49話 海戦 ④
予め話し合った作戦の一つ。
余裕がある時には、できるだけ相手を挑発し、騙していく。
ガルの心の声が伝わってくる。
(今言われた通り、私が棒術で彼を無力化するのは難しい。引き付けるから、隙を見て抑えてほしい)
目だけで頷きを返し、二人の戦いを見物するフリをしてさりげなく距離をとった。
...うーん、どうしようか。
普通に戦うならガル一人で勝てるはずなのだが、ヘルフリートを人化させたままで捕らえるのは、大変骨が折れるのだ。だから俺も協力しているわけだが...。
殺さずに、一撃で無力化させる方法。一度ミスったら警戒させてしまうから、失敗は許されない。
―――やっぱ、アレとアレを同時に打ち込むかな。
タイミングを見計らいながら、二人を観察する。
ヘルフリートは遊びのような事を言ったが、放たれる一撃一撃は全て、嵌まれば相手を絶命に至らしめるような鋭い斬撃だ。
対してガルの方は、実に美しい軌道を画きながら、敵の刃を滑らして全てを受け流している。
...なるほど。
棒術が合わないとは、そういう事か。
彼は、かなり棒の練習をしたのだろう。最初は少し動きがぎこちなかったが、勘を取り戻してきたのか、今はとても滑らかに如意棒を操っている。
受け流しきれない部分は、棒が自ら最適な動きをしてくれているし、な。
だが、やはりガルには太刀の動きの方が合っているようなのだ。
基本的に棒術は、相手が武器を持っている場合、「受け」の動きをする。躱して、流してからこちらが攻撃するのだ。
逆に剣術――刀は、相手の一瞬の隙を逃さず、呼吸を合わせるようにこちらから攻撃を放つ。
「柔」と「剛」ほどではないが、単純に向き不向きの問題だ。
何で俺がこんな解説をしているのかって?
全部ケヴィンの受け売りだよ。
……おっと。ボケッと見とれている場合ではなかったな。
そっと、背に妖精の羽を出現させつつ、片手に魔力を集めていた時だった。
―――海面が、大きくうねった。
同時に、爆風のような強烈な風が吹きつけてきて、俺は叩きつけられるように海中に突っ込んだ。
そこを狙ったように上から振り下ろされる、爬虫類の皮膚とその先の巨大な鋭い爪。
結界を張っていたからダメージを受けることは無かったが、 ヤツの手に押されて、かなり深い水深まで勢いよく潜ってしまった。
...言うまでもなく、アスピドケロンだ。
サトリとレイラが、引き付けきれなくなったか。
どうやら、俺を狙い始めたようだな。
下にある街に被害を出すわけにはいかないので、再び水面まで泳いで戻る。
「ガル、すまん!」
「大丈夫だよ。元々、上手くいく確率は低い前提だったからね」
苦笑したガルが如意棒を投げ返してくる。
「...ヘルフリート。何故、ヴォルカの王と遊んでいる」
「あー、そうだったな。あんたも一緒に殺ろうって話したっけな」
巨カメの地鳴りのような声の低い問いに、ヘルフリートは今思い出した! という風に、頭を掻いた。
サトリとレイラも飛んでくる。
「ベニッピーとガル王がそっちに居るのを見つけて、カメがわたし達を無視して行っちゃったのよ。悪かったわ」
「コイツ、鈍間だけど魔法を使うある。気をつけるね」
サトリはまだまだ元気だが、レイラの方は結構魔力を消費してしまったらしい。兜で顔は見えないが、声が疲れてきている。
「わかった。レイラ、無理せず休んでろ」
「そうするある」
彼女は、近くを流れていた空の木箱の上にちょこんと座ると、箱ごと空を飛んで行って、離れた海面に着水した。
「サトリ、何かカメに効きそうな攻撃手段はあったか?」
「嫌がらせや足止め以上の、ダメージを与えられる方法は無かったわ。ちょっと傷つけても、すぐに治っちゃうし」
「了解。...俺も、やるだけやってみるか」
俺にあったかなぁ、高火力の攻撃手段。
巨カメは俺とガルを見比べながら少し迷ったようだが、こっちにターゲットを絞ったらしい。
ヘルフリートに言い放つ。
「この妙な魚と遊んだら、そちらに行く。それまで、王を抑えておくのだ。本気でな」
「へいへい」
しゃあねーか……と言いながら伸びをしたヘルフリートが、チカッと光った。
同時に、今度は下から爆風が吹きつけてきて、俺とサトリは上空に吹っ飛ばされる。
...結界も改良が必要だな。跳ね返した反動がこちらに来るのは要・改善だ。
頭の隅にメモしながら下を見ると――― おおぅ、頭が3つもある橙色と黒色の巨大なウミヘビっぽい奴が出現していた。
なんつったっけ、確か、エーギルの王は...「ヒュドラ」だったな。怖っわ。縞々の危険色だ、本能的に近寄りたくねぇ。
「ガル。人の姿のまま、俺の相手をするつもりか?」
「......。」
問われ、非常に残念そうな表情を浮かべたガルだったが、無言で自分も人化を解いた。
久しぶりに見るレヴィアタン形態だ。蒼色の水龍。怖いけど格好いいです。やっぱり色って大事。
そのまま怪獣大戦を見物していたかったが、そうは巨カメが許してくれない。
「龍宮城を崩壊させたという一撃、ワレに向けて放ってみよ」
「いや、あれは違ぇよ! 色々と解放しただけで...」
待てよ。
確かに、あの時のようなエネルギーに指向性を持たせて放ったら...?
