがな。...ところでおぬし、どこかで人魚型の悪魔を見なかったかのぅ?」
「見ていないわぁ。ってヤダもう、また悪魔ぁ? まーったく、ヤツラにも困ったものネェ~」
「本当にそうじゃな。
......ん?」
コダマは、遠くの空から近づいてくる黒い点を目に留めて―――固まった。
彼は、どれだけ距離があろうと、眼に映ったものならば、その正体がわかる。
ゆえに、ヴォルカにいる誰よりも早く、気付くことができた。
現在最も、来てほしくないソイツに。
「バ―――バハムートじゃあぁっっ!!
...い、いかん、一秒でも速く海底に知らせにゃ……っ!」
そう叫んで海中に姿を消したコダマを呆然と見送ったアマビエは、まだ事態が飲み込めていない。
何しろ、興味本位でアスピドケロンを追ってきただけなのだから。
「な...なんでバハムートが来るのよ...?
一体、何が起こっているのかしら……。聞き忘れちゃったわぁ……」




