48話 海戦 ③
サトリとレイラは、アスピドケロンの元にいた。
背中に載せた物資が消え去ったカメ。もう、水面に浮かんでいるだけの島のような動きのみをしてくれる理由は無い。
案の定、丁度海底に向かって潜水しようとしていた所だった。
「ちょっと待ちなさい!」
「ワタシ達が遊んでやるある!」
巨カメは、海に沈もうとしていた動きを止めて、空中に浮かぶ二つの小さな人影を見上げる。
「小娘どもよ。ワレは、ヴォルカの王か、先程のベニッピーとやらの元に向かうのだ。邪魔をしないのならば、見逃してやる」
「その邪魔をしにきたのよ」
「逆に、無視されると困るあるね」
「ほう...なら、消え去れ」
腕を組んで仁王立ちするサトリと、腰に手を当ててふんぞり返るレイラを呆れたように眺めたカメは、おもむろに口から盛大な炎を吐いた。
高熱の余波だけで、近くを飛んでいた海鳥が海面へと落下していく。
数千度にも上る灼熱の炎が治まった時、その場に残っていたのは一人。
炎熱特化の防御結界を張ったレイラである。
「オマエは耐えたか。褒めてやろうぞ」
「ありがとさんある」
巨カメの注意が彼女一人に向いた、その時。
アスピドケロンは、自らの尻尾に強烈な痛みを覚えた。
後ろを振り返ろうにも、身体の構造上、直接視認はできない。
だが、彼ほどの存在ともなると、当然見なくても何が起こったかくらいはわかる。
「...このガキが。天族ではなかったか」
サトリが仔狼の姿で、カメの尻尾に噛みついていたのだ。
ついでにガッシリと爪も食い込ませている。
勿論、ただの狼がアスピドケロンに牙を立てられる訳がない。
巨カメは甲羅以外の部分も、鋼のように硬いのだ。
「こっちを無視しない方がいいあるよー」
「……小賢しい」
挑発するレイラに向けて、カメは再び炎を吐いた。
どうせまた防がれるだろうと思いながら。
―――しかし。
レイラが、借り受けていた芭蕉扇を振ると、炎は全て跳ね返された。
本人の元へと。
「ぐっ...ぉ...っ、クソ娘どもがぁぁっ!!」
炎を吐けるからと言って、火の攻撃への完全耐性があるというわけではない。
伝説級のモンスターである自分が放つような、規格外の灼熱ならば、尚更だ。
返ってきた炎で顔を焦がされ、アスピドケロンは本気になった―――。
◇
ガルトニクスとヘルフリートは、兵士や巨カメからやや離れた海面に立つように、相対していた。
暫くはどちらも何も言わぬまま突っ立っていたが、やがてヘルフリートが口をひらく。
「でかくなったな、ガル」
「そっちはあまり変わってないね、フリート」
昔の愛称で呼ばれたヘルフリートが、懐かしそうに笑った。
「エーギルに移ってからは、その名で呼ばれなくなっちまったな」
「だろうね。王様になると、殆どの者は「臣下」になってしまう。
略名を使ってくれる者がこれほど貴重になるとは、想定外だったよ」
ガルも軽く笑う。
1000年近く前。まだヘルフリートがヴォルカに居た頃は、自分も様々な愛称で呼ばれていた事を思い出したのだ。
ある者たちには「ガル」と。ある所では「ニック」と。ある客人には「ルト」と。そして―――。
「そうだった。お前は確か、「トニー」って呼ばれていたな。俺がエーギルに連れて行った、兵士たちからは。
あの後しばらく、やつらはお前の事心配してたぞ」
「そうか。...もう止そう。昔の事を話しても、何にもならない」
ガルは、背にかついだ太刀を鞘から抜き放って構えた。
そう。今は、敵として向かい合っている。
これが千年前だったら、全身全霊で相手を説き伏せにいっただろうが――― もう、時間は戻らないのだ。
だが、ヘルフリートの方は違ったらしい。
ガルにあわせて太刀を構えながらも、まだ面白そうな表情を崩さない。
「俺はそうは思わねーな。前だって、互いの意見の全てを上手く伝えられなかったから、真っ二つに分かれちまったんだと思うぜ?