つか、アレって何だったんだ? 魔法だったか? 少なくとも…属性は無かったはずだ。妖精パワーと魔力をブレンドして――。
そもそもどうやって引き出したんだっけ。
プチンとキレて、グワッて熱くなって、ブルって寒くなって、ゆらゆら回って、ジワジワと放出して……。
駄目だ、自分でも何言っているかわからん。
だが、これだけは分かる。今は、同じようなエネルギーは出せない。
「アレは無理だが...遊んでやるよ、妙なカメ」
「ふん。失望させるなよ」
カメが鼻で笑うと、拳大のサイズの海水の塊が数百個、一気に水面から持ち上がった。
それらは瞬時にカチカチと凍り、こちらを目掛けて弾丸のように飛んでくる。
氷に熱を加えて溶かそうか...と思っていると、サトリが前に出た。
「見てて、ベニッピー」
そう言って彼女は、全ての氷弾の位置を頭に入れるように見回す。
続いて片手を前方に向け、一言「回収」と呟くと、氷の弾丸が一斉に、その場で動きを止めた。そのまま、推進力を失ったように海面に落下していく。
「上手くいったわ」
「凄いな! 魔力を喰ったのか?」
「ええ。風とか火みたいな形の無いものは無理なんだけど、水や氷のようなモノからは、エネルギーを回収できるようになったのよ」
満足そうにさらっと言っているが、すごく省エネでお得な技だ。
そういや、ガルも同じような事をやっていたな。
「俺にも出来るかな!?」
「どうかしらね?」
カメに頼もう。
「おいカメ、もう一発よろしく! 水か氷で!」
「...ワレを使うか」
呆れられたが、遊ぶと言った手前か、もう一度攻撃を放ってくれた。
今度は持ち上げた海水に炎を吐きかけ、蒸発ギリギリの熱湯弾丸をお見舞いしてくる。
よし、やるぞ。
しっかりと全ての弾の存在を確認し、内包される魔力を視る。
それらを抽出して抜き出し、引き寄せるように―――、って、マズい、出来ねぇ!
何か別のエネルギーを吸い取ってしまったようで、速度を落とさないまま飛んでくる。
...パリパリと、凍っていきながら。
「な、な、な、なんで!?」
「仕方ないわねもう」
結局、サトリが再び叩き落としてくれた。
しょんぼりと肩を落とす。
「俺には無理だったぜ...」
「熱エネルギーを回収できる方が珍しいと思うわよ...?」
カメが焦れたように急かしてくる。
「次はキサマの番だ...早くしろ...」
「悪い悪い」
そうだ、ふざけている場合ではなかった。
コイツを倒さねばならないのだから。
甲羅への攻撃は無意味だろう。おそらく、防御力が高過ぎて通じない。
やはり、首か喉か眼だな。
―――先ずは初撃、ダメもとで眼にチャクラムを飛ばしてみよう。
「あ! 未確認飛行物体! ……と思ったら鳥だった」
突然、あらぬ方角を指さして叫び、注意をそちらに向ける。
同時に7枚のチャクラム全てをカメの両目へ向けて、逆方向から放った。
「なんだと...?
...と、引っかかるとでも思ったか」
「デスヨネ」
残念、バレてました。
カメは己の顔に飛来したチャクラム目掛け、灼熱のブレスを放つ。
ちょ、待て待て! それ、多分鉄製! 溶ける!!
慌てて引き戻そうとしたが、一拍遅かった。
「あーーっ、俺のチャクラム溶かすなーっ!!」
「ふはは...愚か者め...」
言われなくてもわかってるよ!
俺の魔力を通したチャクラムが、ドロドロと熔解していく感触がする。
うぅ、おバカな使い手でゴメンよ...
―――と内心で詫びていたら、消失したはずのチャクラムへの魔力の通りが、何故か良くなった。
「……へ?」
7枚の円盤は燃え盛る炎の中を突き進み、なんと当初の計画通り、カメの両目に突き刺さったのだ。全て。
「ぐおっっ...、ぎ、ぎざまぁぁっ! なにを...っっ!!??」
巨カメが悶え苦しんでいる。暴れた手足が、大波を作り出す。
いやぁ、俺にも何が何だか...。
だが、チャンスだ。
チャクラムを引き抜いて手元に戻す。
―――やっぱり。
外部が鉄で覆われていたのだ。内部に閉じ込められた真の部分は、漆黒に輝く謎の金属。鉄が消えた分、最初のサイズより一回り小さく、薄くなっている。
後で鑑定しよう。
「サトリ、カメを揺らしてくれ!」
「わかったわ」
サトリに芭蕉扇を振ってもらい、体勢を崩したカメの首を目掛け、もう一度円盤を放った。
7枚は今までにない速度で空を切り裂きながら飛翔し、首の両脇に刺さって食い込みながら、回転を続ける。
再び暴れるカメに、背の羽を使って低周波攻撃をかます。ついでに、鼻先に電流も流してみる。
一瞬動きが止まったところでサトリと共にヤツの背後から近づき、彼女が顔に向けて放った炎に合わせて、先程吸収した熱エネルギーを上乗せした。
結構本気で総攻撃したつもりなのだが、相手は島サイズだ。
顔を中心に火傷と裂傷を負いながらも、まだ倒すには至らない。
やはり、圧倒的なエネルギーの一撃を打ち込まないとダメかな?
もう、水中から腹に体当たりでもしてやろうか―――、と考えていた時。
ソレが、空から降ってきた。
―――虹色の、一撃が。