とことん納得いくまでの話し合いは大事だろうよ」
「...結局、折衷することが出来なかったから、こうなっているんだろう」
「ま、そうなんだけどな。当時お前はまだガキだったが……現在の立場だったら、どうしていた?」
問われ、ガルは即答した。
ヘルフリートが出ていった後、既に散々考えたことだ。
「やはり、君の考えとは合わないよ。知性ある生き物から争いを無くすことはできない。
仮初めの平穏を有難がるのは、悲惨な境遇を直接経験した者だけだ。語り継ぐのにも限度がある」
「それでも良いとは思わねえか?」
「思わない。絶えず争いを続ければいい。そしてそれを行うのは、大人だけでいい」
言い終えるなり、彼は一瞬で相手との間合いを詰め、斜めに切り上げた。
後ろに飛び退って躱し、ニッと口角を上げるヘルフリート。
「さすがに、神を経験してきたヤツの言葉には重みがあるねぇ。わかったよ。
...昔の剣の先生として、腕が訛ってないか見てやる。来い」
来いと言いながらも、彼は今度は自分の方から切りかかる。
容赦なく急所のみを狙ってくる攻撃を、ガルは刀の峰を使って受け流す。
普通の刀ならば、本来このような使い方をしては刀身が持たないのだが、彼の太刀は通常の物ではない。
ヘルフリートは、相手の武器に目を留めた。
「八岐大蛇から出てきた太刀か。だいぶ、お前に馴染んだようだな」
「しょっちゅう、草刈りに使っていたからね」
彼の太刀は、普段は「摘む刈り」という名で呼ばれている、草刈りの名刀である。
忙しい仕事の合間を縫って、城やその周辺に生えてくる海草を整えるというガルの趣味は、他国への極秘事項として扱われていたのだが……
たった今、本人がバラしてしまった。
一方、そのガルの攻撃はというと。
相手と同じく急所を突くように見せかけながらも、僅かに軌道をずらしている。
当然、それを見抜くヘルフリート。
「なんで俺を殺ろうとしない?」
「...君を失ったエーギルが厄介だからに決まっているじゃないか」
気づかれなければ黙っていようと思っていた彼だったが、あっさり白状した。
事実、危惧している通りなのである。
ヘルフリートは今回の侵攻に、兵の全てを連れてきているわけではない。
まだ向こうにも、多くの戦力が残っている。
彼に、敗戦の将として生き残ってもらわねば、面倒くさい事が多いのだ。
だがそれを聞いて、怒りを露にするヘルフリート。
つられるように、攻撃も苛烈になる。
「てめぇも王なら、それくらい何とかしやがれ!」
「私がやってもいいんだが...もうすぐ玉座を譲るからね。無くても済む仕事なら、作りたくない」
あくまでも全力で戦おうとするヘルフリートと、それを飄々と躱すガルトニクス。
そんな不穏な雰囲気が漂い始めた頃合いに、ベニッピーが到着した。
◇
俺は、強大な魔力二つが感じられる辺りを目指して進んでいった。
思った通り、向かった先ではガルとヘルフリートが戦っている。
...二人とも、太刀を構えながら水面に立っている。
どうやってるんだ、アレ。
一応、海面に合わせつつ宙を飛んでいるのか?
無駄にビジュアルが格好良いんだが。俺もやろうかな。
今はいいけど、海が荒れてたらどうしたんだろう。
人魚をやめて普通に人化しながら、波の上を歩いてガルの元に向かった。
「終わったぞ。首尾は?」
「できれば彼を生け捕りにしたいんだが、それを知られて怒らせてしまってね」
「そりゃ、怒るだろうよ...?」
ヘルフリートに同情の目を向けたら、俺にも切りかかってきた。
ふと思いついて、物は試しのつもりで拳を作って念入りに物理防御結界をそこに重ね掛けし、刀の側面を殴りつけてみた。
ガギィィン! と、鉄と鉄を思い切り打ち合わせたような音が響き渡り、彼の刀と俺の拳の両方に、ヒビが入った。
「いっっ...でえぇぇぇっっ!!」
幸いにも(?) 高い自己治癒力のお陰か、すぐに拳の自然回復が始まったようだが、慌てて回復魔法をかける。
え、ヤバくね? アイツの太刀。
結界張ってなかったら、多分肘から先が消えていたぞ。
ガルが呆れた目でこちらを見ている。
「君って、たまに変な事するよね...」
「色々と適当なくせに、海草の長さを1cm単位で気にするお前ほどじゃねえよ」
絶対、俺の方が普通だ。
ヘルフリートはヒビの入った刀を黙って見つめると鞘に戻し、もう一本の刀を腰から引き抜いた。
「フリート。何故、本来の姿に戻らない? その刀では、私の太刀とは打ち合えないだろう」
「ああ。セパルに見られたら、何やってんだとどつかれるだろうな」
答えになっていない事を言いながら武器を構える彼に、ガルは眉を顰めた。
俺は、思考を読んでみる。
「なるほど。どうやらセパルが援軍を連れてくるかもしれないらしい。その時には、どうあってもお前は勝てないと踏んでいるようだぞ」
「...それまでは、私と遊んでやると?」
俺を見て舌打ちしたヘルフリートは、渋々頷いた。
「ならば、こちらにとっても都合がいい。ベニッピー、如意棒を貸してくれ」
「おう」
太刀を鞘に納めたガルの方に棒を向けると、棒は勝手に伸びて、彼が端を掴むとこっちの端が縮んでいった。
実に便利である。
ガルも棒を使えるのかな?
生け捕りにするには、太刀よりも扱いやすいが。
少しの間、如意棒を曲げたり伸ばしたりしていた彼は、やがて両手で持って前に構えた。
俺の――というか、ヘクターさんの動きと同じだ。
「普通の棒なら無理だったが……これならいけそうだ」
「―――ふざけるな。てめぇに棒術は向いてねーって、昔言われてただろうが」
え、そうなの? マジですか。
馬鹿にされたと感じたであろうヘルフリートは、肩を震わせて怒りを募らせている。
……だが、これでいい。計画通りだ。
―――「挑発して相手の冷静さを奪おう作戦」は。




